75.護衛騎士たちの朝
護衛騎士団の朝は早い。
「やっとオルテンシアに帰れるな」
「そうね」
食堂に集まった騎士達は朝食をとっていた。副団長のジルがブリジットの隣でパンをかじりながら言った。
「今回は大変だったよな」
「そうね」
王女の希望で魔塔の魔女と、王女の専属占い師の美女と団長の四人のデートを護衛するというなかなか面白い仕事だった。途中から恐ろしい公爵が王女を攫うという暴挙に出て、下法者の捕獲まで決行されためちゃくちゃな一日になったが。
あの夜、温泉郷マイムの宿を大金を積んで急遽で押さえ、転移魔法陣で移動した騎士団の精鋭たちで滞在しているふりをして、王女御一行がそこにいるように見せかけた。
団長は一人別行動で、魔塔の魔法術師とキロシスタの王子と共に王女を追いかけて行った。偶然マイムにいた王女の護衛騎士団長が、突如湧き出た魔物を退治して聖都を救ったという話が出来あがったのだ。
「団長、殿下とうまくいったのかな」
「見ればわかるでしょう」
二人の空気感が少し変わったのは、皆感じている事だった。
王女を助けるために魔物百体切りを完遂したマキシムは、護衛騎士団に新たな伝説を刻んだばかりだ。聖都の朝の新聞にはでかでかと書いてあった。オルテンシア王国にも早々にその名声が届くだろう。
給仕係がブリジットに朝食を配膳した。
「ありがとう」
迎賓館に滞在しているだけあって、朝から豪華な朝食が毎朝ふるまわれていた。
「ここの食事もこれで最後だな」
騎士団の食堂で出される食事も美味しいが、もてなしつくされた料理は、任務の合間に憩いをくれる。
「あの二人位のイケメンでも、王女殿下には振られるんだな」
「振るとか振らないとか、そんな単純なことではないわ」
ブリジットはジルに呆れたような視線を向け、パンを真っ二つにちぎった。
「なになに、俺たち振られたことになってんの?」
カチャン!
ジルはフォークを落とした。
「アレイ‥‥‥と‥‥‥閣下?!おはようございます!」
まったく気配がなかった。ジルは後ろを取られて久々にぞっとした。
「おはよ。ジル。隣空いてるだろ、ちょっと席借りるわ。こっちのは気にしないでいいから。かしこまる必要ないし」
「えっ」
青天の霹靂ともいえる人物の登場に、ジルは返事を返す言葉が出てこない。所属は違えど、同じ騎士であるアレイとは名前で呼び合うほど交流があった。だが公爵は別だ。
その公爵は、寝起きなのか気だるげに椅子に座った。
騎士団の仲間全員が、一斉に注目し聞き耳を立てた。
周囲の緊張を感じ取りつつ、ジルは勇気を出して皆の心の声を代弁した。
「アレイ。朝から何故食堂に?」
「朝くらいしか、閣下と話す時間がないんだよ。な?」
「俺は話すことはない。勝手に部屋に入ってくるな」
公爵は、無理矢理起こされたのか、眠たさのせいか不機嫌そうだった。
――アイツは公爵の寝室に勝手に入ったのか?
ジルは騎士団全員の心の声が、シンクロした気がした。
「ついでに朝食でもと思ってさ」
そう言って笑顔を振りまく彼は、ブラキッシュ侯爵家の生れの人間でありながら、聖都メテオーラの魔法騎士団に所属する異色の存在だった。
アレイは給仕係に何やら注文している。
「コーヒー?紅茶どっちがいい?」
「紅茶」
「オッケー」
アレイは給仕係が持ってきたティーポットから、カップに紅茶を注ぎ、多めの砂糖と添えられたミルクを足した。流れるような手際の良さで、公爵の前にミルクティーが差し出された。
「ありがとう」
彼は意外にも素直に礼を言って、ミルクティーを飲んだ。あの、鮮血色と称される瞳に睨まれれば、平伏させられると王城では恐れられている彼が。
気だるげな色気を見せながら、甘いミルクティーを飲んでいる。
「なんだよジル。ブリジットも。俺の入れた紅茶が飲みたいか?入れてやるよ」
「や、別にいい!」
「私も気遣いは無用よ!」
気だるげな公爵の雰囲気は、目のやり場に困る。ジルとブリジットはあからさまに席を移動するわけにもいかず、アレイのペースに巻き込まれないようにするしかなかった。
「アレイの入れた茶はおいしいのにな」
静かに、少し残念そうに公爵が呟いた。
「やっぱり飲みたいです!な!ブリジット」
「ええ?!そうね。やっぱりお願いするわ」
長いものには巻かれるタイプの副団長であるジルは、秒速でブリジットも巻き込んで公爵のご機嫌を取りにいった。
結局、アレイ作のミルクティーが振舞われた。
「確かにうまいな。お前。以外な特技があるんだな」
「優秀な猫に教わったからな」
「猫?」
得意気なアレイは、自分は甘くないストレートティーを飲んでいるくせに、公爵の好みに合わせたお茶を完璧にいれるなんて、女房か何かかとジルは内心思った。
