事件その3 備品盗難(18) 聞き取り⑥土本ー久保
土本は、1回目の聞き取りが終わった時点で、時間を若干オーバーしていたことから、表に出してはいないものの、若干焦りを感じていた。
次の聞き取り相手の久保は、説明会に出席していた者であるから、一応現時点では容疑者の1人ではある。
しかし、土本は梅里の姉から「役員全員の心を読んだ結果」を聞いているので、久保が備品事件の犯人ではないことはわかっている。
久保からの聞き取りは、要は犯人ではないことを確実にするための、言わば「つぶし」のためのもの。
ならば、そこまで時間をかけるべき相手でもない。予定より短い時間で済むはず。
菅野の聞き取りが終わると、足取り軽く自席へと戻る菅野に続いて小部屋を出た土本は、その足で久保の前へと向かった。
「では久保先輩、聞き取りをやりますんであっちの小部屋の方へお願いします」
「はいはい」
軽い返事をする久保を丁寧に小部屋へと案内し、久保が小部屋に足を踏み入れた瞬間。
「あっ……これは……」
背後で菅野が呟く声が聞こえた。
おそらく菅野は、土本が重要な情報、つまり「備品の隠し場所」を知りながら、それを先ほどの「情報を開示し合う」という場において、その情報を秘匿していたことに気付いたのだろう。
そのため土本は、菅野から声を掛けられる前に、急いで久保に続いて小部屋に滑り込んだ。
小部屋に入った土本は、自分の席に座る前に、一度仕切り板の隙間から菅野の顔を確認した。
予想通り、菅野は苦虫を噛み潰したような顔をしてこちらを睨んでおり、その菅野と一瞬目があった気がした土本は、すぐに目を逸らして席についた。
目の前にいる久保は、相変わらず落ち着いた様子で土本を見ている。
久保を待たせる意味はない。土本は、なんとか平静を装って聞き取りを開始した。
「ええと……それでは、今から聞き取りを始めます。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
菅野からの報復を気にして落ち着かなくなっている土本とは対象的に、久保は随分と落ち着いている。
「まあ、改めて聞くのもアレですけど。備品事件について、改めて役員全員から知っている情報を断片的にでも教えていただき、それを調査に活かす、そのための聞き取りです。というわけで、久保先輩がこの事件について知っていることで、まだ俺らに伝えてないこと、伝えるべきかどうか判断に迷うような細かい情報、雑多な情報なんかがあれば、この機会にお聞きしたいと思います。どうでしょう、何か伝えそびれたこととかあったりします?」
「うん、実はある」
意外にも、久保は自ら積極的に情報を話す姿勢を見せた。
「えっ、なんですか?」
「とは言っても、もう他の人から聞かされてるかもしれないけどね。君らの調査活動については、役員は皆基本的に理解はしてるし、そこで疑われたところで、多少不快感はあるかもしれないけど、それで君たちの印象が急に悪化したりはしない。菅野さんは勿論そうだし、小瀬君もそうだ。彼は自分が不快に思ったからきつく言ったわけじゃなく、空気が悪くなったのを察して、君たちと役員との関係性が必要以上に悪化するのを止めるため、自ら釘を刺しに行ったような感じだろうね」
「あっ、そうなんですか」
そう言われると、小瀬のここ1週間の動き、報告会での大袈裟な抗議とその後の静観も納得がいく。先週の抗議が何か思惑があっての方便であれば、その後の北條へのソフトな対応の意図も概ね察することができる。
「で、その話をもう少し掘り下げると、今の役員は正直仲が良すぎる。身内の誰かが備品事件の犯人であるのはほぼ確実なのに、それを皆で庇い合っている。会長が犯人探しを諦めていないことを知ってて、そして解決のためには身内を疑う過程が必要なのもわかっているのに、皆そこに踏み込もうとしない。まあ菅野さんだけは少々切り込んできたけど」
久保は意外にも周りがよく見えていて、自身が見聞きした情報を冷静に判断しているようである。
今こうして聞き取りを行った限りでは、情報をうっかり漏らすような粗忽者という風ではないし、仕事ができない人間とも思えない。
「失礼ですけど、それって、久保先輩の希望的観測というか、想像が入ってませんかね? 久保先輩が他の役員の人らに調査や特命班の件でそこまで深い話をしてたところを見たことがないんすけど」
「想像を含んでいることは認めるよ。でも、身内で庇い合う傾向があるのは、会長も、菅野さんも把握しているはずだよ」
「そうなんすか。なら、言葉通り受け取っておきます」
「うん、そうしておいてくれ」
