不覊奔放の人格者
ちょっとしたキャラ紹介
グリースたちを見逃した怪力の勇者シテン。
彼は破壊した東門を眺めてつぶやいた。
「…どうすっかなぁ、これ」
そうこうしているうちに門を破壊した轟音を聞きつけて憲兵が向かってくるのが見える。
「勇者さま!どうしたんですかこれは!?」
「あ〜いや、ちょっと手が滑って」
そして、鬼気迫る表情の憲兵に向かって出した回答は幼児が苦し紛れに繰り出す言い訳のような拙いものだった。
「…はあ?」
「いや、だからな?ちょっとした事故だ、何も気にすることはない不幸な事故なんだ」
「…はあ。」
憲兵の疑問形は呆れから出るため息に変わった。
「いや…まあ、気をつけてくださいね。こっちは火事に王国からの【勇者殺し】にと忙しいので、その門は自分で何とかしてくださいよ?万が一でも勇者殺しがこっちに来たら何とかして捕まえてください」
「おう!任せておけ!!」
そう言って憲兵は去っていった。あの言い訳を信じたのはあの憲兵がお人好しなのか、それともシテンの人望がなす技なのか。
どちらにせよ、
「…意外と何とかなるもんだな」
シテンは懐にしまってある盃を取り出す。
グリースにいい格好を見せようと依頼の時は我慢していたが、彼は無類の酒好きであった。
シテンがグリースを逃した理由、それはただグリースが友であったからではない。
彼の正義に共感できたからでもあった。
『理不尽に対する怒り』
それはシテンも抱いていた。
彼の勇者としての能力、それは彼の異名でもある【怪力】。しかしそれは生まれつき持っていたものではない。
彼には父の記憶がない。物心ついた頃から冒険者として金を稼いでいた母とともに2人で暮らしていた。
幼少の頃のシテンは周りの子供たちと比べても病弱で気弱な性格であった。ちょっとしたことでも怖がって膝がすくんでしまう臆病者で、すぐに母の後ろに隠れてしまう軟弱者。
周りはそう言ってシテンを馬鹿にしていた。
しかし唯一、母だけはそんなシテンを愛してくれた。
「いいかいシテン。お前は私と父さんの子だ、お前は父さんを見たことがないかもしれないけど…あの人はとても優しくて強かったし、私だって鬼と喧嘩したこともあるくらい強い!」
その言葉は今でもシテンを勇気付けてくれるものであるとともに、彼を彼たらしめる根源であった。
「だからお前も、鬼のように強くなるんだ。周りが何と言おうとお前はお前の好きなように生きろ!暴れまわろうが何しようが良い!」
母の言葉は乱暴であったが、とても優しい激励の言葉だった。
「全部全部、私が許す!」
その言葉を残して母はこの世を去った。
1人で受けた討伐依頼での事故死、山中での事故による滑落死。
シテンのもとに戻ってきたのは母が大切にしていた父からのプレゼントである盃が一つ。
それだけだった。
その日は、シテンの十歳の誕生日だった。
シテンは悲しみにくれた。三日三晩何も食べることなく泣き続け何度も死のうと考えたが、臆病者でわかる彼に実行する勇気はなかった。
そして、空腹と喉の渇きにとうとう耐えきれなくなったシテンは母の遺した盃を手に取り、唯一腐ることなく残っていた酒を注いだ。
それは、透き通った水のような液体で独特の香りがシテンの鼻を刺激した。
意を決して一気に飲み込む。
しかし、不思議と聞いていたような喉を焼くような感触も苦味も辛さも感じない。
そしてシテンは一言呟いた。
「…美味しい」
それから、シテンは人が変わったかのように酒を呑み続けた。朝も昼も晩も酒を呑んでは酔っ払った。
不思議と二日酔いになることもなかった。
そして、酒を呑んでから彼の心と体にはとある変化が現れた。
臆病だった性格は陽気になって軟弱だった体は強靭な怪力を持ち、背丈も以前は130センチほどの小柄な体格が数日もたたないうちに30センチ以上も伸びてしまったのだ。
そして、彼はその年に開催される帝国の力自慢を決める腕相撲大会で優勝する。
そう、帝国一の力自慢の腕をへし折ると言う異例の勝ち方で。
それから数年後、彼はその怪力を能力として認められ勇者となるのだ。【怪力の勇者】の名は国を超えて広がり、その数々の逸話は世界中で語られる。
シテンはどうにかしておけと言われた東門を放って商店街に戻る。言い訳は後で考えれば良いのだ。
商店街の火事は既に治っており、憲兵たちも商店街の裏道を重点的に探しているためか大通りはもういつもの賑やかさに戻りつつあった。
「まあ、奴らが起こした火事も人のいない空き家だったし、けが人もいなかったんだろうな」
それは、グリースなりの正義かただのお人好しなのか。シテンにはどうでも良いことだった。
シテンがグリースに語った自身の勇者としての持論に嘘はない。ただ、それだけが彼の正義ではなかった。
彼は自分が満足して過ごすことができればそれで良いのだ。だからこそ人助けを惜しむことはないし、誰かが理不尽を被ることを許さない。
それは自分の満足できる生活に相応しくないものだから。
「あっ!怪力の勇者様!今日はとっておきの酒が手に入ったよ!」
「おお!早速いただこうかな!」
グリースは声をかけた居酒屋の店主に笑顔で答え、酒を自前の盃に注ぐ。
「あんた…まだその盃を持ってるのか」
「おう!これを捨てることも使わなくなる日も来ねえよ」
赤く、漆の光沢を輝かせる盃に注がれた酒を一口で呑んでシテンはニヤリと笑う。
「この盃で呑むから旨いんだよ」




