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事件その3 備品盗難(17) 聞き取り⑤梅里ー海野

 生徒会室に入る前に、一旦立ち止まって目を瞑り、二、三度深呼吸して呼吸を整えると、再び目を見開いて引き戸の取っ手に手を掛けた。


 落ち着いた風を装い、梅里は静かに引き戸を引いて生徒会室に入ると、ミニマルミュージックの特徴的なBGMが流れる中、役員たちが席に座り、聞き取り担当者からの呼び出しを待っている。

「では海野先輩、聞き取りを行いますので、どうぞこちらへ」

「はい」

 海野は余裕の表情で立ち上がり、備品倉庫の方へと真っ直ぐに歩いてくる。


《大丈夫。何も問題ない、私に関する証拠は何もない……》


 いかに動揺を隠していても、心の読める者にはそれが見通せる。

 しかし問題は、それを心の読めない普通の人間に伝えるには大分骨が折れるということ。

 自らの能力を明かすことはできない。そして読めた情報を真実だと示すにはそれなりの「根拠」が要る。

 その「根拠」を、今回この海野は、念入りに消してきている。


 自分は、北條は勿論、土本にも頭の出来の面では劣っている。

 例えその頭脳の差を「特技」で補ったとしても、まだ埋められない決定的な差がある。

 北條のように、膨大な情報を頭の中で整理することはできない。

 土本のように、些細なことから犯人の欺瞞を見出して真相を暴くことはできない。


 それは自分でもよくわかっている。

 だが、これは自ら言い出したこと。どんな手を使ったとしても、やり切って結果を出す。

 心理戦なら、相手の心理が覗ける自分の方が圧倒的に優位。


 そういう強い決意の元、梅里は備品倉庫に海野を通して、「取調べ」の席に着いた。


 梅里の対面に座っている女子生徒は、表面上は落ち着いているかに見える。しかし、その心中は決して落ち着いてなどいない。

 動揺を隠し、虚勢を張って、ようやくこの落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 それは、心を読むという特技を持った「聞き取り役」からすれば、簡単に見透かすことのできる情報であった。


 先に共犯の松田が聞き取りで呼ばれ、その中で何を供述したか、そして自白したか否か、それらを確認する術もないまま、自身が聞き取りで別室に呼ばれる。

 それがどれほどこの海野への揺さぶりに寄与しているのかは今のところ未知数だが、現に今、海野は心の中を深いところまで探るまでもなく、動揺している様子が梅里からは見て取れる。


 この「聞き取り」の順番は、おそらく土本がその調査の進行を効果的に進めるよう考え、さらに順番が与える心理的効果までも計算した上で決めたのだろう。

 先に松田が聞き取りのために小部屋へと向かう、その様子を海野が確認したことによる影響。それを見越した上でこの順番を決めていたと思われる土本の頭脳に感心しつつ、梅里は聞き取りを開始した。


「それでは、聞き取りを始めます。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 一見なんのことはないやり取りではあるが、既に腹の探り合いは始まっている。この時の2人の周囲は、この日1番の張り詰めた空気になっていた。


「先日お話しした通り、本日は、備品の所在不明について、皆さんが把握している情報を個別にお聞きするために、こういった形、小部屋に1人ずつご案内した上で聞き取りを実施しています。海野先輩がこの件について把握していること、または以前から気になっていたことなど、今の機会にお話ししていただけることがあればお聞きしたいと思います」

 梅里は努めて丁寧に、聞き取りの主旨を説明した。

 それは聞き取りで話し手と聞き手の認識に齟齬がないようにという配慮であると共に、堅苦しい「聞き取り」を演出することにより、海野に対するプレッシャーを少しでも補強するためでもある。


「はい。特命班の調査の目的は理解しています。おそらく生徒会役員側で調査した際の情報について詳細は伝わっていないでしょうから、まずは昨年11月に生徒会で、というか私が責任者となって備品の調査を実施した際の状況についてお話しします」

 梅里の説明に対して、海野は同様に堅苦しい言い回しで返答した。

 これは、自分には堅苦しい空気にも難なく対応できる、そのくらいの余裕があるということをアピールするつもりであるが、その程度は梅里には想定内であり、さらに言えば海野の意図は完全に「読まれて」いる。


