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【第一部完結】 ブルーインフェルノメテオーラ 蒼い業火に焼かれた魔女は守護天使と転生する  作者: 暁月シナツ


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78.穏やかなときを

 ゴーンゴーン。 

  正午の鐘が鳴った。


 メリッサは東棟の階段へ向かった。本来は存在しない三階へ昇る階段を上がると、転移したかのように上層階の保管庫へたどり着く。

 扉の前で、黒猫のラファエルが待っていた。


「また、変な依頼されないよね」

「さあどうでしょう」

 メリッサは初めてここに迷い込んだ時のように、少し緊張していた。ラファエルを撫でて、モフモフの癒しで気持ちを落ち着ける。

 何か、言葉にしがたい感情が、部屋に入るのを躊躇わせた。


「メリッサ様。そろそろ」

 されるがままに撫でられていたラファエルの方から催促された。

 いつまでも扉の前にいるわけにもいかないし、上司を待たせるものではない。

「わかったよ。行くよ」

 メリッサは深呼吸をしてから、扉をノックした。

 コンコン。

「どうぞ、入って」

 いつもの、セスランの声がした。


「失礼します」

 窓際の執務机に彼はいた。今日は黒ずくめでもないし、仮面もしていない。魔法で声も変えていない。貴族の装いでもなく、初めて街であった時の魔法術師の姿だった。


「資材庫第一課のメリッサ・レイニード参りました」

 セスランは書類を書き留め、零すように笑った。 

「部下を呼んだのではないよ。メリッサ。今は仕事じゃなくプライベートだ」

「マスターガーディアン様に呼ばれたら、仕事だと思うじゃないですか」

「まじめだね。さあこちらに座って」


 セスランに促され、メリッサはソファに座った。

 不思議と安心感に包まれ、先ほどまでの緊張が解けていった。

 この穏やかで、清浄な部屋のせいだろうか。

 それとも、彼がいつもどおりでいてくれたからか――。


「オルテンシア王国へ帰ったと思っていました」

「俺はここにいる。あちらは用があればいつでも帰れる」

 セスランが隣に座った。今日の彼は、いつもより声色が柔い。


「メリッサ」

「はい」

「今日は約束を果たそうと思って呼んだんだ」

「約束?」

 メリッサは、わざわざここへ呼ばれるような約束をしただろうかと記憶をたどるが、思い当たらない。セスランは、メリッサが想起するのを少し待ってから答えを言った。 


「この部屋にある物の中で、一番高価な物を報酬として渡すと約束しただろう」 

「ああ!」

「忘れていた?忘れていたなら、あげないけれど」

 彼は、まるでお預けをして楽しむように目を細めた。


「忘れてません。ぜひ頂きます」

 魔女として、月の女神の秘薬を作る依頼を受けた時、報酬として要求していたものだ。忘れていたなどと不敬なことは言えるわけがない。

 本当は、目の前にいる美貌の青年のせいで、数日心をかき乱されて、報酬のことなど忘れていたけれど。


「忘れていても、別に怒りはしないのに」

 彼はお見通しとばかりにくすりと笑う。

「楽しみにしていたんですよ!」

 メリッサは、貴方のせいで忘れていたのだと言いたかったが、それはそれで気恥ずかしいので誤魔化した。


「では、約束通りに」

 セスランはパンと手を合わせる。その手を開くと、箱が現れた。どこからか物を取り出す不思議な魔法は、おそらく彼にしか使えない。

「これをメリッサに」

 手渡されたそれは、綺麗な彫刻が刻まれ、ビジューが埋め込まれたアンティークの宝石箱だった。手のひらに収まる大きさのコロンとしたフォルムをしていて、箱だけでもとても可愛いらしい。


