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事件の真相はどこ?

「あの、それで……私はどうなるのでしょう? このまま王宮にいてもいいものですか?」

 地下牢でいきなり幽閉なんて事にならないことを祈りながら尋ねる。夜の話し合いはまだ終わらない。もし、王宮にいられないようなら、一旦子爵家に戻らせてもらえないだろうか。けれど、逃亡の怖れがあると思われれば、それは許可されない気がする。なにせ、今の私には陰謀事件の主犯容疑がかかっている。


「当たり前だ。君の立場は変わらない」

 殿下にきっぱり言われて、私は少しだけホッとする。いや、ホッとしていいのかな。このまま王宮にいれば図々しいと悪口が広がりそうな気がするんですけど。

 殿下はフッと息を吐くと、シャツの一番の上のボタンを外す。息苦しかったのだろう。立派な逞しい首とチラッと覗いた鎖骨に目がいってしまって、慌ててテーブルの上のクッキーに視線を移した。それを手に取って、パクッと頬張る。ナッツ入りのクッキーだ。知らない間にまたお腹が空いていたらしく、私は一つ、二つと平らげる。これはうん、あれだね。ストレスのせいだね。そんな私を見ている殿下に気付いて、「あっ、すみません。お腹が空いてつい……」と言い訳して手を払った。

 

「いや……かまわない。必要なら軽食を頼むといい」

「そこまでは必要ありません。でも、殿下は何か召し上がった方がいいかもしれませんね」

 私は鈴を鳴らして侍女を呼び、殿下に軽食を用意してもらうように頼んだ。こんな時間に何か作れなんて厨房の皆様には申し訳ないけれど、王宮の厨房はいつでも対応できるように待機している料理人がいる。

 しばらく待っていると、新しいお茶とサンドイッチが届けられた。私は「殿下、召し上がってください!」とお皿を殿下のほうへと寄せる。


「君は食べないのか?」

「…………えっと、それじゃあちょっとだけ?」

 お皿に並んでいるサンドイッチはちゃんと二人分用意されている。それなら一切れか、二切れ、いただいても問題はないだろう。気が滅入っている時こそ、お腹を満たしておかないと。頭が働かない。


 クッキーに続いて、私はサンドイッチも遠慮なくつまむ。そんな私を見てつられたのか、殿下もサンドイッチに手を伸ばしていた。ベーコンとピクルス、それにチーズ入りのサンドイッチだ。夜につまむサンドイッチってなんておいしいんだろう。そんなことを考えている場合でもないんだけど。いけない、いけない。つい現実逃避したくなる。


「私は……ミレーネ嬢があのような証言をしたのには理由があると考えている」

「つまり、事実ではないと? 彼女自身、そう思い込んでいるのかもしれませんよ? ローマンが死に際に何を吹き込んだのか分かりませんけど……あの手紙の中身を殿下も確認したのですか?」

「一応目を通したが、不審な点が多い。本当にローマン=リスモンドが書いたものかも疑わしいと思っている」

 殿下は紅茶のカップをゆっくり揺らしながら言葉を紡ぐ。きっと、頭の中で状況を整理しているのだろう。私に対して言っているより、自分が理解するための呟きに聞こえた。


「伯爵家の紋章も押されていたんでしょう? 筆跡は……伯爵家に確認を取ってみればいいのでは?」

「その予定で伯爵と伯爵夫人を王宮に呼び出して検証することになった。君もローマンの筆跡は知っているだろう?」

「ええ、何度か手紙のやりとりをしたことがあります。でも、本物かどうか見分けがつくかどうかは分かりません。そんなにたくさん彼の字を見てきたわけではありませんから。伯爵家の使用人の方が詳しいかもしれませんよ。殿下はなぜ、疑っていらっしゃるんです?」

「伯爵家の紋章が押された手紙というのが引っかかる。ローマン=リスモンドとミレーネ嬢は馬車で逃亡中だった。そんな中、きちんと封蝋されて伯爵家の紋章印まで入っている手紙を所持しているのが不自然だ。それをあらかじめ用意していたのだとしたら、君が差し向けた賊に襲われたというミレーネ嬢の証言と矛盾する」

 

