88.メリッサのとっておき2
――バン!
「はあ?!」
机を叩いて、急に大声をあげた公爵に、会議に参加していた全員が驚いた。
「ルベリウス公爵?どうした?」
王太子が突然声を荒げた公爵に問い質す。側近だけの会議とはいえ、先ほどから急に席を立ってうずくまったり、話を聞いていなかったりで、いつもの公爵からは考えられない行動に皆が違和感を覚えていた。
こめかみを抑えたまま、目を閉じて彼は動かない。
「おい」
「すみません。殿下。静かにしてもらえますか」
一瞬殺気にも似た視線を飛ばして、公爵はまた目を閉じて動かなくなった。
「やれやれ皆。一度休憩にしよう」
公爵がこれでは話にならない。
「会議中に魔法で何をしてるんだか‥‥‥」
公爵の、王族に対する敬意は形ばかりで、誰にも心から傅くこともなく、本物の忠誠心も持ち合わせていないことを王太子は知っている。
それでも、彼は王太子の家臣のフリをしているし、友人の頼み事は無下にしないといった態度は見せる。
それは、喜ばしいことだ。敵ではないという意味で。
「会議より大事なものでもあるのか?」
シャリアが聖都メテオーラから帰ってきてから、この男は変わった。
ここではないどこかを見ている友人の、その変わりように王太子は背筋が寒くなる思いだった。
◇◇◇
「ファーレ殿から聞いたぞ。義兄上はしぶとくも健在だったそうだな」
「はい。おばあ様の心配していたことはもうなくなりました」
メリッサは祖父に笑顔で答えた。
「そうか。あれを渡してくれたか」
「はい。確かに渡しました。ありがとう。と、お礼を言付かってます」
マイムでおばあ様の兄、デービス翁に会った時にファーレから届いた手紙には、おばあ様の形見の写真入りのペンダントが入っていた。それはおじい様がいつかデービス翁に渡してほしいとずっと預かっていたものだった。
祖父と孫の会話が展開されていくのを、猫はピタリと固まったまま見ていた。
「あの強欲な男も、少しは丸くなったか」
「わたしの友人は慕っていましたよ」
時と共に、変わることのできる人間もいる。デービス翁は孫の誕生がきっかけで変わったのだ。
「それにしても、メリッサ。二軒目は良くないぞ」
「おじい様。本題はそれですね」
メリッサは、スッと足元にいた猫を抱き上げた。
「理由はファーレ殿も黙していたが、どうして学園を吹っ飛ばしたんだい?」
「それは‥‥‥」
メリッサは猫と目を合わせた。なんとなく、猫から焦りを感じる。この部屋から追い出さなくて正解だったとメリッサは思った。
彼は今この瞬間も、言い訳をするようにメリッサに言わないのだから、それに報いてあげることにしようと思った。それに本当のことなど、恥ずかしくてとても言えたものではない。
「オルテンシアの王女様に、火炎魔法を見せてとせがまれて、仕方なく見せた魔法が失敗しました」
「芙蓉も言ってたが、火炎魔法は禁止だったんじゃないか」
「美少女に頼まれたら断れませんよ。きっと、おじい様も言うことを聞いてあげたくなるはずです」
心の中でシャシャに謝まりつつ、メリッサは猫が逃げないようにぎゅっと抱いて微笑んだ。
「建築費用も元をたどれば、オルテンシアの王族から頂いたことになります。そういうことなので、師匠に怒られる時はおじい様が味方になってほしいです」
「うむ。こちらとしては、勝手に利益が舞い込んだだけだから、文句は無いが‥‥‥芙蓉の代理であまり変な依頼を受けるんじゃないぞ」
目の前にいる猫の、中の人に脅されたところから始まった。とは言えない。
ファーレは恐らくすべてを話してはいないはずだ。王女の依頼は知るところだが、それに緑陰でもあり公爵である彼が関わっているとは秘密にしているだろう。
知っていたら、おじい様は心配して、とっくの昔にメリッサに会いに来ている。
おじい様には悪いが、嘘と本当を混ぜて説明するしかなかった。
「おじい様。お願いします」
「わかった。かわいいメリッサのためだ。芙蓉には私からも叱るなと言おう。もう建物をこわしたら駄目だぞ。また芙蓉に借金は本人に返済させろと私が叱られるからな」
メリッサはにっこり笑った。
「ありがとう。おじい様」
皆に畏れられる財務長官も、祖父の顔になれば優しいまなざしに変わる。
「そういえば、眼鏡はどうしたんだい」
「それが、壊れてしまいました」
メリッサの蒼い瞳を隠すための眼鏡はもうない。かけられた魔法も解かれた。
「なるほどなあ。あれのかけた魔法が解けたか。メリッサも成長したんだな。お前に心を寄せて守ってくれる存在ができたのか‥‥‥」
「おじい様?」
「なんでもない。戻ろうか。もうそろそろ帳簿の監査も終わった頃だろう」
優しい手でメリッサは頭を撫でられた。
子どものころから変わらない。家族だと周囲に隠して過ごしていたからこそ、会える時にしっかりと愛情表現をいつもしてくれる。