「ブリジット、昨日は悪かったな。ジェイドが無茶したからさ」
「大丈夫よ。思い出したくは無いけれど。尋問も早く終わったし、大人しくなったあれは護送しやすくなったわ」
騎士団の中でも厳しく、規律を遵守して王女に仕える彼女は、淡々としている。
ブリジットはアレイの作ったミルクティーを一口飲んで、そっとカップを置いた。
「どう?」
「おいしいわ」
ブリジットはお世辞を言うタイプではないので、本当に美味しかったのだろう。
アレイは満足気にニコニコしている。
そういう無邪気さを振りまけるのも、彼が公爵とは違ったタイプの美丈夫だからだ。ここにいる誰もが真似しても、女性にモテる気はしないと、全員が同じことを思い溜息をついた。
それからアレイは朝食を食べながら、ジルに最近のオルテンシア王国について聞いてきた。何が流行っているとか、どこの貴族が没落したとかだ。
公爵は朝食を断ったのか、何も食べていない。そうジルが気にしていると――。
「お待たせしました」
そこへ給仕係が来て、公爵の前にパンケーキを置いた。アツアツのそれはバターが乗せてあり、はちみつが添えてあった。ただのパンケーキのはずが、絵本の中に出てきそうなビジュアルに補正されて見えた。ここが魔法の国だからだろうか。
「よかったな特別に作ってもらえて」
「王都より、こちらの方が美味しい」
はっきりと、騎士団全員が公爵が嬉しそうにしていると感じた。
公爵が綺麗な所作でパンケーキを食べている。ただそれだけの事が、ジルを含め全員に衝撃を与えた。
「おいおい。パンケーキくらい、普通に食べるだろ」
全員の心を見透かしたように、アレイはつっこみを入れる。そして、勝手に公爵のパンケーキをひと口大に切って、フォークで刺してパクリと食べた。
公爵は明らかなマナー違反に怒るでもなく、なれたことのように流している。
「アレイ。俺はお前が恐ろしいよ」
オルテンシア王国のような、身分制度のある国とは聖都は違うのは知っているが、アレイの接し方は親友。それもかなり親密な相手に対するものだ。
「ブリジット」
「はい」
公爵が突然彼女を呼んだ。ブリジットは伸びていた背筋をさらに伸ばして身構えた。
「君は、二年前王太子殿下の命で、今回捕まえた犯人に操られた殺人犯の起こした事件を共に捜査したな」
「ええ、やっと捕まえることが出来ましたね」
ブリジットは二年前は二年前を思い出す。その頃はまだ王女殿下の護衛騎士ではなく、王太子殿下の影だった。
公爵は魔法術師の能力を頼られ、王族の命令で占い師を狙った殺人犯を追う任務に着いていた。その時ブリジットは初めて公爵に出会ったのだ。
そして、その時の犯人を操っていたのが、今回捕まえた下法者だった。
二年間なりを潜めていた犯人にたどり着いたのは、王女殿下と魔女が出会ったからだ。
ブリジットは占いの館の後処理のため、警備隊に扮してあの場にいた。あの魔女は二年前、占いの館にいた少女だった――。
泣く少女を、彼は慈しむように、愛おしげに慰めていた――。
しっかりと記憶している、思い出してブリジットは唇を噛んだ。
「昨日から迎賓館の前にバラが咲いているのを知ってるか?」
「いえ。気が付きませんでした」
はっとしたブリジットは、質問の意図が掴めぬまま返事をした。
「シャリア王女は白いバラが好きだ」
「ちょうど春バラの季節ですね。王都に帰ったらご用意致します」
王太子殿下の友人である公爵が、幼いころから王女殿下と交流があったことは護衛騎士なら誰でも知っていることだ。今回の聖都訪問で、王女殿下の世話を焼いていて驚く者が半分。昔から知る者は意外だが見慣れた光景でもあった。
「バラの花で作った香水は、さぞいい香りがするだろうな」
「‥‥‥!」
返事を返せぬまま、ブリジットは震える拳を握った。
「おいどうしたんだよブリジット?」
ジルは突然、顔色を変えて黙り込んだ同僚に声をかける。どうして今の会話からそうなるのか分からない。
公爵は席を立った。
「先に行く」
「わかった。後でな」
彼は皆の視線を集めて、食堂を出て行った。
◇◇◇
ブリジットは食堂から飛び出し廊下に出た。
どうにか弁明しなければならない。
「閣下!お待ちください」
公爵は、ひどくめんどくさそうに歩みを止めた
「あれは、三賢者様から、魔女が閣下につきまとわぬようにするためだと言って渡されたのです。そういう魔法がかけられていると。身分違いの魔女が閣下や殿下と一緒にいるべきではありません!」
「そんな魔法はかけられていない。あれはただの香水だ。三賢者に唆されたな」
ブリジットの顔はひきつったが、それでも女騎士である。真顔に戻して、そうでなければならいというふうに言った。
「あの魔女は、あなたに相応しくない」
ピシっ!
