97.久しぶりに三人と一匹が集まって
その日、東階段に迎えに来たのは、少年姿のラファエルだった。
「ラファエル。いつもありがと」
メリッサが執事猫の頭をなでると、ぴょこんと猫耳が立った。
「メリッサ様ならいつでも大歓迎です!」
「ねえ、少し背が伸びた?」
前は、ラファエルの頭がメリッサの胸位だったが、今はそれを少し超えている。
「分かりますか?つまみ食いのせいです」
どうやら、ラファエルは太る方じゃなく、背が伸びる方に魔力を消費したらしい。
ということは、大人に成長しきったら、太るのかもしれない。
そんなことを考えていると、マスターガーディアンの私室兼保管庫の扉の前に着いた。
「今日は、アレイ様がいらしています」
「アレイも?」
「たまに仕事をサボって遊びに来るんですよ」
ガチャリとラファエルが扉を開くと、そこには自室の様にくつろぐアレイがいた。
「メリッサ!久しぶり」
「こんにちは。アレイ」
騎士の制服姿のアレイは、相変わらず陽気な笑顔を見せた。
一方、部屋の主はというと、執務机に山と積まれた書類に埋もれていた。
「セス?」
「メリッサ。また君から訪ねてきてくれるなんて嬉しいな」
彼はふわりと微笑んで出迎えてくれた。
今日も彼は安定して眩しい。
「一昨日はありがとうございました。これ、昨日マルグリットのところで依頼主から頂いたものです」
メリッサは、商会長から貰った箱菓子を持ってきた。
「一緒に食べようと思って」
「少し休憩にしよう」
セスランはペンを置いて立ち上がった。
「主!」
ラファエルが睨みつける。
「少しならいいだろう。せっかくメリッサが来たんだ」
「はあ。仕方ないですね。少しだけですよ」
少年は、菓子箱を受け取ってお茶を用意しに隣室へ行った。
「メリッサもサボり?」
「違います。配達の帰りに少し寄り道してるだけです」
一応上司の前で、サボりとかは言わないでほしい。今日の分の仕事はこなしてあるし、この時間を作るために、急いで配達だって済ませてきたのだ。
「メリッサが来てくれてよかった。少し休める。ラファエルが厳しくて午前中はずっとあれだ」
「もしかして、この間の分ですか?」
「あれとは別。今日の分だから気にしないでくれ」
セスランは、ソファに持たれて息をついた。
ラファエルがお茶を入れて来てくれて、あっという間に午後の休憩モードになった。
お菓子はカラフルなマカロンで、新作だというだけあって、見た目も味も絶品だった。
「美味しいな」
セスランの顔が綻ぶ。甘党の彼も喜ぶだろうと、持ってきてよかったとメリッサは思った。
「魔女の依頼とか面白そうだな。今度俺も誘ってよ、手伝うぜ」
アレイはあっという間にペロリと食べきって言った。その横でラファエルがもぐもぐとマカロンを食べている。
美青年と美少年と、マカロンの組み合わせはなかなか眼福である。
そして、メリッサの隣りには、静かな美貌の主がいる。
「残念ですが一旦依頼はストップ中です。師匠が帰ってこないので」
「芙蓉の魔女はまだ帰ってこないのか?」
「ええ、それで、その‥‥‥」
アレイの問に、メリッサは続きを言い淀む。そして、ちらりとセスランを見た。
皆はセスランはメリッサの頼み事を断らないと言うけれど、何を根拠にそう言えるのか。
ここまで、来てやっぱり少し図々しすぎるかもしれないと、不安がよぎりだした。彼はオルテンシアに連れて行ってくれると約束したけれど、あの、数日前より高く積まれた書類の山を見ると話すのが躊躇われた。
「仕事の合間に来たのだろう。言いたいことがるなら遠慮せずに言っていい」
セスランにはやはり用があると見抜かれていて、それとなく促された。
「そうそう、セスに遠慮はいらないぞ。それに俺も君の頼みなら何でも聞くぜ」
「お前は少し遠慮しろ」
