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【第一部完結】 ブルーインフェルノメテオーラ 蒼い業火に焼かれた魔女は守護天使と転生する  作者: 暁月シナツ


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76.別れと新たな友情

 メリッサは資材庫に出勤すると、すぐにレイズ課長に呼ばれた。


「ソルが魔法騎士団に移動になったんですか?」

「そうよ。彼はアレイ君に連れていかれたわ。ここにいた一か月は騎士の極秘任務のためだったってことになったわよ」

 レイズ課長は緑陰の一員だった。メリッサは魔塔にいる美人には、裏の顔があるとしみじみ思う。


「そんなこと」

「魔塔では割とあるのよ。騎士団案件は裏で何かあるって暗黙の了解よ。それに、彼に実力がなければ連れて行かないわ。新人で第一に入るなんてちょっと可哀そうだけどね」

「王都に帰れなくなったんですね」

「アナベルさんも司書を続けるそうよ」


 アレイが団長で、緑陰関係の仕事を振られるとなれば、きっとソルは無茶ぶりに耐える日々を送ることになるのだろう。

 アナベルが側にいれば、きっと大丈夫だろうけれど。

 レイズ課長はにっこり笑って、メリッサに今日の仕事分の発注書を手渡した。



 ◇◇◇  


 時々学園の教材が急ぎで注文されることがる。個性が強すぎる魔法術師はその時の感覚で授業の内容を変えることがよくあった。

 メリッサは、魔法薬を入れる薬瓶を木箱に入れて、学園まで運んでいた。時間指定で急ぎの時は運び屋を待たずに資材庫番が運ぶことになる。特にそれは新人の仕事だった。


「もう地面が乾いてる」

 早朝に降った大雨は、メリッサが出勤する頃にやみ、今は快晴の空だった。

 時間通りに実験室に行くと。そこに集まっていた学生が、資材庫番のメリッサに視線を向けてざわついた。


「君がうわさの資材庫番の新人か」

「メリッサ・レイニードです。先生お久しぶりですね」

 白衣を着た教員が薬瓶を受け取った。そして数秒メリッサの顔を見て考え込んだ。


「‥‥‥レイニード。あの眼鏡の子か!女子は恐ろしいな。まるで変身した蝶じゃないか」

「先生大げさですよ」

 メリッサは苦笑した。瓶底眼鏡がトレードマークだったから仕方がないけれど。


「ああ、悪いね。びっくりして。ちょっと待っててくれないか。前の実験で使った小瓶入れの空箱を取ってくる」

 そう言って先生は準備室へ消えた。

 実験室の入口で待っていると、二人の男子生徒が声をかけてきた。


「先輩。かわいいですね。彼氏とかいるんですか?」

「は?」

 いきなりの不躾発言に、メリッサは苛立だった。紳士な美丈夫を見慣れてしまったが為に、生意気な男子生徒が小者に見えてしまう。


「気安く話しかけないでくれる?」

 メリッサは興味すらないと、見向きもせずに言った。

 かわいいと言われても嬉しくない。彼氏なんかいないけどなんか文句あるかと心の中で毒づいた。


「美人だけど、こわっ。性格悪そう」

 その言葉そっくり返すわと、心の中で言い、メリッサは我慢した。立派な大人なのだから。

「なあ資材庫番なんて、落ちこぼれの行く場所だろ」

 二人の男子は、明らかに馬鹿にしてきた。

 今年の二年には、性根の腐った奴がいるようだ。

 仕事を馬鹿にするのは許せない。メリッサは言い返してやろうと、口を開こうとした瞬間――。


「やめろ。てめえら、これ以上恥をさらすな。てめえらのせいで俺たちの評価が下がるだろ」

 メリッサの前に一人の男子生徒がかばうように割って入った。

 チェリーピンクの瞳が特徴的な、美男子だった。

「先輩。こいつらが失礼なことを言って悪かった」

 彼は美しい所作で頭を下げた。からんできた生徒は、彼が来た瞬間ばつが悪そうに黙り込んだ。


「性根の腐った後輩ばかりではないようですね。あなたの顔を立てましょう」

「ありがとな」

 快活でやんちゃな雰囲気がするその男子は、なんとなく見覚えがある気がした。

 

