事件その3 備品盗難(15) 聞き取り③土本ー菅野
土本は、緊張した面持ちで菅野を小部屋へと案内した。
「どうぞ楽に……とは言っても、いつもの机と椅子だし、仕切り板で作った狭苦しい小部屋の中っすけど」
土本は遠慮がちにそう話したが、菅野の表情は明らかに怒りを滲ませている。
「それでは、事件についての『聞き取り』をさせていただきます。事件に関して直接の犯行については分からなくても、怪しげな動き、事件を後押しするような個人や集団の動向、そういう背後関係について、知っていることはこの機会に教えていただけると助かります」
「言うことは何もない。どうしても聞きたきゃ、北條か梅里を寄越すんだね。なんでお前が聞き取り役なんだよ」
のっけから喧嘩腰な菅野に一瞬怯んだ土本は、菅野への返答に詰まった。
「ボクも舐められたもんだな。役員と特命班の関係性を悪化させた主因がお前ってことをボクが解らないとでも思ったか? そのお前に、進んで話をしようなんて思うわけねえだろ?」
身長は150センチ余りしかない、土本と比べたら大人と子供くらいの体格差がある菅野であったが、その菅野に凄まれて土本は気後れしている。
「いや、そう言われても、調査を進める上で、役員を疑う流れは避けられないと言うか……」
「だからって、そのまま『疑っている』とストレートに伝えることはねえだろうよ。それも何のフォローもなく。もうちょっと常識的に振る舞えないもんかね。そこに関しては小瀬の言う通りだ。コレだから不良に生徒会の仕事を任せるのは嫌だったんだ。あの鶴巻もそうだけどな。最近はようやく顔を出してくるようにはなったが……」
役員を「疑っている」ことを直接役員に伝えたのは北條であり、土本もそれを伝えることに異議を唱えなかったのは確かだが、それを自分のせいにされるのは心外である。
それに、「不良」呼ばわりされるのもあまり面白くはない。体育会系で、人前で平然と暴力を行使するような人間にそう言われたことで、余計に苛立ちが募る。
「不良って言いますけどね、確かに過去には色々やらかしてたんで、そこは否定しないっすよ。でも高校入学以降、問題は起こしてないし、ちゃんと進学クラスで勉強にもついていけてるし、そこまで否定される謂れはないはずっすけどね」
土本は苛立ちを抑えられず、つい言い返してしまった。
「あぁ? なんだテメエ? 出来損ないの一年坊が、このボクに反抗すんのか? 今猫かぶっててもな、お前の素性は見てりゃわかるんだよ。ボクは基本的に会長の意思を尊重してるつもりだけどな、お嬢育ちの海野ですら、お前の素性を見越して会長からの特命班立ち上げの話には慎重だったんだぞ」
菅野の「あぁ? なんだテメエ?」の声が大きかったので、周りに聞かれたかもしれないと思い、我に返った土本は、仕切り板の隙間越しに周囲の様子を確認してから菅野に反論した。
「でも、立ち上げ後の説明会ではそんな素振りはなかったっすけどね」
「だろうな。役員は基本会長には逆らわないし。でもな、説明会翌週の常会前に役員間で一悶着あったんだよ。北條を『特命班』に据えるのはいい。しかしどこの馬の骨とも知れない不良かぶれをいきなり生徒会に入れて、重要な役目を任せるというのはいかがなものか、ってな」
翌週の常会前、ということは、梅里と再会して備品倉庫でやり取りしていた時である。
「そんな風に言われてたんすか……」
「それを言ったのはボクじゃなく小瀬だがな。それに対して海野は『確かに土本君は不良だし能力的に不安もあるけど、北條さんが保護者役になれば何か間違いがあっても大失敗にはならない。そもそも備品の件については、役員で内部調査を行なっても結果を出せなかった、それを再調査するのは、身内で揉み消したという疑惑を打ち消すためでもある。何も知らない1年生にさせることにこそ再調査の意味がある』って感じで押し切られたわけだ。今更だけど、あの時ボクからも強く反対しておけばよかったかもな」
