80.メリッサの問題発言
「おい!セス!起きろって。朝だぞー」
「うるさい」
黒髪の青年が肩をゆすってくる。最悪の目覚めだ。
この男はいつも、まどろみに無遠慮に入り込んでくる。
「起きろよ。ラファエルがメリッサと出かけてるぞ」
「は?」
メリッサの名を出されて一瞬で目が覚めた。
頭上から覗き込んでくるその紫闇の瞳と、ぱちりと目が合った。
体を半分起こして、アレイに問いかける。
「どうしてラファエルと?」
そういえば、いつも起こしに来る黒猫がいない。その代わりに、この男が起こしに来た。ラファエルの魔力を辿ると、外ではあるが魔技研の近くにいることがわかる。
「さあ。朝一でここに来たらしいぞ。ちょっと出かけるってんで、お前のこと起こすように頼まれた」
「お前は何しに来た?」
「朝帰りで騎士団に戻りにくいから、こっちで風呂と朝食でもと思って」
ニコニコ笑うアレイの顔が、今日はいつも以上に憎らしい。
朝帰りのついでだとか、くだらない理由で起こされて腹が立った。
朝っぱらから人が寝ているベッドに図々しくも腰かけて、おしゃべりをされるのは不快だった。この男は昔からずっとこの距離感で鬱陶しい。
「自分の部屋に帰れ」
「いいじゃん。こっちのが快適だし。落ち着くし。夜の街での高揚感とか喧噪とか、すべてリセットされていい感じなんだよ」
その口調は、こちらの苛立ちをなだめるように、柔く甘えたものだった。
「ここは居心地がいいんだって」
アレイは子どもっぽく笑って言った。
「‥‥‥勝手にしろ。俺はまだ寝る。お前は風呂にでも入ってこい」
赤ん坊の世話をしていた夢のせいか、寝た気がしない。
セスランはふとんに潜り込んだ。
「おい。寝るなよ!いいのかよメリッサ達放っておいて」
「ラファエルが俺に何も言わずに行ったんだ。対処できる範囲の事なんだろう。あの猫はそこら辺の魔法術師より強い。危険があったら呼ばれるからいい」
それに、アレイがここにいる。ラファエルとメリッサが本当に何か危険な事に首を突っ込んでいるなら、この男が止めているはずだ。
メリッサの事は気になるが、相談されていないのに先回りしすぎるのは良くない。
世話焼きが過ぎると、また苦言が聞こえてきそうだ。
セスランはふたたび目を閉じる。もしかしたら、夢の続きが見れるかもしれない――。
◇◇◇
いつもは執事猫のラファエルが朝食を食堂からテイクアウトしてくる。マスターガーディアンのだと言えば、シェフも当たり前のように用意してくれる。だが、執事猫がいない今日は、セスランはアレイに連れられて仕方なく食堂へ来た。
魔技研の人間で、朝きちんと起きられる者だけが集っている。
「どれにしよーかなー」
アレイはメニュー表をパラパラめくって真剣に選んでいる。
「やっぱり肉かな」
「朝からよく食べれるな」
セスランは食が細いわけではないが、アレイのように朝から重いものを食べたいとは思わない。
窓側のひと気の少ない席に座っているが、周囲からこちらをチラ見する視線が絶えない。
「やはりここは落ち着かない」
セスランは、無駄に陽気を振りまいて目立つ相棒のせいだと、含みを持たせて言った。
「そう?お貴族様なら見られなれてるだろ。言っておくけど、視線の半分以上はお前のせいだから」
魔塔の制服ではないローブを着て、三賢者代理のタッセルを付けている謎の男。毎朝の食堂常連組からしてみたら、物珍しいことこの上ない。アレイは原因の半分はセスランだと言い返した。
「気にするだけ無駄」
「気にしてない。ただ、少しうっとうしいだけで‥‥‥。二人の気配がする」
「あ。ホントだな」
同じ方を向いた二人の視線の先。食堂のキッチンカウンターに、メリッサと黒猫がいた。
「メリッサ」
「え?セス?」
突然声をかけらたメリッサは驚きの声をあげた。
そのまま目を見開いて数秒たってから彼女は口を開いた。
「――セス?ですよね」
「ああ」
「髪が‥‥‥髪の色が変わってる!」
「魔塔内を公爵がうろついてたらまずいだろ。ここにはオルテンシアの人間もいるから姿を見られるといろいろと困る。それに黒ずくめに仮面でここには来たくない」
驚くメリッサに、他に聞こえないように耳打ちした。