「まず、この備品事件、不適切な消費か、移動先不明か、それとも盗難か、それすらも正確には分かりません。前役員からの引き継ぎの時点で、これが発覚しており、その後在庫の管理を強化していた中で再度備品の消失が発覚したことから調査を開始しました……」


 退屈な説明が続く。

 これが「遅延行為」と明確に言える状況であれば、こちらから一方的に話を切ってしまってもいいのだろう。

 しかし、あまり早く切ってしまえば、傍目には失礼と映るだろうし、海野に焦りと捉えられる可能性がある。

 切るタイミングは、慎重にならざるを得ない。


「……なので、結局無くなった備品の行方は分からず、それを持ち出した者も不明、ということになります。なお、11月中旬の管理体制改善以降は、少なくとも1月末までは備品の員数に問題はありません。私が把握しているのは以上です」

 思いの外簡潔に、1分足らずで説明を終えた海野に、梅里は早速質問を始めた。


「わかりました、ありがとうございます。それでは、こちらから質問させていただきます。備品の消失、これは数年単位で発生しているということでしたが、それまでの生徒会では対策は取っていなかった、ということでしょうか。そうであれば、それは何故でしょう」

「はい、それについては、そもそも備品の管理についてそこまで重視していなかったこと、そして消失した物品が消耗品や少額なもののみであって、当時はそこまで重大とは思われていなかった、ということです……」


 こうしたやり取りの最中にも、梅里は「特技」を行使し続けていた。

《余計な情報は含めない。今は副会長としての職務上話すべきことを淡々と言う。それ以上の情報は出さない。それで問題ないはず》


 海野の話は、言い回しが堅苦しく、やや早口でもあったが、実際のところ内容は薄く、また微妙に芯を外した表現をしている。

 本来犯人に繋がる何らかの情報が出てきてもおかしくないはずなのだが、その犯人に関する情報が出てこない。そこに触れるのを避けるように話しているようにすら聞こえる。


 こんな話を続けていても、海野を追い詰めることはできない。

 そう感じた梅里は、多少強引な手を使うことを決意し、海野の話の途中に割り込んだ。

「すいません、自分から聞いといてなんですけど、もうこういうヌルいやり取りはやめましょう。率直に言います」

「えっ?」

 海野はようやく追い詰められた人間らしい、動揺が見て取れる表情になった。


「以前のことを話してもしょうがないんです。正直、今、特命班で追っているのは、生徒会で今の体制が始まった10月末以降からの『備品盗難疑い』の件なんで、それ以前は今は特に注視してないんです。そこについて海野先輩の正直なお話を聞きたいです」

「あっ、はい。じゃあ、役員主導で実施した調査の詳しいところを……」

「そうじゃないんです。先輩は、犯人を知ってますよね?」

「……どういうことでしょう。おっしゃっている意味がわかりませんが」

《焦れてきたみたいね。でも、それなら「時間を消費」すればいい。時間切れに持ち込めば来週まで猶予ができる……》


 やはり海野は「遅延行為」を使うことを前もって考えていたらしい。

 だが、それなら一気に詰めていけばいい。それで遅延が使えなくなって焦るのは向こうの方。

 そう考えた梅里は、核心に触れられないようのらくらと質問を躱す海野に対し責めに転じた。


「まだ言う気になれませんか? では、『特命班』の調査結果の一部をお話しします。新体制始動後に備品を持ち出されたのは1回のみ。時期は10月末から11月頭。品目は……海野先輩が既に報告していた通りです。そして、その実行犯は、資料改竄に関わった人と同一と考えられます」

《えっ……じゃあ、もう相当に容疑者を絞り込んでいる、と言うか、もう……》


 表情の固まった海野をよそに、梅里はさらに続ける。

「ウチは最初の『説明会』に参加してないので、現場の状況は伝聞でしか知りません。けど、その場では役員4名と特命班2人しかいなかったんですよね? で、常会終了から説明会開始まで、新たに生徒会室に入った人はいない。説明会中に入ってきた人もなし。その中で改竄の実行犯は誰かと考えると、特命班は当然犯人ではない。そうなると、残り4人まで絞れるわけです。それは先週の報告にもあった通りです。そして、その報告でもあった通り、書類改竄はその場でやるしかない。その日その場で書類作成ができた人、と考えると、海野先輩は目の前の書類を見ながら説明していたし、久保先輩は机の上に何もなかった。そして会長はパーカーのポケットに手を入れたままだったのを、特命班は見ています。だからその3人には改竄は不可能。消去法で松田先輩が改竄を実行した人、つまり犯人のうちの1人と考えられます」


