94.魔女への依頼は悪魔祓い6
――メリッサはセスランの横でたじろいでいた。
そんな魔女を囲んで、美女たちは可愛らしい客が来たと、きゃっきゃと喜んでいる。
通された席に着くと、両サイドに美女が一人ずつ座った。スタイル抜群の美女は、メリッサが見ても感動するほどだった。
「恋人を連れてくるお客様はめずらしいわ」
「好奇心旺盛な子で、どうしてもと言うから連れて来た」
――恋人?!
メリッサは隣に座った美女の発言に、異議を唱えたかったが、ひたすらにニコニコして黙っていた。
セスランが否定しないのは、これは潜入調査で演技だからだ。
大人の魔女は冷静でなければならない。そう隣に座る美人なお姉さまのように。
「彼女にはアルコールの入ってないものを」
「では、こちらから選んで」
メリッサは無難な炭酸ジュースを選んだ。
お店の雰囲気に飲まれて、メリッサはただただ周囲を見渡すばかりだった。
高貴なオーラを纏ったセスランは、見たこともないくらい饒舌に話をしている。
忘れそうになるが、彼は公爵で緑陰なのだ。いくつもの顔を使い分けることができるのだろう。
メリッサは、いつもの穏やかな彼が素だと感じていたけれど、あれも演技だったらと思うとなんとなく面白くなかった。
「――魔女殿。どうかしたか?」
「っあ。いいえ!何も」
依頼を遂行中の魔女が、ぼんやりしていてはいけない。
「もうすぐ目当ての人物が現れる」
「え?」
メリッサは入口の方を見た。
すると、そこにあの商会長が現れた。しかも、あの舞台女優と一緒だった。
「悪魔だ」
セスランが耳元で囁いた。そして、ふわりとメリッサにフードをかぶせた。
「あの人ですね」
近くで見ると妖艶な美女だ。メリッサでは太刀打ちできないほどのプロポーションの良さを全身で表している。毎夜、酒場に入り浸って散財しているというエマの情報通り、今晩も現れた。
両サイドに座っていた美女達が立ち上がり、商会長たちを引っ張ってメリッサのいる席まで連れてきた。
どうやら、さっきセスランが二人に頼んでいたようだ。悪魔と商会長が座ると、美女たちはごゆっくりと言って席を外した。
「商会長」
「あらお知り合い?」
セスランに呼ばれても、虚ろで何も言わない商会長の変わりに、美女が返事をした。
「その人を、惑わすのは止めてもらおうか」
「はあ?あなた!何なの――‥‥‥え!!?」
言い返そうとした美女の顔が、急激に青くなった。
そして、ガタガタ震え出した。
「洗いざらい話して、その人を開放するんだ」
淡々と紡がれる二言目は、悪魔にとっては命令。それと気づかずに、メリッサは彼の直球を投げるような会話の始まり方に驚いた。
メリッサは、顔を隠しているローブをずらして、ちらりとセスランを覗き見た。
そこにはラスボスの圧倒的さに、妖艶さを加えたような彼の顔があった。
「セ‥‥‥っふぐ!」
セスランは、ずれたフードをかぶせ直して、そのままの手でメリッサの頭引き寄せた。
彼にくっつくように下を向かされた。これでは彼の顔が見えない。
というよりも、人前でくっつくのは良くない!
メリッサの羞恥心は放っておかれたまま、セスランは悪魔な美女に話づづけた。
「どうする?手を引くなら見逃す。そうでないなら、想像通りの結果になるが?」
「すべて話すから!見逃して!」
悪魔な美女はあっさり降参した。というより、その声には命乞いに近い悲壮感があった。
◇◇◇
「魅了は解けたわ」
商会長は、悪魔の魅了の魔法にかけられていた。
徐々に虚ろだった目がはっきりした商会長は、酒場にいることに驚いた。
「私は、どうしてここにいるんだ?」
ここに来る前後の記憶が曖昧だという商会長。セスランの説明で状況を知って、驚きとともに頭を抱えた。
「なんという事だ!商会と娘がそんな目にあっていたなんて!」
対面に座る魔女と魔法使い。横には悪魔な美女。混乱しかけるが、大商会を束ねる商人の根性でどうにか現実を受け入れたようだった。
「ご迷惑をおかけした」
「いえ。しっかりしたお嬢様が、頑張って商会を守っていましたよ」
げっそりとした商会長に、メリッサは出来る限りのフォローを言った。
「では、説明してもらおうか」
セスランに促され、それまで黙っていた悪魔の美女が声を上ずらせながら話始めた。
「こ、この人の、ライバル店の店主に依頼されたのよ。商会長を誘惑して,散財させて情報を盗んで、それから魔道具開発で失敗するように仕組めって――」
数年前に妻を亡くした商会長は、未だ立ち直れておらず、商会と娘の将来を一人で背負って疲れていた、その心の隙間を衝かれて簡単に魅了にかけらてしまったらしい。