つまり、海野は再調査で自分の犯行がバレるリスクを負いながらも、自ら再調査を後押ししたことになる。
その意図は、その発言からすると、「身内で『事件を揉み消した』という疑惑を打ち消すため」と考えればしっくりくる。そして、少なくともその時点では、「特命班」が今更再調査をしたところで真相にたどり着くことはないと高を括っていたのだろう。
そこに念を押すために、配布した資料の一部を改竄した。
だが皮肉にも、その改竄を、密室で、それも特命班の目の前でやったが為に、犯人が判明してしまったのだが。
「そうまで言うなら、とりあえずこの調査、カタをつけるためにちょっとは協力してくれませんか? 俺のことはどう言って貰っても構わないっすけどね、匿名班による調査を否定するってんなら、結局会長の意向に反してるわけで、あくまでそういう態度でいるんなら、その覚悟は持っていて下さいよ」
「生意気な……」
菅野は椅子から立ち上がった。右拳は、空手家が本当に人を殴る時の動作、手の平の肉を指で手繰って握り込んでいる。
おそらく本当に土本を殴るつもりなのだろう。
だが、土本は動じない。椅子に座った姿勢のまま、菅野の目から視線を外さない。
どこかのタイミングで、かつての喧嘩屋のスイッチが入ってしまった土本は、言葉遣いこそいつも通りではあるが、その目は完全に「やる気」になっている。
「おっ、殴るっすか? どうぞ。俺はやり返しませんから。でもちゃんと考えて下さいよ。ここで殴って、結果どうなるのか」
「一々癇に障る奴だな……先輩に対する物言いに気を付けろってんだよ」
「それはすいません。じゃあ改めてお願いします。調査にご協力お願いします。知っていることはこの機会に教えて下さい」
「その前に言うことがあるだろうがよ。お前の無礼な行動に北條を付き合わせて、さらに梅里まで巻き込んだことに、詫びの1つもねえのかよ」
梅里の話が出てきたが、これは土本の想定内だった。
梅里の「業務過多」については菅野も把握しているはずで、おそらくそこに「特命班」の業務をさらに追加したことに対して、何かしら言いたい事があるだろうと予想していたのだった。
「……誤解があるみたいなんで、弁解しときます。この『特命班』について、そもそも俺は北條さんに誘われて生徒会に入って、そこから特命班入りして、その後も主導権持ってるのは北條さんっす。あくまで特命班は北條さんが頭で俺は補佐、調査する上で俺の意見が通ることはあっても、北條さんを『付き合わせて』はいないっす。でも梅里については、正直巻き込んだのも、あいつのことを当てにして使ってきたのも事実なんで、そこは弁解はしないっす。すいませんっした」
土本は、椅子から立ち上がってすぐ横に膝をつき、静かに土下座した。
その体勢だけを見れば、完全に屈服したように見える。
だがその土本の背中から見える覇気は「ここで菅野が追い討ちをかけるようなら、こちらも全力で打って出る」という雰囲気を感じさせた。そして事実、土本はその気だった。
「……頭を上げろ。簡単に土下座なんかするもんじゃない。安く見られるぞ」
拳を緩めた菅野は、そう言って椅子に座り直した。
「はいっす」
暴力沙汰を回避できたと悟った土本は、顔を上げてニヤリと笑い、席に戻った。
「はぁ……参ったね。只の道理を知らない、暴れたいだけのガキかと思ったが、ちゃんと頭を下げられる奴とはね。そんならこっちも筋は通さなきゃな」
菅野は頭を掻きつつ、バツが悪そうに苦笑した。
「どうせ梅里から、ボクが独自にこの件、というか『反体制派』を調べてたことを聞いてるんだろう? で、このタイミングでそれについて聞きたい、ってところか?」
「その通りっす」
「わかった。でも、これは生徒会にとっても機密情報だ。例え特命班といえど、簡単に情報を流すわけにはいかない。それはわかるな?」