「消去法……ですか。それで犯人を決めていいのか、と疑問に思いますけど」

《該当者が1人しかいない、だから改竄の実行犯が松田君で確定なのはその通り。でも、ここは簡単に認めてはいけない、「証拠」を口実にして、できる限り引き延ばす》

 

「確かに、実際に改竄を行ったという証拠は欲しかったところではあります。ですが少なくとも、外部から入り込んで書類を改竄する余地はないです。資料は1年生がコピーしたし、常会の終わり際に、たつみ……土本君が生徒会に新規加入、その終了後10分程で説明会が開始。その間生徒会室から出た者はいても、入ってきた者は資料をコピーしてきた一年生だけ。まあ外部から捏造資料を持ち込むことも不可能ではないでしょうが、前もって準備しない限りそれはできません。そして、この日急遽決まった特命班立ち上げを予測するのはほぼ不可能。ですよね?」


「でしょうね。ならば、改竄の実行犯はその場にいる者のうち誰か、と言っていいでしょう」

《大丈夫、証拠は何もない、わかりっこない》


「で、その松田先輩がせっせと改竄をしている最中、その様子は対面の3人からはその様子が視界に入っているはず。久保先輩の席からは若干角度があるんで、気づかなかったということはあり得るでしょうし、会長はその日の説明会では立ち会うだけで実際何かしたわけではなく、資料配布をすることをその時まで知らなかったので、松田先輩の動きが不審と思えなかったのも無理もない。けど、海野先輩はどうでしょうね? その資料を用意する立場で、差し替えている様子が見えているのに何も気にならないってことはないでしょうし」

「私は何も気づきませんでしたよ?」

《見えていた。資料の作成中、放送の件で時間を稼いだ上で、資料が完成したのを確認してから、資料を受け取って特命班に配布した》

 海野の内心は読めた。当時の状況と、海野の考え、行動の細かい部分も知れた。

 しかし、これを自ら語って貰わなければ、自白したことにはならない。

 もどかしさを抱えながら、梅里は質問を続けた。


「ウチは今、それは不自然だという話をしています。この事件で、犯人が単独犯とは考えにくい、というのは先週あった経過報告の通りです。改竄について、1人で改竄を実行したところで、その資料は特命班に直接渡すわけではなく、一度進行役の人、この時は海野先輩に手渡すことになるんで、協力者なしには、リスクが大きすぎる。であれば……」


 疑っていることを匂わせるような梅里の発言に、海野は若干眉を顰めつつも、特命班の現状を察して安堵していた。

《それならば、証拠を出せばいい。今、出さないということは、出せない、まだ証拠を掴んでいない、ということでしょう。まだ確定ではないので、迂闊に踏み込んだりはしないけど、おそらく大丈夫》

「梅里さん、そういうことは、何か証拠が見つかってから言うべきことですよ。証拠もなしに人を疑うようなことを軽々しく言えば、余計な反感を買いますし、場合によっては貴女だけじゃなく、特命班全体の責任になり得るのですから、発言は慎重にお願いします」

 海野は、特命班がまだ証拠を掴んでいないと誤認している。そのため、精神的には余裕ができたが、同時に、追及に対する警戒が緩み、隙ができた。

 その心の内を読み取り、海野が「読み違え」をしていることは好都合だと判断した梅里は、その読み違えを訂正させないよう気をつけながら、話を進めることにした。


「そうですか、それはすみません。状況的に、海野先輩が関わっている可能性が高いと思ったもので。以後気をつけます」

「よろしくお願いしますね。特命班の問題は、最終的には会長の責任問題となるわけですから」


「はい……では改めて、少し話を戻します。書類の改竄については、松田先輩だとほぼ確実視してます。そして、この件には『共犯者』がいると、特命班では考えています。それについて、海野先輩で把握している情報、何か参考になることや、松田先輩と事件に関係すると思われること、小さな情報でも構いませんので、この機会に話していただきたいと思います」

