74.商人からのプレゼント
春祭りの最終日の夜。
寝不足などとは言ってられない。
家でじっとしているなんてもったいない。
一日前の大騒動の後で、浮かれた心を落ち着けるためにも、メリッサは遊んで発散することを選んだ。
「で、何を奢ればいいんだよ」
「串焼きと、あげいもと、アイスクリームと」
「わかった。順番にな」
アレイの奢りで食べたいものを買ってもらえる。一口大にカットされたりんご飴を頬張りながら、メリッサは夜の屋台巡りを楽しんでいた。
「どうして、セスは普通に許されて、俺は詫びに奢らされるんだよ」
「誠意が足りなかったんじゃないか?」
「お前。調子よすぎ。逃げられそうで焦ってたくせに。後始末だって俺が――うぐ」
セスランは、アレイの口にりんご飴をつっこんだ。
「甘」
「お前の分は俺が奢ってやる」
「じゃあ、そこの店でエールを一つ」
メリッサは二人の様子を見て、仲がいいなと微笑ましく思う。
そして、目立つ見た目の二人は、周囲の女子の視線を攫っていた。期待と羨望が沸き立つのを嫌でも感じてしまう。
「罪深い‥‥‥」
この光景も流石に見慣れてきた。とりあえず、いつもどおりローブを目深にかぶって出来るだけ他人のフリをしようとメリッサは思った。
◇◇◇
「屋台をはしごするのって楽しいですね」
「よかったな。これで許してくれるか?」
「許しましょう」
満腹になるまで食べたメリッサは上機嫌だった。
食べ物の屋台を過ぎて、雑貨や衣服の露店が軒を連ねる場所に出た。
「ご令嬢!」
メリッサは聞き覚えのある声で呼びかけらた。
その声の方を向くと、意外な人がそこにいた。
「王子様?」
ジュナは、露天商の商人の姿で店番をしていた。隣にはあの老店主もいる。
「お前たち何してるんだ?」
「見ての通り商売だ」
ジュナは人懐こい笑顔を見せる。
アレイは店に近寄って商品を眺めた。
商品棚にはアクセサリーや、珍しいキロシスタの布に、昨日と同じくお茶があった。
「昨日の今日で、切り替え早すぎだろ。商品も増えてるし」
「商人は儲け時を逃さんものじゃ」
ドルパは間者でありながら、根っから商売人だった。
「解毒薬を急ぐんじゃなかったのか」
「あれは俺の聖獣に持たせてすでに送ってある。俺が持ってくより速いからな」
そう言って、ジュナはメリッサに視線を向けた。
「ご令嬢。会いたかった」
メリッサは魔塔の魔法術師として、他国の王族に対して礼をとる。
「ふつうに接してくれていいぞ。堅苦しいのは好まない。一目惚れした相手に頭を下させるものではないしな」
メリッサはどういう反応を返したらいいかわからず、とりあえずの魔女の作り笑いを発動させた。
「俺はジュナだ。あなたは?」
「魔塔の、資材庫番のメリッサです」
「メリッサ。可愛い名前だな。一緒にキロシスタに行かないか?」
いろいろ直球すぎるジュナの発言に、メリッサは困惑し魔女の作り笑いがひきつりだした。
「勝手に他国の仕事を請け負えません」
「仕事の話ではない。結婚の話だ」
遠い異国の美男子は、ストレートで押しが強いらしい。今までまったくモテ要素のなかった元瓶底眼鏡女子のメリッサは、自分が恋愛的に好まれる事などないと思っていた。
なんなら今この瞬間も、月の女神の秘薬のことがなければ、詐欺か何かだと判断しただろう。
メリッサはどうしていいかわからず、隣に立つセスランに助けを求めた。
「公爵様。王子様はちょっと視力がおかしいみたいです」
見上げたセスランの表情は、これまで何度か見た無感情のものに変わっていた。
「視力?あなたほど美しく、可愛らしい人は見たことがないぞ」
またもやジュナから直球発言が飛んできた。理解できない言葉を受け取るのは難しいらしい。
彼の目を見ると冗談ではなさそうだけれど、秘薬の効果でもない気がしてきた。
昨日の昼間のように跪かれても困る。メリッサはとっさに動いた。
「わたしはキロシスタには行きません。資材庫番なので!」
セスランの後ろに隠れてそうはっきり断った。公爵様の壁があれば、これ以上何も言えないはずと期待して。
「どうして公爵の後ろに隠れる?」
「公爵様は強いので」
「強いのは知ってる。そうじゃなくて」
「公爵様助けてください!」
「‥‥‥」
「公爵様?」
「‥‥‥」
「――セス!」
セスランの上着を少し握って名前で呼ぶと、彼は満足気に微笑んだ。やはりとメリッサは思った。公爵と呼ばれるのが嫌なのか、こだわりがあるのか、公爵と呼ぶと全然返事をしてくれなくなる。王族の前で気安く彼の名を呼んではいけないと配慮しただけだったのに。
「セス。助けて」
もう一度、お願いしてみる。他国の王子相手に不敬にならずにかわすには、大人の権力者の力を借りよう。そういう意味で助けを求めた。なのに――。
「違ったのか?」
「えっ?‥‥‥あっ!」
セスランは何故か秘薬の効果がどうだったかを確認してきた。
運命の人という言葉にもしかしたらと思ったが、メリッサはジュナ王子に対して驚きや好感はあっても、ときめきは感じてない。シャシャが胸がドキドキすると言っていたけれど、今のところそれもない。
「違うと、思います」
「それなら助けてあげよう」
彼はどこか嬉しそうに柔らかい笑みをみせた。
それからセスランは、挑戦的な目を向けているジュナにわざと笑みを作って言った。
「彼女のことは諦めて、とっとと国にお帰り下さい」