「変か?」
「い、いえ。似合ってます!むしろしっくりくるというか。その‥‥‥」
メリッサは何かを言いかけて目を逸らした。
「なんだ?」
セスランは距離を詰めて問い詰めた。
「なんでもありませ――‥‥‥んんっ!」
セスランはメリッサの顎を指でそっと動かして、上向かせた。
目が合えば、逃げられまい。メリッサは誤魔化せないと観念したのか小さな声で言った。
「‥‥‥黒髪だと。‥‥‥ラスボス感が半端ないです」
「ラスボス?」
「こういうことをするから余計に」
メリッサは、顎にかけられたセスランの指から逃げるように後ずさって、後ろに立つ青年にぶつかった。
「おはよメリッサ」
「アレイ?。おはようございます」
「ラスボスに気をとられて気づかれないなんて悲しいなー」
「気配を消して、背後をとらないでください!」
人懐こい笑顔でからかうアレイが、抱き着こうとしてメリッサに手を払われる。
「おっと残念。ラスボスとか腹黒いこいつにはピッタリだな」
メリッサに距離を置かれても、アレイは気にせず笑っている。
「アレイ。わたしが言いたいのは、セスがとてつもなく強そうに見えるってことです!」
彼女が、無自覚に相手の力量を測るのは、今も同じらしい。
セスランはオルテンシア王国では、貴族連中に依存されるのが面倒で魔力を低く調整している。逆にくせものぞろいの魔塔内では、目立たずそれでいて、下に見られない位に少し魔力を上げていた。
それでも、すべての魔法術師がそうであるように魔力は隠している。
――感覚的に感じたことをさらりと言葉にしている時ほど、無意識で思っていることが垣間見える。
「‥‥‥怖いか?」
「怖くないです。セスは強いのに全然怖くないラスボスですね!」
彼女はあっさりと間髪入れずに答えた。
「それならいい」
笑顔で答えるメリッサに、セスランは胸をなでおろした。彼女が自身を恐れていないか確かめようとしたつもりだったが‥‥‥。不思議と体から力が抜けた。
――メリッサの拒絶を恐れていたのは俺の方か‥‥‥。
「でも、その黒髪だと、二人並んでビジュアルが強いですね。神秘的な感じを好む女性にモテそうです」
メリッサは美術品の鑑定師のごとく二人をまじまじと眺めた。
「へえ、メリッサはどっちのセスがいい?」
「どちらも素敵ですよ。なんとなく今の方が本当の姿な気がしますけど」
メリッサはまたもやあっさりと答えた。
「君の目は確かだな。セスの本当の色はこっちなんだよ」
「アレイ。もう黙れ」
セスランはおしゃべりな相棒を睨みつける。メリッサは勘がするどいくせに、女性にモテそうなどと変な方向に話を広げられそうで話を切ってやった。
セスランは、メリッサの足元に座る黒猫を見やった。
窓際の席からは少し離れていたが、わざわざ席を立って声を掛けに来た主人に黒猫が気づかないはずがなく平然とそこにいる。
「ラファエル」
「主。起こしてもらえたんですね。すみません少し所要で出かけていました」
「かまわない」
「セス。勝手にラファエルを連れ出してごめんなさい。そのすごく急いでいて。朝しか時間がなかったので、迷惑をかけると思ったんですけど、ダメ元で階段でラファエルを呼んだら来てくれたのでついてきてもらったんです」
メリッサは勢いよく頭を下げた。
「謝らなくていい。ラファエルに判断はまかせてある。それで、メリッサはラファエルとどこへ?」
黒猫の飼い主権限で、連れていかれた理由位は聞いてもいいだろう。
メリッサと黒猫は目配せして頷き合った。
「セス。あの、驚かないで聞いてほしいのですけど」
「なんだ?」
「それが‥‥‥その‥‥‥」
メリッサは頬を赤らめ、少し困ったような、それでいて嬉しそうな表情をした。
「その?」
「‥‥‥赤ちゃんがいるんです」
「‥‥‥」
「「‥‥‥」」
食堂に訪れる、沈黙。
その場にいた全員の動きが止まった。
食堂で食事をとっていた全員が野次馬と化していた。眼鏡を取ったら美人だったと噂の資材庫番と、謎の美貌の魔法術師の会話に皆聞き耳を立てていたのだ。
静まり返った食堂は、二人の声がよく響いた。
「もう一度、言ってもらえるか?」
「だから!お腹に赤ちゃんがいるんです!」