「それについては、申し上げられることは特にありません。仮に松田君の行為に誰かが関係している、そう疑うに足るような情報があったとしても、確定的でなければ無闇に人を疑うようなことは私の立場からは言えませんし、もし確定的な情報があればもうお話ししています」


 その話には道理が通ってはいる。海野が共犯者であり、明らかに知っているはずの情報を秘匿していることを知らなければ。

「そうですか……では、松田先輩に、備品に関する動機や実行時の状況、共犯者についてなどを自ら話していただくことを期待するしかありませんね」

「松田君が犯人であれば、ですね」


 海野の心を読めるという優位な立場であり、今まさに犯行について追及しようとしている梅里であったが、その自身の心には迷いがあった。

《ウチは今、随分と無礼な話をし続けている。こんな話をされたら、役員の先輩方は怒って部屋から出たり、なんなら一切の聞き取りを拒否してしまってもおかしくないのに、小瀬先輩も、海野先輩も、ちゃんと話をしてくれている》

《それなのに……ウチは、この備品事件で役員と敵対する立場へと自ら進んで参加している。今のウチの行動は、「あの時」、ウチを庇って、拾ってくれた会長以下皆さんの厚意を無碍にするようなもの。追及に手心を……と思っても、それはできない。タツミや琴音ちゃんに不利になるようなこともできない》


 迷いを振り切るように、右手で左肘の内側を強くつねった。

《これはウチがやる。役員からの敵意も、汚れ仕事で出た澱も、調査で問題が起こった時の責任も、全部ウチが持って行く。その後はどうなったっていい。それで役員は正常化する。特命班も守れる。それでいい……》


「なんだかすいません、話し辛いようなことをずけずけと聞いてしまって」

「いえ、調査上必要なことであるのは理解しています。そこはお気になさらず」

「でも、ウチみたいな礼儀を知らない……派手なカッコをした1年の外部生に聞かれるのは、やっぱり面白くないところはあると思います」

「まさか。私達は、片桐さんの下で働いてるんですから、そういう考え方はしませんよ。見た目、経歴、成績、境遇等で人を差別しない。それが現体制の生徒会の基本方針です」

「でも、以前は違いましたよね? この学園の中で、内部生は優秀な生徒の集まりだとされていた。『内部生』だという、それだけの理由で」


 内部生、という単語に、海野は心を読むまでもなく警戒感を露わにした。

《そう、それが間違っている、それを生徒の立場から初めて公言し、その扱いを辞めさせるべく学校の中身を変えたのが会長》

「それは、もう過去のことです。現生徒会長の片桐さんは、それをやめようと全校生徒に訴えて選挙で当選しました。大部分の生徒が会長の主張に賛同しているはずです」

「大部分、ですか。ということは、その『大部分』以外の生徒は、今でも旧来のまま、ということですよね?」

「でしょうね……それが何か?」


 梅里は、海野が通常答えにくいと思われる質問にも律儀に返答してくるのをいいことに、この事件の背景と思われる「反体制派」の実態について、一気に切り込んでいった。

「その『大部分以外の生徒』という人らって、何者なんでしょう?」

「人の内心に関わることですから、その人が自ら『会長の主張に反対する』とでも言い出さない限りはわからないでしょう。そして、今そういうことを公言している方はいません」

「公言していなくても、狭いコミュニティの中で、それを話している人はいるでしょう」


《何故、そんな話を……まさか、私が「反体制派」と接触していることに気づいている?》

「私は把握していませんが」

「会長のあの発言、あの主張に反対するなら、そうする理由のある人は『内部生』でしょう。そして、前生徒会長は『内部生たる誇り』という発言を度々していて、前役員はそれを支えていた人達。なら、前役員は公言しなくても会長の主張には反対する立場でしょうし、それが内部生で、後輩の内部生と頻繁に接触しているなら、それは『そういう人達の関係者』だと疑うのは当然ですよ」

