92.魔女への依頼は悪魔祓い4
鑑定室に入ってきた商会のお嬢様は、深々とお辞儀をして挨拶した。
商人の娘らしく、利発で気の強そうな彼女は、エマと名乗った――。
「ぜひお願いします!家族を助けて下さい!」
エマは魔女の助手として魔法術師がついてきてもいいと快諾した。とにかく魔塔にばれさえしなければいいと条件はそれだけだった。もちろんマルグリットの信用が保険になっている。
目立ちすぎるセスランを隠すために、ローブをかぶってもらったが、よりダークな美貌に変貌して、いまいち逆効果だった。
エマも例にもれず一瞬見とれていたが、普段の客商売のなせる業か、すぐに切り替えて商人の顔に戻った。
「このままでは、店が傾いて従業員たちが露頭に迷うことになります。それだけは絶対に阻止したいんです!」
大商会のご令嬢は、メリッサより少し年上くらいなのに、父親の代わりに商会を守ろうと必死だった。その必死さに、魔女のメリッサも心が揺さぶられるものがあった。
「わかりました。ご依頼。お引き受けいたします」
「ありがとうございます!」
エマは、笑顔を見せる。わずかでも打開に向けての足掛かりができたからだろうか。
メリッサは好奇心と報酬のためと思っていることを、少し申し訳なく感じた。
「家に魔女様をお呼びするために、次女が悪魔に憑りつかれたフリをしています。そうでもしないと、父は家に魔女様を入れてくれないので」
なかなか手ごわい父親を、相手にしなければいけならしい。
さっそく占いの館を出て、メリッサ達は商会へ向かった。
◇◇◇
商会は聖都でも屈指と言われるだけあって、大きなお屋敷だった。しかも、魔塔から近い一等地に店を構えている。
商会の応接室に通されると、エマが壮年の男性をつれて来た。
「魔女殿よく来てくれましたな。私はここの商会長ハワードです」
「この度依頼を受けました、芙蓉の魔女の弟子の魔女です。それから彼は助手の魔法使いです」
メリッサはいつも名前を名乗らない。魔女は魔女だ。精霊たちが呼ぶ蒼玉の魔女の呼び名では名乗らない。
セスランも適当で、魔法使いという呼び名でいいということになった。
「魔女殿と魔法使い殿でよろしいかな?」
「はい」
さすが商会長。ローブを被ったままの愛想のない変わった人種相手でも、順応力を発揮してくれる。
悪魔に憑りつかれているらしい商会長は、愛想よくしているが、見るからに頬がこけて顔色が悪い。
「そうですか。ではさっそく。娘の部屋に行きましょう」
見た目の外観どおり、無駄に屋敷が広い。長い廊下を歩いて離れのような場所にその部屋があった。
「魔法使いが入ってもよろしいですか?」
一応、お嬢様の部屋に男が入っていいか許可をとる。
「ええ。大丈夫ですよ。医者だって入るんですからね」
「では、失礼します」
メリッサは扉を開けた。
日当たりのいい部屋のはずが、薄暗い雰囲気で冷たい感じがする。
ベッドには、次女のレナが横たわっていた。
「どうして悪魔付きだとお思いになったんですか?」
瘦せこけたレナは、虚ろな目を開けたままこちらをちらりと見た。
「娘が会っていた男が、人間とは思えないような奴でしてね。頭に角の生えていて、魔法のようなものを使っていたんですよ。空だって飛んでいた。もはや人外でしかありえない。エマもあれは悪魔だと言っていました」
「――だから、悪魔付きだと?」
娘の行動を不審に思った商会長自ら後をつけ、目撃したこと言っている。
「少し、窓を開けてもいいですか?」
「はい」
窓を開けると、淀みが薄れていく。
ベッドサイドの棚の上に、メリッサはポケットから取り出した水晶を置いた。
この邪気がこもる部屋をにい続けたら、気が滅入る。
「お嬢様?」
メリッサはベッドサイドに立ち、その瞳を覗いた。
やせ細ってはいるが、その眼光はしっかりとしていた。
眼だけで合図する。
「これは、大変ですね」
魔女を呼ぶために、悪魔に憑りつかれた演技をするなんて――。
「――で、どうですか娘は?」
応接室に移動してから、商会長は身を乗り出して結論を知りたがった。
メリッサは商会長とソファに対面で座り、セスランは後ろに立っていた。
「まだ、なんとも。その悪魔と会っていた場所に行ってみます。結果はそれからご報告します」
「そうですか。どうか娘を助けて下さい」
すがる目を向けてくるが、言葉に心がこもっていない。むしろ、言っている商会長の方が倒れそうだ。
「魔塔の魔術師に、この件を解決してもらおうとしないのは何故ですか?」
メリッサは、世間体だという理由は承知の上で、悪魔に憑りつかれたこの男は何と答えるのか興味本位で聞いてみた。
「魔道具開発が魔塔の専売特許ではなく、商人にも認められているのはご存じでしょう。うちの商会でも今後は魔道具を作って売ることにしたんですよ。そのためにいい人材を引き抜きたいんです。一番手っ取り早いのが結婚じゃあないですか。確実に縁を結べる方法ですからね。それが、娘が悪魔付きになったから助けてくれなどと言って、傷物だと知れたら婚姻が破断になってしまうでしょう。だからあなた様に依頼したんですよ」
商会長は疲れ切った顔をしながら、自信たっぷりに語った。