「メリッサ様。しょうもない二人は無視して、どうぞおっしゃって下さい」
三人の視線がメリッサに集まった。
ここまで聞く姿勢を見せられては、もう言うしかなかった。
「師匠を、探しに行こうと思っているんです。それで、セスにオルテンシアに連れて行って欲しいんです」
「なるほどな。そういう事か。てっきりまた、変な依頼でも受けてきたのかと思った」
「え?」
「オルテンシアに連れて行くと約束したのは俺なんだ。遠慮などいらない。ちょうど向こうの準備も出来たし、近いうちに君を連れて行こうと思っていところだ」
「え?」
「だから、オルテンシアへ連れていくよ」
あっさりと、快諾されてしまった。それも約束も込みで。
「芙蓉の魔女は、オルテンシアにいるのか?なんでまた、そんなとこに行ったんだよ」
「行ってみないとわからないですが、おそらく‥‥‥」
メリッサは、マルグリットと話したことと、オルテンシアの占いの館、商会長の親戚、それから師匠のアパートに住むジンの情報を話した。
「あの時の、アイツか。ちょっと変わった奴だったよなぁ」
アレイは、月の女神の秘薬の材料を集めていた時のことを思い出す。あのりんごを売っていた青年は、アレイとセスラン二人の存在に気づいていた。メリッサは知らないままだが。
「まずは占いの館に行ってみたいです」
そこに師匠が来ていれば、その後の行き先や目的を知る足掛かりになるかもしれない。
マカロンを食べ終えたラファエルが、すっと立ち上がった。
「主。向こうに連絡しておきますね」
「頼む」
「なあオルテンシアに行く口実。俺、作れるけど?」
「良い子の範囲内でならやっていい」
「了解!」
あっという間に三人は、メリッサがオルテンシアに行くための算段してしまったらしい。メリッサはただそれを眺めて座っていた。
「主。そろそろ」
しっかり者の執事猫は、いつまでもここにメリッサを置いておきたい主人が仕事をそっちのけにしないように、終わりを催促した。
それに、メリッサもそろそろ資材庫に戻らないと、色々都合が悪い頃合いだ。
「メリッサ。次の休みにまたここにおいで」
「はい。ありがとうございます。少し長居しすぎました。流石にリリーに叱られそうなので戻ります」
先に立ったセスランに手を取られて、メリッサも立ち上がった。
「それなら、賄賂を持っていくといい」
「賄賂?」
「こちらへおいで」
保管庫に所狭しと置かれた魔道具やアイテムの向こう側の壁に連れて行かれると、本棚があった。
「古代遺物の古文書!」
以前、リリーに頼まれていたものだ。確かに、これがあればリリーに叱られることはない。これ以上ない賄賂だ。
「好きなのを好きなだけ持っていくといい。これでリリーは君を叱れない」
「セスがマスターガーディアン様で良かったです」
「お役に立てて光栄だな」
メリッサの笑顔に、セスランも目を細めた。
重厚な木製の本棚に、年代物の本がずらりと並んでいる。
古代語で書かれた物や、言語自体がよくわからない物もある。
ここは直観で選ぶしかない。
メリッサはスッと目線をあげて、上から順に本を見つめた。
――どれも静かで、声がない。けれど、今、紐解かれるべき本があるはず。
本の背表紙を一つずつなぞる。そのうち指の止まる本を、三冊選んだ。
その間、メリッサの瞳に星の魔力が煌めくのを見ていたのは、セスランだけだ。
「リリーの希望にかなうといいのですが」
「魔女殿が選んだ本ならば気に入るさ」
セスランは、メリッサの抱える本に手をかざした。数秒、ふわりとまばゆい白い光が本を包んだ。
「これでここから出しても大丈夫だ」
セキュリティシステムが発動した末路を知るメリッサは、マスターガーディアンの偉大さが身に染みている。
「ありがとうございます」