空気が一変した。
ドン!
ザザザー---。
急に落雷と大雨が降りだした。雨が窓を打ち付ける。
天候の変化に気を取られた瞬間。ブリジットに、見えない壁が通り抜けるような衝撃が走った。
「うっ!」
公爵の瞳が、獲物を狩る者に変わり、殺気が押しつぶそうとしてくる。
ブリジットは今、この瞬間死ぬと思った。
「シャシャが気に入っているから、見逃してやろうとしたのに。あれの事を、お前ごときが口にするな」
低く冷たい声。
魔力を扱えぬブリジットにも、紅い闇が漂うのが見えた。
騎士であるのに、その光景に身がすくみ足が震えた。
「お前が仕えるのは誰だ?」
「‥‥‥王女殿下です」
「誰にバラを渡されようとも、どんな権力者にも流されず屈するな」
そう言い捨て、彼はその場から一瞬で消えた。
公爵によって、首の皮一枚で生かされた。そう思うほどに恐怖を感じたブリジットは、その場にへたり込んだ。
「やっぱりこうなったか」
アレイが廊下に出てきた。
食堂から、突然の落雷と大雨にざわつく声が聴こえてきた。
「結界張って、むこうの奴らには聞こえないようにしておいてやったぜ。感謝しろよ」
ブリジットは、アレイを睨んで見上げた。
「貴様。わざと閣下を連れてきたな」
「さあ」
「貴様もあの魔女に騙されているのか」
「騙す?あの娘にそんな器用な事が出来るわけがない」
「閣下はあんな小娘の、一体何がいいのだ?!」
心底理解できないとブリジットは吐き捨てる。理解できないと切り捨て、分かろうと努力することもない、理想を押し付けるだけの存在。相棒がこの女に興味を持つことなど一生ないだろうとアレイは思う。
「お前には関係ないことだ。ちなみに俺もその小娘の味方なんだよな。だから、ちょっと面白いことをしておいた」
「なんだ!」
「ほら。お前。ほんとはコレ興味があるだろ」
小さな小瓶を見せた。
「それは!」
「そ、月の女神の秘薬。シャシャに貰ったんだ。で、さっそく使ってみた」
「まさか――」
「公爵様は、お前の運命ではなかったな」
「はああああああ?!」
ブリジットは青かった顔を真っ赤にした。
「きっさま!あのミルクティーは!」
ブリジットは怒りで立ち上がり、腰の剣を抜いた。
「既婚者の癖に、セスに懸想してるのバレてんだよ。なんだかんだでまだお子様なシャシャは気づいてないけどな。ちなみにセスも興味がないからまったく気づいてない」
アレイは剣を向けられても一切気にせずに、鼻で笑って言った。
ブリジットは口惜しさと怒りで、狂いそうだった。
「ゲスが!」
「三賢者に乗せられた上に情報流したこと、シャシャにバラされたくなかったら、しっかり俺たちの言うこと聞いて仕事しろよ。魔女殿は秘薬を飲んで、自分の仕事を証明した。お前はどうする?」
ブリジットは剣を振り上げることもできず、恨みがまし気にアレイを睨みつけるしかなかった。
この妖しく飄々とした男は、黒髪に紫闇の瞳を光らせてただ戯れている。
相手の弱みを握って、つけ入ることに微塵も躊躇いがない。
「まるで悪魔だな」
雷雨で陰った廊下で、密かにひと騒動起きていたことを、騎士団の皆は知らずに雨が止むのをただ祈っていた。




