69.バレた
転移魔法陣を使って、聖都の迎賓館に戻るとシャシャが待っていた。
「メリッサ大丈夫だった?」
「大丈夫だよ」
神殿に魔塔からの迎えがやってきて、先に転移魔法陣を使って帰って来ていたのだ。
メリッサは抱き着くシャシャを撫でながら、美少女の可愛らしさに癒された。壁側に控えているマキシムも皆の帰還に笑みをみせ、雰囲気も穏やかなものに変わっていた。
シャシャに会ったらホッとして、やっとひと仕事終えた気分になった。
「そういえば、キロシスタの王子はどこに行ったの?」
「ジェイドさんに連れていかれたよ。まだやることがあるって言ってた」
異国の王子は、転移してくる時でさえも、ずっとメリッサに視線を送ってきていた。アレイとジェイドに挟まれて大人しくしていたものの、こちらに興味を向けていることを流石に感じ取ったメリッサは、ローブを深く被りひたすら目を合わせないようにしていた。
「もう後は明日にしようぜ。流石に疲れた!」
アレイのその一言で、皆が別れを告げ長い一日が終わった。と、――誰もが思った。
最後に、やらかしさえしなければ。
◇◇◇
三賢者がメリッサに渡した手紙に、ある一言が添えて書かれていた。
――紅玉の色をよく見ろ――。
紅玉とは宝石のルビーの事だ。
迎賓館の外の階段をメリッサは降りていた。長かった1日を終えてアパートに帰ろうとしていた。
迎賓館の前には街灯に照らされた紅いバラの花が見ごろになって咲いている。風に乗って甘く優雅な香りがした。
「セス。あのバラ。昼に咲いていましたか?」
「いいや。咲いていなかった」
呼び止めると、彼は振り向いた。メリッサの方が上の段に立っているので目線が合う。深夜に一人で帰す訳にいかないと、セスランがメリッサを送るために付いて来ていた。
「ですよね」
何かが引っかかる。メリッサのその違和感は、三賢者の手紙を読んでより自覚を深めた。目の前にいる彼の瞳は紅い。深紅の色は、宝石のルビーだったらば一番価値が高いものだ。
彼の魔力はうまく隠されているし、その存在の核心の部分が見えにくいのは変わらずだった。
今まで三賢者の忠告が、外れたことは無い。子どもの頃から知る彼らの予見能力は身をもってい知っている。
今日、時々感じてた違和感があった。
彼に抱きしめられたときに、かすかに感じた花の香。
一つだけ、確かめるすべがある。
メリッサはローブを深くかぶり直し表情をさとられないようにした。
そして、セスランの顔を包むように両手を伸ばす。
「セス」
「どうしっ‥‥‥!」
メリッサはセスランの襟をグイっと掴んで、首筋に顔を近づけた。
「メリッサ?何をしてる‥‥‥!」
突然始まったメリッサの行動に、セスランはたじろいだ。
「バラの香り」
「!」
セスランはメリッサの肩を押して、引きはがした。
いつも冷静な彼の瞳が、見開かれている。
「香水は、花の精油で作られています。自然の花は毎年絶妙に違う成分の香りを作るので、唯一無二の物が出来上がります。香料を合成して作ったものなら同じ品質の物もあるでしょう。でもあなたのそれは、自然の精油で作ったもの。同じものは存在しない。それに‥‥‥」
メリッサは、ローブで顔を隠したまま、震える声で言った。
「精油の香りには花の精霊の魔力が僅かに宿ります。だから‥‥‥あなたはルビーお姉さまと同じなんですね」
メリッサの瞳が色を濃くして揺らぐ。全身から魔力が漏れ始めた。
花の精霊もまた同じものは存在しないし、精霊が視えるメリッサがそれを見間違えることは無い。たどり着いた一つの答え。
――ルビーお姉さまは、セスだった。
メリッサの感情はぐちゃぐちゃになっていた。怒ればいいのか、悲しめばいいのかすら分からない。ただ、はっきしているのは、猛烈に恥ずかしいということだった。
ルビーとの思い出のすべてが、メリッサだけが見抜けず勘違いしていた末のものだったと、いっぺんにさとって収集の付かなくなった感情が魔力となって爆発した。
「メリッサ。落ち着いて!」
バチバチバチ!
メリッサの放出した魔力の渦に、セスランの手は弾かれる。メリッサを中心に暴風が吹き荒れ、建物の窓を揺らした。バラの花びらが風に散る。
魔力は大きな螺旋の柱を作り、星の光が飛び散った。
メリッサは感情のほとんどを羞恥心に支配されて、パニックになっていた。
「メリッサ。謝るから魔力を止めるんだ!」
「セスなんて大っ嫌い!」
その一言で、セスランの判断が一瞬遅れた。
メリッサが放った魔力の固まりを、異空間に流すことが出来なかった。
セスランの横をかすめて飛んで行った魔力の塊が、学園の建物を一棟丸ごと破壊した。