「たまには家に遊びにきておくれ」
「はい。近いうちに行きます」
木材庫を出て、メリッサは財務長官の顔に戻った祖父を見送った。
「(メリッサ。君は意外と意地悪だな)」
猫はそっぽを向いて呟いた。
「どうしてですか?わたしのとっておきの秘密をセスに教えてあげただけですよ。それに上手く誤魔化せたことを褒めてほしいくらいです」
メリッサは得意気に目を細めて微笑んだ。
「(‥‥‥そうだな。ありがとう。君が気転を利かせてくれたおかげで俺は助けられたよ)」
メリッサは腕の中の猫の頬を撫でる。
「おじい様は、若いときにオルテンシアで魔道文具を流行らせて大儲けしたのは知っているでしょう。その時におばあ様と出会って、メテオーラに連れて帰ってきたそうです」
そうして、おじい様と三賢者の庇護下で、おばあ様は静かに隠れて暮らしていた。
「(財務長官には娘がいるはずだが)」
「嘘に本当を混ぜるんですよ。おじい様の奥さんは普通の主婦で、娘が一人。妻も娘も魔力なし。魔力なしの娘夫婦が存在するところだけ本当で、みんな知ってることす。もちろん孫は産まれてない設定です」
「(確か財務長官の娘夫婦は、魔塔のシェフだったな?)」
「‥‥‥」
メリッサは笑顔で猫を見つめるだけだった。
「(はあ。君のおじい様と三賢者なら、それくらいの嘘は勘単に周りに信じさせられるな)」
周囲を欺くのが仕事のような人たちだ。守るべきものがあれば、手段は択ばない。そうして、メリッサも、おばあ様から受け継いだサファイアの能力や、精霊たちと対話できる能力を隠していた。
「家族のことは、師匠と三賢様しか知りません」
「(俺は聞いてよかったのか?)」
「特別ですよ。あ、でも、ラファエルとアレイには言ってもいいですよ。きっと話したくなるでしょう」
秘密の共有こそ特別感がある。メリッサはいたずらっぽく笑って言った。
「(お気遣い感謝するよ。君が‥‥‥天涯孤独の身の上でなくてよかった)」
猫の紅色の瞳に、優しさが宿る。
モフモフの猫が、不思議と百倍可愛く見えて、メリッサは思わず猫を抱きしめた。
◇◇◇
「――はあ。やられたな」
王城の会議室で、公爵は天井を仰いでいた。
「どうした?会議をほっぽり出して何を見ていたんだ?」
後ろに立った王太子が興味深げに見下ろしてくる。
あの影で三賢者の上に立つ男が、彼女の祖父だった。
それではまるで、彼女はメテオーラの‥‥‥。
「姫じゃないか」
「はあ?姫だって?お前が興味を持つご令嬢なんて存在したのか?」
思わずつぶやいた一言に、王太子が騒ぎ出す。
聖都の戸籍には、両親はすでに他界して独り身だと記されていた。あれはやはり偽造だったか。それにしても‥‥‥人間のルールは面倒くさい。
財務長官は公爵など、絶対に認めないだろう。
「おい!セスラン!」
「殿下、俺はそのうち公爵を辞めますよ」
セスランはそう言ってそのまま席を立った。
「ちょっと待て!辞めるってどういうことだ!」
「後継は育ててあるので心配ありません」
会議室の扉を開けると、背中に向かって王太子が呼び止めた。
「おいまだ会議は終わってないぞ」
「大体話はまとまったでしょう。殿下の計画で進めて下さい」
セスランは側近たちに呼び止められても止まらずに、その場を後にした。
◇◇◇
「おかえりなさい。主」
セスランが保管庫兼自室戻ると、執事猫のラファエルが少年姿で書類を抱えて待っていた。
「ただいま」
「どうしたんですか?珍しくご機嫌ですね」
主人はオルテンシア王国の王族に呼ばれて登城すると、いつも不機嫌な顔で帰ってくるのにどうしたことか。
「面白いことがあった」
「ああ、メリッサ様ですか」
主の感情を揺さぶる存在など限られる。執事猫はやっぱりそうかと一人納得した。財務長官が現れたときに、主人は仲間の見回り猫に入っていた。その時に何かあったに違いない。
「財務長官が突然来ましたけど、ダミーで対応しましたよ。知ってると思いますけど」
「助かった。ありがとう」
セスランは、書類の山そびえ立つ執務机の椅子に座った。
執事猫は、その執務机に書類をテキパキと積み上げていく。
「で、何があったんですか?」
執事猫が話を促してくる、セスランは先ほどの出来事思い出した。
メリッサの、あのいたずらを成功させた時の、してやったりといった笑み。
前世の魔女もそうだった。度々こちらを脅かせては、得意気に目を細める。
人間になってよりはっきり自覚するようになった。
ーーいたずらっぽく、あどけなく笑う彼女は可愛い。
「主、顔が緩んでますよ。早く教えてください」
「‥‥‥驚くぞ」
笑みを忍ばせて語ったその内容に、執事猫は驚きの声を上げた。
42話で、さらりと語られていたおじい様でした。