「はい、要はこれまでの調査結果をまず伝えろ、ってことっすね」
「そうだ。お互い機密事項を開示し合う、それで対等な立場ということにする。それでいいな?」
「大丈夫っす。それについては北條さんとも事前に話し合ってて、必要であれば調査結果を話してもいい、ということになってますから」
つまり、ここまでの流れは、土本はある程度想定しており、ここまで想定通りである、ということ。
そして、今これを菅野に示した、ということは、つまりは「自分の想定通りの流れ」が確定した、ということである。
「はあ……じゃあここまでの流れ、既に『絵に描いてた』ってわけだな」
「完全にそのままってわけじゃないっすけどね。役員と特命班の関係悪化、あと梅里の扱いに関して責められるのは想定してました。なんなら一発喰らうくらいは覚悟してきたっす」
「そうか、んじゃやっぱ一発殴っていいか?」
「ええ? もう勘弁してくださいよ」
「ははっ、まあ今はやめとくか。で、そろそろくれよ、調査結果」
菅野は手招きをして土本の情報提供を催促した。
「そうっすね。まあ手短に言いますと……」
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「なるほど、ならそっちが犯人と考えてる人物は、ボクが思ってるのと一緒だな。昨年11月の件は、それ以前とは別件ってところも同じく。で、そのブツはまだ校内の何処かにあるだろうと推測してる、ってことか」
「そうっす。それを犯人に言わせて、実際その場所を探してブツがあれば、その時点で犯人確定ってことっす」
「でも、海野はともかく、松田は何故これをやらかしたのか、その辺の動機はわかってるのか?」
「いえ、そこはまだ……」
「そこは今日のうちに松田を詰めるべきだろうな。もっとも、北條が聞き手なら、当然そこを詰めるだろうけど」
「そうっすね、そこは後で確認します」
「とは言っても、どうせあいつのことだから、大した理由じゃないだろう。おだてられて、用事を頼まれて手伝ったら、いつの間にか共犯に……とかな」
「ええ? それじゃ松田先輩がアホみたいじゃないっすか」
「事実アホだから仕方ない。あとは、背後関係を知りたいけど、そこはまだ何もわからないってことだな」
「恥ずかしながら……そういうことっす」
「前生徒会役員は、北條なら把握してるだろ? それこそ、全員当たってみたらよかったんじゃないか?」
「それについては、まず卒業まで時間が無さすぎるってことがあるのと、ヘタに動いて菅野先輩の邪魔になるわけにもいかないってのも理由としてありました」
「ふうん、なかなかかわいいこと言ってくれんじゃん」
「恐れ入ります」
実際のところ、土本はそこまで菅野に配慮したつもりはない。しかし、今、こう言えば菅野の機嫌を取ることができると直感しての、言わば出まかせである。
「よし、じゃあボクからその調査に必要と思われる、反体制派に関する情報、これを順を追って話そう。まず、前役員の一人一人に関する情報について、これは多分北條にはわからないだろうから詳しく話すが……」
菅野は、前生徒会役員について、生徒会長から順に説明を始めた。
「まず、前生徒会長の高林。これは実際のところ、『反体制派』の連中から担ぎ上げられてる傾向はあるけど、本人は連中の意思決定にほぼ関与してない。ぶっちゃけ、あいつは偉ぶりたいだけで生徒会長になったアホだから、この件においては無視していい」
「あっ、そうなんすね」
実は「反体制派」について、前生徒会長の関与と言うか、前生徒会長が頭となって組織が形成されていると疑っていた土本は、いきなり出鼻を挫かれた。
「副会長は、男子の薗部と女子の印南。こいつらは、両方『反体制派』の重要人物だけど、動き、というか仕事の性格が違う。薗部は在校生連中の意見の取りまとめと、更に上の先輩らとのパイプ役。印南は組織としての活動というより、内部生に対して『自分たちの卒業後の進路のため、進学を有利に進めるために、内部生で結束すべき』っていう世論操作や情報発信をやって、内部生らを自分らの組織に引き込もうとしてる」
