85.久しぶりに親友と
「ビーカーとガラス棒50セット。割れ物だから、保護魔法かけてくれる?」
「わかりました」
資材庫の一般職の先輩に頼まれて、メリッサは箱詰めされたビーカーに保護魔法をかけた。
「これで、傾いても落としても割れません」
「ありがとう。助かるわ」
「一般資材庫は学生向けのものが多いですね」
「そうね。魔技研の研究者もしょっちゅう壊してもらいにくるけどね。保護魔法をかけて使えば壊れないんじゃないかしら?」
先輩は一緒に届けるための、鉱石を砕いた砂の入った袋を箱に詰めながら言った。
「保護魔法が干渉して、目的の魔法が上手くいかないらしいですよ」
「ふーん。万能そうで、そうでもないのね」
まるで魔法術師の存在そのものを言い当てるような先輩の言葉に、メリッサは苦笑した。まったくもってその通りだと。
箱のふたを閉めると、保護魔法をかけた印を書いておく。さらに軽量の魔法をかけて運び屋が持っていきやすいようにした。
「――メリッサ!」
搬入口に親友の声が響いた。運び屋で親友のスーリアだ。
「スー。会いたかった」
「私もよ」
春祭りの途中から、一か月もの長い旅行に出かけていたスーリアがやっと帰ってきた。
搬入口の向こう側に行き、メリッサはスーリアに飛びついた。
「ごめんね。メリッサに伝える暇もなくて、うちの師匠につれられて急に出かけることになったのよ」
「大丈夫。ティリア先生に聞いてたから。今日の夜はどう?」
「いいわよ!いつもの場所で!」
メリッサには話したい事が山盛りある。スーリアも、オルテンシアの王女とどうなったか早く知りたかった。
二人は頷き合った。
「今回は絶対二人だけで!」
◇◇◇
仕事を終えた夕暮れに、二人はいつものアンティークの隠れ家レストランで落ち合った。
「メリッサ。今日はアイツ連れてきてないわよね」
「大丈夫。一人だよ」
念入りに魔力探知もしてきた。なんならセスランに教わった気配を読む魔法も駆使して、アレイがついてきてないか確認した。セスランも今日はずっとオルテンシアにいると、資材庫に来たラファエルに確認済みだ。
個室に入ってから、料理をオーダーすると、スーリアがさっそく食い気味に聞いてきた。
「で、どうなったの????」
「ちょっとまって防音魔法張るから」
王族と事件がからむ内容を話すのだ。誰かに聞かれるとまずい。
「あっ。話の前に、これキロシスタ旅行のおみやげ。お菓子よ」
スーリアはメリッサに綺麗な菓子箱を渡した。
「ありがとう。キロシスタなんてずいぶん遠くに行っていたんだね」
最近キロシスタの知り合いができたばかりで、メリッサは偶然は重なるものだなと思う。
スーリアの師匠は何でも屋をやっている。時々どこからかの依頼を受けるとスーリアを連れて旅に出ることがあった。
「それじゃあ、話して」
「とにかく濃すぎて、どこから話せばいいのか困るんだけど」
「とりあえず、王女様、ルビーさんの順で」
「あ。ルビーお姉さまのことは最後に話すよ。一番衝撃だったから」
「なにその引きは!気になるじゃない」
酒豪のスーリアはエールを飲んだ。メリッサはもちろんジュースだ。それもスーリアのチェック済みのノンアルコール。
メリッサは一口ジュースを飲むと、シャシャと出かけた日の出来事を、順を追って話し始めた。
「――つまり、二年前メリッサが家を壊したところまで遡って、その時居候してた占いの館の事件の大元の犯人を捕まえた挙句に、ソル君と大叔父様の問題も解決して、王女様の恋のキューピッドまでこなして、キロシスタの王子と知り合いになったってこと?」
「まとめるとそんな感じ」
スーリアはほとんど食事に手を付けずに、ずっと驚きっぱなしだった。
メリッサも喋り続けて、まだサラダも食べ終わってない。
「で、また学園吹っ飛ばして二軒目の借金作って、王女様からの報酬がチャラになったてオチ」
スーリアは急にうずくまりだした。
「‥‥‥」
「笑ってるでしょ。笑いなよ、もう平気だから」
「ふふふっ。ごめん。限界。笑っちゃう!」
顔をあげたスーリアは目に涙をためて笑っている。
「その、学園吹っ飛ばした理由って何だったのよ」
ひとしきり笑った親友は、その日一番の衝撃だったことを聞いてきた。アレイやジェイド、リリー達緑陰の事でもなく、ソルやアナベルの事も驚いたがそれでもない。ジュナ王子とドルパも違う。シャシャと友人になったのは驚くべきできごとだったけれど一番ではない。
「‥‥‥ルビーお姉さまは、セスだったの」
「は?」
「セスだったの」
「――は?」
スーリアから、一瞬で笑みが消えた。代わりに戦闘モードの顔つきに変貌した。
