89.魔女への依頼は悪魔祓い1
聖都で一番人気の占いの館「マリアローズ」。
魔塔の近くの、アンティークの雑貨店が並ぶエリアのど真ん中に、その店はある。バラの装飾をメインにゴシック調のインテリアで揃えられた店内。
足を踏み入れると、バラの花と、煌めくシャンデリアの明かりによって異空間にいざなわれた。
メリッサは「マリアローズ」の店主である伝説の占い師、マルグリットに呼び出された――。
「あんた。眼鏡はどうしたの?」
「壊れちゃって。もう外したの」
「大丈夫なのかい?」
二年前に店を改装してから大繁盛の占いの館の店主は、歴戦の猛者‥‥‥もとい妖艶で神秘的な凄腕占い師として相変わらず店を切り盛りしている。
久しぶりに会う知人はメリッサを見て、みな同じ反応をする。マルグリットもそうだった。
「うん。いろいろあって問題なくなったから。ほら、もうわたしも大人だし」
「なんだいその理由。そのいろいろが気になるじゃないか‥‥‥ん?」
マルグリットは、メリッサをまじまじと観察した。
「真新しい綺麗なローブ。それにネックレス‥‥‥」
久しぶりに会ったメリッサは、本来の彼女らしさをそのままに表に出していた。眼鏡をしていた時は、下を向いて空気になろうとしていたのに。
マルグリットは、クスリと微笑んだ。
「まあいいわ。そのうち話してちょうだい。とりあえず二階に上がって!」
メリッサは、マルグリットにぐいぐいと背を押されて、店の二階に上がった。
「ほら、あんたの師匠宛ての依頼がこんなにたまってるのよ」
店の二階にある休憩室のテーブルに、師匠宛ての依頼の手紙が積まれていた。
「マリアローズ」は、芙蓉の魔女への依頼の窓口にもなっていた。
魔女は魔塔の魔法術師とは違って、職務や魔塔のルールに縛られない。自由な魔女は市井に潜り込み、日陰でなんでも屋のごとく庶民の依頼を請け負っていた。
もちろん、金にものを言わせて表で言えないようなことを依頼してくる者も多く存在する。魔女によってはそういう裏の依頼も受けるが、師匠はめったにそういったものには手を出さない。
「たくさん依頼が届いてるね」
師匠宛ての依頼の手紙を読んでいく。
メリッサが代理で請け負えそうなものがあるか、一つずつ確認した。
暗殺や毒の製作依頼。人を呪って欲しいだの、誰かを陥れたいだの関わりたくない依頼が割と多くあった。
「相変わらず、外道が沢山いるんだね」
「面白いほどいるわよ。恨み言はなくならないわ。それだけうちの商売も儲かるのだけど」
「どうして、魔女を暗殺者か何かと勘違いするのかな」
暗殺依頼の手紙を読んで、メリッサは破り捨てた。
「まあ怒っても仕方ないわよ、あんたの師匠はいつ帰ってくるのよ?」
「それがわからないの。もう三か月経つけど、こんなに長くいなくなったことは初めてだよ」
「芙蓉は野垂れ死にするような女じゃないけど、さすがに心配ね」
「行き先を知っていそうな人に、聞きに行ってみようとは思ってる」
と、いっても三賢者位なのだが。
占いの館に集まる芙蓉の魔女宛ての依頼も滞り始めているし、メリッサは本気で師匠の行方を探そうかと思い始めていた。
「そう。何かわかったら私にも教えて頂戴」
「うん」
メリッサは手紙を仕分けして、今日中に持ち帰って出来る依頼をまとめて鞄に入れた。
主に魔女の作ったアイテム作成依頼だ。それなら師匠の代理で出来る。出来上がったものはマルグリットを通して渡すことになっている。
魔女本人が出向く必要のある依頼はすべて断っていた。師匠のサインを代筆して、断りの手紙を魔法で飛ばしておく。断られたことを腹いせにマリアローズに乗り込んでくる酷い依頼人もまれにいるが、マルグリットにかなうわけもなく撃退されていた。
「ちょっとメリッサ。あんたにお願いがあるんだけど。この手紙も見てくれない?」
マルグリットは、テーブルの上とは別の所から持ってきた手紙をメリッサに渡した。
「なに?」
それを読んで、メリッサは驚いた。
「――悪魔祓い?」
「それを持ってきたのは、ある大商会の娘さんでね。元々はうちのお客様なんだけど、魔女に依頼したいことがあるって相談されたのよ」
マルグリットがこういう時は、上客の頼み事なのだろう。おそらくマルグリットはその商会のお抱え占い師をやっているはずだ。
「内容が難しいのだけど」
「頼むわよ」
「魔塔に依頼した方がこの手のことをやりたがる人は沢山いるよ」
「評判が商売に直結するのよ。穏便に解決したいって」
魔塔の魔法術師だって、頼めば裏で動いてくれる。
それでも、そちらを選ばないのは、やはり魔女でなくては困ることがあるのだろう。