「なるほど、そういう筋で動いてるんすね」
土本にとって、「反体制派」がどういう目的で動いているのか、これまで全く知らなかったが、菅野からの情報で、少なくとも「進学」という目的を持ち、それを表向きの理由としていることがわかった。
「庶務の大越と会計の酒井は外部生だから関与はない。あと、監査の熊倉、これが曲者で、弟が1年の英語科にいるから、この弟を使って次の生徒会役員についてなんか企んでるようだけど、その辺の具体的なとこはわからない。しばらく梅里に探らせてたけど、めぼしい情報は出てこなかったな」
「もしかして、来年度の生徒会長に立候補するとか……」
「可能性はある。頭はいいし、顔もまあまあ良いしな。仮に対抗馬が女子の場合、2年連続で女子が生徒会長になることを良しとしない層にもアピールすれば効果はあるだろうし。でもまだそういう動きは掴んでないから、あくまで想像だけどな」
「なるほど。あとは……」
「書記の大高は、いつも印南の後について回ってるけど、こいつに関してもよくわからない。見た目はただの地味な女子だが、印南とつるんでるところからして、情報発信に関わってるんだろうけどな」
「そうなんすね……」
この時点で、土本はある程度「今後について」を考えていたが、それは口には出さなかった。
「要は、その元生徒会の役員4名が連中の主要なメンバーではあるけど、組織としての指揮系統は曖昧ってことだ。そもそも、しっかりした組織が形成されているわけじゃなく、考えを共有する連中の寄り合いで、組織として何かをやらかすような行動力はないんじゃないかと思われる。今んとこはそんな感じだ」
「なるほど、了解っす」
その「寄り合い」も、おそらくメンバーは流動的で、新たに引き込まれた者もいれば、会長に共感して足抜けした者もいるのだろう。
「あとは、松田のことか。そもそもあいつは生徒会内部でもあまり人とは話さない。だが、軽音楽同好会では仲間内で話をしている、それも割と饒舌に、だ。音楽に関する話なら、あいつは人と積極的に話すってことだ」
それは、梅里からの情報と合致している。
「その松田が、生徒会内で例外的によく話をする、と言うかしていた者がいる。それが海野だ。役員就任前には2人が話しているのをたびたび見ることがあったが、就任後はその機会がめっきり減った。それも『あまりにも不自然に』な。つまりそれは、2人が『努めて人前で話さないようにしている』結果だろう。それがこの事件の『共犯の可能性』を周囲に感じさせないようにしている結果、と考えれば納得はいく。でも事件への関わりについても、備品の行方もボクの視点では不明なままだ」
「了解っす。ところで」
土本は、一呼吸おいてから菅野に質問を投げかけた。
「もし特命班が、現時点の容疑者にブツの隠し場所を自白させて、備品の隠し場所を本人に案内させて、その通りブツが発見された場合。役員の皆さんは、その容疑者が真犯人だと納得してくれますかね?」
「うん、そりゃ物わかりがいい人なら納得できるだろう、少なくともボクはそれができたならそいつが犯人だと理解する」
「了解っす。ではそれを急ぎでやらせてもらいます。じゃあ、長くなりましたけど、聞き取りは以上ということで。おつかれさまでした」
「おう、わかった。おつかれ」
小部屋を出てから、菅野は一旦聞き取りでのやり取りを思い返しながら自席へと戻った。
そして、椅子に座って間もなく。
「あっ……これは、やっちまったか?」
自分が話し過ぎたこと、そして土本が特命班の「機密事項」を一部隠していたことに気付き、しまった、という顔をした。
「あんにゃろう……これで犯人が出せなかったら、やっぱり一遍シメとくか」