「理解が追いつかないんだけど、何それ、セスランさんが、ルビーさん?」
「ルビーお姉さまは女装したセスだったって衝撃の事実。‥‥‥それで魔力暴走して学園吹っ飛ばしたの」
ピシイッ。
スーリアが持つエールの入ったグラスにヒビが入った。
「あの野郎!メリッサを傷つけたら許さないって言ったのに!」
「スー。落ち着いて!わたしだって恥ずかしくて死にそうなんだから!」
立ち上がって怒りをぶちまける親友を押さえる。
「何なの?隣国の公爵だからって、何しても許されると思ってるのかしら!」
防音魔法をかけておいて良かった。問題発言すぎる。
「もう謝ってもらったし、わたしは許したからもういいんだってば」
「アレイや王女様もひどいじゃない。知ってたんでしょ!」
それはそうなのだが、やむにやまれぬ事情があった。
「スーの言う通りだけど、セスの女装趣味を隠してあげてたんだよ」
「は?」
スーリアは立ち上がったまま、しばし唖然とした。髪を結ぶあかいリボンを指でこねくりまわしておかしな事を言う親友を見下ろして思った。
――メリッサは建物一つを破壊するくらいに、混乱していたはずだ。それでも、何かがズレている。
メリッサは二年間もルビーを探し慕っていたのだ。その人の正体が、メリッサがめずらしく心を開いていた人と同一人物だった。
ルビーと再開したときはときめいたと言っていし、本人はすでに気にしていないようだが、月の女神の秘薬を飲んだではないか――。
「もう、恥ずかしくて今でも死にそうな気分になれるよ。だって、知らずにルビーお姉さまに甘えてしまったんだから」
それに、甘やかされた。
メリッサは両手で赤くなった顔を覆った。
「無自覚なりの防衛反応かしら」
スーリアは握っていた拳をゆるめて、椅子に座った。あの人が女装趣味なんてありえないじゃない。とは親友の為に言わずにおいた。
「で、それがお詫びの品な訳?」
目ざとい親友は、メリッサのネックレスを指さした。
「これは、月の女神の秘薬の報酬で貰ったの。最初にアレイとマスターガーディアン様と約束したから‥‥‥石はセスの持ち物だから、半分はプレゼントみたいな感じだけど‥‥‥」
最後のほうは恥ずかしくて小声になった。
「よかったじゃない。アクセサリーを今までつけなかった理由は知ってるけど、初めてのがとてもきれいなネックレスだなんて最高ね」
スーリアの言葉に、メリッサはぱあっと笑顔になった。
「鏡で見るたびに嬉しくなるんだよね」
スーリアは親友の喜びように、色々つっこみどころはあるものの、生暖かい春の陽気のようなものを感じた。
「春が来たのかしら」
「え?春祭りも終わったし、気持ちのいい春だよね」
「そうね‥‥‥ああっもう!」
スーリアは深く溜息をついた。
よりにもよって、隣国の公爵だったなんて。それでいて、資材庫のマスターガーディアンで緑陰でもある。何の目的があってそんな面倒そうなことを複数かけ持つのか想像すると、スーリアには一つの答えが思い浮かんだ。謎深い雰囲気のあの人は、うまいことメリッサを囲ってるのではないか。
それにしても。一体どうして、メリッサなのだろう。
「メテオーラでは身分はあまり問題にならないけど、隣国の公爵なんて身分差ありすぎじゃない」
「そう思って公爵様対応したら嫌がられたよ」
「私はあの人。公爵をやめない限り信用できないわ」
「どうして?」
「だって‥‥‥お貴族様だからよ」
言われてみれば、メリッサにはお貴族様の価値観は良く分からない。物語の世界ほどかけ離れている気もする。貴族である彼の事は知らないことの方が多い。
「でも、セスのおかげで、おばあさまの憂いも晴れて、わたしは自由になったよ」
それはまぎれもない真実だ。
「そうね、そこだけは認めるわ」
スーリアはエールをあおって勢いよくグラスをダンっと置いた。
「だけど!!気を付けるのよ。お貴族様は何の理由もなく人に親切にしないわ」
「一応、緑陰だし。ファーレの命令でわたしの護衛を続けることになったからじゃないかな」
護衛という名の監視みたいなものだけれど。
そういう事をなぜ彼がするのかと、つっこみたいのをスーリアは我慢した。
「はあ。私がとやかく言うのも野暮よね」
あの人が、親友を守る方に動いているなら、それにこしたことはない。傷つけるために何かをするなら容赦しない。自分に出来ることはそれだけだとスーリアは思う。
「ごはん食べましょう。次は私の番ね!旅行の土産話が沢山あるわ!」
二人は手付かずだった料理を食べ始めた。それから、スーリアの旅行の話が始まり、二人は日付が変わるまで語り明かした。
39話以来久しぶりの親友登場です。




