再会
爪切りたい
魔王であるアンが隣にいたからか、魔国にはすんなりと入ることできた。
「私たちのお城はこっちだよー」
アンは楽しそうにグリースの道案内をするが、グリースの表情はかたいものだった。
アンの姉である魔王2人に聖国代表として同盟を結びにいく大役、緊張しないはずがないのだ。今まで様々なピンチを乗り越えてきたグリースだが、今回は失敗すれば国が滅ぶ可能性がある…被害のスケールが違う。
く
「…死の魔王バートリーの知力を受け継いだ血の魔王アミラ、力を受け継いだ獣の魔王フェルサ…交渉で立ちはだかるのはアミラか」
「だいたいの政治はアミラ姉さんがやってるわ、私とフェルサ姉さんはあんまり関わらないし」
魔国の政治はアミラが取り仕切っている。
やはりこの交渉で立ちはだかる壁はアミラだとグリースは気を引き締めた。
それから、歩いてすぐにアンたちの城に到着した。漆喰が塗られた壁と黒い瓦の堅牢な城で、門の前には西洋の鎧が中身がないにも関わらず門番のように大きな槍を持って動いていた。
「ただいま! お姉さまのところに行きたいから開けてくれる? この人はお客様よ」
アンがそう言うと、鎧は静かに門を開けた。
中に人がいないのは鎧や兜から覗く隙間が空洞なので明らかなのだが、何故か鎧から視線を感じる。
グリースは早足で城の中に入っていった。
城に入り、アンに付いていくと三階の客室らしき部屋に案内された。中にメイドや執事はいないようだ。
「ここにアミラお姉さまとフェルサお姉さまがいるわ」
「…わかるのか?」
「近くにいると何となくわかるの、姉妹だからかな?」
グリースが扉を開けると、アンの言った通り2人の少女がいた。長い黒髪に赤い瞳の小柄な少女と茶色ががった長い髪と真っ暗な瞳の少し背の高い少女だ。
「待っていたわ、アン。その男は今日の餌かしら?」
黒髪の少女がニヤリと笑ってそう言った。
アンが焦った様子で答える。
「違うわアミラお姉さま! この人は聖国の使者よ、同盟を結びにきたの!」
「…同盟?」
アミラと呼ばれた黒髪の少女は眉を潜めてグリースを見る、グリースはその視線が対等の者を見る目ではなく家畜を見るような目であることにゾッとした。
残った茶色い髪の少女がフェルサだろう、アンのことをジッと見つめて何か考え込んでいる。
グリースは勇気を出して前に出る。
「魔王様、本日は連絡もなく訪問して申し訳ない。私は聖国の…」
そこまで言った時だった。
「それで? 同盟ってどう言うことなの?」
「何で人間が魔国に同盟なんて結ぶのかしら」
アミラとフェルサはアンに向かってそう言ったのだ。話しているグリースのことなど存在しないと言わんばかりの態度だった。
「え? えっと…」
突然の質問攻めにアンは言い淀んだ。
そんなアンにアミラは容赦なく質問をぶつける。
「そもそもあなたはどうして魔国の外に出たのかしら? それに人間の男を城に連れ込むことを許した覚えはないのだけど、それに同盟のことをあなたは詳しく知ってるみたいだし…まさかあなたの引き金かしら?」
「……」
アンは何も言えずに俯いてしまう。
アミラは呆れた様子でアンを見つめる。
「…本当に、あなたは私たちと同じバートリーの継承者なのかしら。同じ姉妹と思いたくないのだけれど…まあ良いわ」
アミラはそれだけ言って右手を広げて構える。
「人間と同盟なんて論外よ、そんなことを宣う妹なんてそれこそ論外! あなたとそこの男はその証明に切り刻んで聖国に送り返してあげる!」
アミラの構えた右手の爪が赤く光り伸びていく。1メートル、2メートル伸びた頃にはまるで五本の剣に見えた。
「アン! 逃げるぞ!!」
「…え? ちょっと!」
グリースはアンを抱えて部屋の窓に飛び込み、窓ガラスを破りながら空に舞う。
さすがに予想できなかったのかアミラたちは驚いた様子で慌てて追ってくるが、その前にアンが動いた。
「ファッ【ファイアウォール】大輪!」
抱えられながら両手で炎の壁をアミラたちに向かって放つ。とてつもない火力の壁が漆喰を焦がしながら追跡を阻んだ。
城の3階から落下していくグリースとアン。
「【魔術剣】エクスプロージョン」
グリースが右手に持った剣は剣先が1メートルほどある大きな大剣だった。
グリースは何とその剣を右手で振り回して城の壁に叩きつけた!
