63.煽られる護衛騎士団長
「僕。すっごい嫌な予感がするんだけど」
「わかる。俺もそう」
春祭りの陽気で賑わう温泉街を尻目に、アレイとジェイドの気分は下がりまくっていた。
「湖畔の方から魔物の気配がするんだけど、気のせいじゃないよね」
「気のせいにしようぜ」
二人がふざけあうのも仕方がない。護衛騎士団長の怒りのオーラをずっと浴び続けていたのだから。
「俺の相棒の目でも捕らえたぞ。ざっくり百はいるな」
ジュナのフクロウが上空から捉えたそれは、間違いなく魔物の群れだった。
「魔物の癖に統率がとれてそうな動きをしているな。綺麗に行進しているぞ」
「なんだよそれ、行進する魔物とかアリなのか?」
「普通はナシでしょ」
デービス翁が滞在する宿と、温泉街のちょうど中間地点で、アレイたちは待機していた。
「どうして、殿下たちと合流できない。お前たち謀っているのか?」
護衛騎士団長のマキシムは、もはや立場上の礼節をとることをやめていた。
「俺たちの方が先についてるはずなんだけどな。転移魔法陣でひとっ飛びだったろ」
茶屋の老店主が、エダンはマイムに行ったと情報をよこした。護衛騎士団の精鋭数人と、アレイとジェイドとジュナとで、近くの転移魔法陣を使ってマイムまで移動してきたのだ。
「地下道コースより早く着いたんだから、待つしかないよな」
「魔物が向かって来てるけどね」
「ちっ」
「今舌打ちしたのって?」
「サルバドル卿」
「あの人もそうだけど、お貴族様は威圧感出しすぎなんだよね」
ジェイドは威圧するより、笑いながらさりげなく追い詰める方が得意だ。
「ヤツと一緒にするな。だいたい地下道を追えばよかったのに何故俺に教えなかった」
仮にも公爵をヤツ呼ばわりする護衛騎士団長は、見た目以上にキレているとアレイは横目で見て思った。
「シャシャが地下探検したいって言ったんだよ。それにお前等他国の人間を秘密満載の地下道に入れるわけにいかないだろ。シャシャは別だけど」
「お前とてオルテンシアの貴族じゃないか。なぜメテオーラの側に立つ?それに、馴れ馴れしく殿下を名前で呼ぶな」
マキシムは剣を抜いてアレイに切りかかった。
「あっぶな!シャシャにも見せてやりたいぜ」
「だから!馴れ馴れしく呼ぶなと言っている!」
続けざまの斬撃を寸ででかわすアレイと、斬りかかるマキシムは追いかけっこ状態だ。
「なあ、お前たち遊んでる場合なのか?アレもうすぐここに来るぞ」
ジュナは湖畔の森を、指さして言った。
「魔物が温泉街に行っちゃうと、僕が三賢者に殺されるんで、殲滅しますよ」
仕方なしにといった態度で、岩に腰かけていたジェイドはのろりと立ち上がった。
その時、空から一枚の羽根がひらひらと落ちてきた。
アレイの手の平にそれは着地する。
皆が注目する中、アレイはその羽根に魔力を流した。そして、その表情が曇る。
「サルバドル卿。あの地下道の先に魔法陣があって、それの転移先って湖畔の神殿らしいわ」
「何?」
「ヤツからの伝言が届いたんだよ。つまり、魔物の群れの方にシャシャはいるってこと」
マキシムは魔物の群れの方へ全力で駆けだした。
数秒後に、森の中で轟音が鳴り響いた。
「あの人、またわざと煽ったよね」
「俺は、同情する」
ジュナは憐みの目を、駆けるマキシムに向けた。
「魔物はサルバドル卿が殲滅してくれそうだな」
アレイはこれも、シャシャの為だと言い訳しつつ、メテオーラを救った英雄騎士の出来上がりだとほくそ笑んだ。
◇◇◇
転移先の神殿を出ると、そこは温泉郷マイムだった。
温泉街は沢山の行燈の灯りで輝き、それが湖面に反射して幻想的で美しい夜景を作っていた。 あの灯りの中には、春祭りに訪れた大勢の観光客がいるのだろう。
夜風は暖かいものの、湖畔からの風が肌を撫でるのを止まずに吹き続けている。