久保はいつものにこやかな顔、ある意味ポーカーフェイスとも言えるその表情を崩していない。
「ちょっと気になったんすけど、そもそもの話、俺が3学期頭っていう中途半端な時期に生徒会に入って、その上、急に立ち上がった『特命班』に入れられて、役員を責める立場になったことについて、正直なところ皆さんどう思ってるんすかね? すんなり受け入れられない、って意見は当然出てくると思うんすけど」
「ん、まあ……そうか、そこが気になるんだね。じゃあ、やっぱりその辺のこと、正直に話した方がいいかな」
久保は一息ついて、話を続けた。
「特命班を立ち上げた日に、その説明会の場にいたのは、会長と僕と海野さんと松田君だった。その4人は、君の生徒会入りにも、特命班についても異論はなかった。小瀬君は当日常会には顔を出していたけど、閉会後すぐに帰ってるんで、特命班立ち上げの話は聞いていないよ」
「そうだったんすか……」
「当日いなかった小瀬君と菅野さんは、後でそのことを知って思うところがあったようだけど、小瀬君は備品の件では疑われていた立場なんで、再調査には敏感になるのはわかる。まあ、不良っぽい1年生を生徒会入りさせるのはいかがなものか、っていう思いもあったらしいけどね。それを、海野さんが君を特命班入りさせることの必要性を説いて、なんとか納得させた感じだったね」
「その必要性のこと、詳しく聞いてもいいっすか?」
土本はそのやり取りについて、あえて詳細なところを尋ねた。
「身内の調査では隠蔽を疑われるから、これまで生徒会関係者でなかった者が再調査すれば公平性が担保できる、ということだった。あと、新人は不良だけど、北條さんに監督して貰えば、仮に間違いがあっても大きな問題にはならないだろうって……あっ、でもこれは内密に頼むよ。君を不良呼ばわりするのは僕は良くないと思うし、海野さんも失言だとわかっているだろうから」
「はい、大丈夫っす」
土本は、不良呼ばわりを全く気にしていないという風にあっさりと答えた。
「菅野さんについては、会長の意向に表立って反論するのは彼女くらいだし、それをやるのが自分の役割だと自負している節があるからね」
「へえ……本心ではどうっすかね」
「なんとも言えないけど、彼女だって不良と呼ばれかねない立ち位置、そちら側に近いという自覚はあるようだし、『第三者視点』を考慮すると生徒会に1年生をいれるなら、相応しい外見を求めるべきだ、っていう『一般論』を念頭に置いていたんじゃないかな。第一、不良っぽい外見を言い出したら、会長はどうなるんだって話になるからね」
「まあ、そうっすね」
土本は、生徒会役員に関する裏事情的な話に関する聞き取りに終始し、備品事件について聞こうとはしない。
それは、土本が調査を放棄したわけでも、久保を侮っているわけでもない。
土本なりの意図があり、それを悟られぬよう聞き取りを進めている。久保に話題を操作されるのを警戒しつつ、言葉を選んで慎重に質問を投げかけている。
「会長の話で思い出したんすけど、久保先輩も会長選では立候補してたんすよね? 仮の話っすけど、久保先輩が会長の立場だったら、この事件、どう考えて、どう処理します?」
「えっ、うん、そうだなあ。正直なところ、そんなに無理して犯人を探さないと思う。そもそも被害はそれほど大きくないわけだし、誰かに『悪役』を押し付けるようなこともしたくないし。自分の任期の間、発生を抑えられればそのまま後輩に引き継いで、それで終わりでいいと考えるんじゃないかな」
「おお、なんか安定的と言うか、無難な回答……いや、おそらく問題を大きくしないと言う観点で最高の回答じゃないっすかね」
「そうかい、それは褒め言葉と受け取っておくよ」
「もちろん褒め言葉っすよ。会長の方針とは違ってても、どっちが間違ってるってことはないですし、むしろどっちも正しいと思うっす。会長の方針がリスク高いってだけで」
「ふうん、ということはつまり君は、リスクは高くても、事件の真相を徹底的に究明しようとする会長の方針と、僕が今言った『無難な』方針、君はどちらも間違っていないし、どちらの方針を採用しても異論はない、と考えるんだね。なるほど。当初は君の生徒会入りに否定的な話も出ていたけど、僕は君が入ってくれてよかったと思うよ。君は思った以上に落ち着いていて聡明だ」
「お褒めに預かり光栄です……って、この場合こういう言い回しが正しいのかわかりませんけどね。ところで、前から思ってたんすけど、この学校の生徒会って、他の学校なら余裕で生徒会長が務まるレベルの人が何人もいるっすね。当然、久保先輩も」
