アンリとアミラ
王国はグリースが到着した時にはすでに戦火が広がっていた。
怠惰の勇者に深傷を負わされたアミラだが、着々と王国の侵略を進めていたのだ。
アンとフェルサは魔族の大群を足止めをしようとしたが、そこで違和感に気付いた。
「魔族たちの侵略が…止まっている?」
フェルサが戦況をみて驚きの声を上げたその時、アミラもすぐにその事実に気付いた。
1人の少女…いや、同じ姿をした大量の少女が魔族の大群の侵略を押しとどめているのだ。
「アンリっ!どうしてここにいるんだ!」
主人公の声を聞いたアンリが新しく1人のアンリを生み出して主人公の元へ向かう。
「魔族にも知り合いがいたから…魔族の動きは全て把握していた。王国に来ることも知っていた。だからあらかじめ王国にいた私が足止めをした」
「…どうして、お前がそこまで」
「こんな国でも、私の故郷だから」
主人公の言葉にアンリは笑って答えた。
「グリース!私たちも戦おう!」
「いや、先にアミラをなんとかする。魔族の足止めはアンリに任せる」
主人公はアンにそう言って頭を撫でた。
アンリがじーっと主人公を見つめるが、主人公は気づいていない。
「魔族を統括しているアミラを追い払えば、それだけアンリの負担を減らすことができる」
「…わかった」
「じー」
アンと主人公のやりとりをじーっと睨むアンリ。そんな3人を見たフェルサがため息をついた。
「…おーい、早くいくぞー」
その光景を後方から見ていたアミラは爪を噛んだ。
「チッ…勇者を殺してもこのザマ、妹2人も敵に回るし…この戦争が終わったら従順な強化兵でも作ってみようかしら」
そう呟くアミラの後ろからアンリがナイフを持って奇襲を仕掛けた。
…シュパッと空気を裂く音が聞こえた。
「……が、かはっ!?」
「こんなに脆い人間に足止めを喰らっているなんて…ますます強化兵が欲しくなってきたわ」
…しかしアンリの奇襲に対してアミラは後ろを振り返ることなく自身の右手から握り拳よりも小さな魔力の塊を飛ばしてアンリの腹に穴を開けた。
傷口から服に血の染みを広げながらアンリは膝をつき、そのまま黒い影となって溶けるように姿を消した。
【定員を超えた影人間】アンリの能力で作られた本物と同じ分身である。
「…はぁ、血を流したから本物かなって期待したのに…そこまで精巧に作られてるなんて。」
アミラはそう呟いてニヤリと笑った。
「それが逆に弱点になるわよ?」
後方から戦況を眺めていた魔王が再び動き出した。
初めに異変に気づいたのは、やはり当事者であるアンリだった。
「……なるほど、これが魔王の能力。かなりめんどくさい」
そう呟いたアンリの目に映っていたもの、それは身体中に禍々しい幾何学模様のような呪文を纏った魔王アミラの姿だった。
アミラは目にも止まらぬスピードで次々とアンリをその鋭い爪で切り裂いていき、切り裂かれたアンリは傷口からアミラと同じ呪文が体を覆い消滅した。
「…傷口、血液に呪文を流し込んでいる?」
「ご名答、分身に戦闘を任せて分析しているあなたが本体かしら?」
ずっと観察していたアンリに気づいたアミラは襲いかかるアンリの分身を残さず切り飛ばして本体らしきアンリの目の前に立つ。
「本体か、本体じゃないのかなんてそんなに重要なことじゃない」
「あなたにとってどうでも良いかじゃないのよ、私にとって重要なのかどうかが大切なの」
アンリは武器を持っておらず拳を構え、アミラも自慢の鋭い爪でいつでもアンリを切り裂く準備を整えた。
「あなたが本体かどうか、確かめさせてもらうわよ」
「あなたが殺した2352体の『私』が得た情報は残りの4748体の『私』全てが共有している。あなたが『私』を殺せば殺すほどにあなたの戦い方や弱点が『私』に流れていく」
それを聞いたアミラはニヤリと笑った。
「なら早く本体を殺さないといけないわね」
そう言うや否やアミラはアンリにまっすぐ突っ込んでいった。
「…本体なんて、そもそも存在しないのに」
アンリのその呟きは、アミラには届かなかった。
高速で迫るアミラの鋭い爪がアンリの喉笛をあっさりと切り裂く、アンリは糸が切れた操り人形のように崩れ落ちて消滅した。
「…これも、本体じゃない」
アミラはアンリの喉笛を切り裂いた自分の右手の爪を見た。
爪は先ほどの鋭さを失いボロボロになっており、中指と人差し指に至っては爪自体を剥がされて出血していた。
「あの子ども…勇者じゃないと侮っていると痛い目を見るわね」
王国にいた勇者もかなりヤバイ相手だったけど…。
少し前の戦いを思い出していたアミラの周囲を複数人のアンリが囲んでいた。
「魔族の大群は私が止める」
「あなたの居場所もグリースたちに伝えている」
「帝国と聖国にも現状は伝えてある」
次々とアンリが口を開く。
「あなたの情報は『私』を通して全国の勇者に伝わっている」
「情報の流出を止めたいならばあなたは全国に散らばっている2万を超える『私』を殺さなければならない」
ここで初めてアミラの表情が引きつった。
「…評価を改めるわ。あなたは今まであった生物の中で1番ヤバイ」
…アンよりも狂っている。アミラは本心からそう思った。
「そんな相手とはどう戦うか知ってる?」
「…?」
アミラの突然の問いかけにアンリは首を傾げた。10人を超える同じ顔をした同じ人間が同時に首を傾げる光景は中々に薄気味悪いものだ。
「…そうね、大事なのは速さよね」
いつ襲いかかってくるのかアンリは身構えた。
…そして、アミラは動き出した。
高速で一直線に『上空へ』
「逃げるしかないでしょう!本体がどこにいるかわからない2万を超える分身達なんて相手している方がバカらしい!」
そう言ったアミラは自身の城の方向へ飛んでいった。慣れ親しんだ自分の城で主人公達を待ち構える考えなのだろう。
「…逃げられた」
さすがに空に逃げる相手を追う手段はないアンリは冷静にそう呟くと、もうすることはないとばかりに消えた。
戦闘シーンすらない怠惰の勇者君はきっと本編完結後に登場させるはず。勇者キャラはそれぞれにかなり設定考えていたのに話の流れが思っていたよりも早すぎるのです。
名前も決めてるのに




