98.そのメイドは‥‥‥
約束の休日。
早朝の資材庫に人気はなく、こっそりとメリッサはマスターガーディアンの部屋を訪れた。
「主。メリッサ様がいらっしゃいましたよ」
「おはよう。メリッサ」
「おはようございます。セス。今日も眩しいですね」
メリッサは、窓から入る朝日に目を細めた。陽光はオルテンシアに行くために、公爵の姿の髪色をしたセスランの眩しさを際立せている。
ミルクティーベージュ色の髪は陽光を通して輝き、黒髪の時の圧倒的さを纏う彼と違い、血統を重んじる貴族然とした雰囲気に変えた。
いつもの執務机のある窓辺で、手袋に手を通すしぐさがひどく絵になっていた。
「貴方のご主人様は、見た目だけで世界征服ができそうだね」
「メリッサ様が望めば、そうなるかもしれません」
「なんの冗談だ。そんなつまらないことをする気はない」
メリッサと黒猫の、本気寄りの冗談はセスランに聞こえていたらしい。
出来ないと否定されないのなら、する気がないという発言は救いだ。
「時間が惜しい、行こう」
セスランはメリッサの手を取って、隣室の鏡の前まで移動した。いつの間にか手を繋ぐことに慣れたメリッサは、意識せずに手をぎゅっと握り返した。
「ラファエル。行ってきます」
「はい。お気をつけて」
黒猫は、執事らしくお辞儀をして二人を見送った。
セスランの繋いだ手の、左の手首には、サファイアの腕輪があった。
メリッサのネックレスと対になるそれが、光り出す。
「セス。鏡を通る間は、離さないで」
「大丈夫。離さない」
トプンと水面のように波打つ鏡の中に、二人は消えて行った。
◇◇◇
転移魔法の浮遊感を感じてから、一瞬だった。
鏡の転移ゲートを通り抜けてきた先は、以前と同じ部屋だった。そこに、一人のメイド服を着た少女が立っていた。
「お帰りなさいませ!主!」
元気いっぱいな少女は、二人の目の前まで駆け寄って来る。
そして、少女はにっこり笑って、ぺこりとお辞儀をした。
「メリッサ様。初めまして。メイド猫のハニエルです」
「メイド猫‥‥‥?」
「君ならわかるだろ」
セスランの顔を見上げると、微笑み交じりに返される。
メリッサは、一目見た瞬間思っていた。見知った少年にそっくりだと。それに近くで見ると愛らしい美少女ではないか。
「もしかして、ラファエルの?」
「はい。双子の姉です」
黒髪の小柄な美少女は、可愛らしいメイド服のスカートをふわりと揺らした。
「か、かわいい!うん。ラファエルに似た魔力を感じる!」
「メリッサ様。お会いするのを待ちわびてました。この前は、主が独り占めして合わせてくれなかったので!」
ラファエルと同じ金の瞳がにっこり笑えば、メリッサは胸を撃ち抜かれた。
「セス!とんでもない秘密兵器を隠していたんですね!」
羞恥心も忘れて、繋いだ手をぎゅっと両手で握り、思わず彼を崇めてしまった。
「君の反応は想像以上だな。ハニエル。猫に変身してやってくれ」
メリッサの希望を察したセスランが、メイド猫に命じた。
「承知致しました」
一瞬で魔力の光に包まれた少女は、黒猫に変身した。手足だけが白い毛で、まるで靴下を履いているような色合いが可愛らしい。
メリッサが膝をつくと、黒猫はすり寄ってくる。
「かわいい!」
メリッサはハニエルをぎゅっと抱きしめた。メイド猫の聖獣に会えるなんて、至福すぎる!
