81.問題発言はやっぱりそんなことだった
ガラガラ、ガシャン!!バリン!
厨房で盛大に皿が割れる音がした。
シェフたちの慌てふためく声。「失礼しましたー」と食堂の客に向かって謝罪の声が響いた。
目を輝かせるメリッサを無表情で見下ろしているセスランに、フルスイングで投げられたであろう包丁が飛んできた。
立て続けに包丁が5本。ナイフが10本。
それらの殺意のこもった包丁とナイフをすべて防御魔法で止め、宙に浮かせたまま厨房のカウンターに並べて返した。
――こんな場所で聞いた俺の方が悪いのか。
盛大に誤解を振りまいてくれたものである。
食堂にいる全員が、二人に注目した。厄介なことに謎の魔法術師が、誠実なのか不誠実なのかを見定めようという空気が漂っている。
アレイとラファエルは、この状況を完全に面白がって声を殺して笑っている。
「誰の。いや。誰と誰の子が出来たんだ?」
セスランはわざと声を大きくして聞いた。この場にいる全員の記憶を改ざんする魔法を使うより、間違いを正す方が早い。
「え?ああ、えっと。猫と猫の子どもです」
「これからは、それを先に言おうか」
セスランは穏やかな笑みを浮かべてメリッサに悟らせた。
「あ?えええ?ちがっ。わたしじゃない!猫です!猫!」
言い回しで誤解を招いたと気づいたメリッサは赤面して、言い訳を叫んだ。
食堂にいた野次馬たちは目を逸らし、くすくす笑っている。
厨房からは、調理を再開したのか、活気あふれる調理音が鳴り出した。
「さっきの言い方は誤解される」
アレイが笑いながら指摘すると、メリッサは恥ずかしさで狼狽えた。
「だ、だから猫の事なんですってば」
「わかってるって。笑いすぎて腹が痛い」
周囲の誤解は解けたが、無駄に目立ってしまった。
「アレイ。席」
「ああ、向こうの窓側行こうぜ。メリッサも一緒に」
察しのいい相棒は、しっかりメリッサを連れて行くことも忘れない。
◇◇◇
「それで、今にも子どもが生れそうな猫を見つけたから。ラファエルを連れて行ったわけ?」
アレイは朝から分厚い肉の挟まったをパンを食べている。サラダとスープにそれ以外にも三皿、朝から食べるには重そうなメニューばかりがテーブルに並んでいる。
メリッサとセスランは、パンとサラダのモーニングセットだけを注文した。
「はい。今朝方、宿舎で寝ていたら花の妖精に呼ばれたんです。猫が苦しんでいるから助けてほしいって。それで、魔技研の裏の林に行ったら猫がいて、ラファルに見てもらおうと思って呼びに行って今に至る感じです」
「その猫はどうだった?」
セスランは黒猫に問いかけた。黒猫は、セスランの膝の上で撫でられながら気持ちよさそうに目を細めている。
「今晩あたり産まれそうです」
「そうか」
同じ猫が言うのだから間違いないだろう。
「野良猫だろ、ほっとけば?」
「野生の猫なのでいつもならそうしますけど‥‥‥」
「けど?」
アレイの相槌に、メリッサは声を潜めて言った。
「そのお腹にいる猫が、聖獣なんです」
メリッサが朝からわざわざ出かけて行って、ラファエルを呼んだ理由。それが、希少な聖獣が産まれるからだった。
「三賢者様に報告するにも、確認してからの方がいいかなと思いまして」
「なるほどな」
人の住む場所の近くに聖獣が生れることは珍しい。
「ふーんお前の子か?」
アレイは黒猫を見て言った。
「違いますよ」
心外だという風に黒猫は首を横に振る。
「魔力を持った人間が自然発生的に生れるのと一緒で、猫も同じく極まれに普通の猫から聖獣が生れたりするんですよ。ただ持ってる魔力の発現が人間より早いので、普通の猫から生れる場合母猫と兄妹猫が聖獣の魔力に当てられて死にます」
黒猫は聖獣の生まれる仕組みを淡々と説明した。
「へえ。けっこう残酷な産まれ方するんだな。助かる方法はあるのか?」
アレイは興味本位で聞いているだけで、まったくの憐みも同情心もない。
「ありますよ。誰かが聖獣の魔力を引き受ければいいんです。魔力を外に出せば、母猫も兄妹猫も無事なはずです」
「意外とシンプルな方法だな」
「そうたやすくはないですが」
ラファエルは話し終えて、セスランがちぎったレタスを食べ始めた。
「それで、君はどうして食堂に?」
セスランは、メリッサ達が食堂に来たのは食事が目的ではないと思って言った。
「猫が産まれたときように、猫用のミルクが貰えないかシェフに聞きにきたんですよ。夕方までに用意しておいてもらえることになりました。それから、母猫用のごはんも作ってもらえないかと思ってきました」
