67.ソルは服従させられる
「宿の従業員まで、入れ替わってたの?」
メリッサは、驚いた。
宿の従業員のすべてが、第一騎士団の騎士達だったのだ。アレイの指示で彼らは気絶するエダンを手際よく魔法封じの縄でしばって運んでいく。ジュナ王子は魔物が倒した木々を軽々持ち上げて、道を塞ぐ木々を集めていた。ジェイドは湖に浮かぶエダンの支配の解かれた魔物に解析魔法をかけている。
どこから始まっていたのか、完全に躍らせれたエダンはこのことを知ったらより悔しがり、絶望するのではないだろうか。
「これって緑陰の仕業ですか?」
「そう」
小声でセスランに問いかけると、思った通りの答えが返ってきた。
「公爵様。メリッサと少し話をしてもよろしいでしょうか」
ソルは資材庫番の時とは違い、規律正しい騎士らしく高位者への礼を取る。
「許す」
セスランのその一言は、下位の者へ許しを与える側のそれだった。
「ソル。わたしと話すのに許可なんているの?友人なのに」
「それ今気にするか?メリッサは鈍いから説明するけど、公爵様に付き添われてるメリッサは貴賓扱いだよ。俺みたいな下位貴族のはしくれが気安く話しかけちゃ駄目なんだよ」
「でも、ここ聖都だし」
お貴族様のルールにうといメリッサは。身分の考え方が緩い聖都の感覚しか持っていない。
「無理だと思うけど察してくれ。勝手に気安く話しかけたら俺の首が飛ぶんだよ」
「そんなことないと思うけど。セスはそんなことしないですよね?」
隣に立つ彼は、その程度で権力を振りかざしたりしないはずだ。
「君がして欲しくないと言うのなら」
少し、遠回しな答えが返ってきた。完全な否定ではない。
「それはもちろん、友人の首を飛ばさないでほしいですよ」
「わかった。そのとおりにする」
ソルの言う通りかもしれない。セスランはメリッサにそう見せていないだけで、権力を持った人なのだ。とりあえず、判断がこちらにまかせられているので、穏便に事がすすむように希望を伝えておくことにした。
「ソルが囮になっていたって聞いて驚いた」
「俺もメリッサがおじい様の妹の孫だって聞いて驚いたよ」
「わたし達は親戚になるんだね」
「そうなんだけど、実は俺は血が繋がっていないんだ」
「え?」
ソルは、メリッサが思ってもみなかったことを告げた。
「どうして俺が資材庫番になったのか不思議だったろ?」
「うん」
「俺が父の本当の子じゃないから、伯爵位を継ぎたければメリッサを連れてこいっておじい様に命じられたんだよ。そうしないと跡継ぎにしないって言われてさ。俺は子どもの頃から跡継ぎだって信じていたし、アナと婚約していたから彼女と離れたくなかった。だからメリッサを利用して自分の利益の為に動いたんだ」
「そうだったの」
自らの罪を吐き出す苦しさに、ソルの顔は歪む。
「本当の血のつながったメリッサの方が正当な跡継ぎになれるし、伯爵家に代々伝わる特別な力も継承しているから、俺の居場所がなくなると思ったんだよ。かっこ悪いだろ」
物の記憶を視る能力は大伯父様ではなくおばあ様が継いだ。おばあ様は言っていたこの能力は代々継承されるものだと。元々聖都生れの何代か前のご先祖様で魔法術師だった人が、オルテンシア王国の貴族と結婚してそのまま伯爵家で継承され続けてきた。だからデービス翁はそれを取り返しにくるかもしれないと、おばあ様は恐れていた。
「‥‥‥でも、それは大伯父様の考えた事じゃないでしょう」
「ああ。エダンのヤツに操られていた。もっと早くに気づけばよかった。ごめんなメリッサ」
「わたしは大丈夫。むしろ今回の事で、色々隠さなくてよくなったからすっきりしたよ」
メリッサが笑顔でそう言うと、ソルは安堵した。メリッサは気づかないが、彼女の返答次第で隣に立つ人が、ソルを許さないこともありえたのだ。それを察して密かに冷や汗をかいているソルに、セスランが問いかけた。
「お前の父である伯爵は、お前を後継と認めているだろう。なぜデービス翁の言うことを聞いたんだ?」
「本当は父上の本当の子どもではないと、二年前に知っていたのです。偶然父上と執事の会話を聞いてしまったのですが。両親に問いただすこともできず。父上は魔法が使えるけれど、俺にその才能はありませんでした。おじい様が欲しがっていたサファイアの能力もない。母親の不義で生れた俺に価値なんかないと思いつづけていたましたから、信じられなかったんです」
2年前。メリッサは思い出した。占いの館で視た、アナベルのピアスの記憶のソルは自信なさげに婚約者であることを隠そうとしていた。あれは、自分が伯爵家の正当な後継者ではないという負い目からだったのかもしれない。
「そういういことか。伯爵は言っていた。お前だけが跡継ぎだとな。お前の母親は元々は伯爵の親友の騎士と結婚するはずだった。当時はまだ権力欲の強かったデービス翁が、無理矢理お前の母親と父親を結婚させようと画策したんだ」
「え?」
「無理矢理別れさせられた騎士は、ほどなくして任務中に死んだが、お前の母親は妊娠していた。それをすべて承知でお前の母親と伯爵は結婚したのだよ」