神殿の石階段に座り、メリッサは夜景に感動していた。
「とっても綺麗だね」
「メリッサとここに来れてよかったわ」
シャシャの目には、街の灯りが反射していた。
「わたしもだよ。ただ‥‥‥魔物がいなかったらもっとよかったのに!」
三人の目の前を、魔物が行進していた。それは、怪物じみた魔物から、獣型や巨大ゴーレムまで多様な魔物が目の前を通り過ぎていく。移動する足音は地響きを鳴らし、土煙が立ち込める。
神殿には夜光石が埋め込まれていて、夜でも明るい。その光のおかげで魔物たちの姿もはっきり見えた。
「どうして魔物がこんなにいるの」
「誰かが魔法で操っているんだ。魔物はこんなに統制の取れた動きをしない。湖の方から湧いて出てるようだな」
湖の方からの魔力が流れて来ている。
「わたくしたちに襲い掛かってこないのはどうしてなの?」
「神殿にある聖石の力で、神殿内には魔物は入れないの。ここは、ちょっとした避難所になるんだよ」
遠い昔に作られた聖石はいまだに解析できてないらしいが、魔物を寄せ付けないその場所は聖域そとしての効果を保ち続けている。神殿の結界によって、魔物はここだけスルーしていく。聖石がなかったら、今頃戦闘になっていたはずだ。
メリッサは上空に小さな魔力を感じた。
「何かが来ます」
「あれは、影からの伝言だ」
セスランがそう言っている間に、ひらひらと一枚の白い羽が彼の手のひらに着地した。彼のいう影とは、緑陰からの報告ということだろう。
白い羽には血痕が付いていた。それは、メリッサにとって見覚えのある魔道具だった。
確か、レイズ課長の机にあったもの。
「それはなにかしら?」
「伝言を伝える為の魔道具だよ」
メリッサが魔道具についてシャシャに説明している間に、セスランは羽根に魔力を流して伝言を読み取った。
「エダンがあの魔物を呼んだらしい。魔物を大量に使役するくらいの実力は持っているみたいだな」
「やってることめちゃくちゃですよ。あの魔物たち温泉街の方にむかっているじゃないですか」
「下法の魔法術師のやりそうな事ではあるが、無駄だな。向こうにはアレイ達がいる」
今まで水面下で動いていた男が、無関係な大勢の人を巻き込む魔法を使い始めた。
「影に伝言を飛ばしてくる」
セスランはそう言って、二人から離れて結界内ぎりぎりの場所で魔法の羽根をいくつか飛ばし始めた。
「魔物の群れなんて初めて見たわ」
普通ならパニックになってもおかしくないところを、シャシャは冷静さを保っている。
「大丈夫だよ」
「ええ。少し怖いけれど、メリッサとセスランおにいさまがいるから平気よ」
気丈に笑って見せてから、シャシャはぽつりとつぶやいた。
「マキシムは来てくれるかしら?」
「シャシャ?」
「メリッサに秘薬を作ってもらったけど、まだ使ってないのよ」
シャシャはポケットから、月の女神の秘薬の入った瓶を取り出した。
「これで答えを出す前に、自分の心を信じてみようと思ったの。だから婚約者になってくれるなら迎えに来てって伝言を頼んだわ」
不安と期待にシャシャのまつ毛が揺れた。
「それは後悔しない方を選んだんでしょう」
「そうよ。だってわたくしが自分で選んだ人が、運命の人のはずだわ。振られたとしてもそうじゃなかったと受け入れるだけよ」
シャシャはふっ切れたように微笑んだ。
「シャシャならそうする気がしてた」
メリッサも一緒に笑う。
「せっかく秘薬を作ってもらったのに、申し訳ないのだけれど」
「そんなことは気にしなくていいよ。秘薬を自分で試すいい機会になったし――」
「それはどういうことだ?」
神殿の石階段に戻ってきたセスランが、珍しく唖然としている。
どうやら秘薬を使ったことが、聞こえてしまったらしい。




