99.占いの館シャロン
王都の中心の商業区に、ひっそりと小さい占いの館があった。
壁面のレンガを隠すように、緑の葉が蔓を這って生い茂り、小さな店の看板はその緑に埋もれていた。気づかずに通り過ぎてしまいそうな店の唯一の目印には、「シャロン」とだけ書いてある。
「メリッサ様。ここです」
「隠れ家って感じだね」
表通りで馬車を降りた後、ハニエルの案内で裏通りの目立たないこの店までやって来た。
マルグリットの店は、ふらっと立ち寄れるような雰囲気を作っているが、ここは探し当ててやっとたどり着ける、来るものを選ぶような空気感があった。
「開いてるのかな?」
窓がないので中の様子は見えず、扉一つに、小さい看板だけ。それ以外に情報がない。
「居るから大丈夫だ」
セスランはそう言って、扉を開けた。
彼がそう言うなら、店主はいるのだろう。幾ばくかの緊張を感じつつ、メリッサはハニエルと後に続いた。
カランカラン!
扉のベルが鳴り響く。
店内は薄暗く、ランプが一つ灯されている。その灯りに照らされて浮き上がる黒に統一されたインテリアは、ミステリアスな世界に迷い込んだような感覚にさせる。壁には、神話を表したタペストリーが、ランプの薄明りでかろうじて見えた。黒い薄地のカーテンの仕切りの向こうから、声がした。
「こちらへ来い。芙蓉の弟子」
カーテンをめくると、一人掛けの豪奢な椅子に座る、男がいた。
「ナルシスさん?」
「そうだ。芙蓉の魔女の弟子。メリッサ」
不可思議さと退廃的な気だるさを混ぜたような男は、口元だけ器用に笑う。
マルグリットには、癖のある男とだけ説明されていた。
テーブルの上のキャンドルの明かりに映し出される、ナルシスの姿は魅惑的でミステリアスなドールのようだった。
「初めまして」
「待っていたぞ。マルグリットから芙蓉と弟子の事を書いた手紙が届いている。芙蓉を探しに来たんだろ?」
テーブルの上には、手紙が置いてあった。マルグリットが使う、バラの封印が押されているのが見えた。
「その通りです」
「芙蓉は友達だから協力するが、今日一日俺を拘束するなんて、お前の後ろの奴らは一体何なんだ?」
ナルシスは、相手の腹の中を読むような視線をセスランに向ける。
「占い師は、客の素性を詮索しないものだろう?」
「その通りだ。上客の言う事は聞くさ。まあ座れ」
メリッサが一人ではない事に、ナルシスは何もふれなかった。
客用のイスは、店主のに比べ簡素で二脚しかない。
「セス。どうぞ。ハニエルはわたしの膝の上に」
「ふにゃあ!」
立って待っていようとするハニエルを引っ張って、有無を言わさずメリッサは膝の上に乗せた。
テーブルの上のキャンドルが揺らめく。
「それで?」
「師匠がここへ来ませんでしたか?オルテンシアに行くと言ってから三か月たっても帰ってこないので、探しに来たんです」
「芙蓉なら来たぞ。ぴったり三か月前だ。だが、それ以来会ってない」
やはり、師匠はここに来ていた。
「どこかへ行くと、言っていましたか?」
「オルテンシア中回って、石を直すとか言っていたぞ。それ以外はたわいもない昔話とか近況報告位で‥‥‥問題児の世話がやっと終わったとか?それくらいだな」
後半の揶揄するような発言は聞き流して、メリッサは新しい情報に反応した。
「石‥‥‥ですか?」
「ああ。そっちでは、聖石と言うんだったか」
「聖石?オルテンシアにもあるんですか?」
メリッサは、隣に座るセスランに問いかけた。
