96.師匠の行方
悪魔祓いの翌日――。
メリッサは再び、占いの館「マリアローズ」を訪れた。
「――というわけで、悪魔祓いの依頼は達成したよ」
「そう。”魔法使い様”がねぇ……まあいいわ!大事な上客の依頼を上手いこと達成してくれたなら、こちらとしてもありがたいわ!」
メリッサはほとんど何もしていない。”魔法使い様”が解決したと言っていいくらいだ。
声色から察するに、マルグリットはかなり上機嫌だ。それなりの報酬がもらえるし、彼女の株も上がる。
マルグリットは店の名前の通り、花瓶にピンクのバラを挿していた。彼女が機嫌のいい時にする鼻歌を聞きながら、メリッサは依頼された魔女のアイテムをカバンから出して、テーブルに並べ始めた。
「それで、デートは楽しめたのかい?」
「は?でーと??!」
「カフェに観劇に酒場に夕食。デートじゃないかい」
マルグリットはバラを一凛こちらに向けて、面白がるように言った。
メリッサは目をぱちくりさせて、魔よけのサシェを落っことした。
――デート?
「違うよ!デートじゃなくて潜入調査!」
「ずいぶん楽しそうに話してくれるから、てっきりそうかと思ったよ」
マルグリットはくすくす笑っている。
「そんな訳ないじゃない!だってセスは‥‥‥」
「なんなんだい」
メリッサは言いかけて、それ以上は秘密だから口に出せななかった。
――彼は隣国の公爵だから、そんなことは絶対しない、と。
それに――。
「ファーレ達が、私につけたお目付け役だから、仕方なくだよ」
三賢者の隠密で護衛という名のお目付け役だからこそ、彼は近くにいるのだ。
「そんなの、建前‥‥‥んん、何でもないわ!」
マルグリットはメリッサに背を向けて、花瓶の向きを直した。
余計なお世話で天罰が下るのは避けたいし、箱入り娘の無自覚さをそのままにした方が面白そうだ。 そう判断したマルグリットは、話題を変えた。
「芙蓉の行きそうなところ、知り合いに聞いて回ったけど、せいぜい近所の酒場か魔塔。あとは森とかざっくりした所ばかりだったよ」
「やっぱり?メテオーラだったら、昔住んでた森の方くらいしか拠点もないし、三か月もしたら聖都中回ってたって帰ってくるよね」
「だから考えたんだけど、あの子。よその国に行ったんじゃないかい」
「!」
マルグリットの推察に、メリッサはハッとした。
そういえば、メリッサの知り合いの精霊達に聞いても、誰も師匠を見たものはいなかった。
それが、メテオーラにいないという証拠になるような気がしてきた。
「それは、ありえるかも‥‥‥師匠が行きそうな国‥‥‥。前に、オルテンシアに行ったこと、あったよね。あっちに知り合いいるかな?」
月の女神の秘薬を売って、オルテンシアで大儲けした時だ。
「向こうの占いの館の店主は友達だから、オルテンシアに行ってたら挨拶くらいしに顔を出してるかもしれないね」
仕事の休みを利用して探すなら、手あたり次第動くより、効率よく回りたい。
オルテンシアに短時間で行く方法なら、ある。
メリッサは、ルビーのネックレスにそっと触れた。
「オルテンシアの占いの館の、場所と名前を教えて」
「かまわないけど、遠いいわよ」
マルグリットはメモ紙に書き付けて、メリッサに手渡した。そんなやりとりをしている時に、ふいに店のベルが鳴った。
カラン!
来客かと思い、扉に視線を向けると、現れたのは昨日の商会長だった。
「まあ!商会長さん!」
マルグリットは笑顔で出迎えた。
目に光が戻っているが、やつれた顔の商会長は、弱弱しく笑って会釈した。
「やあマルグリット。おや‥‥‥、もしかして昨日の魔女様かい?」
ローブのフードをおろしていたメリッサを見て、商会長は目を丸くした。
「こんなに若いお嬢さんだったのか。失礼。昨日は混乱していたし、よくお顔が見えなかったもので」
ローブを目深にかぶって、セスランに隠されていたら顔も知らぬ魔女で終わっただろう。あれを見られたかと思うと、メリッサは少し恥ずかしかった。
「いえ、もう出てこられてよかったんですか?お加減は」
「大丈夫さ。商人だからね、仕事をしながらの方が治りが早いくらいだよ」
「そうですか、ご無理なさらずに。娘さんが心配しますよ」
「はっはっは。魔女様はお優しい。こんなに可愛らしいと、さぞ隠しておきたいだろうね――っとごほん!」
商会長は咳払いして、急に声を低くして尋ねた。
「今日は魔法使い様は?」
「いません」
「――っそうか!はあ。マルグリットの紹介してくれた魔女様たちには助けられたよ,本当にありがとう!今日はお礼を早く言いたくて来たんだよ」
「まあ、そんなのいつでもいいのに!」
商会長は一瞬「魔法使い様」がいないことに、ホッとしたようにみえたのは気のせいだろうか。
悪魔祓いを目の当たりにした商会長は、一体何を見たのだろう。
「こちらはほんのお礼」
商会長は持っていた鞄から、箱を取り出した。
メリッサとマルグリットにそれぞれ手渡される。
「あらーいつもありがとう。商会長さん」
「うちの新商品のお菓子だよ」
可愛らしい花柄の包装紙を見ただけで、女子なら気分が上がる。そんなラッピングがされていた。
