68.忘れない
「うっ。あれ?セス?」
「気が付いたか」
「え?」
目が覚めると、セスランとの目線がいつもと違っていた。数秒たって何故か彼にお姫様抱っこをされていることに気が付いた。
「っあの、ごめんなさい!降ろしてください!!」
顔から火が出るほど真っ赤になって、うろたえたメリッサはじたばた暴れ出した。
「降ろすからじっとして」
地面に足がついた瞬間、メリッサは飛びのいた。今日何度目だろう。
「途中から覚えてないのですけど、気を失ってました?」
「ああ、少しだけどな」
「どれくらい?」
「2分くらい」
「すみません」
きちんとコントロールして魔法を使ったはずなのに、途中から意識が飛んだ。剣の言葉を伝えているうちに、剣の意識と同調したことまでは覚えている。
「一人の時には絶対にやらないこと」
セスランがピシりと言った。
「うっ。同調したのは初めてなんです。だから仕方ないっていうか‥‥‥」
「それなら余計に悪い。今回みたいに倒れたらどうする。返事は?」
「でも、コントロール出来るようになったらいいですよね?」
それを言ったとたんに、セスランの眉がピクついた。
物が持ってる記憶はいいものばかりではないので積極的に使いたい能力ではない。だけど単純に魔法に対する探究心の強いメリッサとしては、魔法を完成させたいという欲がある。
「――返事はと言ったのに、何なんだ」
その静かに怒っている声色に、メリッサは西の森で叱られたことを思い出す。セスランはお説教モードになってしまったらしい。急いで手が届かない距離まで逃げようとしたが、彼の方が素早かった。
「ごめんなさい。約束します!」
逃げ遅れて掴まれた手を引っ張りながら、メリッサは許しを請うはめになった。すでに早めに降参したほうがいいことは知っている。彼に掴まれた手は動かそうとしてもびくともせず、至近距離で見下ろされる形になった。
「君は魔法のことになると、いつも気が強くなるな」
「そうでしょうか」
「そういう無自覚さが危険なんだ」
怒っていても、憂いを含む彼の視線に、耐えられない。
――ああ、口答えしなければよかった!
「ソル助けて!」
「無理に決まってるだろ」
二人のやり取りを間近で見せられて、心を無にしていたソルは即答した。
◇◇◇
「もうそろそろいいか?」
アレイのその一言で、メリッサはやっと解放された。しゃがみ込み、恥ずかしさに耐えながらひたすらに後悔してうつむく。
そうしていると、パチンと音がした。聞き覚えのあるそれは、結界が解かれたときの音だ。
「あ」
セスランに作られた結界が張られていたのだ。メリッサとソルの話が他の人間に聞かれないようにするために配慮されていたのだろう。
あまりに精緻すぎて、感知できなかった。
ふと、メリッサは思う。
この距離の小さいサイズの結界が、感知できないことなんてあるのだろうか。
「これは結界?」
「空間」
「え?」
聞き返すもセスランは目を細めるだけで、そのまま流されてしまった。
「外の始末は終了。後はデービス翁の解呪だけだなって、メリッサどうしたんだ?」
しゃがみ込みローブをかぶってダンゴムシ状態のメリッサに、アレイが気づいた。
「少し、反省中です」
「は?なんかやらかした?」
「セスに叱られました」
「ああ。アイツは心配性なだけだから、あんまり気にするなよ」
メリッサの反応を見てアレイは内心でつっこんだ。やらかした事を反省してるんじゃなくて、セスに叱られたことを反省してるんだな。
「うるさいぞ。アレイ。さっさと終わらせに行くぞ」
アレイの考えている事を察したセスランは、宿に向かって歩き出した。
「はいはい。行くぞメリッサ。あとお前もな」
ソルは呼ばれてハッとした。
公爵と第一騎士団の団長が、一介の資材庫番の同期と気安い関係なのを見て、呆然としていたのだ。敵に回したくない相手を二人も味方につけているメリッサは、それがいかに異常な事かわかっていないようだった。ソルは一生この人たち服従させらるのかと密かに諦念の心境になっていた。