「――ある。ただの石にしか見えないから誰にも知られていないが、ずっと昔の物が今も残っている」
「それじゃあ、オルテンシアのどこかの聖石がある場所にいるかもしれないんですね。ナルシスさんは‥‥‥」
「石の場所までは聞いてない。が、探してみることはできる」
「え?」
「遠路はるばる会いに来た、芙蓉自慢の弟子のためにサービスしてやるよ」
ナルシスは、テーブルの上に置かれた水盆に、水を注ぎ入れた。
「あいつが生きていれば、少しくらいは写るはずだ」
水面に手をかざして、呪文を唱える。
「彼の者の、軌跡を辿れ、魂の、光の道を追え」
水面が振動で揺れた後、波の収まった水鏡に人影が写った――。
「師匠!‥‥‥ん?」
久しぶりに見た師匠の姿は、鮮烈だった。
数十匹はいるであろう魔物に攻撃魔法を放ち、余裕の足取りで殲滅している。姿が映るだけで音はないのに、師匠の高笑いが聞こえた気がした。
「メリッサ様のお師匠様は、かっこいいですね!」
メイド猫の少女が瞳を輝かせている。師匠とハニエルは気が合いそうだとメリッサは思った。
「こいつのが化け物じみてるよな。元気そうだな」
「いつもどおりで安心しました」
「生き生きしてるし、いい大人なんだから放っておけばいいんじゃないか?」
ナルシスの言っていることも最もに思えるが、メリッサにも探す理由がある。水面に映っていた師匠は魔法を使わず、魔物を回し蹴りで倒していた姿を最後に、すうっと消えて行った。
「師匠が夏までに、必ず帰ってきてくれるならいいのですが‥‥‥」
「夏に何かあるのですか?」
膝の上のハニエルが、こてんと首を傾げて上目遣いで問いかけた。
「星まつりの、祭司役が師匠なの。伝統的な魔女の末裔だから」
「似合わないな!」
ナルシスは遠慮がなかった。だが、師匠を知る人ならば、同じ感想を持つ。
夏の星まつりは、メテオーラの古式ゆかしい一番古い祭りだ。古の魔法は、魔女と魔法使いのものだった。それが時間をかけて魔法術師という地位と国を興す存在に変わっていった。星まつりは魔法の始まりを祝う為にある。
「師匠は末裔の中でも、筆頭の地位にあるのでいないと困るんですよ」
「二番手にでもさせておけば?」
「その方は、ご高齢で‥‥‥」
「三番手は?」
「まだ赤ちゃんです」
「間がないのな」
「魔女は基本日陰者なので、適齢の者はみな隠れています。あんな目立つ場所には出てこないんですよ」
大体、魔塔という組織になじめずに、魔女をやってるものがほとんどなのだ。古式ゆかしい魔女家業が性に合うといことは、目立つのがとんでもなく無理ということだ。
「ああ。なるほど。自分におはちが回ってきそうだから、必至で師匠を探してるわけだな」
ナルシスは図星だろとばかりに、ニヤリと笑った。
「わたしは、魔女ですがはみ出し者なので、選ばれません」
蒼玉の魔女の魔力を隠すために、ずっと森で隠れて暮らしてきたのだ。それに伝統的な魔女の末裔から祭司は選ばれる。メリッサはそうではない。
「そうか?俺には、お前が祭司をしている姿が視える。なかなか堂に入ってるなあ」
頬杖ついて、水鏡を覗くナルシス。彼にしかそれは視えないようだ。メリッサが覗いても水盆の底が見えるだけだった。
「それは、未来か?」
それまで黙っていたセスランが、問うた。
「未来か過去か、重要か?気にするべきは、そういう役目が定められてるってことだ。芙蓉の弟子。師匠を追うなら聖石に聞け。そうお前が言っている」
ナルシスはメリッサを見つめた。
水鏡に映る、わたしが言っているー―?