魔道具開発も、魔塔の魔法術師を雇って結婚させ、研究を頓挫させて商会と魔塔との友好な取引先としての信用を落とすのが目的だった。
商会長の優秀な娘たちを陥れるべく、彼女たちをを魅了にかけようとしたが、心に付け入るスキがなく、仕方なくレナの結婚を無理強いさせる形で親子関係を壊そうとした。
ところが、レナは結婚が嫌で父親にストライキを起こし、意志の強いエマは家に邪気を振りまいても商会の経営を続け、そのうえ、魔女に助けを求めた――。
「――だそうだ。商会長」
「そんなことが。あの店の店主がそこまでするとは」
すべては傾きかけたライバル店の、醜い嫌がらせだった。
「わ、私はもう話したわ!」
悪魔は立ち上がり、そのままじりじりと後ずさる。
「どうする?」
メリッサは悪魔をどうするかセスランに委ねられた。相手が背筋が凍る思いでそこに立っている事など知る由もなく、メリッサはずっと聞いてみたかった事を口にした。
「あなたのような悪魔はどうやったら雇えるんですか?」
「はあ?」
「答えるんだ」
「ひっ」
一瞬メリッサに威嚇するような返事をした悪魔が、セスランの一言で息を飲んだ。
「‥‥‥契約を。悪魔の取引は契約を結ぶのよ。私の場合は金品だったり、相手のエナジーだったり、若さをもらったりする。悪どく濁った人間が呼べば、たいていどこかの悪魔が寄ってくるのよ。人間のフリをしてね」
「では今回は何と引き換えに契約を?」
「契約者の娘の若さを貰ったわ」
――それは、よろしくない。
「娘さんにそれを返して」
「嫌よ!」
「返すんだ」
「――わかったわ」
何故かメリッサの言うことは拒否するのに、セスランが言うと悪魔は言うことを聞く。
メリッサは再びフードをめくって、セスランを見てみようとした。が、動こうとした瞬間、またフードを抑えて頭ごと引き寄せられた。
「他に聞きたいことは?」
今度はセスランにがっしりホールドされて、顔が胸に押し付けられて周りが見えない。
「もうありません。それより離してほしいです」
「ではこの悪魔はどうする?」
メリッサの訴えはスルーされて、まったく離してくれない。
「やっつけるとかですか?」
「そうしたいか?」
悪魔は小さくひいっと悲鳴を上げて懇願した。
「さっき見逃すって」
「俺より彼女の意思が優先される」
メリッサは視界を塞がれていたが、悪魔の絶望感が伝わってきた。セスランの言ってることは依頼を受けた魔女であるメリッサが、責任を持てという意味なのだろうと思った。ならば、悪魔に沙汰を下すのは自身の役目だ。
「事情が分かったのでもう帰ってもらいましょう。悪いのはライバル店の方なので」
「そうか。商会長は、異存ないか?」
商会長は突然話を振られて、びくついた。目の前の魔法使いだという青年の問いかけに言葉も出ず、もちろん否定などもってのほかで、必死に首を縦に振った。
悪魔は主導権が何故か魔女の小娘にあることに苛立ちつつ、目の前の圧倒的すぎる存在の前から逃げるのを今か今かと待っていた――。
「あ!」
「どうした?」
メリッサは、大事な事を言うのを忘れていたことに気が付いた。
「美人な悪魔さん。悪事はもう働かないでください。魔女に暗殺依頼が来るの迷惑なんです。暗殺しようとか考える人って、悪魔に魅了されてる人もきっといるでしょう?」
「はあ?出来るわけないでしょ!そんなことで足止めしないでよ!」
悪魔は反射的に言い返した。言ってすぐ凍り付く。
「魔女殿は、良い子になれと言っているんだ」
「ひぃっ!わ、わかったわ」
悪魔は、真っ青になって必死に服する。
言いたい事もなくなったメリッサは、悪魔よりも、自分の置かれた状況の方が気まずくなってきて、終わりを告げた。
「では、お帰り下さい」
「帰れ」
ガタガタ!バン!
悪魔は脱兎のごとく駆け出して、外へ逃げ去った。
「もう離してほしいです!」
メリッサも羞恥心で逃げ出したい心境だった。
やっとフードを抑える手の力が緩んだ。
メリッサはすばやく身を引いて、フードをとってセスランを見た。
「あれ?」
いつもの穏やかなセスランがそこにいた。
「悪魔祓いは終わった」
「そう‥‥‥みたいですね」
もっと儀式めいた魔法で戦うとか、そういうのをメリッサは密かに想像していたのに、全然違った。
悪魔は最初から怯えていて、すぐに降参して洗いざらいしゃべって逃げて行った。
向かい側に座る商会長は、真っ青になって一言もしゃべらない。
見てはいけないものを見たような、そんな表情をしている。
「魔法使い様。何か魔法を使ったんですか?」
「何も。きっと神秘的な魔女を恐れて逃げたんだ」
知れっとした顔で、何事もなかったかのように彼は微笑んだ。
「それ、絶対違いますよ!」
タイトル変更しました。内容は変わりません。