猫が生まれた後の準備をするということは、メリッサは猫を助けるつもりらしい。
「そうか。聖獣が産まれるなら、魔塔の人間たちが騒ぐだろうな」
「ですよね。みんな欲しがると思います。赤ちゃんからしつけられるのは本当に珍しいことなので」
メリッサはそう言って、セスランの膝の上の黒猫を見つめた。
「君はどうしたい?」
「わたしですか?とりあえず、魔技研の敷地内の猫なので、とても嫌ですけどファーレに報告しに行きます」
「そういうことじゃなく。君は、その猫が欲しいのではないのか?」
セスランの問いかけに、メリッサはきょとんとした。
「いいえ。猫は大好きですけど、育てるのは向いてないと思います。ラファエルや資材庫にはたくさん見回り猫がいて、毎日癒されているので十分です」
「‥‥‥そうか」
普通ならもったいないと思うところを、メリッサは清々しく十分だと言い切る。
セスランの膝の上のラファエルが、隣に座るメリッサに飛びついた。
「意外だな。てっきりメリッサが飼うのかと思った」
アレイはほとんどの皿を空にして、食後の紅茶を飲みながら言った。
「聖獣は普通の猫より長命ですけど、それでも別れるのが辛くなるじゃないですか。それにわたしは白より黒派なんです」
「白?黒?」
「あのお腹の中にいる聖獣は綺麗な白猫です」
「視えたのかよ」
「うっすらですけど。わたしは黒いモフモフの方が好きです」
そう言ってメリッサはラファエルを抱きしめた。
「にゃ」
「ずるいぞラファエル。なあメリッサ俺も黒色だけど」
アレイは髪をつまんでみせた。
「アレイが子どもだったら撫でてあげましたよ」
「かわすのが上手くなったな」
二人がじゃれあうように話している。
セスランは夢の続きを見ているような錯覚を覚えた。
あの赤ん坊は、あれから魔女が育てて大人になった。
魔女が生きていたら、きっと――。
「――セス?」
蒼い瞳が心配そうに覗き込んでくる。
セスランはハッとして目を見開き、記憶の淵から引き戻された。
「どうしたんですか?セスがぼうっとするなんて珍しいですね。具合が悪いとか?」
メリッサと記憶の中の魔女が重なって見えた。
――あんな夢を見たせいだ。
「なんでもない」
心配してくれているのか、遠慮がちにローブを握るその細い手を、そっと包む。
「ファーレには俺が伝えておいてあげよう。君はもう仕事に行く時間だろう?」
メリッサは壁に書けてある時計を見て立ち上がった。
「もうこんな時間だったんですね。でもセスも忙しいでしょう?」
セスランの申し出にメリッサは躊躇いをみせた。
「問題ない。俺は自由がきくから」
セスランは三賢者代理の印であるタッセルを指ではじいた。
「セスが無茶ぶりされるかも」
「大丈夫だ。ちゃんとかわすさ」
「‥‥‥それなら、お願いします」
メリッサは抱いていた黒猫を手渡した。
「またねラファエル。朝からありがとう」
「はい。メリッサ様お気をつけて。母猫の食事は僕が届けておきますね」
「うん。よろしくね」
メリッサは黒猫の頭を撫でた。
「アレイ。お先に失礼しますね」
「はいはい。またな」
別れの挨拶をすると、メリッサは足早に食堂を出て行った。
「‥‥‥上手いこと巻き込まれにいったな」
「何のことだ?」
「ファーレに報告するって言って、首つっこむ口実作ったんじゃないか」
アレイはセスランの目的を見透かすように、ニヤリと笑って言った。
「ふん。後手に回されて後から聞かされるよりいい」
「それは確かにそうだけど。妖精に呼ばれて聖獣見つけるとか、ないだろ普通」
「昔から変なものを拾ってくるのが得意だったからな。そのたびに手を焼かされて大変だった」
セスランは目を眇めてアレイを見た。
遠い昔の愚痴を、少しぐらい言っても許されるだろう。
「お前そんな昔から誰かの世話焼いてたのか?」
ゴツ!
「痛って。なんで殴るんだよ」
「なんでだろうな。腹が立った。どうせ覚えてるは俺だけだ」
「なんだよ」
「うるさい。お前はさっさと騎士団に行け!」
アレイの黒い髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜてやる。
「うわ、やめろって!」
黒髪は柔らかく、その顔には面影が残る。
あの時、後悔しないと言い切った魔女が笑っているような気がした。