「ありがとうございます」
メリッサが受け取ったとき、はらりと紙が落ちた。
「何か落ちたね」
それはマルグリットにさっき書いてもらった、メモ紙だった。ポケットにつっこんでおいたはずが落ちてしまったようだ。
箱を持つメリッサの代わりに、先に商会長がそれに気づいて拾いあげた。
「これは、オルテンシアの住所だね。ここ、うちの親戚の店の近くだよ」
「え?」
「私の友人の店がそこにあるのよ。商会長のご親戚もそこに?」
マルグリットも偶然に驚いている。
「ええ。聖都の商品を向こうで取り扱ってもらっていてね、あちらへ行くのかな?」
「近いうちに、行ってみようかと」
メリッサは、落としたメモ用紙を受け取りながら答えた。
「それなら親戚に連絡しておこう!魔女様が行った際にはよくしてもらうように伝えておくよ!面白い店だから、観光がてらぜひ寄ってほしい」
流石商人。サービスと宣伝に余念がない。
メリッサは、商会長にさっと名刺を渡された。これで、向こうの従業員も特別な客だとわかってくれるとにっこり笑う。
メリッサは礼を言って、談笑を続ける二人に別れを告げて店を出た。
◇◇◇
古いレンガ造りのアパートの階段は、錆だらけでギシギシ揺れる。
メリッサは、密かに時々補強の魔法をかけていた。階段が壊れたらまた住むところがなくなって生活に困る。
「こんにちは魔女さん!」
「ジン君」
メリッサは知った声に振り向いた。同じアパートに住む青年だった。
「え?あ、魔女‥‥‥さん?」
「ん?」
階下の階段から見上げる彼は、呆然としてメリッサの顔を見た。
ああ、そういえば瓶底眼鏡がなくなってから、会うのは初めてだった。
「いつもの魔女だけど」
「そうだよね。眼鏡がないからつい別の人かと思ったよ」
八百屋でアルバイトをしている青年は、袋からりんごを二つ取り出してメリッサに手渡した。
「はい、おすそ分け」
「ありがとう」
八百屋のジンがくれる果物は、いつも当たりでおいしい。
「師匠さんは帰ってきた?」
「まだなんだけど、どこに行ったのかも分からなくって。探そうと思っていたところだよ」
「ええ?!師匠さんはオルテンシアに行くって言ってたよ!」
「え?!」
メリッサは目を見開いた。
「聞いてなかったの?」
「逆にどうして知ってるの?」
二人は、顔を見合わせた。
「詳しく聞かせて!」
「――じゃあ師匠が旅に出たときに、ジン君のお店に寄って行ったの?」
「そうだよ。珍しく旅のカバンを持ってたから聞いたんだ。どこに行くのかって。そしたらオルテンシアに行くって」
「やっぱり、メテオーラにはいなかったんだ」
国外に行くなら、流石に一言くらい言ってほしかった。
「他には何か言ってなかった?」
「えーと。やっと問題児の世話も終わったし、長旅を楽しんでくるとか‥‥‥」
「は?」
「いやえっと、そうだ、そう!オルテンシア中回るけど、三か月たっても帰ってこなかったら、アパートの家賃は弟子に払っとくように伝えてくれって。今日魔女さんに会えてよかったよ。伝言伝えられたし」
しどろもどろだった青年は、まかされた伝言を伝えることができて、すっきりしたように笑顔をみせた。
「師匠。そういう事は先に言ってよ。ジン君教えてくれて、ありがとう」
危うく家賃滞納で住むところを、失うところだった。
師匠の大雑把さには呆れるが、何はともあれ、行き先は分かった。オルテンシアに師匠がいる可能性が高い。
ポケットには、マルグリットに貰ったオルテンシアの占いの館の住所が書かれたメモ紙と、商会長の名刺がある。
何かに導かれるように感じるのは、気のせいだろうか。
次の休みは、オルテンシアに行きたい。
――セスに、なんてお願いしたらいいんだろ‥‥‥。
「魔女さん?」
考え込むメリッサに、青年が気遣うように声をかける。
「オルテンシアに行く方法があるんだけど、人の力を借りなきゃいけなくて、その人に助けてもらったばかりで何度もお願いしたらよくないような気もするし、どうしようかなって」
「大丈夫。その人、魔女さんのお願いなら何でも聞いてくれるよ」
「え?」
やけに確信めいている青年は、笑顔で続けた。
「きっと、魔女さんのお世話をしたくてたまらいないとか、そんな感じの人だから、連れて行ってくれるよ」
会ったこともないのに、どうして彼の人柄まで言い切れるのだろうか。
「ジン君?」
訝しむメリッサの視線に、青年は口が滑ったとでも言いたそうに口元を抑えた。
「魔女さん相手に断る人間なんていないってことだよ!じゃあね!」
青年はそのままメリッサを通り越して、三階まで駆け上がって行ってしまった。
メリッサは一人になって、ふと、りんごを見つめた。
真っ赤な、おいしそうな香りのするりんご。
いつも、誰かが切ってくれた。特別おいしいりんごがあった――‥‥‥。
ゴーンゴーン!
「っあれ、今何か、昔の記憶‥‥‥?」
魔塔の正午を知らせる鐘が鳴って、メリッサはハッとした。
記憶の中に、家族ではない誰かがいたような気がする。
ふわりと懐かしさが胸をかすめたが、メリッサには、それが何かはわからなかった――。
これから師匠を探す旅がやっとこさ始まります。




