事件その3 備品盗難(19) 聞き取り⑦北條ー鶴巻
備品倉庫から早足で戻った北條は、そのまま鶴巻の前に向かった。
「すみません、お待たせしました。では聞き取りを行いますので、あちらの小部屋までお願いします」
北條はいつも以上の早口でそう言い終えると、振り返って小部屋の方へと早歩きで歩いて行ってしまった。
「お、おう。わかった」
とても数十分前に片桐が「泣かせた」女子とは思えないほどの活発で堂々とした動きに圧倒されつつ、鶴巻はその北條の後を追った。
小部屋に入る直前、鶴巻は振り返って片桐の方を見ると、片桐は申し訳なさそうに愛想笑いをしつつ手を合わせている。
それに対して、鶴巻は苦笑しながら2回頷いて応え、小部屋へと入っていった。
「では改めまして、これから聞き取りを開始します。ですが、その前に」
そこで北條は、一旦背筋を伸ばした。
「鶴巻先輩には改めてお詫びいたします。この調査の過程において、大分失礼な態度をとってしまっていました。申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる北條に対し、鶴巻は戸惑いを隠せなかった。
「えっ、そうか……いや、昨日も言ったけど、俺は特に失礼とか感じなかったけど、そんなことあったか?」
「はい、先週の打ち合わせから昨日まで、大分冷淡な対応をしてきたと思います」
「ああ、そういうことか……うんまあ、特に気にしてないから、大丈夫」
「そうですか、よかったです。では聞き取りの方、進めさせていただきますね」
北條はほっとした様子で顔を綻ばせた。
「では、聞き取りの方を始めますね。先日、既に松田先輩と海野先輩がグラウンド脇の倉庫に段ボールを入れていた時の一部始終を目撃していた件については、既にお聞きしてますので、それ以外のことをお聞きしたいと思います。あと、『反体制派』、片桐先輩の方針に反対している人達について、ご存知のことがあれば」
「おう、そうだな。とは言っても、あと何かめぼしい情報なんて、特にはなあ……」
鶴巻は天井を見上げて考えているような素振りを見せたが、そこから先は何も情報は出てこなかった。
「まあ、そう言われても、何がこの件に関係ある情報なのか、前準備もなく話すというのも難しいでしょうから、とりあえずお話ししましょうか」
「ん? 雑談でもいいのか?」
「はい、せっかくなので、時間は短いですが、おしゃべりしましょう」
北條は、時間の限られているこの聞き取りにおいて、鶴巻と雑談をすることを自ら提案した。
以前の北條なら、おそらくこんな提案はしなかったはず。
時間が限られている、その上情報に乏しい状況。例え事件に関わっている可能性が極めて低い鶴巻相手でも、情報を聞き出そうと焦って苛立ちさえしていただろう。
「そっか……なんか改めて『おしゃべり』ってなると、ちょっと照れるな」
「ふふっ、そうですか? では、私からお聞きしたいことについて質問させて頂きますね。会長とのご関係と、これまでの会長の過去、現在までの歩みについて、お聞きしたいです」
「えっ、なんだ、北條ちゃんもそれが気になるのか」
「はい、興味あります。会長のことを深く知れば、今、会長がやろうとしていることについて、より理解を深めることができると思いますので」
「お、おう、そうか……つっても、北條ちゃんが欲しがるような話じゃないと思うけどな。そうだな、どっから話せばいいかな……」
鶴巻は、考え込むような姿勢になった。
その姿を、北條はまじまじと見つめている。純粋に興味深げな様子で、子供のように無邪気な顔で鶴巻が口を開くのを待っている。
「確か、お2人は小学校に上がる前からのお知り合い、ということでしたよね?」
北條が声をかけると、それが呼び水となり、鶴巻はそこから自然に幼少期のことを語り出した。
「うん? そうだな。俺としーちゃんは、家が近所でさ。物心つく頃からお互いずっと知ってるわけさ。同じ保育園に通ってて、俺もあっちも迎えが遅めの方で、それでも大体俺の方が迎えが遅かったかな? それであいつの親が先に迎えに来るんだけど、あいつの母ちゃんが来たのが、待機してる教室から見えるわけだ。その人は、背が大きくて、ガイジンみたいな見た目で……美人で、堂々としててさ。格好いいな、あんな母ちゃんが迎えにきてくれるのは羨ましいな、って思ったもんだ」
「そうなんですね」