「メリッサ様の腕の中は心地いいですね。暖かい魔力を感じます」
「わかってると思うが、食べるなよ」
「これは、我慢するのは無理ですね。それに、主のより心地いいです」
目を細めてメリッサに甘えるハニエルは、ラファエルよりも主に対して遠慮がなかった。
「じゃあ、こっちはハニエル、メテオーラはラファエルが担当って感じで、一緒に暮らしているんだね」
「はい。ここは公爵家の別邸ですので、主しか居ません。なので少数精鋭で業務を行っております」
メイド猫のハニエルは、公爵家でセスランの身の回りの世話を一人でになっていた。公爵付きのメイドはハニエルだけで、執務の補佐までこなす。
メリッサは話をしながら、ハニエルによって髪を結いあげられ、着替えをさせられていた。
オルテンシアの街中をいかにもな魔法術師がうろついていると、目立ちすぎるという理由で、用意されたワンピースに袖を通していた。
ラファエルからいつも通り制服で来るようにと言われていたメリッサは、その通りにして来た。
まさか、メイド猫がいて、このように服まで用意されているとは思ってもみなかった。
大きな天蓋付きベッドのある部屋のクローゼットには、綺麗なワンピースがぎっしり吊るされていた。
ハニエルが背中のボタンを留めて、リボンを結ぶ。
「これらのお洋服は、主の趣味嗜好を考慮して、私が揃えさせていただきました。ラファエルからメリッサ様の事は伺ってましたので、思いを馳せて選んだんですよ」
「ありがとう。こういうの着てみたかったから嬉しいよ」
鏡に写るメリッサは、王都のご令嬢に変身していた。
ハイウエストのジャンパースカートは、ダークグリーン色のチェック柄。ブラウスは胸元にフリルが施され襟元は大きめのリボンで飾ってある。ウエストがタイトな分スカートがふわりと広がり、ひざ下丈のそれは裾にレースが施してある。編み上げブーツで歩きやすく、シックだけれど、甘さのあるコーデだった。
「でも、こんなにしてもらって‥‥‥いいのかな?」
なんというか、過分なもてなしに嬉しさ半分、申し訳ない気分になってくる。
「良いのですよ。主の趣味ですから」
「趣味?」
「そうです!趣味であり、性分であり、過保護の極み!なんなら悲願と言っても過言ではありません。大切なお方を招くのであれば、この程度あって当然!公爵家にある持て余した財の正しい使い方とも言えるでしょう!つまりこれらの服が巡り巡って、浄財のごとく経済を回し世の為人の為になるのです!」
拳を握り、熱弁をふるう美少女の背中にメラメラ燃える炎が見える。
メリッサが着替えている間、セスランは隣室に行っている。主人のいないところで、メイド猫はクローゼットの洋服の存在意義をメリッサに懇々と説明した。
「我が公爵家には、今まで花がありませんでした。どこもかしこも戦闘バカの騎士達ばかり。賊が来てもすぐに戦えるように、騎士が交代で使用人になっているんですよ。主は騎士が怠けないように、別邸には守護魔法をかけていないので、しょっちゅう賊と戦闘になるんです。若いメイドは絶対雇わないし、女手は野心のないばあやしかいません」
「う、うん」
「ですから!この洋服たちは、やっとこの公爵邸に咲いた花!私と、ばあやの癒し!むさい騎士達を浄化するマジックアイテムなのです!故に何も気に病むことはありません!メリッサ様はただ、おしゃれを楽しめば良いのです!」
ハニエルは、クローゼットの洋服を背に両腕を広げて宣言した。その顔には得も言われぬ達成感があった。
ハニエルの勢いに押されて、メリッサの中の申し訳なさは霧散し、逆に着なければならないという気持ちになった。とにかく、素直に言うことを聞かなければ、少女はかえって燃え上がりそうだ。ハニエルの期待に応えるのが最善に思えた。
「わかったよ、ありがとう。お言葉に甘えるね」
「そうして下さると、私も主も嬉しいです!」
「セスも?」
「ええ。そうです」
ハニエルはハンガーにかけてあったジャケットを取って、メリッサの後ろに回る。
「可愛く着飾らして、愛でたいのですよ」
「めでたい?」
ハニエルはすっと、メリッサの腕にジャケットの袖を通した。前ボタンを留めて、帽子をかぶれば完成だ。
「私もメリッサ様を着飾るのを楽しみにしていました」
にっこり笑うメイド猫は、隣室のドアをノックして主を呼んだ。
「主。出来ましたよ。お入りください」
ハニエルの呼びかけに、カチャと扉が開いた。
「それなら、出発しようか‥‥‥」
「あ‥‥‥!」
鏡に映る姿を、別人を見る思いで見ていたメリッサは、扉の開いた音に反射的に振り向いた。
二人の視線がぱちりと合う。
セスランの見開かれた瞳が、柔く、甘さを含んだものに変化し紅色の瞳が蕩ける。
「とても、可愛らしい」
「は、ハニエルのセンスが良かったんです!」
セスランの視線に耐えられず、誤魔化すように少女を抱き寄せて盾にして隠れた。
「メリッサ様、そう言っていただけて嬉しいですが、メリッサ様が可愛いのですよ」
抱きかかえらたハニエルは、顔だけ上を向いて微笑んだ。
流石にお世辞ではないと分かるくらいに、素直に褒めらて嬉しくならない訳がない。嬉しさと恥ずかしさが入り混じって面映ゆく、メリッサは、ありがとうと小さな声で言うのが精一杯だった。
◇◇◇
公爵邸は別邸といえど、とても広く、堅牢さに重点をおきつつ、簡素になりすぎないように花や調度品が装飾されていた。メリッサがセスランとハニエルと共に馬車の止まる前庭まで歩いている間、誰にも出会わなかった。
――人は居るのに。
これだけ広い屋敷で、使用人に出会わないのが不思議だった。
気配を消すのがうまい人間が数人。存在そのものを探知できる魔法が使えるようになったメリッサには、居ることだけは解る。
流石に馬車には御者が座っていて、メリッサは安堵した。誰も顔を出さないので、自分は招かれざる客なのかと少し不安になっていた。
御者は寡黙そうな、頬に傷のある男だった。強面で目つきもきついが、そこにメリッサに対する負の感情はみられない。
そう感じたメリッサは、この人は大丈夫だろうと微笑んで御者に会釈した。
が、何故か御者の男に、睨み返された。
――うっ。勘が外れた?やっぱり、歓迎されてなかったみたい?