 たしかに、そうだ。ローマンは私に騙されてミレーネ嬢を結婚式当日に攫ったのだと、ミレーネ嬢は言った。私が賊を差し向けることを想定して、彼が事件の詳細について告白するような内容の手紙をあらかじめ用意していたなんておかしい。急遽用意したのなら、封蝋も紋章印も押されていなかったはずだ。ローマンがそんな用意周到な性格だとは思えない。あの人はどっちかというと、行き当たりばったりで、後先のことなんて何にも考えていないような人だったから。レターセットと伯爵家の紋章印まで持って逃亡していたなんておかしい。それなら、手紙はいつ用意したのか。


 ミレーネ嬢は、私が陰謀の主犯だとローマンから聞いたのだと証言した。そしてローマンが賊に襲われながらも、手紙を託して逃がしてくれたのだと。それも不自然過ぎる。殿下は襲ったのは賊ではなく、殺しを生業としている者の仕業だと言った。そんな相手が、ミレーネ嬢を生かしておくだろうか。もし、私がその殺しやを雇ったのだとして、ローマンとミレーネ嬢を殺すように命じていたとすると、その殺しやは依頼に失敗したことになる。プロの殺しやなら、そのまま彼女を生かしたままにはしておかない。任務を遂行するために彼女を狙っただろう。だが、彼女は無事に公爵家に保護されている。そんな間抜けなプロはいない。


 彼女の証言が事実だとするなら、彼女もとっくに殺されていた。だとしたら、殺しやの狙いは最初から彼女の命ではなくローマンのみを殺すことだった。

「誰が……嘘を吐いているんでしょうね?」

 私は腕を組んで、独り言のように漏らす。殿下も同じように考えているのだろう。

「それを明らかにしなければならない」

 ローマンがおかしなことをミレーネ嬢に吹き込んだのか。

 ミレーネ嬢が嘘を吐いているのか。

 あるいは、私が本当に陰謀の主犯なのか。

 そう、私が嘘を吐いている可能性も当然殿下は考慮しているだろう。この人は少なくとも、公平に物事を見ようとする人だ。数日しか一緒にいないけれど、それは分かる。


 私はジッと殿下を見る。難しい表情をしているけれど、落ち着いているようだ。

「もしかして……ある程度、殿下には予想が付いているのでしょうか?」

 きっと王家には、専属の諜報員がいるだろうし、独自の情報網もあるだろう。そうした表には出ない信頼できる者に調査を命じているはずだ。私には言わないだけで、明かされていない情報も入っているのかもしれない。

 殿下の目が私を正面から捉える。ああ、やっぱりそうなんだ。その目に浮かんでいるのは確信だ。

 証拠が足らないといったところだろうか。彼は私が主犯である可能性を排除しているから、こうして目の前にいても落ち着いていられるのだ。


「…………少なくとも、リスモンドの手紙は彼の死後用意されたものだ」

 殿下は慎重に口を開く。手紙には伯爵家の紋章印も押されていた。そんな手紙を用意できるのは、伯爵家しかない。

「では……伯爵家が関わっていると?」

 私はかなりびっくりして訊く。その可能性は頭になかった。けれど、考えてみれば確かに、伯爵家にとっても今回の事件は不名誉なものだ。なにせ王太子妃となる女性を拐かして手まで出し、あげくに結婚式当日に彼女を連れて逃亡したのだ。しかも、ローマンは次男で跡継ぎでもない。いかに恥知らずな行いをした一族の面汚しだからといって、息子を殺そうと思うだろうか? 私は何度か会った記憶のある伯爵と夫人のことを思い返す。確かに情の薄そうな人たちだったけれど。


「それは間違いないだろう。伯爵と伯爵夫人は手紙を息子が書いたものだと断言するはずだ」

「私に罪を着せるため……ですか?」

「ああ、そうだ。だが、今回の事件に関わっているのは伯爵家だけではない」

 そう言って、殿下は静かにお茶を飲む。つまり、伯爵家は事実の隠蔽に加担しているだけだと?