「でもアイテムを作るのとは違って、正体明かしてしまうけど。師匠じゃないと駄目でしょう?」
「それが、弟子でもいいから頼みたいって言ってるのよ」
藁にも縋るということなのだろうか。急を要していても、できるだけ信頼できる伝手から選びたいのだろう。
「うーん。悪魔だってどうして分かるの?」
「私の占いで悪魔のカードが出たわ!実際依頼主に会ったけど間違いないわね。悪魔が近くにいる人間のオーラを感じたわ。時々お客様の中にいるのよそういう人」
マルグリットはギラギラした目で見つめてくる。こういう時は、逃がしてくれない。師匠の依頼の窓口になってくれているし、出来れば協力したい。
――師匠ならこういう依頼好きそうだから、二つ返事で受けるんだろうけど‥‥‥。
なにせ、メリッサは悪魔祓いなど、見たこともやったこともない。師匠もこれは教えてくれていなかった。
けれど、だからこそ興味はある。
「報酬は弾むわよ。なにせ大商会からの依頼だからね」
マルグリットはニヤリと笑う。手紙の二枚目を懐から取り出してメリッサに見せた。
「!!」
その二枚目には、魔女への依頼でも破格の報酬額が書いてあった。借金のことを知っているだけに、その誘い方はずるい。
「はあ。期待しないで、今日中に返事はするけど、少し相談してくるから」
「え?魔法のことであんたが相談するような人、芙蓉以外にいるの?」
「私だって、魔塔の魔法術師になったんだから、少しは知り合いが増えたの。凄腕の魔法術師に相談するから待ってて」
メリッサは鞄を肩にかけて、店を後にした。
資材庫番の休みは二日しかない。休みの間に魔女のアイテムを作りきって、マルグリット推薦の依頼をどうするか決めなければならなくなった。
◇◇◇
「ラファエル!ごめんね。セスはいるかな?」
資材庫の東階段に行けば、必ず黒猫が迎えに来てくれた。
「メリッサ様。主を呼びますね。部屋に入ってお待ちください」
猫は特別理由も尋ねずに、上機嫌でメリッサを保管庫に招き入れた。
いつものソファーに座って待つ。執務机には書類が山積みになっていて、いつもとかわらず、髑髏が置かれていた。
メリッサは待っている間に、これから作るアイテムの材料をメモ帳に書き出した。
しばらくすると、隣の部屋へ続く扉が空いた。
ガチャ。
「メリッサ!」
貴族姿のセスランが現れた。今日はオルテンシア王国の公爵の日だったのか、キラキラが増している。見慣れたはずだが眩しいものは眩しい。
「セス。お邪魔してすみません」
「いつ来てもかまわないと言っただろう。元気だったか?」
「元気ですけど。前に会ってから一週間しか経ってませんよ。それに時々見回り猫になって資材庫に遊びに来てたでしょう」
彼はおじい様が資材庫に来た日から、毎日違う見回り猫に入って資材庫の見回りをするようになった。ついでにメリッサの所に寄り道して帰る。
「主、僕の仲間からクレームが来てますよ。乗っ取られた後は眠いしものすごくお腹がすくらしいです」
「猫なんだからいくらでも寝れるだろう」
「仕事さぼりますけど?」
「猫たちの好きな食べ物を用意するから、それで手を打っておけ」
「仕方ないですね。わかりましたよ」
主と執事猫の取引が無事に終わったのを見届けてから、メリッサは声をかけた。
「セス。今日はお願いがあって来ました」
メリッサは個人的な相談をしてもいいか迷いつつ、それでも一番に思い浮かんだのがセスランだった。メリッサの秘密を知っているし、魔法の腕も確かだ。彼が親切で優しい人だとか、一応護衛だしとか、色々理由をこねくりまわしてここまでやって来た。
「お願い?」
セスランは物珍しいものを見るかのように目を見張って、メリッサの隣に座った。
「その、師匠宛ての魔女への依頼で困ったことがあって‥‥‥助けて欲しいです」
「君から、俺に頼み事をするなんて‥‥‥」
セスランは、感慨深げにつぶやいた。
一方メリッサは、頼んではいけなかっただろうかと、不安がよぎる。
「あの、やっぱりやめておこうと‥‥‥」
「わかった。話を聞こう」
「え?」
隣に座っていたセスランが、これ以上近づけないくらいに距離を詰めてきた。
それでも、触れるか触れないかくらいのわずかな隙間は空いている。
「依頼の内容は?」
近距離の彼は、公爵姿でいつもよりキラキラが増して、その破壊力は抜群だった。
「話すので。そのキラキラをどうにかしてください!」
完璧に慣れるのは、もう少し無理そうだった。
14話。メリッサの二年前の回想に出てきたマルグリットです。
「魔女への依頼は悪魔祓い」は、7回続きます。