お貴族様の世界になじむ気はないが、やはり王都では魔女は日陰者で異端扱いされるらしい。
「おい、私の魔女殿に無礼を働くな」
「セス。お気にならさらず。魔女とはどこでもこのようなものです」
今日一日世話になる御者が、魔女のせいで主人に叱られたと恨まれても困る。他人の芝生を荒らすべきではないのだ。彼は不躾な依頼人ではなく、メリッサの方が世話になる立場なので、今回は大人しくする方を選んだ。
「メリッサ違う、こいつ等は‥‥‥」
「お嬢様!申し訳ございません!」
突然御者の男が、御者台から飛び降りて頭を下げだした。
強面の男は眉をへにゃりと下げて、嘆くように主人に訴え出した。
「閣下!やはり無理ですって。会ってすぐの御者ごときをかばうお嬢様に、冷たくなどできません!」
「は?何を言って‥‥‥」
「この屋敷にお嬢様が来るのは初めてなんですよ!どう対応するか仲間全員で考えた末のこの顔です!お嬢様に微笑み返しなどしたら、閣下に殺されるじゃないですか!それならもう逆で、興味がないフリをしようって結論になったんですよ!」
「誰がそれくらいで殺すなんて言ったんだ?それに全員で考えた末の対応策が失礼すぎるだろ」
御者の訴えに、呆れたようにセスランは問い返した。
「ハニエルがお嬢様に下心を見せた瞬間即刻クビで、リアルに首も吹っ飛ぶって伝令を回していました」
そこにいた全員の視線が、メイドの少女に集中した。
「間違ってはいないでしょう!」
腰に手を当てて、堂々と少女は答えた。
「「間違ってる!」」
メリッサとセスランは声をそろえて否定した。
「下心を抱いた奴が、首を飛ばされるくらいで済むものか!」
「わたしにそんな魅力はないですよ!」
「「!」」
お互いに声が重なって何を言ったか分からないままに、メリッサとセスランは顔を見合わせた。
「――とにかく!お前達はごく一般的な客人への対応をするようにしろ。変な気を回すな」
セスランの命令を聞いている間、御者の男は強面の顔の視線は生暖かかった。そして、御意にと答えると、メリッサの方を振り向いた。
「先ほどは失礼しました。お嬢様。ようこそ公爵邸へおいで下さいました。本日はオルテンシアの旅を楽しんでいただけるよう、御者を務めさせていただきますザインと申します」
強面の御者はスマートにお辞儀をして、にっこり笑った。
「わたしは魔女‥‥‥の、メリッサです。今日はお世話になります。ザインさんは騎士様ですか?」
世話になる立場のメリッサはきちんと名を名乗った。ただの御者とは思えない筋肉の雰囲気が、最近知り合った騎士団長に通じるものがあった。
「流石はお嬢様。私は騎士団長を拝命しております」
「ええ!?いいのですか?」
騎士団長に御者をさせるなど、お忍びの姫でもあるまいし。そう思ってセスランの方を振り向いた。
「いいんだ。人選は彼に任せてある」
「そうです!むしろ光栄な事です。騎士団全員で勝負し合って、勝ち取った御者のイスですからね!」
屋敷の窓には、使用人たちに扮した騎士達の人影が見える。
どうやら本当は歓迎されていたらしく、メリッサはほっと胸を撫でおろした。と同時に、ハニエルの言っていた意味を深く理解した。
「メリッサ様。ご理解いただけたでしょう?主の顔に似合わずに、この屋敷の住人は暑苦しいのです。故に、主はほとんどをラファエルと過ごし、こちらにはたまにしか帰ってきません。だからこそ、貴方はこの公爵邸に降り立った女神なのです!」
メリッサを崇めてくるメイド猫の少女も、負けずに熱いと思った。決して口には出さないが。
「ハニエル。もういいか。出発しよう」
セスランは、メイド猫と騎士団長の熱さに、少しお疲れのようだった。
その彼に差し出された手を取って、メリッサは馬車のステップを上がる。
「セス。素敵な家族だと思います」
目線を合わせてそう告げれば、セスランは微笑んだ。
「あいつ等が聞いたら、調子に乗るだろうな」
他の使用人の方々には、帰ってきてから会えるだろうか。
「行きましょう。占いの館シャロンへ」
師匠を探す旅が始まった――。