その、ちぐはぐさが痛々しい。
「お嬢様は、納得されてますか?」
「それはもちろん。父親であり商会長の私が決めたことですから」
◇◇◇
「――はあ。とっても息苦しい家でしたね」
メリッサ達は商会を後にして、飲食店が並ぶ通りを歩いていた。
外の空気がいつも以上に爽やかに感じる。
「淀んだ人間が一人いると、闇が広がるからな」
メリッサの脳裏に浮かぶのは、あの今にも倒れそうなのに、傲慢な言葉ばかり自信たっぷりに話す商会長だった。
「商会長は、自分が憑りつかれているくせに、娘が悪魔付きだと信じ切っていましたね」
「本人に憑りつかれている自覚がないからな」
本人の意志ではないにせよ、娘たちへの暴言に不快な思いをした。
娘曰く、全くの別人。元は快活で、三方よしの精神で商売をするような父親だったそうだ。
娘のエマには、家を出るときに袋いっぱいの水晶と魔よけの効果のある石を渡してきた。家屋と商会中の空気が淀んでいたので、屋敷中に石を置けば少しはクリーニングされるだろう。商会では従業員たちの喧嘩も増えて大変だと言っていた。
ざっと商会の屋敷中をセスランに透視魔法で視てもらったが、悪魔はいないし、魔力持ちの人間もいなかった。
「悪魔に憑りつかれるって、質が悪いんですね」
「言っただろ。悪事を働くのが奴らだ」
メリッサは立ち止まった。
「‥‥‥癒しが欲しいです。今すぐにでも肉球をムニムニして忘れたい」
「肉球はないが、甘いものならある」
「え?」
セスランは通りの反対側にある、カフェを指さした。
「少し休憩しよう。どうせこれから行く場所は夜まで入れないんだ」
「でも」
ちょうど昼と夕方の間くらいで、お腹も空いていた。
「ケーキをごちそうしてあげるから、機嫌を直して」
「ええ??」
そう言ってセスランは、メリッサの手を引いて店へと向かって行った。
おしゃれな木とレンガの温かみのあるカフェは、ちょうどティータイムで女性客がほとんどの席を埋めていた。
「セスは以外と甘党なんですね」
テーブルにはもう置く場所がないくらい、ケーキが並んでいる。
「そうだな。甘いものは好きだ。ラファエルが毎日午後におやつを用意してくれるから自然と食べたくなる」
「うらやましい。ラファエルを下さい。大事にします!」
「メリッサのお願いでもそれだけは聞けないな。その代わりに君が会いに来たらいい。君の分も用意するように言っておく」
何気ない会話をしているいが、セスランは相変わらず、店中の女性客の視線をさらっている。
嫉妬のこもった敵意の視線は、やっと無視できるようになってきた。
メリッサは、彼の美貌とふるまいには気合で慣れようと努力している。そうでなければ心臓が持たずに早死にする。
雑念をはらってケーキに集中すると、クリームの塊ともいえるモンブランの甘さが口に広がった。
「おいしい‥‥‥」
とても美味しいが、やはり考えてしまう。
思い出すのは痩せた次女のレナだった。父親へのストライキで食事を拒否し、ひきこもっていた。
勝手に決められた結婚への拒絶と、父親のための演技。
「悪魔祓いどうしましょう。あんなに痩せて、お嬢様は危ないことしますよね」
「父親に比べて、よほど意志が固いな」
彼はあっという間に、三つ目のオレンジケーキにフォークを入れた。
エマは代理で商会を切り盛りして、店を傾かせようとする父親のフォローをするのも限界だった。
マルグリットの所に来たのも、思っていた以上に切羽詰まった状態だったからだ。
「もし、このままだったら商会長はどうなりますか?」
「悪魔を使った側の契約にもよるだろうが・・・・・・よくはならないな」
セスランは言葉を濁した。メリッサにもその意味がわかった。やはりあのままでは、壊されて命まで危ういのかもしれない。
メリッサはフォークを置いた。
「魔女は、依頼人に感情移入してはダメなんですけど・・・・・・あの人たちを助けたいです。セス、力を貸してもらえませんか?」
とにかく、目の前の困っている人を助けたい。魔女は正しく魔法を使い、善き魔女であれと古の魔女の言葉がある。
好奇心と報酬も大事だが、情けは人のためならずだ。
「もちろん。君ならそう言うと思っていた」
セスランは優しく微笑んだ。その表情につられて、メリッサは、やっと商会に行ってからどんよりしていた気持ちが浮上してきた。
「セスがいてくれてよかったです」
「それはよかった。暗い気持ちでいると、悪魔に負けてしまう。魔女は気持ちの切り替えが大事だろう?」
彼がそう言うと、元気いっぱいな声の店員がやって来た。
「お待たせしました。ホットアップルパイです」
「!!」
メイド風の制服を着た店員が、テーブルに新たな皿を置いた。
丸い焼きたてのアップルパイに、アイスクリームが添えてある。
メリッサは、絶妙な焼き色とツヤツヤな生地に思わず感動し、うれしさがこみ上げた。
「セス!」
「これで明るい気分になれるだろ。一緒に分けて食べよう」
「はい!」
メリッサは依頼の事は一旦忘れて、大好物のアップルパイを堪能することにした。
優先順位は状況によって変わるのである。
セスランが切り分けてくれるのを眺めながら、メリッサは味わうのが楽しみで仕方がなかった。