「開けてみて」

 そっと、箱を開ける。

 メリッサは目を見張った。

「これは‥‥‥あの時の!」

「そう。君が初めてここに来た日に拾った石だ」


 深紅の、ルビーのネックレスが入っていた。


「――綺麗」

 美麗で、これ以上ないと思わせるほどの極上の深紅。

 空っぽだった石には、無数の魔法が刻まれているのがわかる。

 魔道具としては、間違いなく国宝級だ。宝石としての価値は、保管庫で一番高価だといえるかもしれない。


 過分すぎる報酬に、自分が勢いで言ってしまったことが、今更とんでもない要求をしたものだと思えてきた。

「気に入らない?」

 セスランの(うか)がうような視線に、メリッサは逡巡する。


「いえ、そうではなく。‥‥‥もっとこう、普通の物がいいというか、なんなら、あの辺にある魔道具とかどうです?」

「あれは呪具だ。保管庫から出すと悪さする」 

「ならあちらの錆びた剣とか?」

「君は使えないだろ?あれも扱いが難しいから誰も買い取ってくれない」


 メリッサの指さす魔道具は、どれもこれも却下された。

 彼には、メリッサが忘れていたくせに、あわよくば保管庫のものを売ろうと考えていたことがバレていた。


「お見通しですか」

「わかりやすい」

 セスランは不快に思うでもなく、ただメリッサの反応を面白がって相づちを打っている。

 メリッサの膝の上に置いた宝石箱の中で、ルビーが輝く。


「――これは、身に余ります。要求しておいてなんですが、保管庫の物はやっぱり無理があります。だからもう報酬はいりませ‥‥‥」

「メリッサ」

 セスランが途中で言葉を遮るように名を呼んだ。彼の手がメリッサの頬を包む。


「これは、保管庫にあるものだが、俺個人のもので、君へのプレゼントだ」

「え?」

「君は言っていただろ、あまり念のこもってない、まっさらで静かな感じで他の宝石に嫉妬しないような、自我のうすーい生まれたての石があるといいって」

 確かに、言った。一言一句間違っていない。


 このルビーは静かだし、生れたてでもある。最上級の宝石なので、他の石に嫉妬のしようもないだろう。ただ、念がこもってないかと言われると、刻まれた魔法の分厚さがそうと言えなくもない気がするが‥‥‥。  

 上品なルビーは、シンプルでありながらも可愛らしく装飾され、可憐な印象のあるネックレスに作り変えられていた。


「セスにとって大切な石だったのでは?半分に割ってしまってよかったのですか?」

 もともとは、綺麗な球体に成形されていたものだった。

「特殊な石ではあるけど、半分に割って使うものなんだ。君が受け取ってくれたら、使い方を教えてあげよう」

 

 メリッサは、彼個人の物をプレゼントされると知って、なんだか胸が苦しくなってきた。

 セスランの手が頬をすべり、三つ編みの髪をなでる。髪を結ぶ紅いリボンを指でなぞって、指の先に毛先をからめた。

 彼にさきほど触れられた頬は、熱となって感触を残している。

 今日のセスランは、いつもより距離が近い。

  

 離れたくても、離れられないような圧を感じる。メリッサは、ラファエルを緩衝材にして助けを求めようとしたが、どこにも見当たらない。


「メリッサ?」

「とても、かわいいネックレスだと思います」

「俺はこれを君にプレゼントしたい。君が俺にそうしてくれたように」

 セスランは、自身の胸元に手を当てた。

 ――子竜のうろこのネックレス。

 メリッサはあれを、大切な人(ルビー)を思って作った。セスランが持っていてくれても変わらずに嬉しいと思う。


「わたしばかり、もらっているみたいです。ローブもリボンも」

「喜ばしいな」

 心を込めて作られたプレゼントは、素直に嬉しい。

「セス。ありがとう。大切にします」

 ほころぶように笑顔をみせる彼女に、セスランは目を細めた。

 



 ◇


 

 