次の休みには、オルテンシアに行くと約束を交わして、気持ちの晴れたメリッサは急いで資材庫に帰って行った。
◇◇◇
「まーた、何かしでかしそうだよな」
「師匠が心配なだけだろう」
「その師匠は、簡単に死ぬような女じゃないんだよ」
アレイは暇つぶしと称して、ウィズダムに適年齢で在籍していた。その時に芙蓉の魔女が臨時の教官をしていたのだ。
「ガキの頃に飛び級して、学園を卒業したお前は知らないだろうけど、メリッサの師匠はすごいぞ。平気で学生を半殺しにする。おかげで騎士志望だった奴らの半分が心をへし折られて研究職に流れて行ったんだぜ。それに、俺の正体見抜いて祓おうとしたんだ。めちゃくちゃあの時は焦った」
アレイは、メリッサが見た目に似合わず肝が据わっているのは、師匠譲りだと断言した。
セスランは二年前に一度、月の女神の秘薬の調査で芙蓉の魔女とメリッサの暮らすアパートを訪れたことがあったが、あの時の芙蓉の魔女の印象は、古の魔女だった。
「あの時一度だけ会ったあの人は、確かにすごかった。俺に堂々と牽制をかけてきた」
――お前が誰か知っている。連れて行くなら殺す。
魔法で直接脳内に話しかけてきた魔女は、蒼玉の魔女以外それが初めてだった。
「おかげで二年待たされた」
「俺は、いまだにお前が二年も待っていたのが不思議だよ」
「芙蓉の魔女の魂は、蒼玉の魔女の姉だからな。それに、芙蓉には前世の記憶がある」
「は?なんだよそれ。初耳なんだけど!」
アレイはまさに虚を突かれたといった具合に驚いて、相棒の方を向いた。
守護天使だったセスランは、相手の魂を視ることができる。それ故に、魂に刻まれた他者の前世を知ることができた。
「仲のいい姉妹だった。だから、今世も近くに生まれた二人を引き離す真似ができなかった。きっとメリッサの魂が望まない。だから彼女に守護魔法をかけて二年待った」
「お前だって、ずっと探してただろう」
「あの時の彼女はまだ子どもで、前世を知らない彼女にとってはまだ師匠が必要だった」
他と違う魔力を持つ者を導ける存在。蒼玉の魔女が何なのかを、どんな前世を生きたかを知っている理解者――。
「ほんと、清廉な天使様は忍耐力が半端ないな。悪魔ならとっくの昔に攫って檻に閉じ込めるだろうよ」
「悪趣味だな。壊してどうする」
「自分以外に何も考えられなくするんだ。依存させて、狂わせる」
それが、悪魔の本質だ。
「嫌われるだろ」
「そこは悪魔の腕の見せ所で、依存と支配は愛情に摺り替わる」
「地底の悪魔が得意とするところだな」
「けど、俺は良い子だからな、節度を忘れない」
アレイは、やらないとは言わなかった。
「なあ、メリッサが言っていたジンってやつ。お前知ってるのか?」
相棒がメリッサに近づく男を見逃す訳がないと知っているアレイは、引っかかっていたことを聞いた。
「昔、魔女と仲の良かった妖精だ。今はハーフフェアリーに生まれ変わったんだな、だから人間に紛れて暮らしているんだ」
妖精は生まれ変わるときに、記憶をもったままの者が人間に比べて多い。芙蓉の魔女は知っていて、妖精に伝言を頼んだのかもしれない。
「お二人とも!何してるんですか!」
ラファエルが、茶器を片付けて戻ってきた。
「主。全然進んでないじゃないですか!これ、今日中ですよ!僕は今日は絶対に手伝いませんからね」
目を吊り上げた少年が、書類の山を指さして凄む。前に書類を丸投げされたことを根に持っていたらしい。
「ラファエル。わかったから怒るな」
セスランが少年の頭を撫でてやると、吊り上がっていた目がくすぐったそうに変わった。
「飼い猫に説教されてるのかよ」
「アレイ様はもう帰ってください!仕事の邪魔です!」
再び目を吊り上げた少年は、黒猫に変化してアレイに猫パンチを食らわせた。
6話と7話にちょっと登場した、八百屋のアルバイト、ジン君です。