 確かにそれなら分からないではない。騙されて、王太子妃となる女性に手を出してしまったものの、直前で改心し、全てを明らかにする手紙を残し、しかもミレーネ嬢を賊から逃がして命を落としたとなれば、彼の名誉も多少は守られる。世間の印象も大きく変わるだろう。だが、手紙という証拠の信憑性を増そうとして工作しすぎたというところだろうか。急遽用意した手紙なら、封蝋も紋章印はむしろ必要なかった。


 伯爵家にそんな交渉を持ちかけられる相手といえば、限られている。それよりも、権力のある家。伯爵家が断れないような、あるいは協力してもいいと思うだけの相手ということだ。

「つまり……カストリアン公爵家ですか?」 

「ミレーネ嬢を保護したことをすぐに報告しなかったことも不審だ」

 それはそうだ。ミレーネ嬢は賊に襲われて命からがら逃げ延び、公爵家に保護されたという。だとしても、ドレスをまとった令嬢が、村や街に立ち寄って一人で歩いていたら目立つ。不審に思われるだろう。それに、街や村に逃げ込んだなら、普通は有力者を訪ねるか、役場に助けを求めるのではないか。それから、公爵家に使いをやって迎えに来てもらうはずだ。


 だけど、そうした痕跡はなかった。彼女は誰にも助けを求めず、公爵領まで逃げ戻ったのか。それはあり得ない。事故現場から公爵領まではかなりの距離がある。令嬢が歩いて戻るなど無理だ。しかも、村や街を通過せずだ。

「最初から、どこの村や街にも立ち寄っていないってことですよね……」

 私の疑念に殿下は「ああ」と頷く。令嬢の足取りはすでに殿下が調べているだろう。だが、何日もつかめなかった。それなのに、いきなり公爵家に保護されていたとしてパーティーに姿を現した。


 私の頭に浮かんだ推測は、あまり気分のいいものではない。顔をしかめた私を見て、殿下は「私も君のその推測は間違っていないと思う」と言う。

 何を考えたのか伝わったのだろうか。私は驚いて殿下の顔を見た。

 それとも、それ以外に考えられないと殿下も同じ結論に至ったのか。

「公爵が……馬車を襲うように手配したと?」

「だが、それを証明するためには、襲った者を捕らえる必要がある」

 殿下はたぶん、それを捜しているのだ。けれど、見付かってはいないのだろう。公爵家ともなれば、お抱えの殺しやくらいいてもおかしくはない。そうでなくても、きっと殺しやの組織かなにかに依頼したはずだ。だとしたら、足が付くようなヘマはしない。その襲った者ですら、すでに公爵家が始末している可能性もある。


 うっ、権力者怖い……。私は両手で顔を覆う。こんなの、もうサスペンス小説の世界の出来事だ。

 うちの子爵家なんて、お抱えの庭師すら雇えていないというのに!

「でもですよ? 令嬢を連れ戻すにしても、ローマンまで殺す必要があったでしょうか?」

「生きていられては都合の悪いことがあったんだろうな」

「口封じ……ですか?」

「それもあるだろう。その上で、リスモンドの手紙まで偽装したとなれば、君に罪を着せる意図があったのは明白だ」

 そうだ。公爵は令嬢を連れ戻し、予定通りに王太子妃にしたがっている。けれど、王族は簡単に離婚などできないことも承知しているだろう。だとしたら、邪魔なのはローマンだけではない。私の存在もだ。けれど、私が陰謀を企てたとなれば罪人として裁ける。そうなれば、王太子妃の座から降ろすことも可能だ。


「じゃあ……それを、ミレーネ嬢も分かっていて、今回の告発を行ったということですか?」

「まったく知らないということはあり得ないだろうな」

 殿下が断言したことに、私は少なからず驚いた。それはミレーネ嬢も一連の事件に加担しているということでもある。私にうまく罪を着せることができたらいいが、そうでなければ逆に公爵家が罪に問われる。そうなれば、ミレーネ嬢も無事ではすまない。王家を、そして王太子殿下を謀った罪は重い。軽い罪ですむとは思えない。それとも、公爵は今回の一件は絶対に、うまくいくという算段でもあるのだろうか。子爵家令嬢如き、罪をねつ造するくらい簡単だと思われているのだとしたら、あまりに侮辱している。

 公爵家と子爵家ではあまりにも格が違う。下に見られるのは当然だとしてもだ。だからといって、謂われなき罪を被せられるのは理不尽過ぎる。小貴族は、大貴族の踏み台ではないのだ。


