84.猫のために3
翌朝、メリッサはいつもより遅い時間に目が覚めた。ぐっすり寝たおかげで魔力も全回復して、すっきりしている。
メリッサは急いで身支度をして、宿舎をあとにした――。
休日だというのに、魔法技術研究所の裏の林に、研究熱心な魔法術師達が大勢集まっていた。
いつもの東階段でラファエルと合流したメリッサは、昨日の林を訪れていた。
「どうしよう。猫達の様子を見に行きたいのに、人がいっぱいいる」
「メリッサ様。母猫は子猫を連れてもっと奥の方へ移動したみたです」
「人が集まってきて逃げたんだね、遠回りして行こっか」
昨日メリッサが白猫の聖獣が産まれる手伝いをした場所が、人だかりで近づけない状況になっていた。
「これはすごい!絶滅したはずの花が咲いている」
「こっちはめったに生えない薬草とキノコだぞ」
木が二倍の大きさに成長し、昨日までなかった草花が生い茂っていた。どれも瑞々しくキラキラ輝いている。
「不思議な現象だな」
メリッサは魔技研の研究者達の会話で、大体察した。
「また、やらかしたかも」
土に流した魔力が植物の成長を促し、ちょっとした奇跡を起こしたらしい。
「メリッサちゃん!」
「ひゃあ!」
通り過ぎようとしていた所を、急に名前を呼ばれて驚いた。
「ジェイドさん」
メリッサを呼び止めたのは、上級魔法術師で緑陰のジェイドだった。
「君も見に来たのかい?朝からすごい騒ぎだよ。謎の奇跡が起きたってみんなこぞって調べにきてる」
少し興奮ぎみに、ジェイドは言った。研究熱心な彼も、この現象を調べに来たのだろう。
「わたしは、ただの通りすがりで、ラファエルと散歩中です」
「そっか。黒猫の主はいないのかい?」
なんとなく警戒するようにジェイドは聞いてきた。
「あちらの仕事で不在です」
セスは今日は公爵の仕事があると言っていた。メリッサがラファエルを連れ出してもいいように、保管庫のセキュリティを書き換えてくれていた。あの執務机の上にあった髑髏が肩代わりしてくれているらしい。
「じゃあ今日は平和だね」
ジェイドは心底安堵したと言わんばかりだ。
「僕は調査に戻る…‥‥あれ?なんかメリッサちゃん変わった?」
「え?」
ジェイドはメリッサを見つめてくる。
「うーん」
「何も変わってないと思いますよ」
身に覚えがないのでそう答えるしかない。見た目で言えば休日だがきちんと制服を着ている。しいて言えば、今日の目覚めはとっても良かったということくらいだ。
「うん。わかった。その魔道具の力で防御力が爆上がりしてるんだね」
ジェイドの視線はメリッサの胸元を見ていた。
そこには、ルビーのネックレスがある。
「ジェイドさんから見てもこの魔道具そんなにすごいですか?」
メリッサは刻まれた魔法の全てが読み取れたわけではないが、特級の魔道具だとは理解している。
「国宝級の石を普通の綺麗な石に見えるように擬態の魔法をかけたうえで、もりだくさんって感じだよ。しかも、わざとそれが相手によって読み取れるようにしてあるし。牽制かな。あの人らしいよね‥‥‥っとこれ以上は言わないでおこう」
さすが上級魔法術師のジェイドと感心するよりも、メリッサはこれの送り主にあっさり気づかれたことにドキリとした。
「こ、これは魔女への依頼の報酬で頂いたんです。特別な何かではなくて‥‥‥」
聞かれてもいないのにメリッサは言い訳してしまった。本当は報酬ではなくプレゼントだと言っていたが。
「大丈夫。誰にも言わないから。良く似合ってるし、それはそのままつけて大切にした方がいいよ」
ジェイドは微笑んでじゃあねと手を振る。
「僕は調査に戻るよ」
「はい」
メリッサはジェイドと別れて、林の奥を目指して歩みを進めた。
十分ほど歩いたところで、みーみーと子猫の鳴き声が聞こえた。
繁みに隠れていた猫の親子は元気だった。
子猫の数を数えると四匹。全員の引っ越しは出来ていたようだ。メリッサが母猫用の食事を置くとパクパクと食べ出した。
「白猫は偉い人が育てることになったよ。たぶんあの子と飼い主は似てるから、気が合うと思うよ」
母猫はちらりとメリッサを見て、すぐにまた食事にかじりついた。
「伝わってますよ」
「そうみたいだね」
手のひらサイズの子猫達はだんごになって、母猫の腹に埋もれていみーみー鳴いている。
「か、かわいい!!!」
可愛いの最上級だ。
「何この癒し。昨日頑張ってよかったよ。見て!小さい肉球!」
メリッサは子猫を指でそっと撫でた。今頃あの白猫もファーレに撫でられていることだろう。
◇◇◇
ジェイドは、メリッサと黒猫が去っていくのを見届けながら、ふと気が付いた。
――メリッサちゃんがここに来たってことは、そう言う事なのかな。
黒猫の飼い主は緑陰として、この林の騒動を見てこいと言っていたのだ。
この騒動の原因は彼女なのだろう。
ジェイドは、すうっと息を吸って、大声で皆に向かって言った。
「ファーレ様がここで聖獣が産まれたと言っていましたよ!」
ジェイドの言葉に、その場にいた魔法術師達がざわめいた。
「やはりそうか!」
「聖獣の力が奇跡を起こしたのね!」
「そうじゃないと、この植物たちの成長と発現の説明がつかないよな」
「ファーレ様が聖獣を飼うことになったんだろう。うらやましい!」
ここに集った魔法術師達に、そう思わせるのが今回の仕事らしい。
ジェイドはここへ来る道すがら、あちこちに寄り道しては聖獣が生れて、三賢者が一人ファーレが飼うことになったと吹聴して回ってきたのだ。
何はともあれ、仕事はこれくらいでいいだろう。希少な植物が目の前にあるのだから、調べずにはいられない。シェイドは草むらの中に潜り込んでいった。
◇◇◇
魔法技術研究所の上階のとある部屋に、文官の声が響いた。
「ファーレ様!魔塔の魔法術師が押し寄せてます!」
「は?何があった」
ファーレは白い子猫にミルクをあげていた。
「聖獣が産まれたと、我こそが聖獣を育てると言ってます」
「なぜその話が知られてる――。そうか、あの野郎」
ファーレは顔をしかめて毒づいた。
メリッサは言わないが、あの男は違う。
「駄目だ!全員帰らせろ!」
魔法術師なら聖獣を喉から手が出るほど欲しがる。
あの男が飼ってる黒猫は最高の聖獣だった。それ以外にも、あの黒猫がみつけてきた猫の聖獣が保管庫に数匹いる。
あの黒猫が統率しているせいで、他の猫は誰にも懐かず、あの男の支配下におかれている。
「奴だけ、ずるい」
ファーレはずっと聖獣が欲しかった。どれだけ魔法術師の高みを目指し、その地位に着いたとしても聖なる存在との繋がりだけは得られなかった。
この白猫の聖獣は最高だった。誰にも渡さない。
「ファーレ様。魔技研の裏の林でも大変なことが起きてます!」
「知らん!私は猫の世話で忙しい」
その日、ファーレ付きの文官は、押し寄せる魔法術師たちの対応に追われて全員ぶっ倒れた。




