第7話 俺を操作しているのは誰だ?
テレビに表示された『予定通り、怖がっています』という文字を、俺はしばらく見つめていた。冗談にしては悪趣味すぎるし、誰かの悪戯だとしても、どうやってこんなことをしているのか分からない。俺はテレビの電源を抜き、スマホも再起動した。それでも、さっきまで起きていたことだけは消えてくれなかった。
俺はテーブルに座り、これまでの出来事を紙に書き出した。最初は駅で、自分が行くつもりだった方向と違う道へ歩いた。その翌日には、友人との約束を理由もなく断った。そして、知らない番号から『日曜日は家にいてください』というメッセージが届いた。その後、部屋で影を見て、『見ましたか?』というメッセージが届いた。そして今日、テレビに『イベント開始まで、あと6時間』と表示され、最後には『あなたは操作対象です』とまで出た。ここまで並べると、偶然で片づけるには無理がある。
「じゃあ、本当に誰かが俺を動かしてるのか?」
口にしてみると、自分でも馬鹿らしく思えた。そんなことがあるはずがない。人間が誰かに操られているなら、もっと明確な証拠があるはずだ。手が勝手に動くとか、口が勝手に喋るとか、そういう分かりやすい現象が起きるはずだった。
俺は試してみることにした。右手を上げる。自分の意思で動いた。左手も上げる。これも問題ない。立ち上がる。歩く。冷蔵庫を開ける。水を飲む。全部、自分の意思でできる。
「やっぱり、何もないじゃん」
少しだけ安心した。
そのときだった。
右手が勝手に動いた。
ほんの一瞬だった。手が伸びて、テーブルの上に置いていたボールペンを掴んだ。
「……え?」
俺は固まった。手を離そうとする。けれど、離れない。力を抜いているのに、指はボールペンを握ったままだった。
「離せ」
自分の手に命令する。それでも動かない。次の瞬間、右手が動き始めた。ボールペンの先が紙に触れる。俺は必死に止めようとした。けれど、手は俺の意思とは関係なく、ゆっくりと文字を書き始めた。
『右手を上げる』
俺は息を呑んだ。さっき俺が実験でやったことだった。続けて、ペンが動く。
『左手を上げる』
『立ち上がる』
『冷蔵庫を開ける』
『水を飲む』
全部、今さっき俺がやったことだった。最後にペンが止まり、俺は恐る恐る紙を見る。そこには、新しい文字が書かれていた。
『確認完了』
その瞬間、右手から力が抜けた。ボールペンが床に落ちる。俺は椅子から立ち上がった。心臓が激しく鳴っている。さっきまでなら「何かの錯覚だ」と考えたかもしれない。でも、もう無理だった。俺は確かに、自分の意思とは関係なく動かされた。
問題は、その次だった。
俺のスマホが震えた。画面を見る。知らない番号からメッセージが届いている。
『あなたが今、何を考えているか分かります』
俺はスマホを握ったまま動けなかった。続けて、もう一通届く。
『でも、あなたがすべてを知らないほうが都合がいい』
「……誰なんだよ」
またメッセージが届いた。
『あなたを操作している存在の名前を知りたいですか?』
俺は画面を見つめた。知りたい。当然だった。ここまで来たら、知らないままではいられない。俺は返信欄を開いた。
『教えてくれ』
送信すると、すぐに既読がついた。そして数秒後、返信が届いた。
『プレイヤーです』
俺は眉をひそめた。そんなことは分かっている。俺が知りたいのは、そのプレイヤーが誰なのかということだ。
『誰がプレイヤーなんだ?』
送信すると、しばらく返事がなかった。一分、二分、三分。やがて、スマホが震えた。
『あなたです』
俺は画面を見たまま、意味が分からなかった。
『あなたが、この世界をプレイしています』
「……俺が?」
そんなはずがない。俺は操作されている。なのに、俺自身がプレイヤーだという。完全に矛盾している。
そのとき、テレビが勝手についた。画面には、見たことのないゲーム画面が映っていた。そこには俺の名前が表示されている。
『プレイヤー:俺』
その下には、もう一つの表示があった。
『操作対象:俺』
俺は息を止めた。同じ名前が二つ並んでいる。そして画面の中央に、新しい文字が表示された。
『プレイヤーと操作対象が一致しています』
俺は画面を見つめながら、初めて考えた。もしかすると、この世界には「俺」が二人いるのではないか。俺が操作している俺と、俺を操作している俺。そして、そのどちらが本当の自分なのか、俺にはまだ分からなかった。




