82.猫のために1
夜。魔法技術研究所の裏の林に二人の人影と、一匹の黒猫の姿があった。
「ここはちょうど死角になっているな」
「そうなんです。魔技研の建物側からだと見えにくいので、人には見つかりにくい場所なんです」
メリッサは繁みをかき分けて、隠れている猫の元にセスランを案内した。
「朝のうちに、他の動物に襲われないように保護魔法をかけておいたんです」
木の根本に手をかざすと、魔法が解けて、一匹のおなかの大きな猫が姿を現した。
黒猫のラファエルが横たわる母猫に鼻を近づける。
「もうすぐ産まれますよ」
メリッサは用意してきた布を置いてしゃがみこんだ。
母猫の息は荒い。
セスランがファーレに報告してきてくれたが、その返事は、予想通り見つけたメリッサが聖獣をどうにかしろというものだった。
「俺がやってもいいが、どうする?」
「わたしがやります。セスは見守っていてください」
「わかった。他の魔法術師に感づかれないように周りに結界を張っておく」
「お願いします」
朝のうちは一人でどうにかしなければと思っていたが、緑陰の仕事だと言ってセスランが一緒に来てくれた。彼が来てくれたことで不思議と心が落ち着いた。結界を張ってもらえることで魔法に集中できる。
メリッサは深呼吸してから、母猫に手をかざした。
蒼玉の瞳に、星の光が煌めきだす。
母猫の中に五つの命。そのうち一つが魔力を持っているのが視える。
その一匹が出す魔力を、メリッサの体を通して吸い出し、放出する。
メリッサの魔力で母猫を傷つけないように同調して光のコードでつなぐ。メリッサと母猫は魔力の光りに包まれた。
夜の林がそこだけ明るくなる。
しばらく魔力を放出し続けていると、少しずつ、聖獣の魔力が強くなり始めた。
「魔力が増えてきました」
かざす手がびりびりと魔力を受けて震えだす。
「落ち着いて。魔力を通すコードを広げるイメージをするんだ」
セスランが誘導してくれる。
聖獣の持つ魔力が、想像以上に強く多い。
「君の魔力は、天と地を循環する。その流れを意識して」
「はい」
セスランの言葉に、メリッサは蒼玉の魔女の星の魔力が、天から流れてくるものを通している感覚と、聖獣の魔力を受け流す感覚が似ていることに気が付いた。
聖獣の魔力を、体を通して大地に流す。受け皿が出来ればそれだけ吸収するときの流れがよくなるはずだ。
メリッサの意識は大地の深くに広がり、土が魔力を吸収するのをイメージした。
思った通り、魔力を放出する時の抵抗がなくなり、聖獣の魔力を大地に流すことができた。
メリッサの額に汗が流れる。
傍にはセスランがいる。母猫と産まれてくる子猫はラファエルが看てくれる。
二人がいるから最後まで、頑張れるはずだ。
それから最後の一匹が産まれるまで、メリッサは魔力を受け流し続けた――。
◇◇◇
「みゃあみゃあ」
2時間の奮闘の末に、子猫が5匹無事に産まれた。
母猫は疲れているだろうに、休むことなく産まれた子猫を舐めてる。
「真っ白な聖獣だな」
魔力を放出しきってもなお、聖獣だけは他の子猫よりも生命力に溢れ強そうな顔つきをしている。
「とても強い子です。途中で魔力が強くなって少し焦りました。セスが一緒にいてくれてよかったです」
メリッサはへたり込んだ。二時間くらいぶっ通しで魔力を流し続けていたのだ。
セスランが誘導してくれなければ、上手くいったかどうかわからない。
「メリッサ!」
ふらつく体をセスランが支えた。
「ちょっと疲れました」
「よく頑張ったな。上手くできていた」
セスランがいつものように優しく微笑んでいる。
「ふふっ。褒めてもらえるなら頑張ったかいがあります」
メリッサが気を緩めて脱力したとたん、背中を支えるセスランの腕にピリリと魔力が走った。
「メリッサ!白猫との同調を、コードを切るんだ。君の魔力を食べられる!」
「え?」
メリッサを、体の内側から何かを持っていかれるような感覚が襲った。
体が軋み、酷いめまいが襲った。
セスランがメリッサを抱きしめる。
「欲張るな!」
セスランの魔力が、メリッサと白猫の間に放たれた。
その瞬間、猫に繋がっていた魔力を繋ぐコードが切れたのがわかった。吸い取られていた魔力の流れが止まって、重たく軋み出していた体がふいに軽くなった。
「産まれたばかりだというのに、強欲な猫だ」
白猫は早くも立ち上がり、まだ上手く身動きのできない兄妹猫を舐めて介抱しはじめた。
「セスありがとうございます。油断しました。思ったよりもたくさん持ってかれたみたいで‥‥‥動けません」
くっつきすぎているので離れなければと羞恥心が叫ぶが、体に力が入らず正直言ってセスランにもたれかかっている体勢が楽だった。
「楽にしていい。無理をするな。少し魔力を分けるから」
メリッサはこくりと頷いた。
手を合わせるように握ると、魔力が流れてきて暖かい心地の良さに包まれる。
産まれたばかりの聖獣を見やると、ラファエルが母猫と白猫と何やら話をしていた。
「母猫はこの白い聖獣を引き取って欲しいと言ってます」
「いいの?」
「魔力持ちなので、保護してもらった方がこの子にとっていいいだろうと説明しました。それならそうしてほしいと」
「それなら、ファーレの所に連れていくよ」
母猫と白猫はメリッサの方に視線を向けた。それは了承の意思を伝えようとするものだった。
「それから、この白いのはメリッサ様の魔力を産まれてすぐ食べたので、おそらく人型に変身できるくらいの聖獣に成長すると思います」
「ラファエルみたいな?」
「はい」
それは、引き取り手を選ぶ。強い魔法術師でなければ手懐けれないだろう。
「セス」
「わかってる。君の魔力を食べたことは内緒にしておこう。偶然特別な聖獣が産まれたとファーレには言えばいい。ラファエルが証言すれば信じるさ」
「本当に、セスとラファエルがいてくれてよかったです」
ほっと、肩の力が抜けた。もたれかかったまま、魔力を流しているセスランを見上げる。もうしばらくこのままでいたいと思ってしまう。
そう思った瞬間、彼と目があった。その気遣うような視線に羞恥心が最熱する。
メリッサはぐっと腹筋に力を入れて、持たれていた体を離そうとした。
「ファーレのところに届けに行きましょう!」
「まだ動けないだろう」
離れようとしても力が入らず、動けなかった。
「‥‥‥う。心臓がもたない」
「?。もう少しこのままで。動けるくらいになるまでじっとしているんだ」
「‥‥‥はい」
メリッサは、産まれたばかりの子猫を眺めることに集中して、無心になろうと努力した。
82話を読みやすいように二つに分割しました。すでに読まれた方すみません。