「どうでしょうか」

 メリッサはネックレスをつけてみた。

「似合っているね、鏡で見てみよう」

 セスランは、メリッサの手を引いて隣の部屋に連れて行った。

 保管庫と違ってベッドだけが置かれたその部屋には、壁に大きな鏡がかけてあった。


「ほら、とても似合っている」

 鏡に写るメリッサの胸元に、ルビーが煌めいている。

 メリッサは鏡に映るネックレスを熱心に見つめた。胸元にあるそれは可愛いし、少し大人になった気分がする。 

「初めてアクセサリーを付けました。それもプレゼントされたものでとっても嬉しいです」

「それは光栄だな」

 鏡越しに、後ろに立つセスランと目があった。

 ネックレスの石は、彼の、瞳の色と同じ‥‥‥。


「メリッサ」

「はっはい!」

 メリッサは不遜な事を考えかけて、思わずビクついた。


「そのルビーの特別な力を、使ってみたい?」

「はい」

 純粋な好奇心は素直に反応した。

「ならばこれに、メリッサの魔力を流してほしい」

 セスランはローブの中から、もう一つのルビーを取り出した。


「それは、これのもう半分ですね」

「そう、二つでひとつになるからな」

 メリッサは言われた通り、手渡されたルビーに蒼玉の魔女の魔力、星の魔力を流し込んだ。

もともと空っぽだったそれは、ぐんぐんと魔力を吸い取っていく。器が強固で、良い魔道具の素材になると思っていたとおりだった。

 