「公爵殿。そういうことか。わざと見せつけるような真似を。いい性格をしていな!」
まっすぐなジュナに意図が伝われば、作り笑いなど無用とセスランは素をみせた。
「わかったなら黙って帰れ」
「貴方に素の方で言われると、余計にやる気が出るな。今回は恩があるから引くが、俺はあきらめないぞ」
挑戦的に火花を散らすジュナを、従者のドルパが止めた。
「殿下、それでは勝てませんぞ。大体、本人の気持ちを無視してはいけません」
「う、うむ」
ドルパはセスランの後ろに隠れている、メリッサを手招きした。
「嬢ちゃん。あんたのおかげで命拾いした。お礼に好きな物をプレゼントしよう」
人懐こい笑顔に、警戒心が緩んだメリッサは商品を見るために前に出た。
商品の中から好きなものを選んでいいという。
「おじいさん、いいんですか?」
「遠慮はいらん。アクセサリーでもなんでもいいぞ」
「アクセサリーは持ってないので、ちょっとほしいかも。それにプレゼントしてもらうのも初めてです」
「なに?では俺があなたに初めてのアクセサリーを送ろう」
ジュナが身を乗り出してドルパを押しのけた。
「殿下。邪魔じゃ。嬢ちゃんが選べんじゃろ。それにしても、まだもらったことがないんじゃな」
ドルパは意味ありげにセスランを見た。それに気づかないメリッサは綺麗に並べられたアクセサリーを眺める。
どちらかというと、大振りの石がついた派手なアクセサリーが目につく。もっと目立たないものの方がいい。
宝石は記憶をもっているものが多く、四六時中話しかけられると困るので、アクセサリー類は身に着けないようにしていた。
でも、本物のご令嬢のように、一つくらいは身に着けてみたい。シャシャやアナベルは可愛いピアスやネックレスをつけていた。
メリッサが考えている間も、ジュナがドルパに初プレゼントがどうとか、やいのやいのと騒いでいる。
「どんなのが欲しいんだ」
セスランが横にならんで聞いてきた。
「そうですね。あまり念のこもってない、まっさらで静かな感じのがいいです。あとは他の宝石に嫉妬しないような、自我のうすーい生まれたての石があるといいですね」
「わかった」
「わかるのかよそれで!」
アレイがすかさずつっこんだ。
「嬢ちゃんの好みは難しいのう」
「国に返ったら探して渡しに来るからな」
やはりこの場でアクセサリーを選ぶのは難しそうだ。どのアクセサリーも派手な見た目通りで、先ほどから主張が激しくずっと話しかけられている。
ふと、雑貨の方を見ると、一つ目を引くものがあった。
メリッサはそれを指さした。
「これにします」
「嬢ちゃん。これがいいのか?」
「はい。アクセサリーよりこれがいいです。ね、セス。ラファエルみたいで可愛いでしょう」
手のひらサイズの、黒猫のぬいぐるみだ。
「本当にそっくりだな」
ラファエルの主であるセスランも、納得のぬいぐるみだった。
「それはいい。ぜひ貰ってくれ」
ドルパはメリッサの手に、黒猫をのせた。
黒猫のぬいぐるみの手触りはやわらかく、気持ちがいい。くびにはリボンがむすんである。そこには鈴と小さな石がついていた。
「ん?‥‥‥これ‥‥‥やっぱりやめます!」
「これはもう嬢ちゃんにあげたんじゃ。持って帰りなさい」
「でも!」
「ただのぬいぐるみだろ?どうしたんだよ」
アレイが黒猫のぬいぐるみをつまみ上げた。
「リボンについてるの純金の鈴とダイヤですよ!それもこの店の商品の中で一番お高いやつです!」
金色のずっしりとした鈴に、ダイヤにしては大粒のそれが光り輝いていた。
「まじかよ」
「それに気づくなんて、キロシスタの商人をまとめる俺の嫁にふさわしいな」
「わたしは資材庫番なので、鑑定が少し得意なだけです」
ジュナの俺の嫁発言は、とりあえず流しておく。それよりも、高価なものを貰うのは気が引ける。
「わしの命に比べたら安いものじゃ」
ドルパは目じりにしわを寄せて、にこりと笑う。
「貰っとけよ。メリッサがきっかけで事件が解決できたんだし、こいつらは礼がしたいんだ」
アレイはつまみ上げた黒猫のぬいぐるみを、メリッサの手に乗せた。
「メリッサ、受け取っていいんじゃないか」
セスランも後押ししてくれる。それならと。
「ありがとう。おじいさん。大切にします」
メリッサも笑顔を返した。相手の気持ちを無下にするより、ありがたく頂戴することにした。思った以上に価値あるもので気が引けたけど、純粋に黒猫のぬいぐるみは気にいった。幸いダイヤは静かなタイプだったらしく、話しかけてこない。
「嬢ちゃん、キロシスタに遊びにきてくれたら、わしが案内してあげよう」
「その時はぜひ、お願いします」
黒猫は、まるで用意されていたかのような可愛らしいリボンのついた箱にしまわれ、花模様の可愛い紙袋に入れて手渡された。
「嬢ちゃん元気でな」
「おじいさんもお元気で。また会いましょうね」
二人の間にほのぼのした空気が流れる。
「ドルパ。メリッサと俺より仲良くなるな」
「人徳を積んでおいてよかったわい。殿下はまだまだですな」
むくれたジュナはドルパの隣にいると、主従ではなく商人の弟子のようだ。
ジュナには冷たく接してしまったけれど、お別れくらいはきちんとしておこうとメリッサは思った。
「ジュナ王子もありがとうございます。お元気で」
「必ずまた会いにくるからな」
朗らかに笑うジュナ王子の陽気さは、最後まで変わらなかった。