「こんなに鮮明に視えたのは始めてだ。芙蓉の弟子だけあって面白いな」
ナルシスはテーブルに飾られている赤いガーベラを手に取った。
それは仄暗い鑑定室に、唯一、黒以外の色を添えている。
「もう一つサービス。花占いをしてやるよ」
「え?」
突然ナルシスが話題を変えてきて、メリッサは驚いた。
花占いは、水面に花びらを浮かべて質問に答える占いだ。メリッサはそれを見るのが初めてだった。マルグリットの店でも、花占いをするお姉さまはいない。
「お前くらいの年の女は大体、恋占いが定番だよな」
ガーベラを指先でくるくる回しながら、ナルシスは楽しげだ。
「恋?」
「そ、芙蓉が言ってたぞ、月の女神の秘薬を作れるくせに、恋占いが下手くそだってな。だからどうだ?ここで体験してくのは面白そうだろ?」
「そっ、そんなの結構です!」
隣りにセスランだっているのに、そんなこと聞ける訳がない。恥ずかしすぎる。
大体、恋占いで相談したいことなど、思い浮かばない――。
「好きな男の顔を思い浮かべるだけでいいんだぜ」
ナルシスはメリッサの心を読んだかのように、相槌を打った。それがタイミングが良すぎた。
「――!だから、結構です!」
一瞬の逡巡。そんな人はいないと否定する言葉が出なかった。魔女はいつでも冷静でいなければならないのに――。
「やっぱり、やめとくか」
急に気が変わったかのように、ナルシスは乗り出してた体を引っ込めた。
「お子様には早そうだからな」
「‥‥‥それはそれで癪ですね」
メリッサの膝の上のメイドと、隣りに居る存在が、ナルシスを睨みつけていたことなどつゆ知らず。
メリッサは、子ども扱いされたことに腹を立てるふりをして、恥ずかしさをやり過ごした。好きな男の顔と言われて、首が勝手に横を向きそうになったのを堪えたことに、誰も気づかないでほしい。
好みの見た目、という意味で反応しただけだと何故か必死に自分に言い訳している。
「お前なら芙蓉を見つけられそうだが、待っていられないのか?」
「夏までに帰って来ると思っている反面、探しに行くべきだとわたしの直観が囁くんです」
「ならそれに従うべきだな。占い師もそうだが、魔女も同じだろ。直観は無視しない方がいい。芙蓉は化け物だが、不死ではない訳だし」
極端な言い方だが、魔物がいるこの世界では不慮の事故も。突然の行方不明もめずらしくはない。
「聖石」という、手がかりは得られた。
師匠は、きっとそこで何かをする必要があって、帰ってこないのだろう。
「俺は、お前が気に入ったよ。またいつでも来るといい」
そろそろ帰ろうという空気感になったところで、セスランがハニエルを呼んだ。
「ハニエル、先に外で待っていてくれ」
「承知しました。さあメリッサ様。行きましょう」
「セスは?」
「主も相談があるらしいです!」
ハニエルに手を引かれて、ぐいぐいと扉まで誘導される。
「ナルシスさんありがとう!」
メリッサは振り返ってお礼を言った。
「ああ、またな」
パタンと扉が閉まる音が、静かな室内に響く。
ナルシスはガーベラの花びらを二枚ちぎって水鏡に散らし、残った男に声をかけた。
「それで、何が聞きたいんだ?高額報酬で今日の予約枠をすべて買い取ったお客様には、おもてなししないとな」
メリッサに席を外させたということは、聞かせたくない、または聞かれたら困るような何か。
ナルシスは芙蓉の弟子が、こんな男と現れるとは予見していなかった。けれど、二人の様子を視ればそれが必然であるということは占わずとも解る。
「手短に。先ほど水鏡に写った魔女は、他に何か言ってなかったか?」
「随分と分かりやすく態度が変わるんだな」
隣りにいたメリッサが、居なくなった途端に温度が消えた。その静かな問いかけに、情念が籠っていることに勘づいてしまうのは、占い師という職にあるためか。
ナルシスは、水鏡に写った魔女の表情を真似てみた。悠然と微笑み、それから、少女のような好奇心で悪戯を楽しむように。
「少しはわたしの気持ちが分かったかな、清廉な天使様――。って、あんたに聞かれたら伝えろと、向こうから言ってきたぞ」
時空と空間を超えて、魂の意識は、言葉は届く。
水面では、花びらがくるくる回り、そして二つの花びらが重なって一緒にダンスを踊るかのように回ってからゆっくりと回転を止めた。
「お前は、本物の占い師だな」
「これからもどーぞ御贔屓に」
「そうしよう」
上客様は、たったそれだけを聞いて、何かを得たといった顔をして店を出て行った。
「何だよ、あいつが追いかける方な訳か?お子様が大物を手玉に取ってるとかやるじゃないか」
好きな男の顔と言われて、蒼い瞳が揺れ、顔が赤くなったのを見て取れたのは、キャンドルの光に慣れたナルシスだけだった。
人は、過去世を持って転生する。二人の魂は、強く輝いていた。暗い部屋が、終始明るく見えたくらいだった。
「にしても、本当に天使って存在したんだな」
ナルシスの視線の先に在るのは、壁に掛けられた天使が描かれた神話のタペストリー。そして、手元には始まりの魔女が書いたとされる、ボロボロの古文書。
「サイン。書いてもらえばよかったか?」
花占いは、水鏡に映った魔女の魂の悪戯。無自覚な魔女にはただのからかいも、あの男には誰の悪戯か伝わっただろう。
ナルシスは、神話の時代の蒼玉の魔女のファンです。
更新お待たせしました。




