70.三賢者ファーレ
「メリッサ。いい加減出て来いよ。悪かったって。もう百回は謝ったぞ」
翌朝。メリッサはアパートのベッドに潜り込んで、アレイの訪問を無視し続けていた。
深夜の大爆発の後始末をするために、結局朝まで働くはめになったアレイは、寝室の扉を背にして座り込んだ。
アレイは迎賓館に隣接していた学園の校舎を一棟丸ごと破壊したメリッサを、無理矢理アパートまで飛行魔法で連れて帰り、ラファエルを呼んでメリッサの世話をするように手配した。
虚無状態の相棒には、むしろ隠し事がなくなってよかったじゃないかと慰め、返される無言の冷たい視線を受け流し気がつけば朝だった。
「はあ。手のかかるやつらばっかりだな」
アレイは溜息を吐いて、目を閉じた。
「メリッサ様」
「帰ったかな?」
もぞりと布団から顔を出した、メリッサの瞼はパンパンに腫れていた。
「静かにしてますけど、いますよ」
メリッサはのそりと起きて、ラファエルを撫でた。
結局朝まで眠れず、ラファエルが作ったスープを飲んで、日が昇ってからやっと眠った。
どうして気が付かなかったのか、メリッサ以外は知っていたのか。きっと知っていたのだろう。
2年前からずっと探していて憧れていた人が、本当は男でそれで‥‥‥。
「ラファエルは知ってた?セスだって」
「‥‥‥はい」
「いじわる」
メリッサは、人型ではなく猫でいてほしいと頼んだラファエルの肉球をムニムニした。少し心が落ち着く。
「やっぱりお貴族様の考えいることはわからないよ。ルビーお姉さまは私をもてあそんでただけだったのかな?」
「いいえ!決してもてあそんでなどいませんよ!」
「違った。セスにもてあそばれたんだった」
ムニムニを続けるメリッサには、ラファエルの言葉は届いていない。
「恥ずかしすぎる。もう恥ずかしすぎて死ねる!」
「ニャ!」
ラファエルごと布団にくるまり、もだえた。知らなかったとはいえ、セスランに甘えて完全に女性と思って懐いていたのだ。
大体綺麗すぎて女性にしか見えなかった。
ルビーお姉さまに再会した時の、ときめきと感動をどうすればいいのか。
――セスはどう思っていた?
胸が苦しくなり、恥ずかしさがこみ上げてくる。ずっとこの無限ループを繰り返していた。
◇◇◇
「メリッサ様。もうお昼ですよ」
ラファエルが布団の上から足踏みして揺さぶってくる。
「はあああああ。起きたくないけど!」
ベッドでうだうだぐずぐずして、メリッサはようやく踏ん切りがついた。
「いつまでもこうしてられない。三賢者様に会いに行かなくちゃね」
罵られることは確定だが、やったことの後始末をしなければならない。
ガンっ!