「それは憶測ですね。それに、人の繋がりが主張の繋がりだとは言えませんし、思想を同じくするという根拠は何もない、でしょう?」

「では、人の繋がりがあることはお認めになる、ということですね」

「……」


 厳しい指摘に絶句した海野に対して、梅里はなおも続ける。

「これについては、証拠が必要と言われれば後ほど呈示します。まあ、これは事件に関することではないので、求められなければあえて表に出すことではありませんけど」

「……脅し、ですか? 私と前生徒会役員の関係性をちらつかせて、私が犯人と認めなければ、その情報を開示する、そういうことですか?」

「それは深読みし過ぎです。今こちらが調査で判明したことをお伝えした、というだけのこと」


 厳密に言えば、これは特命班の調査ではなく、菅野の独自調査で判明したこと。

 よって開示するには菅野の判断が必要になるが、梅里はそれを隠して海野に証拠を掴んでいることだけを話した。要は、ハッタリをきかせたわけである。


「繋がりがあったところで、事件とは関係のないこと。私は事件に関与していません。それでも私を犯人だとしたいのなら、まずは証拠を出すべきでしょう」


 そこで、急に聞き取り実施中のこの部屋、備品倉庫のドアを3回ノックする音がして、その直後ドアが勢いよく開いた。

 ドアが開いた先にいたのは、北條だった。

「お話し中失礼します。梅里さん、至急お伝えしたいことがあります」

「あっ、うん」

 北條が伝えたいことの内容を概ね察した梅里は、立ち上がってドアの方へと近づいた。

「こちらの聞き取り結果ですが……」

 北條は、梅里の耳元に口を寄せ、先ほど聞き取りで得た情報を耳打ちした。

「……うん、そうか。やっぱり」

「それと……」

 更に北條は、今まで把握していなかった情報も併せて伝えた。

「……マジ?」

「はい。なので、今お伝えしておかなければと思いまして」

「そう……ありがと」

 2人は顔を見合わせ、同時に頷いた。


「では、失礼します」

 それだけ言うと、北條はすぐにドアを閉めて、生徒会室の方へと駆けて行った。

 北條を見送った梅里は、海野に向き直って、一語一語に力を込めて言った。


「北條さんの聞き取りの結果、松田先輩は犯行を自供したそうです。自ら書類を改竄し、備品を倉庫から運び出したと」


「えっ……」

《そうなんだ。でもそれなら、松田君の単独犯ということにすればいいだけのこと。私が関与した証拠はない》

「そして、共犯者のことも話して下さったそうです。備品の運び出しと書類の改竄は、海野先輩に依頼されたと」

「そう……ですか」

《焦るな。まだ私に関しての証拠はない。誰にもバレたりしない》


「どうです? そろそろ、本当のことをお話しいただけます?」

「松田君が事件に関与したのは事実のようですね。でも私は関わってませんよ」

「そうですか。ですが、今まで話した通り、最初の説明会の状況、ここで松田先輩と共犯が協力していたと考えると、もうその候補は残り3人しかいないわけです。会長、久保先輩、そして海野先輩。その中で資料の受渡しに参加できていたのは、あなたしかいません」

「その資料の受渡しに共犯が参加していなければ改竄は不可能、というわけではないでしょう? それは証拠にはなりません」


 やはり海野はしぶとい。この段階にあっても、自分が犯人だとは認めない。

「そうですか。では次の話。備品の運び出しの話です。これについても、松田先輩は自分が運んで隠したことを自白しています。隠し場所については、この後松田先輩に自ら案内していただいて、現物を特命班側で確認できたら、松田先輩が運び出しの実行犯として確実視できるということになります」

「それはそちらでやっていただいて構いません。どうぞご自由に」

《過去の杜撰な備品管理、そして会計上の不実記載を揉み消し、そして備品の件が明らかになった際に「帳尻合わせ」目的で一部の備品を隠した。それがあの段ボールの中身。松田君が自白するのは止めようがない。それは想定内》


 松田の聞き取り結果を聞かされた海野は、「回転数」が上がっている。読み取りやすくなった心を、梅里は躊躇いなく深部まで覗き見ていた。

「この時の運び出しについて、松田先輩に依頼したのが海野先輩で、実行の日時と隠し場所の選定、そして運び出しルートの指定も海野先輩であったという証言が得られましたが」

「私は一切知りません」

《それも自白したんだ。でもそれも想定内。私達が共謀していると悟られないよう、あの日から2人で話すのを極力避けてきた。聞き取りが行われるという連絡以降は、更に松田君と接触を避けるために、偶然にでも顔を合わせることのないよう、帰りの時間帯も考えたりと気を遣ってきた》