「レイニード君。待たせたね。あれどうしたんだい?」

「少し後輩に魔法を教えていただけですよ」

 メリッサは笑顔で空箱を受け取った。先生が来て焦りの表情を浮かべた二人は、メリッサに絡み続ける根性はないらしい。魔法薬の先生は、のほほんとした見た目と裏腹に実験の鬼だった。生徒に舐められることなどありえない。

 

「では、失礼します」

 メリッサは笑顔で挨拶をした。仕事の基本である。



 廊下を歩き出した数秒後に、絶叫する男子の声が聞こえた。

 先生と、あのチェリーピンクの子は気づいていたけれど、きっと問題ない。

 今頃、生意気な男子生徒は、ズボンのベルトが壊れて皆の前でパンツを披露している事だろう。



 ◇◇◇




 学園からの帰り道。

 見たくもない焼野原の跡を通り過ぎ、メリッサは迎賓館の横を歩いていた。生徒の人だかりができ、その向こう側に王族専用の馬車が止まっていた。

 シャシャがオルテンシア王国に向けて帰るところだった。

 午前中には旅立つと聞いていたけれど、それが今だったらしい。


 「もしかして配達の仕事って」

 資材庫番のメリッサと、王族であるシャシャとの本来の距離感は、遠目に拝顔する存在なのだ。表向きはそうでなければならない。


 学生の中には、オルテンシアの貴族出身者もいる。王女様にあこがれを持つ聖都の学生も、きらびやかな美少女を見送るために集まっていた。

 迎賓館の職員と、文官たちが列をなしている。

 メリッサは、今は魔女でもなく、ただの魔塔の職員で通行人だ。

 きっと、気づかないだろうけれど、見送るためにメリッサは立ち止まった。


 護衛騎士団長の手を取って、シャシャは馬車のステップを上がる。視線の高くなったシャシャへマキシムが顔を近づけ耳打ちした。


 目を見張った彼女は、離れた場所に立つメリッサに気が付いた。

 シャシャは胸に手を当て、最上の微笑みを見せる。

 

「シャシャ。またね!」 

 メリッサの送る言葉が伝わったのだろう。彼女は小さく頷き、馬車に乗り込んだ。


 寂しさが胸に広がる。月の女神の秘薬を求めることから始まった、シャシャとの出会いは、きっと一生の思い出になる。

 走り去る馬車を見送り、メリッサは資材庫へ帰った。



 ◇◇◇




「お見送りは出来たかしら」

「はい。ありがとうございます」

 やはり、わざとあのタイミングで迎賓館の横を通るように、仕事がふられたのだ。


「とある人が、時間を教えてくれたのよ」

 レイズ課長は、グレー色の見回り猫を膝の上に乗せてモフモフを楽しんでいた。

「お礼を言わないといけませんね」

 きっとセスランが教えてくれたのだろう。彼は王族の予定を把握できるうえに、資材庫番の仕事を動かせるマスターガーディアンなのだから。


 彼はあの場にいなかったけれど、オルテンシアに帰ってしまえばしばらく会うことは出来ないのかもしれない。

 ここの資材庫のセキュリティはラファエルが補っている。四六時中、聖都に居る必要もないのだ。


 そもそも、月の女神の秘薬の依頼の為に、メリッサと共に行動していただけなのだから、もう会う理由もなくなった。

 仕事机に戻ると、日常に戻ったような気持ちになる。

 緑陰の護衛続けると言ったって、この平凡な日常に、危険なことなど起こりようもない。サファイアの因縁も解消された今、祖母の遺言も守る必要がなくなり、自由になったのだから。



