64.月の女神の秘薬を飲んだと知って
「いろいろあって、月の女神の秘薬を飲んだんですよ」
メリッサは最初こそ秘薬を飲んだことを気にしていたが、今は実験の延長のような心持になっていた。
「もしかして、効果が現われたのか?」
めずらしく動揺を見せるセスランに、秘薬を飲んだくらいでどうしたのかとメリッサは不思議に思う。それゆえに周りの反応は気にせずに、感じたことをそのまま話した。
「分かりませんけど、可能性としてはジュナ王子が私の事を運命の人って言ってたのでそうなのかもとは思ってます」
「違うわよ!」
すかさずシャシャはつっこんだ。
「え?」
「メリッサはドキドキした?胸は苦しくなった?」
メリッサの的外れな勘違いを正すために、シャシャは具体的な心の部分を問いかける。
「まったくならなかったけど。タイミングよく運命の人って言われたからそうなのかなって。すっごく分かりやすく効果が出たなのかなと思ったんだよね」
「絶対違うわよ!だってあなた‥‥‥!」
シャシャはきっぱりと断じてから、何かを言いかけて、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「月の女神さまの魔法だから、間違える事はないと思うけど。やっぱり別の人なのかな?」
メリッサは、何気ない会話程度に話しているが、シャシャはとても恐ろしい状況に気づいていた。
「国が滅びるわ」
「え?何か言った?」
シャシャだけが気づいている。魔物よりも、段違いに恐ろしいものがそこにいることを。
「メリッサ」
「セス?」
目の前に立つ、セスランから一切の感情が消えた。
「君はジュナを望むのか?」
「え?」
「君はそれで幸せになれるのか?」
「え?」
「君がそれで幸せなら、俺はその願いをかなえる」
「セス!ちょっと待ってください。何を言ってるんですか!」
無感情に、ほの暗さを加えたようなセスランの雰囲気にメリッサはたじろいだ。
――セスの地雷を踏むようなこと、何か言ったかな?
よくわからないけれど、とりあえず謝っておこうかと口を開こうとしたした瞬間。
魔物の群れの中にランタンを持った、人影を見つけた。
「あ!あの人!」
メリッサは声をあげて、セスランの腕をつかんでぐいっと振り返らせた。
「エダンじゃないですか!」
指を指したその先に、エダンの姿があった。
水晶に写った、あの使用人だった。
「奴だな」
セスランはそれほど驚きもせず、なんなら感心すらなさそうに一瞥した。
――これってやっぱり怒ってるの?
さっきの話の流れをどうにかしたかったメリッサはいたたまれなくなって、この場を離れる理由を思いついた。
「エダンを捕まえてきます!セスはここでシャシャを守っていてください」
「――待て!」
飛び出そうとするメリッサを、セスランが手を掴んで止めた。
「どうしてそうなる?」
「どうしてって?」
「逆だろ普通。君がここに残るんだ」
「でも、わたしより強いセスが、シャシャの側にいた方が安心です」
「君は魔物の群れと、下法使いの相手を一人でできるのか?」
「なんとかなりますよ」
「なんともならない!」
「負けないし!」
「勝てないだろ!」
「ねえ!なんで二人が争ってるのよ!」
この二人。さっきの話で、見た目より動揺してるのかもしれないとシャシャが思ったのもつかの間。
ドゴオオン!
爆音とともに攻撃魔法が飛んできた。
メリッサとセスランが防御魔法を同時に展開してそれは阻止される。
「神殿に向けて攻撃魔法撃ってくるとかないですよ!」
神殿の結界は魔物は寄せ付けないが、魔法はしっかり通る。
エダンがこちらの存在に気づいて、先に攻撃を仕掛けてきたのだ。
「邪魔だ」
セスランがすっと指先をエダンのいる方に向ける。その流れるような所作だけで魔法が放たれた。
エダンの周囲の魔物が一瞬の光に包まれて消滅し、爆風が止んだ後一人ぽつんと生き残ったエダンが愕然としていた。
◇◇◇
「お前等何者だ!?」
エダンは魔力探知を怠らず行っていた。追手の気配も聖都メテオーラに来てからは一切なかった。
ところが、計画を実行に移した途端に、自分の名を呼ぶ魔法術師があらわれたのだ。
ローブの女二人と、貴族らしい男。そのうち二人が言い争っていた。
その内容はエダンを捕まえると言ったものだった。
「わたくしはオルテンシア王国第三王女シャリアよ。あなたを捕まえに来たわ!」
フードを外し、びしりと名乗った美少女にエダンは目を見開いた。
「王女だと?こんなところにいるわけが‥‥‥」
エダンは美少女の横に立つ、先ほどの魔法を放った男の顔を見た。
「まさか。その目の色。あのピジョンブラッド公なのか!?」
聖都のに訪れるという話は、新聞のみならず、メテオーラに住む貴族の子女には伝えらていた。
「追手がついていただと!?」
それも王族と公爵だ。
「幻影草の茶葉は見つけたよ」
公爵が手を握ったままの隣の女はフードを下した。銀の髪に蒼い瞳があらわになった。
「サファイアの娘が、王族と公爵に繋がっていただと?」
ここまで、密やかに計画を進めていたのに、幻影草に気づかれただけで、こうもなるものか。
「一体いつから」
「お前がデービス翁を操り出してからずっと」
冷酷な瞳で揶揄するように告げられたエダンは、その場に縫い留められたように身動きがとれなくなった。かろうじて魔物を使役する魔法を途切れさずにいるが、先ほどから先頭を行く魔物たちの気配が消え、徐々にこちらに向けて消滅していくのを感知していた。
まさか、包囲網が敷かれているのか。
追われる身となったことに気づいたエダンは、歯ぎしりした。
「ソルとアナベルはどこにいるの?」
エダンを見下ろす、蒼い瞳はまさにサファイアの名にふさわしいものだった。