ソルは、自身ですら知らなかったことを淡々と告げられて、目を見開いた。
「どうしてあなた様が知っているのですか?」
「直接聞きに行ったからだ」
「え?」
「デービス翁と息子の二人が下法の魔法術師に利用されていると知らせるついでにな」
セスランはさらりと答えた。
「‥‥‥父は親友の子である俺を、ずっと我が子だとして育てていたのですか?」
「理解しがたいが、そうらしい。それにデービス翁は孫のお前が生れて人が変わったそうだ。権力欲も無くして、母親に謝罪したらしいぞ。悔い改めたと言っていたな」
母親の心情としては、本当の父親のことは言わずに、伯爵の子として育てたかったのだろう。
メリッサは、セスランががアレイと別行動の仕事をしていたのはこのためだったのだと思い至った。
「公爵様ありがとうございます。俺が何者だったか知ることができました」
出生の秘密を聞いてすべてを飲み込めた訳ではなかったが、もう足元がぐらつくことも、弱点になることもないだろう。
「父が、友情を果たそうとした騎士は、どんな人だったんだろうな」
ぼそりと零すその言葉に、同じ騎士を目指したソルは思いを馳せる。
その時、ソルの腰に下げられた剣が、メリッサに訴えかけてきた。
「(蒼玉の魔女よ。我の事を話してほしい)」
「(あなたは?)」
「(我の最初の主は、この青年の父である騎士だった)」
「(‥‥‥ああ。ソルは大切にされていたんだね)」
メリッサはその声に耳をすまし、瞳を閉じた。この為に、今日があったのかもれない。これはメリッサにしか出来ないことだ。
「ソル。あなたのその腰に下げてる剣は、大伯父様があなたに送ったものでしょう」
「そうだ」
「それは、あなたの本当のお父様である、騎士様の形見だよ」
「え?これはおじい様が成人の祝いに下さったんだ」
「亡くなった騎士様の使っていた剣を探すために、商人と付き合いを持っていたみたい。その柄のマークが騎士様のものだって」
メリッサのいう通り、ソルの剣の柄には、太陽をモチーフにした刻印が装飾されていた。
「騎士様は、魔物の討伐の最中に、仲間をかばって亡くなられたの。部隊は半壊してそのあと盗賊が戦場の跡からその剣を盗んで行った」
「どうして知ってるんだ?」
目を閉じるメリッサから、清浄な魔力が溢れる。
「その剣が語っているから。あなたに伝えたがっている。わたしはそれが聴こえるし、視える――」
開かれたメリッサの瞳は星の煌めきを宿し、色を深くしている。ソルはそれがサファイアと呼ばれた能力なのだと初めて目の当たりにして悟った。
その存在感は、畏れを抱かせる。声色が変わった。
「「我は流れて何人かの手に渡り、何年かの歳月が流れたある日、老人が我を買った。屋敷に連れ帰られると、初めての主の親友がいた。我の刻印を見て、初めての主のものだと気づいて涙を流していた」」
メリッサは剣の言葉を紡ぐ。
「メリッサ?」
「「あなたは初めの主の息子。我を老人があなたに送った意味がわかるだろうか」」
メリッサの瞳は憂い、手を伸ばしてソルの頬を撫でる。覗き込むその瞳は星の光を散りばめた蒼玉だった。そのまま彼女は人差し指をソルの眉間に当てた。
「記憶を伝達する魔法」
ソルは体が硬直して動けなかった。熟練の魔法術師のオーラを放つメリッサの眼光に縫い留められる。
額にピリッと魔力が流し込まれた。
すると、ソルの意識は光の中に入り、その中で一人の男の姿を見た。
栗毛色の髪の色をした、騎士だった。
ソルの瞳から、涙が流れた。
「まったく、感応力を使いすぎだ」
剣の記憶を読み取って、それを他人に見せる魔法を使ったせいで、メリッサは意識を失って倒れていた。途中から無意識に魔法を使っていた事は、セスランにしかわからない。記憶を伝達する魔法を使ったときの彼女のオーラは前世のものと同じだった。
倒れたメリッサを抱き上げながら、セスランは前世と今を行き来しそうになる感情を押さえた。
「メリッサは大丈夫なのですか?」
「すぐ目覚める」
メリッサの魔力の流れは正常だった。剣に感応して同調した意識を外すための一時的なものだろう。
「領地にいる伯爵にも話は通してある。デービス翁が操られていたとはいえ貴族連中を巻き込んだことは間違いない。だが、伯爵家の跡取りであるお前が捜査に協力した。デービス翁も自ら囮になった。すべては最初からエダンを捕まえるためだった。貴族連中はエダン一人に陥れられたという筋書ができる」
「公爵様‥‥‥」
ソルは驚きを隠せない。
「どうしてそこまで」
「メリッサは身内が傷つくことを望まない。それに彼女は祖母殿の遺言にしたがって隠れて生きてきた。自由に生きるためには、お前たちの存在が足かせになる」
ソルは目の前にいる公爵に、そこはかとない恐怖を感じた。
「――だから。彼女の能力を知る者を絶対服従させるための理由を作ったまでだ」
その冷たく怜悧な瞳は、支配者のものだった。