「段ボール2箱を抱えて運び出すのは、当然目立つはずです。そこを目立たないようにするためには、時間帯とルートを慎重に考える必要があります。松田先輩1人でそれができるとは思えませんが?」

「たまたま誰にも見つからずに運び出しができたということもあるでしょう。1人ではできない、というのは憶測に過ぎません。共犯がいたのを誰かが見ていた、というなら話は別ですが」

《話し過ぎたか……この件についてはこれ以上情報は出さないようにしなければ》


 これは海野の失策である。

 目撃者のことを語ってしまえば、当然目撃者探しをされることになる。そして、資料の改竄がまさに「目撃者の証言」をなかったことにする目的であったので、そこを突かれればボロが出る可能性がある。

 これを見逃さなかった梅里は、目撃者について念押しした。

「つまり、疑うなら、その目撃者を連れて来い、ということですか」

「言い方は良くないですが、つまりはそういうことです」

《大丈夫、鶴巻はあの時に言いくるめている。改竄前の資料は名前までは出ていなかった。本人もそれが重要な証言だとは理解できていないだろうし、あれが鶴巻の証言だと知る人は私以外にいない》


 梅里には、海野の魂胆は丸見えである。

 だが、これをそのまま表には出せない。特命班は既に目撃者を把握していて、目撃情報を詳細に書類にまとめているのだが、まだそれを海野に明かすことはできない。

 それがどうにももどかしい。


 一旦事件に関しては切り上げて、反体制派との関係について掘り下げるべきか。

 そう判断した梅里は、話題を切り替えた。

「そうですか。では、事件については関与していない、そういう海野先輩のご意見はわかりましたので、少し前の話題に戻ります。前役員との関係性について」


 現役員との、と梅里が発言した瞬間、海野の「回転数」が更に上がった。

《えっ、何故そこをしつこく聞くの? もういいじゃない、何度聞かれたって何も言うことはない。形になる証拠だって無い。先輩とのやり取りは、その場の会話しかない。文書に残したわけでもない》

「あの、それはこの事件と関係ないのでは? 私にもプライバシーがあります。私的な人間関係を探られるのは、正直不快ですよ」


「関係ない、ですかね? 少なくともこの件、11月に急に始まったわけではありません。引継ぎ以前に備品がなくなった件に前役員が関わっていて、それと今回の件が関連するのであれば、そこは調査して明らかにすべきかと」

「関連なんてありません。引継ぎ以前の件と以降の件は別件でしょう。今回の件に前役員が関係すると疑う要素は今まで1つも出ていないじゃないですか」

「へえ、『別件』だと知っているんですか」


 普段は聡明な海野の、2つ目の失策。

 

「松田君が実行犯で、それと先輩方が関係するような証拠はない、ということですよ。無闇に人を疑うべきではありません。そこは慎んでください」

「いえ、これは調査の上で重要な部分です。11月に判明した備品の所在不明は、『以前から発生していた備品の消失が現体制下でも継続している』という話になり、そこから役員主導の調査が始まっています。それが別件だということなら、以前生徒会で纏めた調査報告を見直して訂正しなければ」

「……別件については、私の個人的な見解です。確かに、この調査の起点は備品消失が継続している、ということでした。別件とする根拠はないですね、失礼しました」


 梅里は、松田からの自白が得られたことと、前役員との関係性を突いたことで「揺さぶり」に効果があったことを実感しながらも、この先どう追及するかについては考えあぐねていた。


 先ほどの北條からの耳打ちでは、海野はオーケストラで担当パートを代えられたことで悩んだ際に生徒会役員への打診を受けた、そして先輩から元のパート、トロンボーンに復帰するための便宜を図ることを交換条件に役員入りした、とのことであった。

 つまり、オケ部でのパート問題こそが海野の弱点。


 そこを土本のアドバイス通りに、弱点を「優しく解してやる」ことで口を開かせる、それをどうにか自分の手でやり遂げたい。

 しかし、ここまでの流れでかなり強めの追及をやってしまっている。一応、海野は回答をしてはいるが、現状口は重くなっている。ここから更に弱点に近づくとなれば、更に口が重くなるのは十分予想できる。