メリッサはデービス翁に会うために、宿の一室に向かった。
部屋に入ると、椅子にもたれて眠る老人と、その横に寄り添うアナベルがいた。
そして、その横には‥‥‥。
「レイズ課長?」
「メリッサさん。お疲れ様。休暇は楽しんでるかしら」
何故か資材庫番の上司がそこにいた。
「どうして」
「温泉旅行の最中に、ちょっとお仕事してただけよ。ね。ソル君?」
にっこり笑うレイズに、名指しされたソルは知っていたらしい。
「ええ。あなたの仕事を手伝うように命じられましたから」
メリッサは思い出した。資材庫の木材管理の一件以来、ソルと仕事は別々になり、彼はレイズ課長についていたため、ほとんど彼と会うことがなかったことを。
「あの時から??」
「悪かったな。敵を欺くにはまず味方からってやつだよ」
「アナベルさんは女の子だもの、同じ女の護衛の方が何かと都合がいいでしょ」
「レイズ課長」
二コリと笑うレイズは、きっと緑陰の一員なのだろう。
「大伯父様は‥‥‥」
椅子に眠る老人に、メリッサは近づいた。
寄り添うアナベルと目が合う。
「レイズ様に聞いたわ。あなた達のこと」
前に会ったとき、ものすごい剣幕でメリッサを罵ってきたアナベルは、落ち着いていた。
「そう」
アナベルに短く返事を返してから、初めて会う大伯父に向き合った。どこか祖母と同じ面影があった。
「大伯父さまのお加減は?」
「エダンの魔法のせいでだいぶ衰弱していたけど、レイズ様の治癒魔法で回復して眠られてるわ。……!」
アナベルはメリッサの後ろに立つセスランとアレイに気づき、跪こうとした。
「必要ない」
アナベルが膝をつく前に、セスランが止めた。
「アナベルさんいいのよ、顔がいいだけの不愛想な男にかしずく必要はないわ」
魔塔の魔法術師は、高位の貴族相手にへりくだらいのがモットーなのだろうか。
それとも、緑陰の仲間だからなのか。セスランは気にせずに流した。
「無事だったか?」
「幻影草の香りの魔力。強力だったけど、知ってれば結界と風魔法で対処できたわ。それにジェイド君の作ったコレもあるしね」
レイズは黒い石のはめ込まれた腕輪型の魔道具をつけていた。彼女によってアナベルはしっかり守られていた。
「頼んでいたものは?」
「あるわよ。三賢者様からさっき解毒の薬が届いたわよ」
魔法石で封じられた木箱が、机の上に置いてあった。
「それから、メリッサさんには手紙を預かってきたわ」
手渡されたそれには三賢者の封印がされていた。メリッサは封を開けて中身を確認すると静かに手紙を閉じた。
「なんて?」
「秘密です」
「そっか。おーいジェイド出番!」
アレイは手紙はここで言えないことだと判断したのかあっさりと流し、宿の二階の窓から外にいるジェイドを呼んだ。
どんよりと、疲れきったジェイドが二階に上がってきた。
「幻影草の魔法が解けないようにするための、呪いを解呪するよ」
ジェイドはデービス翁に手をかざす。光に包まれた後、デービス翁の体から黒いモヤが出てきた。
呪いのを専門に研究していると言っていたジェイドは、エダンが長年かけて作り上げた魔法を解いていく。
ジェイドが魔力をこめてふっと息を吹きかけると、黒いモヤが消えてなくなった。
「解呪は出来た。後は幻影草自体の効果で見てる幻影から目覚めさせる必要があるね。三賢者が作った幻影草の解毒薬を飲ませれば治るよ」
デービス翁のまとっていた空気が明るくなり、顔色もよくなった。
「ジェイドさん、ソルが幻影草の魔法にかからなかったのはあなたの魔法ですか?」
「そうだよ。レイズに持たせた魔道具だと相手にバレるから、同じ魔法を構成する魔法陣を彼の体に直接書いておいたんだ。後は完全に意識が乗っ取られないように調整しておいた。精神操作系魔法に対するリバース効果をちょい足しした感じだね」
「すごい」