ドゴンッと壁の崩れる音と剣先から生み出された魔力による爆発で生み出される爆音が同時に響く。
そして爆発による衝撃波でグリースたちは下による落下から真横に吹き飛ばされる滑空にシフトした。
「どうだアン! 空を飛ぶのは初めてか?」
「これは飛んでるんじゃないよ?! 落ちてるんだよ!?」
アンは高いところが苦手なようだ、などとグリースは思っているが実際は爆発による衝撃波で吹っ飛んでいるので、彼らは超高速で落下しながら真横に吹き飛ばされている状況だ。
むしろ話せている余裕があるだけアンはすごいのだ。
この後、グリースは手当たり次第に剣をぶつけることができる壁や木に剣を叩きつけながら爆発による爆風で滑空しながら移動したが、その時のアンが放った声にならない悲鳴は割愛する。
無謀すぎる空の旅は魔国を出るまで続いた。
「初めてやったが、中々便利だな」
「…2度としないで。絶対に、本当に死ぬかと思った」
「緊急時の逃走方法でかなり前から考えてたんだが…難点は高いところからの脱出でしか使えない点だな」
「そもそも失敗したら死ぬところでしょ!」
「いや、捕まったらどうせ死ぬだろ」
不毛な言い争いをしながらも2人は魔国から離れていく。同盟は失敗した…そもそも話すらまともに聞いてもらえないとは思わなかった。
そんなグリースは魔国から大きな足音が聞こえてきて舌打ちした。
「さすがに早いな」
「え? どう言うこと?」
オーク、ゴブリン、ウェアウルフなど様々な魔物がグリースたちに向かって武器を持って走ってくる。
彼らはグリースたちを取り囲み、武器を向けた。魔王であるアンにすら武器を向けているのは姉であるアミラの命令だからだろう。
「グリース! 魔王の命令で貴様を始末する!」
「…アン様、あなたにも討伐命令が出ています。大人しく殺されてください」
言葉を話せるウェアウルフがグリースたちに剣を向けてそう言った。アンはショックを受けて涙を流す。
グリースはエクスプロージョンの魔術剣を消して、新たにフレアとサンダーの魔術剣を両手に構える。
魔物たちはグリースたちを取り囲んでおきながら油断することなくグリースたちとの距離をジリジリと詰めていく。
そして、ついに魔物たちが剣をグリースたちの喉元に突き刺そうとしたその時、魔物たちは響き渡る轟音に気がついて剣を引っ込めて辺りを警戒した。
「魔国の野蛮人めが! 同盟国である聖国の使者を殺そうとするなど無礼千万! 帝国の顔に泥を塗った貴様らに残された道は無間地獄に他ならん!!」
取り囲まれていたのは魔族だった。
魔物を取り囲んで弓と剣を構える帝国の兵たちを率いる黄金の勇者ルークは腰に差していた宝剣を右手に構えて号令をかける。
「行けっ!! 魔物を打ち倒し聖国の使者を救い出せ!」
「「「おおーーー!!」」」
剣を持った兵は魔物に斬りかかり、弓を持つ兵はグリースたちに矢があたらぬよう精確に狙いをつけて魔物の脳天を矢で撃ち抜いていく。
帝国軍が魔物の追手を殲滅するのに10秒もかからなかった。
「助かった、ありがとう」
「その様子じゃあそっちも失敗か」
ルークはそう言ってため息をついた。
「そっちもってことは…王国もダメだったのか?」
「ああ、帝国なんぞ敵ではないと言われたよ」
ルークはそう言って苦笑いするが、グリースは自信満々な王国の態度が気になった。紫電の勇者が生きているとは言え敗走したにも関わらず、魔国と帝国との戦争にいまだ敵ではないと言い張れる自信があるとは思えないのだ。
「しかも、国王は『我が国の3人の勇者が魔王も帝国の勇者も蹂躙する!』ってこの俺に言い放ったんだぜ?」
そして、グリースはルークの言葉に大きな違和感を抱いた。
「おい待て、『3人の勇者』だと?」
「ああ、それがどうした?」
ルークはグリースの剣幕にたじろぐ。
「王国に勇者は『2人』しかいないはずだ! 紫電の勇者と怠惰の勇者…その2人しかいない!」
「そうか! 神速の勇者はお前が殺したんだったな…ならどうして国王は3人なんて嘘をついたんだ?」
ルークが疑問を口にしたその時だった。
「嘘じゃあねえとしたら…どうする?」
その言葉とともに、帝国軍のど真ん中から爆発と悲鳴が上がる。
「おい、程々にしろよ?」
「うるせぇやチキン野郎、せっかく生き返ったんだ…ド派手に暴れまわってやるぜ!」
それは、主人公のよく知っている男たち。
自分の故郷を奪った仇たちだった。
1人は何者かに襲われて敗走していた紫電の勇者。彼がこの場に出てくるのは別に不自然ではない。
しかし…もう1人は…
「なぜ…お前がそこにいるんだ!」
この場にいるはずのない男。
この世界に存在するはずのない男。
「お前は俺が殺したはずだ! クレイブ!!」
主人公が既に殺したはずの神速の勇者クレイブが紫電の勇者と王国軍と共に戦場に立っていた。
爪切ります