「でもしーちゃんの方は、その頃はまだガキだし、それに気も弱くてあんまり活発でもなかったんで、せっかく母ちゃんが迎えにきてくれても、あんまり嬉しそうじゃなかったな。まあ多分、保育園が楽しくなかったんだろう。顔は丸くて体はずんぐり、髪の毛が赤くてくりくりだったし、目が薄茶色……いや、少し緑っぽいか? だから、『キャベツ畑人形みたいだ』って、からかわれてたんだよな。今思えば、あいつの母ちゃんにそっくりなんだけど」
「片桐先輩とそっくりなお母様……ですか。できることなら、お会いしてみたいですね」
「会ったらびっくりするぞ。成長した今はそれこそ本当にそっくりだ。でも、もしかしたら、あの頃のあの人、しーちゃんの母ちゃんも、もしかしたら無理してたのかもな。多分、見た目やその他諸々の事情で、生きづらさは感じてただろうし」
「生きづらさ……ですか」
「しーちゃんはそのハーフの母ちゃんから生まれて、父ちゃんは日本人だから、クォーターってやつだな。それでもからかわれるんだから、ハーフの母ちゃんはそれ以上の生きづらさがあったろうし、当然苦労もしただろうな。でも子供目線ではそんなのわからないし、今の俺の想像、生きづらさのことも、もしかしたら見当違いかもしれないけどな」
「その、からかわれていた片桐先輩を庇っていたのが、鶴巻先輩だとお聞きしましたが」
「ええっ? 誰だよそんなこと言ったの……まあそうだな、悪ガキを蹴散らしたりはしてたな。別にしーちゃんを助けるとか、そんな大層な話じゃなくて、俺はその頃から、その手のくだらねえことやってる悪ガキが気に食わなかっただけでな」
照れ笑いをしながらそう語る鶴巻は、北條からは、それまでの印象とは全く違って見えた。
昨日梅里から聞いた話は、おそらく事実。鶴巻は照れ隠しをしているが、義侠心のような心持ちから、弱い立場であり、いじめられていた幼少期の片桐を守っていた。
そして、その思いは今も変わらず。
「しーちゃんだって元から体はデカい方で、その上その頃はぽっちゃりしてたからな、そこから小学校に上がった時には背の順で言えば1番大きくなってたんだ。ちょっと本気になれば、あいつに敵う奴なんかいない。正面から突き飛ばせば、同い年の奴らは男だってみんなひっくり返る。一度その力を見せつけてやれば、周りの下らない連中らは大人しくなったんだけどな」
「それは、そうでしょうね……まあ、女の子ですから、なかなかそこまで踏み切れないということもあるでしょうし」
「そうだな。そこまで踏み切ったのは、小3くらいの頃かな? 胸張って男子らの前に出て、自分の権利を堂々と主張して、言い返して軽く小突いてくる男子の肩を掌で突き返して、そいつに尻餅をつかせた。それでそいつは、それ以上何もしてこなくなった。で、その日から、あいつは変わった。多少強いフリをすれば、周りが勝手にビビって引いてくれる、それを知ってからは、割と躊躇なく、周りを威嚇するようになった」
「とは言っても、誰かに暴力を振るったり、理不尽な要求をするわけではないですよね?」
「そりゃそうだ。実力行使は最小限、言うことの全ては筋の通った主張だ。あいつは弱い立場の、力ある者から虐げられ、奪われる者の気持ちをよく知ってるからな……まあ、そんなわけで、そこからあいつの無理というか、やせ我慢が始まったんだ。そこから中学、高校と、年取るごとにぐんぐん背は大きくなって、でもぽっちゃりがなくなって、今の格好になった。そのガタイと力、そこにあの『演技』を加えれば、そりゃ『強い女』に見えるだろうな。でも俺にとっては、強いフリしてても、中身は子供ん時と変わらない、いつも何かに怯えてビクビクしてるしーちゃんのまんまだ。俺には、今まで誰にも正体がバレなかったことが不思議でしょうがない。よくここまで、アレをやってこれたもんだ……」
しみじみと語る鶴巻の様子を微笑みながら見つめ、しばらく傾聴に徹していた北條は、話の切れ目に、もうひとつ質問をしてみた。
「本当の会長……片桐先輩って、どんな人なんですか?」
「そうだな、図体は大きいけど、中身はビビリで弱虫だ。強く出る男は基本的に苦手だし、そうでなくても声の大きいおっさんってだけで逃げ腰になってる。あとは、爬虫類全般も苦手だな、特にヘビ。それに、雷もダメだ。雷雨の時なんか、窓から離れた部屋の隅っこに引っ込んで動けなくなる」
「ええっ、なんだか意外ですね、そんな弱点が……」