「はあ」

「メリッサ様」

「ひゃあ!」

 物思いにふけっていたメリッサは、突然呼ばれてビクついた。


「ラファエル!」

 黒猫はぴょんとメリッサの膝に飛び乗った。

「驚かせましたか?」

「驚いたよ。会いたかった」 

 メリッサは思い切りラファエルを抱きしめた。モフモフがしたくてたまらなかった。


「今日のお昼休憩に、主の部屋に来ていただけますか?」

「え?シャシャ達と一緒に帰ったんじゃないの?」

「主はいつも別行動ですので。いますよ」

 ラファエルをなでると気持ちよさそうに目を細める。


「‥‥‥」

「メリッサ様?」

「上司に呼ばれたら行かなくちゃいけないよね。了解!」

 今日も会えると思って一瞬浮かれた自分を不思議に思う。呼ばれたのはきっと仕事だからだ。それだけのことなのだ。

 

 ガチャリと事務所の扉が開いた。事務員の先輩が書類を抱えて入ってきた。

「ラファエル。先輩が帰ってきた。またね!」

「にゃあ」

 黒猫相手に、独り言を喋る変な新人と思われるのは困る。メリッサはラファエルを膝から降ろした。

 黒猫はドアの隙間を縫って出て行った。


「メリッサ。あなたにお客様がきているわよ」

 事務員の先輩がメリッサを呼んだ。

「お客様?」

「搬入口の方にいるわ」

 メリッサは搬入口に向かった。職場を尋ねてくるような知り合いは、親友のスーリアくらいだけれど。

 カウンターの向こうに、制服姿のご令嬢が立っていた。


「――アナベル」

「仕事中に悪いわね。私も仕事できたのだけど。書庫の空気清浄器の魔石が動かなくなったから、新しいのをもらいに来たのよ」

 確かにカウンターには箱づめされた魔石が入っていた。アナベルが取りに来たのは、魔石を扱える新人司書だからだろう。


「どうしたの?」

「‥‥‥ソルのおじい様から伝言を預かってきたの。その、形見のペンダントをくれてありがとうって。感謝と謝罪を伝えてほしいっておっしゃてたわ」



 眠っていたデービス翁は、手の中に写真の入ったペンダントを握りしめていた。

 目覚めたデービス翁が見たのは、幼いころの家族写真。兄妹が幸せそうに笑っていた時を切り取ったものだ。

 ずっと、妹は捨てずに持っていた。そして、それが兄の手に戻ってきた。 

 朦朧とする意識のなかで、妹の面影を残した娘がそっとささやいた。

「おばあ様はきっと許してくれますよ」

 許されると思っていなかった。都合のいい幻だと思ったが、手にはペンダントが残っていたのだ。



「ソルはしばらく魔法騎士団に所属することになったわ。おじい様もソルのお父様まも、認めてくださったの。しっかり鍛えていずれオルテンシアに帰って伯爵家を継ぐようにとおっしゃっていたわ」

「アナベルはよかったの?」

「いいに決まっているわ。ソルがこれからは、婚約者がいるって言いふらすって言ってくれてるんだから。それに司書の仕事も結構気に入っているのよ」

 しっかりもので社交力のあるアナベルは、魔塔での仕事に向いているようだった。


「そう。伝言は受け取ったと伝えてくれる?」

「わかったわ。じゃあもう行くけど。その、あなたも何か困ったことがあったら図書館へいらっっしゃい。あなたはだいぶ鈍そうだから、もっと先になりそうだけど、今度は私が恋愛相談くらいのってあげるわよ」

「え?」

「じゃあね!」

「ちょっとアナベル!」 

 アナベルは言いたいことだけ言い切って、去っていった。

 

「恋愛相談って‥‥‥」

 そんな日が果たして来るだろうか。いや、来ないというのも困るけど。一応お年頃の女子なのだ。

 しばし自問して、メリッサは仕事に戻ることにした。恋愛はさておき、仕事と忘れてはいけない借金返済。

 はあ、色気もなにもあったものではない。せめて女子力を上げるため、頼もしい友人を訪ねて今度、図書館に行ってみようと思った。

 

 

 

 

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