 だが、やるしかない。

 海里は、意を決して海野に対する質問を再開した。


「海野先輩と近い関係性の前役員と言うと、大高先輩、ですよね」

 大高の名前を出された海野は、表情を一層硬くした。「回転数」は更に上がる。

《来た。やはり特命班は、音楽科の情報を掴んでいた。いや、今日の聞き取りで把握したのかしら?》

「そうですね、確かに大高先輩とは音楽科で繋がりがあります」

「大高先輩とは、主にどんなお話を?」

「音楽に関する話ですね。大高先輩はオケにも所属してましたので、オケの話がほとんどです」

「具体的な内容について聞かせてください」

「……自分の、ピアノの位置付けというか、オケの中でどう振る舞うべきか、それについて助言を戴いてました」

 具体的な内容となると、更に口が重くなる。

 

「そうですか。やはりトロンボーンとピアノでは勝手が違う、ということですかね」

「そうですね」

《コンミスだった先輩から助言を得ることはそこまで不自然じゃないでしょう。トロンボーンに復帰することを話したわけでもないし》

「であれば、元のパートに戻ることができれば問題解決としては理想的ですね」

「まあ、それはそうですが……もう決まったことですから、私は与えられた場で最善を尽くすのみです」

「まだトロンボーンに未練がありそうですが」

「……」

《これは、未練じゃない。本来の私の居場所はトロンボーン。その居場所を取り戻すための手段。試練とも言える》


「ウチは軽音で、海野先輩とは勝手が違うかもですけど、パートを変えさせられたら流石に思うところはありますし、できれば元の所に戻りたい、と思うんですよね。ずっとギターやって、ボーカルも兼ねてるところで、ギターを譲るのはまだしも、ボーカル外されるのはちょっと納得いかないかな、と」


 その梅里の身の上話を、海野は半ば呆れ顔で聞いた後、気のない返事を返した。

「そう、なんですね……」

《軽音のお遊びと一緒にしないで。私は音楽に人生を賭けている。私以上のトロンボニストがこの学校にいるはずがないのに。それなのに何故、私の居場所を奪われたのか。それについて先生から納得のいく説明は貰っていない。いや、真っ当な理由なんてあるはずがない。そんな先生の道理の通らない采配に、そのまま従えるはずもない……》


 軽音を「お遊び」とする海野に対し、梅里は若干腹を立てつつも、それを表に出すのをなんとか抑えた。

 しかし、ここからどう攻めればいいのか、梅里は方向性を見失っていた。

 海野のプライドの高さは聞き取り前の想像を遥かに超えるもので、そこに寄り添うのは困難を極めた。


 ……これ以降、話題を何度も変えつつ海野に質問を繰り返すも、梅里は、とうとう海野に心の内を語らせることはできなかった。


 そして、もう時間切れである。

 ここで余計な時間を使えば、この後の特命班からの調査結果の発表、そして海野の「断罪」の時間が削られてしまうことになる。

《ダメか……》

 梅里は、ここで追及を諦めざるを得ないと悟った。


 失敗。あるいは敗北と言うべきか。

 その悔しさを噛み締めつつ、精一杯の強がりで作り笑顔をし、海野に聞き取り終了を伝えた。

「それでは、時間になりましたので、聞き取りを終了させていただきます。長い時間、お付き合いいただきありがとうございました」

「はい、お疲れさまでした」

《やった。乗り切った。これで、来週まで時間ができる。これから、急いで対策を考えなければ》


 立ち上がって軽く会釈をした海野は、振り向いて備品倉庫から出る際、この「聞き取り」の感想を頭に思い浮かべていた。

《聞き取り役が梅里さんで助かった。これが、頭の回る北條さんだったり、何をしてくるかわからないあの不良だったら、かなり手強かった……》


 この、最後に海野が心に抱いた感想こそが、梅里にとって一番堪(こた)えるものだった。


 自分の至らなさ、能力の低さを冷酷に突きつけるような海野の感想を読み取り、梅里はその場で泣き崩れてしまいそうになった。

 だが、今こんなところで泣いてはいけない。

 この後にもまだ仕事が控えている。

 まだ海野を攻める機会もある。

 北條と土本の足を引っ張るわけにはいかない。


 数十秒間、呼吸を荒くしながら机に突っ伏していた梅里は、そこから勢いよく立ち上がり、足元のふらつきをなんとか抑えつつ、教室へと戻っていった。

 

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