「本当はそういうのをできる限り避けて生きていたいんだろうけど、そうもいかない時もある。教頭先生なんかまさに声の大きいおっさんそのものだけど、無理して虚勢張って教頭先生の前に立ってるんだろうな」
「苦手だなんて、全く気づきませんでした」
「まあ、そういう肝っ玉の小さい人間なんだけど、一方で誰かを身代わりに出したり、自分のせいで誰かが割を食うとかは許せない。仮に自分に関わりなくても、『弱い人』が苦しんだりしているようなら、放ってはおけない。そういう優しい子なんだ。でも元がそんな強い人間じゃないわけで、そういう時の行動は必ず『無理』をしてる。やせ我慢をして、必死でビビった姿を見せないようにしてる。俺は、あいつがこんなやせ我慢を続けてたら、いつか何かの弾みであいつの中の芯の部分、その細い芯がポッキリ折れるんじゃないかって、内心ヒヤヒヤしてる」
「それで、役員入りを会長から請われて、受け入れたということですか」
「まあ、そんなところ。あいつが困った時に頼るのは、この学校の中じゃ俺くらいだろうからな、仕方なく」
仕方なく、と口では言っているが、その表情は満更でもないといった感じである。
「そう言えばさっき、しーちゃんに言われたよ。北條ちゃんを泣かせたから、もし落ち込んでいるようなら慰めてやってほしいってな」
「そうでしたか……会長には心配をお掛けしてしまいましたね。ご心配なく、私は大丈夫ですから」
「そうみたいだな。安心したよ」
安心した、という鶴巻の一言が気になり、北條は改めて質問した。
「ちょっとすみません……私って、そんなに皆さんに心配されるような感じなんですかね?」
「うーん、まあなんて言うか……どっか危なっかしい感じがするな」
「えっ?」
「北條ちゃんは、多分しーちゃんとは違って、芯は強い方だ。でも、なんて言うかさ、カタいって言うか……これ、今のうちに謝っとくけど、気を悪くしたらごめんな。北條ちゃんって、自分の中で私はこうするべきだ、他人に対してもこうあるべきだ、っていうガチガチの考えがあって、それから外れるのを許せないみたいな、そういうところないか?」
不意に北條は、あまりに的確に図星を突かれたことで絶句し、視線を下に落とした。
「……そう、見えますか?」
「あっ、やっぱ言わなきゃよかったな、ごめん」
「いえ、おっしゃる通りです。つい先ほど、自分にそういうところがあると思い知らされたばかりです」
「あっ、それはしーちゃんとの聞き取りの時のことか……うん、それは多分北條ちゃんの意識が高くて、自分にも他人にも求めるレベルが高いってことだろうから、それが悪いとも欠点とも言わない。けど、多分その考えでいくと、世の中の大多数の人は、優秀な北條ちゃんの『こうすべき』の範疇から外れるだろうと思う。自分にも他人にも厳しくて、求めるレベルに達してないと思うたびにいちいちイラついてたら、疲れるだろうし、そのうち、周りと上手くやっていけなくなっちゃうんじゃないかって思うんだ。しーちゃんは北條ちゃんの理想の人じゃないだろうし、俺も北條ちゃんの望む生徒会役員にはなれていないだろう。でも実際のところ、世の中こんな半端な出来損ないの人間ばっかりで、だけどそういう人らが寄り集まってどうにか世の中を回してる。もどかしく思うかもしれないけど、そういう半端者たちを、見限らないで欲しいなあと、半端者の1人としては思うわけだ」
その鶴巻の話を聞きながら、北條は、先月初めの頃、土本から言われた話を思い出していた。
恐らく自分は、これまで知らず知らずのうちに、自分にも他人にも高いレベルを求め、他人がそれに達していなければ都度厳しく対応してきてしまっていたのだろう。
それが、クラスメイトとの距離を少しずつ広げていた。皆、そんな自身の言動を疎んじ、それを避けるために当たり障りのない接し方をしていて、本音で自分と話そうとしていなかったのだ。
当時の土本の指摘の通り、このまま自らを変えようとしなければ、そのうち本当に周囲から浮いた存在になってしまうだろう。
以前は、そう指摘されても気にはしなかった。
自分を理解してくれる人は少しはいる、それでいい、そんな風に考えていた。周りに合わせなくても問題ない、そういう驕りがあった。
でも今は違う。孤立してはいけない。孤独にはなりたくない。できれば嘘をつかない形で。
そして自分以外の孤独な人に手を差し伸べられる、そんな人になりたい。