寝室のドアを開けると、アレイの背にぶつかった。どうやらドアにもたれて寝ていたらしい。
「いって。やっと起きたのかよ」
「おはよ」
「もう昼だって」
「知らない」
メリッサはアレイを一瞥してそのまま通りすぎ、バスルームに入った。
「恥じらいとかないわけ」
「自宅でくつろぐのは、当然じゃないですか」
「ああいうのが天然の箱入りなんだな」
シュミーズ一枚で通り過ぎたメリッサに、アレイは何とも言えない気分になった。
ガチャリとアパートのドアを開けると、アレイが外で待っていた。
魔塔の制服に着替えたメリッサは、ラファエルを抱いてドアに鍵をかけた。
「三賢者様の所に行くので。どいてください」
「俺も一緒に行くよ」
「一人で行きます」
ルビーの正体を知っていたアレイには、騙されたと思っているメリッサは冷たく答えた。
春祭りの最終日。聖都は今日も華やいでいた。昨日の長い一日が夢だったんじゃないかと思うほど穏やかな日常の空気が流れている。
「君の爆発させたアレは、花火の暴発ってことになったから」
「お世話になりました」
「顔色悪いぞ」
「今から死にに行くんですよ」
まだ、気持ちの整理はついていないけれど、まずは学園を壊したことだけはどうにかしなければならない。
後ろをついてくるラファエルとアレイは、メリッサに見えないように目配せして押し黙った。
◇◇◇
魔法技術研究所に住まう三賢者。ファーレの研究室。
神殿で秘密の呪文を唱えて転移することで、研究室にたどり着くことが出来る。
その呪文を知るものは限られる。
「で、君は知ってるんだ」
「一応育ての親みたいな人ですから」
近所の神殿から転移してきたメリッサの前には、重厚な扉があった。
メリッサは、昼まで布団にもぐってうだうだ悩んだ末に覚悟を決めいていた。
だから躊躇わずに扉をノックした。
トントン。
「入れ」
返事と同時に自動で扉が開いた。
そこには、魔道書の山に囲まれて椅子に座る女性がいた。
「久しぶりだな。家出娘。思った通り、しでかして帰ってきたな」
「ファーレ。嫌味はいいから。わたしはどうすればいい?」
入ってすぐに始まった単刀直入すぎる会話に、アレイとラファエルは目を合わせた。
「メリッサ。その男と黒猫を無視して進めるな。おい、アレイ。娘の護衛を頼んだのに、こうして無事だった訳だが被害が出た。どうしてくれる」
「まあ。育ての親の責任もあると思うし。俺らだけのせいじゃないよな。な、セス?」
ファーレの部屋には、魔法術師の姿をしたセスランがすでにいた。
メリッサはセスランと目を合わせず、存在を意識しないようにファーレだけを見た。
「ファーレ。結論だけ言って」
「どうしてお前はそう反抗的なんだ。ほら。これで手を打ってあげるよ」
魔法で飛んできた紙を一枚手に取る。
メリッサの目が見開かれた。
「!」
アレイと肩に乗ったラファエルが紙を覗き込む。
「おい、請求書ってこれ、建築費?しかもこの金額」
その紙に書かれていた金額は月の女神の秘薬の報酬と、ほぼ同額だった。
「ちょうど老朽化していた建物だったからな。馬鹿みたいな魔力で更地にしてくれたおかげで新築しやすくなった。弁償してくれたら不問にする。資材庫番もクビにしないでやるよ」
グシャ。
メリッサは請求書を握り潰した。
「えげつな」
「流石。三賢者ですね」
アレイとラファエルがドン引きしていても、ファーレは気にせずさらに追い打ちをかける。
「いつまでも感情で魔力を暴走させるから、お前は子ども扱いされるんだ。もっと精神力を鍛えろ。少し特殊な能力があるからと言って調子に乗るからやらかすんだ。だいたい魔力制御なんて基本だろ。芙蓉のやつから何を学んだんだ?」
椅子に座っていながら見下すファーレは、容赦がなかった。
三賢者の説教に慣れていたメリッサは、ほとんどを聞き流し、ファーレの周囲を観察して仕込みがないかを探していた。そして、見つけた。
「ファーレ。芙蓉師匠には三賢者をよく観察しろと教わったよ。あの手紙と、そのバラ。あなたがわたしを誘導したんだね」
雑多な研究室の、彼女の机に紅いバラが花瓶に刺して置いてあった。
手紙とバラと香水。タイミングよく見せることで無意識をコントロールされ、セスランに対してメリッサが疑問に思うように持っていかれた。どこまで計算ずくだったのか。
