90.魔女への依頼は悪魔祓い2
「――あのマダムの客の依頼か。それで、悪魔祓いをしてほしいだって?」
「はい。マルグリットから是非にと頼まれた依頼です」
セスランは、わずかに眉をひそめた。
メリッサは、手紙の内容と、マルグリットから聞いた話をまとめて説明した。
――悪魔に憑りつかれた家族を助けてほしい。
聖都でも屈指の大商会を経営する商会長が、悪魔に憑りつかれた。性格が急に変わり無駄な散財をしまくるようになり、二人いる娘のうち、次女の結婚まで勝手に決めてきた。
商会長の妻は亡くなったばかりで、誰も商会長を止められない。憑りついた悪魔を払ってほしい。
「――と、長女からの依頼です。それで悪魔の祓い方を教えてほしいんです」
「君がやるのか?そんなことは魔塔にでも依頼したらいい」
セスランも、メリッサがマルグリットに言ったことと同じことを言った。
「実は、次女の結婚相手が魔技研の魔法術師で、魔道具開発のすごい人らしく魔塔ともめたくないと」
マルグリット曰く、商会長はその魔法術師を、魔技研よりも多額の研究費で釣って、スカウトしたと言っていた。
引き抜きをかける手前、商会長の件は頼みづらい。
魔道具開発のすごい人は、メリッサはこれからの資材庫番の仕事の為にあえて誰かをマルグリットに聞かないでおいた。
「俺もそれが誰かは知りたくないな」
「ということで、師匠ならさくっと悪魔祓いでも、祓ったふりでもして解決するんでしょうけど。わたしは悪魔に会ったことがないので、憑りつかれてどうなるかも分からないんです」
メリッサは精霊たちや女神様と会ったことはあるが、悪魔は見たことがない。
セスランは少し考えてから、言葉を選ぶように言った。
「‥‥‥簡単に言うと、悪魔のおもちゃにされる。とにかくひどい目にあって最後は飽きて捨てられる」
お嬢様の手紙の情報だと、商会長は人が変わったように無駄に散財しまくっているらしい。まんまと罠にかかっているということだろうか。
「どうしたら、助けられるでしょう?」
「祓い方は‥‥‥会ってみないとわからないな。本当に悪魔なのかどうか。それにしても、家業手伝いにしては頑張りすぎじゃないか?」
「マルグリットにはお世話になっているので」
彼がこういう言い方をするときは、心配しているのだとメリッサにも分かるようになった。それは素直にうれしいのだが、メリッサにも頑張る理由がある。
「あのマダムなら断っても大丈夫だろ」
「それはそうですけど‥‥‥」
「断わらない理由は?」
流石にセスランには、義理だけが理由じゃないと気づかれていた。
「‥‥‥悪魔に会ってみたいんです」
「君は十分人外に知り合いがいるじゃないか」
「ダークな存在にも興味があります。それに‥‥‥」
メリッサは、人助けがしたいからというお綺麗な理由ではなく、正直に本音を言った。
「依頼報酬がめちゃくちゃいいんです!師匠の代理で受けた依頼の報酬はすべて借金返済に当てていいことになってるんで、なるべく受けたいなと」
思わず切実さがにじみ出るような言い方をしてしまった。が、彼はメリッサの借金の理由をよく知っているから今更だ。
「報酬は確かに必要だろうが、その好奇心はどこから湧いてくるんだろうな」
セスランが、内心では悪魔に関わってほしくないと思っている事など、メリッサはつゆほども知らない。
「悪魔を祓う魔法はどうやったら出来ますか?」
魔法はとにかく探求心と実践だ、とメリッサは思っている。
これまでのセスランの魔法のすごさから、きっと彼なら知っていると確信めいたものがあった。
「聞いてすぐ出来るほど簡単じゃないし‥‥‥君はやらない方がいい」
「簡単じゃないのはわかりますけど、どうしてですか?」
「君の魔力は特殊だから、気に入られて付きまとわれるようになる」
――付きまとわれる?
他人と違う魔力だという自覚はあるが、それほどのものなのだろうか。
それに、彼に簡単じゃないとやんわり断られるのであれば、実力的に無理だという事なのだろう。あきらめるしかなさそうだ。
「付きまとわれるのは困りますし、実力不足なので、やっぱり依頼は断ることにします」
メリッサはシュンと肩を落とした。
報酬と好奇心が砕け散った。
「――君は、助けてほしいと言ったな」
「?はい‥‥‥ふぐっ!!」
メリッサは顔をあげて彼の方を向いた。距離が近かったことを忘れていた。
「魔女への依頼を助ければいいのだろう。悪魔祓いを手伝ってあげよう」
「でも」
依頼について相談に来ただけのつもりだった。
メリッサは、執務机の上につまれた書類に視線を移した。
「あれは、俺じゃなくても出来るから、気にしなくていい。それに俺もその依頼に興味がある」
「え?」
「メリッサの護衛も俺の仕事だからな」
「そんなに、あちこちで問題を起こしませんよ」
「問題にならないようにするのが護衛なんだ」
セスランは意地悪く笑い、立ち上がった。
「ラファエルあとは頼んだ」
「はい」
主人をよく知る黒猫は、押し付けられた大量の書類を見て溜息をついた。
「メリッサ様に、絆されたって言えばいいじゃないですか」
黒猫は、二人に聞こえないように独り言ちた。
心配で本当は関わらせたくないくせに、結局は彼女の望みを叶えてしまう。部屋から出ていく二人を見送って、黒猫は執務机へと向かった。