「殿下は、ミレーネ嬢はそのような令嬢だと……思われますか?」

 私は感情を堪えて問う。彼女がどのような人物かは、私より殿下の方がよく知っているだろう。

「いいや……私が知る彼女は高潔で、誰かを貶めるような人間ではなかった。だが、彼女もカストリアン公爵家の人間で、そのことを誇りにもしていた。私は今回の一件は、公爵の企みで間違いないだろうと思っている。公爵はミレーネ嬢の実父だ。その命令には逆らうことなどできないだろう」

「つまり、殿下はミレーネ嬢は公爵に逆らえず、あのような証言をしたと?」

「公爵ならば、どのような手でも使うだろう。君にこんな話をするのは憚るが……彼女は宮廷医の診断を受けた。診断した医師によれば、彼女は流産ではなく堕胎された可能性が高いそうだ」

 殿下は声を落とす。私は言葉を失って手で口元を押さえた。それが事実なら、公爵は令嬢を王太子妃にするという野望のために、娘の子までも殺したということだ。私には信じられないが、権力と欲に取り憑かれたジジイは、そんな残酷な事も平気でするのかもしれない。


「なんてこと……」

 私は思わず呟いた。

「ミレーネ嬢は、それを納得して行ったのでしょうか……」

「それは分からないが、彼女が父親に逆らうのは難しいだろう。まして、今の彼女の状況では」

 そうだ。王家という守りがあれば彼女の意思や発言権も許されるのかもしれないが、今の彼女は公爵令嬢。王太子妃候補の令嬢ではない。王家が彼女を守る理由はない。公爵家での彼女の立場は非常に弱いものになっている。


「分かりません……それなら、なぜなおさらミレーネ嬢はローマンなんかに……」

 騙されたのだろうか。それとも無理矢理?

 結婚式当日、ローマンに攫われたのだと彼女は言ったけれど、公爵家の屋敷から令嬢一人を無理矢理連れ出すことは難しい。まして彼女は王太子殿下との結婚を控えていた。何か間違いがあってはならないと、屋敷の警備も厳重だっただろう。使用人に手引きした者がいたとしても、令嬢の意思なくして連れ出すなどできるはずがない。睡眠薬でも飲ませて強引に連れ出したのでなければだ。


 それに、結婚式当日にはすでに彼女は懐妊が明らかになっていた。となれば、ローマンとの関係はそれ以前からあったということだ。王太子妃になるような人が、ローマンと密会? あり得ない。

「…………それについては、私にも責任があるのではないかと思っている」

「どういうことです?」

「彼女は私との結婚をおそらく望んではいなかった」

「えっ! それは……どうでしょうか?」

 私は思わず首を捻った。だって、ミレーネ嬢が殿下との結婚を嫌がる理由がない。こんなに美形で、誠実な人で、誰もが憧れる本物の王子様だ。公爵家令嬢として、彼の妃候補に選ばれたことは誇らしいことだったはず。それを捨ててローマンを選ぶなんて信じられない。

 それは殿下の思い過ごしというものではないだろうか。この人、真面目だけどちょっと空気が読めなさそうなところがあるから。私はその考えを、そっと心の中にしまっておく。口に出せば不敬だ。


「いや……彼女が王太子妃になることに重圧を感じていたのは確かだろう」

「それは、ご本人からお聞きになったことですか?」

 ミレーネ嬢が、「あたし、王太子妃になるの、ちょっと気が重いんだよね~~」となんて殿下に気軽に漏らしたとは思えない。いや、お気持ちはわかりますよ? 王太子妃教育は大変どころではない。朝から晩まで礼儀作法やら歴史の授業やら、あの分厚い王室典範とにらめっこしていないといけないのは大変苦痛だろうと思う。


 だけど、選ばれし公爵家の令嬢すらも重荷に感じているなら、田舎育ちのしがない子爵令嬢なんて耐えきれずぺっちゃんこになるに決まっている。

「いや……だが、彼女にとって私といることはほぼ義務だった。私はあまり楽しい男ではないからな。一緒にいて苦痛を感じるのは仕方ないことだと思っている。だから、君にとってもそうだろう……」

「えっ! いいえ、私は殿下と一緒にいるのが苦痛だなんて思っていませんよ?」

「だが、私との結婚は望まないだろう」

「それは……殿下が嫌というわけではなくて、王太子妃ともなれば責任が重くなりますし? 人間には向き不向きというものがあるでしょう? 私は王太子妃になれるような器ではないというか。ええっと……つまり、実感がですね。湧かないというだけのことです!」

 私は言葉を選びながらそう答える。もしかして、殿下は自分が嫌われているから、結婚したがらないんじゃないかと思っていたということ?