「……私、そんなに立派な人じゃありません。至らないことばかりですし、人にどうこう言えるような立場でもありません。むしろ、片桐先輩からも、鶴巻先輩からも、学ぶことばかりです」
「えっ、俺から学ぶの? 俺が今さっき言ったことが北條ちゃんの勉強の足しになるなら、それはいいことだけど……俺の中からは、これ以上どこを絞っても、何も出てこないぞ?」
「いえ、言いにくいことをおっしゃって下さって、ありがとうございます。勉強させていただきます」
北條はそう言って、座った姿勢のまま頭を下げた。
冗談を言っているとはとても思えない北條のその振舞いに対し、鶴巻は肯定するしかなかった。
「そ、そうか……うん、まあそれならよかった」
そして、その居心地の悪さを振り払うように、鶴巻は無理矢理話題を変えた。
「あー、そうだ。ところで。意外だったな。海野が犯人とはね」
「あっ、そうですね。調査開始前は、片桐先輩の右腕と言ってもいいくらいの人だと思っていましたが」
「そうだよなぁ……俺はてっきり、××がやったもんだと」
鶴巻は、そこである者の、それまで特命班からは全く疑われていなかった1人の人物の名前を挙げた。
「あっ、そうなんですか。それはどういった理由ですか?」
いつもなら聞き流していた鶴巻の話だが、昨日のこともあり、北條はその鶴巻の独り言のような発言に興味を持った。
「うんまあ、真犯人はわかったことだし、俺もこの件は忘れることにするけど……なんか証拠があるとか動機があるとか、そういうわけじゃなくて、ただ役員の中で悪だくみするなら、1番やりそうな奴があいつ、ってだけで……実は他の役員と色々話してたのは、それ絡みのことを話してたってのもあってさ」
「あっ、そうだったんですか」
「でも生徒会として調査をやったわけだし、その後も菅野があちこち嗅ぎ回ってたから、菅野に任せてたんだわ。もっとも、俺がむやみに疑って××を直接問い詰めたところで、俺じゃ菅野みたいにトラブルを上手く回避できなかっただろうしな」
直接問い詰める、ということは、そこまで疑うに足りる何かがあったということだろうか。
北條にとって、鶴巻が思慮に欠ける者とはいえ、根拠もなく人を疑い問い詰めるほどの無鉄砲とは思えなかった。
「問い詰めるって、そこまで疑わしいと思ってたんですか?」
「だってよう、『例の騒動』で、あいつが真っ先に疑われて、そこで内部生OBの先輩らが事態収集に動いてたとかなんとかいう噂があったからさ、それなら××とOB、っていうかそれと繋がってる反体制派となんかの関係があってもおかしくないかと思って……」
その一連の話が全くの初耳であった上に「例の騒動」の内容が全く不明であったため、北條は慌てて鶴巻を制した。
「えっ? ちょっ、ちょっとすみません。順を追って質問します。まず『例の騒動』について、詳しくお聞きしたいのですが」
「あれっ、知らなかったか? あっそうか、あれは俺らが1年の時か……」
その鶴巻からの話の内容は、ある者に関する疑惑、それから「例の騒動」、内部生OBとの繋がり、鶴巻による周辺者への聞き取り結果。
おそらく鶴巻は、それが如何に重要な情報であるかは認識していない。
そして、それら一連の情報は「備品事件」とは関連性は薄いが、「反体制派探し」に関するもので、これまで特命班側では全く未把握の情報であった。
「そう、ですか……ありがとうございます、よく分かりました」
努めて冷静に、丁寧に礼を言った北條だが、その声は震え、目が泳いでいる。
「あっ、もうそろそろお時間ですね。時間いっぱいまでお付き合い、ありがとうございました」
「あっ、もうそんな時間か。こっちこそありがとな、北條ちゃんとゆっくり話ができてよかったわ」
小部屋から出た北條は、上機嫌で自席へと戻る鶴巻を目で追った。その時には、もう役員は全員聞き取りを終えて席に着いていた。
土本も席に戻っている。そして、今まさに梅里が生徒会室に戻ってきた。
「それでは、調査結果をお話しする前に、聞き取りで得た情報をこちらで取りまとめたいと思います。少々お時間をいただきます」
早口でそう言うと、北條は慌てた様子で梅里に駆け寄った。その北條のただならぬ様子を見て何かを察した梅里は、北條とアイコンタクトを交わした後で軽く頷き、踵を返して備品倉庫へと戻り、北條はそれに続いて備品倉庫に入った。
土本はそれに続いて立ち上がり、北條たちの後を追って行った。




