79.蒼玉の魔女と守護天使の拾い物2
その日、村人の依頼を受けに行ったミシェルは、拾い物をして帰ってきた。
「ルキ、見てよ。迷子を拾ってきた」
「悪魔の子どもじゃないか」
「悪魔?」
ミシェルは腕の中で眠る赤ん坊の顔を覗き込んだ。
「どうりで人間と違うと思った。親を探したけど見つからないし。人里に連れて行く前に家に帰ってきてよかったよ」
悪魔を人里に連れて行ったら、どんな悪評が広がるか知れない。近頃は魔女を畏れる人間も増えてきた。
「捨ててきなさい」
「え?慈悲深い天使様が、子どもを捨てろって言うの?」
ミシェルは愕然とした。
「悪魔だ。捨てても死なない」
「そんなわけないじゃない!こんなにちっさいのに」
「現にこんなに小さくても生きてるだろ」
まだよちよち歩きのこの赤ん坊は、森の中一人でいたという。人間だったらとっくの昔に死んでいる。
悪魔は産まれてすぐ歩ける程度の赤子に成長する。そして、親が育てることもなく一人で生きる。地底に満たされた瘴気によって自然に成長できるのだ。本来は地底にいる存在が、なんの偶然か地上に迷い出てきたようだ。
「この子。うちの子にするから」
「駄目だ。悪魔だぞ」
「わたしはうちの子にすると決めたの。天使は良くて悪魔が駄目な理由ってなに?」
赤ん坊を抱きしめるミシェルの目は、珍しく真剣だった。
「私とそれを同等にするな」
「あなたも大切だし、この子も大切に育てる」
ミシェルは怠惰に時を過ごし、流されているようで、時にはっきりと決断する時がある。そんな時は何を言っても覆すことは無い。
今回がまさにそれだった。
「後悔するぞ」
「この子に限っては後悔しない。絶対に」
彼女が、はっきりと断言して叶わなかったことはない。だが、今回ばかりは事が特殊すぎる。悪魔を、それも赤ん坊を育てるなど、自分の生活すらおろそかにする癖にできるものか。
「それならば、好きにするがいい。だが‥‥‥」
「ふえ、うわああああああん」
ルキが言いかけて、それをかき消すように赤ん坊がぐずりだした。
「え?どうしたの??何?!どうして泣くの?」
ミシェルは急に泣き出した赤ん坊に慌てふためいた。
「お腹がすいたんだ」
「なんでわかるの?」
勢いよくルキの方を向いたミシェルは心底不思議そうに問いかけた。
「君が赤ん坊の時を知ってる。泣き方でどうしてほしいかくらいわかる」
「すご。パパじゃん」
「は?」
この時ばかりは、はっきりと顔をしかめたと自覚した。不本意すぎる。さっき言いかけた言葉が口をついた。
「私は悪魔を育てる手伝いはしないからな!」
ミシェルが私に頼んではいないのだから、天使の仕事の適応外だ。そうルキは思った。ミシェルが決めたのだから、本人がやらなければ意味がない。
「ねえルキ。悪魔の赤ちゃんって何を食べるのかな?」
ミシェルはルキの言葉を聞いていたのかいないのか、泣きわめく赤ん坊をあやしながらさっそく質問を投げてきた。
「人間と一緒だ。地上に瘴気はほとんどないから食べ物を欲するようになったんだ」
「ふぎゃああああ」
つんざく赤ん坊の声に、ミシェルは赤ん坊を抱きながら部屋の中をぐるぐる歩き出した。
「どうしよう?やっぱりミルク?」
「ミルクだけじゃ足りないだろ」
結局。騒ぎを聞きつけた妖精たちが魔女の家に集まってきた。食事を作る者、赤ん坊に着せる服を仕立てる者、赤ん坊のおもちゃを作るものに別れて、大慌てですべてが用意された。
「天使と悪魔が同居するなんて信じられない!」
どの妖精も、同じことを口にしながらも、魔女のために動き回って育児に必要なものがあっという間に揃えらえた。
泣きわめく赤子を腕に抱いてあやすと、目が合った。その瞳は紫闇色をしていた。
妖精が作ったミルクパン粥を一口、口に入れてやればピタリと泣き止んだ。
スプーンで一口ずつ口へ運んでやり、ミルクパン粥を鍋一杯分平らげた赤ん坊は、すぐにこくりこくりと寝始めた。
妖精が仕立てた肌着を着せてやり、ベッドに寝かしつけた。その全てを――。
「全部ルキがやっちゃったね」
ミシェルはテーブルに頬杖をついて、感心するようにルキを見ていた。
慌てふためくミシェルは端に追いやり、結局やらないと言ったばかりで世話を焼いてしまった。天使が悪魔の子守をしてるなんて、他の天使に知られたら間違いなく軽蔑される。
すでに帰った妖精たちも、若干引いていた気がする。
「君に子育てができるのか?」
「逆にどうしてあなたはそんなに凄腕なの?」
ミシェルは、天使じゃなく主夫だと言って一人納得している。
「また、加護の無駄遣いをしてしまったな」
無自覚な世話焼きを発揮した守護天使は、いつもやってしまった後に後悔を滲ませている。守護天使は気づいていないが、ミシェルはきっとこうなるだろうと思っていた。
「育てるにしてもどうして悪魔なんだ?かならず悪事を働くぞ」
「たまたま悪魔だっただけだよ。それに、たっぷり愛情を注いで良い子に育てるから大丈夫」
ミシェルは慈しむように悪魔の額を撫でる。柔らかい黒い髪がふわふわと指の間を滑る。
「この子、ルキと同じ黒髪だし、なんだか親子みたいだね」
「やめてくれ。悪魔と親子だなんてぞっとする」
「それならこの子を気に入ってもらえるように。天使様みたく良い子に育てるよ。お休み」
ミシェルはそう言ってふとんに入り込む。
「ちょっと待て」
「何?」
「そこで寝るのか?」
思わず指差したそこには、ベッドの上でスヤスヤ眠る悪魔の赤ん坊がいる。
「だってベッドこれしかないし。添い寝くらいなら出来るし。こどもの世話で疲れたから今日は早く寝る」
ルキはやらないと言って勝手に手を出した手前、ミシェルは何もしていないだろうという言葉は飲み込んだ。
「悪魔と寝るのか?」
「何?あーわかった。じゃあルキも一緒に寝る?それなら不公平じゃなくなるね。どーぞ」
ポンポンとベッドの端を叩く。赤ん坊をはさんで向こう側を。
「不公平?誰が一緒に寝るか。それに悪魔に寝首をかかれそうで嫌だ」
「この子がそんなことすると思う?」
赤ん坊のぷにぷにのほっぺを指でつつく。健やかな寝息にミシェルも瞼が重くなる。
「もう眠いから。あとは明日ね!お休み!」
いつもの夜更かしはせずに床に就く。ミシェルは小さくて暖かい存在が心地よくてすぐに眠ってしまった。
「寝かしつけられたのはどっちだ」
二人の寝顔を眺めて溜息をつくと、守護天使はその夜、なんとしてでも悪魔など捨ててしまえばよかったと後悔した。
悪魔の夜泣きにまったく目覚めないミシェルの代わりに、何度もあやすはめになったからだ。