「殿下は男性としては、大変、とっても、魅力的だと思いますよ?」

 私は傷つかないように、そうフォローしておく。それは本当のことだ。殿下がもし、王家の人間でなかったとしてもきっと女性は放っておかなかっただろう。貴族階級だろうか、労働者階級だろうが、それは間違いない。

 殿下は私の言葉が意外だとか、目を丸くしている。

「そんなことを言われたのは初めてだが?」

「えっ! 貴族の令嬢はみんな思ってますよ! ただ……品がないと思われますし、失礼になるでしょうから口に出しては言わないだけです。自信持って大丈夫ですから!」

 私はグッと拳を握って慰めておく。そうじゃなかったら、魚の目鷹の目で狙ったりしないでしょうよ。

 殿下ってばやっぱりちょっと人の感情に疎いところがおありになるようだ。


「そんなものか……」

「そんなものです。殿下だって、女性本人の前で容姿を褒めたり、好意を直接伝えたりしないでしょう? まあ、ローマンは面の皮が厚かったので平気でペラペラ口説いたりしていましたけどね。殿下はそういった恥知らずな振る舞いはなさらない方でしょう?」

「確かに……そのようなことを本人に言った覚えはないな」

「それが普通の振る舞いです。そういうことは夫婦になってから、こっそりベッド……いえ、なんでもありません。今のはつい口が滑っただけですから、忘れてください」

 私はコホンと咳払いして、脱線しかけた話を戻す。

 殿下の前で、なんの話をしているんだろう。


「ふむ……なるほど。夫婦ならば言うものなのか」

 殿下は顎に手をやって独り言を漏らしている。そういうことを、誰も殿下にお教えしたりしないのかな。わりと、世間知らずなところがあるのかもしれない。私も人のことは言えない、初心な娘だけど。それでも、色々と噂や色恋沙汰の話は耳に入るものだ。もうすでに、結婚している学友もいる。


「ですから、ミレーネ嬢が殿下との結婚を望んでいなかったなんてことはないと思います。もちろん、たまに息苦しさを感じて自由を謳歌したい気分になることはあったでしょうけれど。結婚をやめたいなんて思ってはいなかったんじゃないでしょうか?」

「そうだろうか……」

「まあ、本人の気持ちは、本人にしか分からないものですけどね」

 ローマンにほだされて火遊びをしてみたくなった、なんてことはないはず。とはいえ、実際妊娠までしていたのだ。その経緯がどういったものなのか、ローマンはもういないのだから、ミレーネ嬢にしか分からいいだろう。死人に口なしだ。

 

「君も……望んではいないのだろう?」

 そう尋ねられて、私は口に放り込みかけたクッキーを思わず落としかけた。あわてて手で受け止めて口に押し込む。モグモグゴクンッとのみ込んでから、急いでお茶を飲んだ。

「それは、思いがけない結婚であったのは確かですし……王太子妃になることは望んでいるか、いないかと言えばあまり……ですけど、殿下が嫌いなわけじゃありません。むしろ、ローマンの三百倍くらいはいい男……じゃなくて素敵な男性だと思っていますし、タイプで言えば……」

 うん、ど真ん中ではあるね。私はニコッと笑ってその先の言葉をごまかした。

 むしろ、好ましい男性すぎて気後れしちゃうだけ。私にはつり合わないもの。それは分かっている。私が高望みなんてできない子爵家の令嬢でなく、ミレーネ嬢のような公爵家とか、もっと格上の貴族の生まれだったら、私も少しでも殿下の気を引きたくて必死になっていたかもしれない。そんな恋に現を抜かす自分の姿なんて想像できないけど。


「そうか……」

 殿下は小声で言い、フッと笑ってカップを口に運ぶ。殿下が笑みを浮かべるのを、初めて見た気がした。ほんの一瞬だが和らいでいた表情にドキッとする。ほらね。この人は天性の女性たらしだよ。本人が無自覚なだけ。


「もう、今日はこの辺りにしよう」

「ええ、そうですね。また、明日にしましょう」

 私は欠伸を漏らしてそう言った。気付けばもう日付が変わる時間になっていた。

 とにかく今日は疲れたから、もう寝よう。



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