「建物は想定外だったけど、こちらとしては建て替えることが出来てツイている。財務長官も資金さえあれば破壊したことは不問にするだろ」
嘲笑うファーレをメリッサは睨みつけた。何が想定外だ、ファーレの事だから必ず狙っていたはずだ。
余裕のファーレに、メリッサはかなわないと知りながらも悪態をついた。
「その、すべてお見通しなのが腹が立つ」
「聖都で私が知らぬことなどないんだよ」
「メリッサの行動パターンって、育ての親のせいじゃないか?」
「でしょうね」
アレイとラファエルは同時に思った。死にに行くってこういうことだったのかと、目の当たりにして理解した。相手が悪すぎる。
「そうだ。メリッサ。緑陰の存在を知った以上は、協力者になれ。色々やらかしそうだから聖石もお前は緑陰に選ばないだろう。協力者くらいなら出来るよな」
「おい、それはないだろ」
アレイは思わず口を出した。最初こそメリッサを緑陰にと思ったが、彼女は資材庫番でいた方が静かに暮らせる。つまり、やらかさないで暮らせると考えていた。
「メリッサ。断れよ!」
「そんな選択肢があると?」
メリッサは半分死んだ目をして、握りつぶした請求書を突き出した。
「う。悪い」
ファーレは鼻で笑う。
「馬鹿な娘だな。そこの公爵にお前のせいだと言ってやれ」
「言うほど仲良くない」
メリッサの感情のこもらないその言葉に、セスランの肩が揺れた。
「お前が傷つているってことは、それだけ仲が良かったってことだろ。どうして文句の一つも言わないんだ」
「わたしは傷ついていないから。ファーレのいう通りにするからもういいでしょ。帰る」
メリッサはローブをかぶりなおし、扉へ向かった。
これ以上ここに居たら、ファーレに煽られてぼろが出る。
「メリッサ。公爵の女装なんて笑えるじゃないか。女装趣味があるって言いふらしてもいいんだぞ。それから、だましやがってクソヤローくらい言ってやれ」
ファーレの容赦も遠慮もない、隣国の公爵に対する雑言の連発に、アレイとラファエルは凍り付き、メリッサは思わず振り返った。
「ファーレ!笑えない。セスの女装は完璧だった!」
「「「は?」」」
メリッサ以外の全員の時が止まった。
一晩ぐちゃぐちゃな感情を整理して、たどり着いたメリッサの答えがそれだった。
「だから、セスの女装は完璧だったの!公爵様は女装すると人が変わって優しさ全開で人を甘やかす遊びをするんだよ。それにひっかかって、もてあそばれた恥ずかしさで死にそうなのに、これ以上追い詰めないでくれる?」
「「「は?」」」
「わたしだけが知らなかったんだから。尊敬していたし、大好きだったのに架空の人だったこのショックがわかる?女装が趣味ならそう言ってくれればよかったのに。言いにくいからってみんなで内緒にすることないじゃない!」
結局ファーレに煽られて、本音を言ってしまった。
「わからんよ」
「架空じゃないし」
「女装趣味じゃない」
それまで黙っていたセスランが、そこだけは全力で否定した。
「お前、現実逃避と無自覚が混ざっておかしいぞ。休み一日増やしてやろうか?」
呆れたファーレは、メリッサにもう帰れと告げる。踵を返して走り去るメリッサの後をラファエルがついて行った。
メリッサが去った後――。
「おい。紅いの。片手間で緑陰やってないで、さっさと公爵辞めてメテオーラに来い。うちの娘の護衛を続けろ。マスターガーディアンを押し付けられて引き受けたのもそのためだろ」
「言われるまでもない」
セスランはメリッサの存在を表す魔力が、転移魔法陣から消えたのを感知していた。
「まったく手のかかる娘だ。蒼玉の魔女の生まれ変わりがアレなんて危なすぎるだろ」
ファーレは頬杖をついてあきれ返る。
「無理矢理目覚めさせるような真似をするなよ」
セスランは三賢者が統べる緑陰の一員であっても対等な態度だ。へりくだる理由もない。
「誰がするか。元守護天使様の言う事は聞いてやるよ。あれもお前も、そこの黒いのも特殊な魂をしている。ほっといても面倒ごとに巻き込まれるだろーな」
「俺は楽しみだけどな。退屈しない」
「俺は平和で平凡を目指してるんだが」
「「ないだろ」」
アレイとファーレは同時につっこみを入れた。
「俺はもう行く」
「さっさと行け」
ファーレは追い払うように手を振る。
「俺は百回謝ったけど許してもらってないぞ」
「本気で許しを請うしかないな」
メリッサの後を追うために、瞬間転移魔法でセスランは消えた。




