第8話 もう一人の俺
『プレイヤーと操作対象が一致しています』
テレビに表示された文字を、俺は何度も見返した。意味が分からない。プレイヤーが俺で、操作対象も俺。そんなゲームがあるのか。そもそも、これはゲームですらないのかもしれない。俺はテレビに近づき、画面を触った。指先には普通の液晶の感触しかない。電源ボタンを押しても反応しない。リモコンを操作しても画面は変わらなかった。
「プレイヤーが俺なら、誰が操作してるんだよ……」
当然、答えはない。俺はテーブルに戻り、椅子に座った。ここ数日で起きたことを思い返す。自分の意思とは違う方向へ歩いたこと。友人との約束を断ったこと。知らない番号から届いたメッセージ。部屋で見た影。そして、さっき自分の手が勝手に動いて書いた文字。どれも、自分が操作されていると考えれば説明できる。けれど、その一方で「プレイヤーはあなたです」と言われた。
だったら、俺が俺を操作しているということなのか。
俺は右手を見た。何の変哲もない自分の手だった。指を一本ずつ動かしてみる。問題なく動く。手を握る。開く。もう一度握る。今度は、何も起こらなかった。
「さっきだけだったのか?」
そう考えた直後、右手が勝手に動いた。俺の意思とは関係なく、人差し指がテーブルを二回叩いた。
コン、コン。
俺は手を見つめた。指を止めようとしたが、今度は手のひらがゆっくりと開いた。そして、その手でテーブルの上に置いていた紙を引き寄せる。紙には、さっき自分の手が書いた文字が残っている。
『確認完了』
俺は紙を裏返した。何もない。ところが、右手が再び動いた。ペンを掴み、紙の裏に文字を書き始める。俺は必死に止めようとしたが、やはり身体は言うことを聞かなかった。
『質問してください』
俺は息を呑んだ。
「……誰に?」
右手が動く。
『あなた自身に』
意味が分からなかった。
「俺が俺に質問するってことか?」
『はい』
「じゃあ聞く。俺は今、誰かに操作されてるのか?」
右手が止まった。しばらく何も書かれない。そして、ゆっくりと文字が浮かび上がった。
『操作されています』
やっぱりそうなのか。俺がそう思った瞬間、さらに文字が続いた。
『ただし、あなたが考えている「誰か」ではありません』
「じゃあ、誰なんだよ?」
右手は動かなかった。その代わり、テレビの画面が切り替わった。そこには、真っ黒な背景と一つの数字だけが表示されていた。
『01』
数字の下には、見慣れた文字があった。
『セーブデータ』
俺は画面に近づいた。そこには俺の名前、年齢、生年月日、現在地、所持金、職業まで表示されている。まるでゲームのステータス画面だった。けれど、一番下に見慣れない項目があった。
『プレイ時間:36年7か月』
俺は画面を見たまま固まった。
「……36年?」
自分の年齢と同じだった。つまり、このゲームは俺が生まれたときから始まっていたことになる。
その考えに気づいた瞬間、背中に嫌な汗が流れた。もし本当にそうなら、俺が子どもの頃に考えていたことも、ただの偶然ではなかったのかもしれない。眠る前に「明日はこうしよう」と考えたこと。朝起きて、予定とは違う行動をしたこと。自分でも理由が分からない選択をしたこと。それらすべてが、誰かの操作だったとしたら。
俺は画面を見つめたまま、ふと一つの疑問に気づいた。
「じゃあ、他の人は?」
俺だけが操作対象なのか。それとも、家族も、友人も、会社の人間も、全員が同じように誰かに操作されているのか。
テレビの画面が切り替わった。
『プレイヤー情報を表示しますか?』
俺はしばらく迷った。見たくない。そんな気持ちがあった。それでも、ここまで来たら確認するしかない。
俺はリモコンを握った。
「表示する」
画面が暗くなった。数秒後、文字が表示された。
『プレイヤー情報』
『プレイヤー数:1』
俺は目を疑った。一人しかいない。つまり、この世界で誰かに操作されているのは俺だけなのか。そう思った。
しかし、その下に、もう一つの表示があった。
『プレイヤー名:???』
『操作対象:俺』
『プレイヤー状態:ログイン中』
俺は画面を見つめた。そして最後に表示された一文を見て、身体が冷たくなった。
『プレイヤーは、あなたのすぐ近くにいます』
俺はゆっくりと顔を上げた。部屋には俺しかいない。それなのに、背後から視線を感じた。