「ははっ、僕はそこまでの存在じゃないよ……でも、海野さんはすごい人だね。それは確かだ」
「でも、生徒会員から会長選に出たのは、久保先輩だけだったんすよね? なんか意外っすね、あと1人2人、生徒会員から候補者が出てもよさそうなもんですけど」
「会長が……片桐さんが、下馬評で最有力だと予想されてたからね。皆、勝ち目のない戦いにわざわざ打って出ることもない、と思ったんだろうね」
「でも、久保先輩は出たんですね」
「そうだよ。一応それなりの理由があってのことだけど」
「それ、聞かせてもらってもいいっすか?」
「うん、でもそんな大したことじゃないよ。片桐さんは、その選挙戦の直前には、立候補にあまり気乗りしない、って言ってたんだ。それを偶然聞いちゃって、今のままなら彼女は当選するだろうけど、彼女がこんな消極的な気持ちのまま生徒会長になるのは、なんか違う気がしてさ。それなら、選挙を盛り上げれば……有力な対抗馬がいれば、状況が変わるかと思って」
その話を聞きながら、土本は乾いた唇を舐めた。
久保の目を凝視し過ぎていると気づき、一旦机の上に視線を移し、気を落ち着かせてから久保に言葉を掛けた。
「有力な対抗馬になれる、という自信があったんすね」
「ははっ、そこはまあ、自分で言うのもなんだけど、女子にはそれなりに人気あるしね。で、まあ選挙では負けたけど、その時の彼女の演説は良かったよ。とても立候補に消極的な人がやるような演説じゃなかったね」
「そんなに凄かったんすか」
「そうさ。聞いてなかったかい? 彼女が内部生と外部生の格差、差別を解消すると公に発言したのはそれが最初だ。それを全生徒が集まる体育館の壇上で堂々と言い切ったんだ。あれで学園内の世論は大きく動いたし、片桐さんへの支持が更に集まる結果になったと思う。実は僕もそうだ」
土本は、手の震えを悟られないよう、掌を腿の上に押し付けるようにして、顔は平静を装いつつ、なるべく久保に長く話させるように仕向けていた。
「へえ……俺もその場にはいましたけど、なんかかっこいい人が喋ってるなぁとしか思ってなかったっすよ。ちゃんと聴いてる人らには響いたんすね、その時の演説内容」
「そうだね、響いたよ。で、僕は選挙で負けたわけだけど、得票数2位の実績をもって、副会長の役職を得られたわけだ。実は立候補した理由には役員入りしたくて、そのために先輩方に名前を売る意味もあったんだ。その目的は見事果たせた、ってところだね」
「役員入りが目的、っすか……」
「そう。正直なところ、彼女に近づくために、生徒会の活動に力を入れるようになったし、役員になるため、生徒会長に近い立場になるために、役員入りを目指したんだ。割と真っ当なアプローチだったと思うんだけどねぇ」
「アプローチは、失敗だったんすか」
「そうだね。見事に振られたよ。いや、それはここで語ることじゃないけどさ」
「振られても、近くに居続けたい、って気持ちは変わらないんすか」
「まあ……そこは、そういうもんだと思ってくれよ。彼女の隣にいることはできなかったけど、近くで見ていたいんだ。強くて綺麗な彼女の姿を見られる位置にいられる特権を、まだ享受していたいからね」
「わかりました。あと、一応これは皆さんに聞いてるので、久保先輩にも単刀直入にお聞きしますけど、久保先輩は備品盗難事件に関わってますか?」
「いや? 関わってないよ」
「そうっすか。関わってる人とか、疑わしい人として思い当たることとかあればその人と、疑う理由とかもお聞きしたいんすけど」
「ええーっ、それはちょっと僕にはわからないなあ。正直言って、僕はてっきり小瀬君は関わってるものと思ってだからね、その可能性がなくなった今となっては、もう見当つかないなあ」
「なるほど、まあそうっすよね……」
土本は、そこで数秒間考えを巡らせたが、これ以上久保に質問すべきことは思いつかなかった。
一連の聞き取りの流れの中、土本はある違和感を抱いていた。
しかしそれは、備品の事件とは関係の無い話。
少なくとも今は、関連性が見出せない。
その違和感は当初、小さなしこりに過ぎなかったが、聞き取りを進めていくうち段々と大きくなっていく。
その違和感の正体が見えてくると、土本に複数の感情が湧いてきた。
衝撃、歓喜、失望、憤怒……
それらがごちゃ混ぜになった衝動の波を、どう処理して良いかもわからないまま、聞き取り終了時刻が迫っている。
叫びたくなるほどの興奮を必死で抑えつつ、土本は無難に聞き取りを終えることにした。
「わかりました。じゃあ、聞き取りは以上で終わりにします。お疲れさまでした」
「うん、お疲れさま」




