93.魔女への依頼は悪魔祓い5
――夕刻。
「お腹いっぱいで幸せな気分になれたので、依頼の続きも頑張れそうです」
「君が幸せな気分になれたなら、俺としては目的達成だな」
彼は、時々甘やかすような言葉をさらりと言う。お貴族様の遊びだと思うことにして心を落ち着ける。魔女は動揺するところ見せてはならない。
「ありがとうございます。とてもおいしかったです」
「ああ」
いつもより、くだけた感じで彼は嬉しそうに微笑んだ。
「それでは、行きましょうか」
聖都の商業店の激戦区。その裏手にある劇場。
夜な夜なお嬢様が足しげく通っていた、ということになっている劇場がもうすぐ開場する。
聖都でも屈指の伝統を誇る劇場は、オルテンシア王国から来た劇団が長期公演中だった。チケットもそれなりに値段がする。大商会のお嬢様は劇団に夢中になり、何度も見に来ていたらしい。
商人としては、話題の劇団を見ておいた方がいいと、父親の商会長を誘って観劇に来た日から彼の様子がおかしくなった。舞台女優のファンになり、劇団に多額の寄付をしたらしい。
観劇に夢中になって通っていたいだけのレナを、商会長に悪魔付きだと思い込ませて、魔女を呼び出す作戦を考えたのは長女のエマだった。
娘が悪魔に憑りつかれたと信じ切っている商会長に、貰ったチケットを使って劇場に入った。
あたりを見渡す。初めて見る劇場内は広く客席が二階まである。
「商会長が言っていた悪魔はここにいるんでしょうか?」
「どうだろうな」
続々と客が入ってくる。座席が埋まりだした。二人は二階席の中ほどの端の席に座った。薄暗く、柔らかい椅子。
劇が始まるまでには時間がある。
メリッサは魔力探知をしながら、客席を観察していた。
「観客の中には何人か魔法術師がいますけど、邪な感じのする人はいませんね」
「そうだな」
魔力を隠している魔法術師を見つけるあたり、二人はかなり特殊だった。
場内の照明が落とされ、作られた暗闇によって異世界に運ばれるように空気が変わった。
メリッサはかぶっていたフードをおろした。
「セス。実はわたし観劇が初めてです」
「それじゃあ、楽しむとしよう」
――ピアノとバイオリンの音が響き、幕が上がった。
眩しく煌びやかな舞台に、メリッサは一瞬で心を奪われた。
綺麗な衣装をまとい、軽快に踊り歌う。楽曲の臨場感。
物語が進むのを楽しみながら、怪しい人物がいないか注視するが、舞台上には魔力持ちは誰もいない。
――が、物語の途中で、やっとその人物が現れた。
「あ!もしかしてあれですか」
隣のセスランに小声で言った。
舞台の上には角の生えた悪魔を演じる男がいた。
ワイヤーで吊るされて空を飛んだり、魔石を使って光る魔法を演出したりする。舞台装置は派手で見ごたえがあった。
「魔力はないですし‥‥‥人ですよね」
「人間だな」
その役は、人間の女性を魅了する悪魔だった。
何人目かの悪魔に魅入られた女性役が出てきたところで、メリッサはふと違和感を感じた。
「あの女の人!」
魔力とは違う、異質な何かを感じた。それは存在の違いだ。
「あれが悪魔だ」
セスランが囁くように言った。
本物の悪魔が、悪魔に魅入られる役を演じていたのだった。
◇◇◇
「悪魔本当にいましたね」
「ああ」
一時間半ほどの演目だった。外は真っ暗で劇場の外は夜の繁華街に変わっていた。
「商会長がレナの後をつけて見たと言った悪魔は、舞台上の役者で人間でしたね。それをエマが商会長に見せて妹が悪魔付きになったと思い込ませたんですね」
「父親があれだけ虚ろな状態なら、騙すこともできるだろう。魅了が深まれば、判断能力も失われる」
おかしくなった父親。、マルグリットの鑑定での悪魔付きを指摘され、エマは魔女を呼んだ。
「舞台女優に扮した、本当の悪魔に憑りつかれていたのは商会長の方‥‥‥」
憑りつかれた商会長は自覚がなく、娘が憑りつかれたと思い込んでいる。
依頼の全貌が見えてきた。
と、同時に、ただただ、観劇を楽しんでしまった。
「観劇はどうだった?」
「楽しかったです」
「俺もだ」
魔女への依頼を遂行中なのに、つい一人ではないと気が緩む。それに、潜入調査のようで密かにメリッサはワクワクしていた。
「そろそろ、本命の時間ですね」
夜の繁華街は、人通りが多かった。その時間帯に人が集まる場所を目指して、劇場のさらに裏の路地へ向かう。そこには、酒場が並ぶエリアがあった。
エマの情報によれば、夜な夜な商会長は酒場に出かけるらしい。
酒場エリアには、仕事終わりの人たちが集まっている。魔法術師やガラの悪い冒険者がちらほらいた。
「セス。実は酒場に行くのも初めてです」
「君は、絶対一人では行かないでくれ。特に今からいくような場所には、本当は連れて行きたいくないんだが‥‥‥」
彼は眉を寄せて、何かを言い淀む。
「魔女は依頼のためなら、酒場くらい行きますよ」
「くらいって、初めてじゃないか」
「そうですけど、一人じゃないならいいんでしょう?」
メリッサはずっと前から酒場に行ってみたかった。親友のスーリアは連れて行ってくれなかったし、師匠にも生意気だと却下されていた。
今回はチャンスだ。魔女の依頼という大義名分があるし、彼がいる。
期待の目で見つめれば、セスランはややあってから不本意そうに言った。
「わかってる。が、君が何かしでかさないか心配だ。絶対余計なことはしゃべらずに大人しくしているんだ」
「うっ。なんでそんなにやらかす前提なんですか。わかりましたよ。大人しくいています」
店の入り口の前で、念押しされた。メリッサもそこまで言われれば、渋々だが言う通りにするしかない。
二人はエマから聞いた、ある酒場に入った。
今日は、やたらと煌びやかな場所にばかり縁がある。扉を開けた向こうの世界は、鏡張りの壁とシャンデリアが、これでもかと魔鉱石で輝くギラギラした場所だった。
そして、メリッサの目を一番引いたのが――。
「綺麗なお姉さんが沢山います!」
「そこなのか?」
店員が美女ぞろいだった。そのすべてがプロポーションに自身あり、といった美女だ。
「やはり、帰ろうか」
「え?ここまで来たのにですか?」
メリッサは好奇心の瞳で訴える。ここが依頼を達成する一番大事な場所なのだ。
「‥‥‥さっきも言ったが、なるべく、大人しくしていてほしい」
複雑な顔をしたセスランはフードを外して、その髪と瞳をあらわにした。それだけで、高貴なオーラが溢れ出る。
いきなりの美丈夫の登場に、店中が色めき立った。
「「いらっしゃいませ!!」」
ものすごい勢いで、彼に店員が群がった。