「精神操作系の魔法は、術者の意識に干渉しやすいから、気づかれないようにするのが一番重要でさ、ソルくんには術にかかってもらって、潜在意識の深いところをこっちがコントロールするように作ったんだ。幻影草をベース作ったものだって情報なかったから、ざっくり精神操作系全般に効くようにして、呪いの部分は呪詛返し系の魔法陣を全部書いといた。どれかが当たると思ってさ。呪いは術者の強さが単純に結果に反映れるから、エダンより僕と術とソルくんの精神力のが強かったってところかな」
ソルは袖をまくって聞いた。
「これって落ちるんですか?」
その腕には細かい魔法陣が描かれている。これが全身にあるらしい。
「うーん半年は消えないかも」
「そうですか」
ソルは微妙な顔をして、袖を直した。
「ジェイドのが上手だった訳だな。それにしても、魔技研のヤツってマニアックだよな」
「だから専門家」
からかうアレイにジェイドはすかさずつっこんだ。
メリッサはデービス翁に近づきその手をそっと握った。静かに眠る大伯父に、ささやく。
「はじめまして、大伯父さま」
デービス翁の白髪できりりとした顔は若い頃は男前だったろうと思わせる。そして、メリッサが祖母から聞いていた若い頃のデービス翁の厳しさの影もないくらい、穏やかな表情をしていた。
祖母が去った後の年月が、そして新たに生まれたソルや家族がこの人を変えたのかもしれない。
「おばあ様は、きっと許してくれますよ」
メリッサは両手でデービス翁の手を握りしめ、それから心の中で初めて会った祖母の兄に別れを告げた。
「セス。もう帰りましょう」
「いいのか。今ならデービス翁をたたき起こして、文句の一つでも言ってやれる」
「はい。もういいんです。それに、今更ですけど夜も遅いですし」
「だな」
「僕も同意!」
アレイとジェイドも頷いた。もうすでに夜も更け、あと少しで日付が変わる。
◇◇◇
「レイズ課長にお願いしてよかったんですか?」
ソル達と一緒に、レイズも宿に残ってくれた。
「ねーさんも緑陰だからまかせて大丈夫だ」
アレイはあくびをしながら答えた。
「ジェイドさんもですか?」
「そうだよ。緑陰は鬼上司がいて大変なんだよ」
軽く愚痴をこぼしつつ肯定された。
宿の外に出ると深夜だというのに、まだ温泉街は灯りがともっている。
その光に照らされて、ジュナが倒れた木を積み続ていた。
「また地味に嫌がらせ的な取引したの?」
ジェイドは、王子なのに働かされている彼に、憐みの目を向けて言った。
「タダで解呪の方法教えてやるわけないだろ?それに中での事は知られない方がいいからな」
アレイはにべもない。
「メリッサ!」
後ろから呼ばれて振り返ると、宿の入口までアナベルが一人で追いかけてきた。
「アナベル」
「少しだけ、帰る前に言いたいことがあるの」
メリッサとアナベルのために気を利かせた三人は、ジュナ王子のもとへ向かった。
「あなた。ただの資材庫番だと思っていたのに、こんなところに現われて驚いたわ」
「誤解はとけた?」
「ソルに聞いたわ。身内だって。悪かったわ、知らなかったとはいえあなたに酷いこと言ったでしょ。ごめんなさい。それから、ソルとおじい様を助けてくれてありがとう」
アナベルは頭を下げた。
「えっ?!アナベルどうしたの?」
もっと高慢な貴族令嬢のように上から目線で何か言われるかもと、身構えていたメリッサは、彼女の素直な言葉を聞いて驚いた。
「何よ、素直に謝ったのに」
「ごめん。少し以外で。前のことはもういいから、気にしないで」
ふんと鼻をならしてから、アナベルは少し恥ずかしげに言った。
「あなたのおかげで、ソルを諦めないでいられたの」
「え?」
「あなたの占い。当たってたわ」
「!」
「二年前。恋人のカードが出たでしょう。それを信じて秘薬を飲んだの。彼が運命の人だってわかってたから司書をして聖都に残ったのよ」
「アナベル。まさか‥‥‥」
「あの下手な変装とダッサイ瓶底眼鏡!一度見たら忘れないわよ!」