「そこまで」

 手のひらを開けると、ルビーはサファイアブルー色に変わっていた。メリッサの魔力のオーラの色そのものを表す色だ。

「君は知っていると思うけど、ルビーとサファイアは元は同じ石だ」

「本当に不思議な石ですね。サファイアに変わってる」


 石を覗き込む。入れたての魔力の渦が銀河のように煌めいている。

「これで準備ができた」

 セスランはメリッサが魔力を入れて作り変えたサファイアを握り、先ほどから、二人を映していた鏡に手をかざした。

 彼の魔力が流れ、鏡に水滴を落としたように波紋が広がった。


「――行こう」

「え?」

 メリッサはセスランに手を引かれた。

 鏡にぶつかる!そう思った瞬間だった。

 転移魔法に似た感覚を感じ、そして、まったく別の場所に立っていた。


「あれ?」

 煌びやかで豪華な居室。天蓋付きのベッド。物語に出てくるお城のような部屋だと思った。

 手を繋いだままのセスランが、そのまま窓辺までメリッサを連れて行った。



「ここはオルテンシア王国」

「え?」

 窓から見えたその景色は、本で見た王都の街並みが広がっていた。お城のような建物と庭園がここが聖都ではないと物語っている。

 唖然としつつ眺めていると、セスランがさらに衝撃的な事を言った。

「そしてここは、公爵家の俺の部屋だ。そのルビーの魔道具の能力は、俺の転移魔法を使えるようにすること」

「ええ?!鏡を通って転移してきたってことですか?」

 振り向くと、壁に掛けられた大きな鏡のガラスに波紋が揺れている。



「そう、転移しやすくするために、鏡に道を通してある。メリッサもそのネックレスがあれば一人で鏡の道を使えるようになる。道を作ってない場所は、まだ無理だが」

「そんな転移魔法。聞いたことがありません」

 心底驚いているメリッサの頭を、セスランの手が撫でる。


「特別に、秘密をおしえてあげるよ。俺は空間魔法が使える」

 空間魔法は古代魔法の英知で、今、再現できるものはいない。三賢者でも転移魔法陣を使った技術を使う必要がある。 

「セスが、王都の仕事と、あちこち掛け持ち出来てる理由がこれなんですね」

 これだけ簡単に移動できれば、公爵と緑陰とマスターの仕事が可能になる。普通は誰もやろうとは思わないだろうけど。


「もしかしてこれができるから、シャシャ達とは別行動なんですか?」

「こんな魔法を知られたら、何を押しつけらるか分かったものじゃない。緑陰であることもマスターのことも秘密にしている」


 ふと、メリッサは以前から気になっていたこと聞いた。

「魔塔の東階段は?」

「あれは近くだから簡単に空間を上階に繋いだんだ。誰でも通れるわけではない。君が初めて保管庫に来た時は驚いた。空間魔法を勝手にこじ開けてきたんだから」

「そんなことしてません」

 全く身に覚えはない。あの時はラファエルを追いかけただけだ。


「この石が、君を導くように味方をしたのかもしれない」

「そういえば」

 初めてルビーを拾ったときに、「主のもとへきてほしい」とこの石は言っていた。


 セスランがバルコニーの窓を開けた。

 暖かい風が、吹き抜けた。

 メリッサは、初めて異国の空気と景色に魅了された。

「わあ。素敵な眺めですね!」

「今度、王都を案内してあげよう」

「本当ですか!」

 メリッサは目を輝かせた。


「王都での冒険を楽しみにしておいで。護衛と案内役は任せてくれていい。君は危なっかしいから、トラブルに巻き込まれないようにする必要があるだろう」

「うっ」

 度重なる前科を知られているだけに、何も言い返せない。それでも大事な部分だけは主張しようと思った。

「一応言っておきますが、わたしは大人の魔女ですよ!」

 胸元に光るネックレスを強調しながら、メリッサは女子力と大人っぽさ感を強調した。

「わかってる。ふふっ。()()本当はこんなに可愛らしかったんだな」

 セスランは破顔して笑った。

「かわっ‥‥‥!!」

 メリッサはあわててローブをかぶった。


 

「さあ、そろそろ時間だ。戻ろうか。一緒にランチにしよう」

()()()()()()()()()()()()

 羞恥心という爆弾を返してやろうと、黒ずくめのラスボス仮面だった彼に、メリッサはローブで顔を隠したまま反撃した。

「子猫みたいで可愛いな」

 かすりもせずかわされ、逆にとどめを刺された。


◇◇◇



 保管庫に戻ると、ラファエルが少年姿で、テーブルにランチを用意して待っていた。

 優秀な執事猫である。

「お帰りなさい。主。メリッサ様‥‥‥?」

「ラファエル!お願い猫になって!」

「ええ??」


 ラファエルが見たのは、戻るなり飛びついて来た、真っ赤な顔のメリッサだった。

 少年は、主人を軽蔑した目で見た。

「主。何をしたんですか」

「何も」


 黒猫姿に戻ったとたんメリッサは、ラファエルを抱きしめた。

「はあ。やっと落ち着ける。お貴族様にもてあそあばれるのって大変。心臓が壊れるかと思った!」

「メリッサ様‥‥‥」

 黒猫はメリッサのややズレてる反応に、今度は主人を憐れむ目で見た。

 ところが、主人は嬉しそうに笑みを浮かべている。


 ラファエルはぎゅうぎゅうに抱きしめてくるメリッサの胸元に、執着心の塊のようなネックレスがあることに気が付いた。

 ‥‥‥なるほど。これはもう、逃げられない。

「メリッサ様。おかわいそうに。逃げ遅れましたね」

「ん?なにが?」

 きょとんとするメリッサに、黒猫は「ぼくは味方です」とだけ言った。

 

 やっと平静を取り戻してきたメリッサに、セスランは声をかけた。

「メリッサ、休憩時間が終わってしまう。食事にしよう」

「そうでした。今日はAですかBですか?」

「今日は特別メニューの日だ」

「やった!」

 

 二人でテーブルに着く。テイクアウトされた食堂のランチを二人で食べる満ち足りた時間。

 穏やかなこの瞬間(とき)が、これからも続くようにと想い合う。

 二人と一匹は、つかの間の憩いの時を分かち合った――。

 


 

 

 


第一部完結しました!

ここまでお付き合いしてくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。

☺マークでの応援とても嬉しかったです。励みになりました。

6月に第二部スタートします。

しばしお待ちください<(_ _)>

連載再会時に更新の通知が届くので、ブックマークもよろしくお願いします。

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