事件その3 備品盗難(13) 聞き取り①梅里-小瀬
「すいません、埃っぽい所で『聞き取り』することになっちゃって」
梅里は、開口一番そう謝罪した。
梅里の聞き取り場所は備品倉庫である。
何故彼女にそこをあてがわれたのか。その理由は当然ながら、彼女が「聞き取りにおいて一番重要な容疑者を担当しているから」であり、その彼女からの聞き取り内容が周りに漏れるのを一番警戒した結果である。
そして、その「重要な容疑者」は勿論、海野なのだが、その海野は順番としては2番目。
最初は、小瀬からの聞き取りとなる。そして、この小瀬は当初事件に関与していると疑われてはいたが、実際のところ、その疑いは完全に晴れている。
小瀬に対して丁寧に対応し、椅子を引いて座らせたが、小瀬は無言で仏頂面のまま椅子に浅く腰掛け、背もたれに寄りかかった。
「では、小瀬先輩の聞き取りについては、ウチが担当させていただきます。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく……」
「早速ですが、『備品盗難』の件について、小瀬先輩の知っていることについてお聞きします。知ってることがあれば、今のうちに話してください」
「そう言われてもな……俺はもう知ってることは話したし、そもそも、もう3か月も前のことなんて、そんなはっきり覚えちゃいないぞ?」
当然ながら、梅里は、今「特技」を行使しながら質問をしている。そして、この時間中、その「探り」の力を最大にして、対象の心の中を読める限界まで読むつもりである。
今のところ、小瀬の心の中に「含み」はないので、質問のアプローチを変えることにした。
「まあ、それはそうでしょうね。じゃあ、質問を変えましょう。あの日、つまり『特命班』に事件についての説明をした日、小瀬先輩は説明会には出席せず帰ってたらしいですけど、それは何故ですか?」
「そんな前のこと、覚えてないな。多分、説明会に出る必要がないから帰ったんじゃないか?」
《あの時は確か、海野さんから出席しなくていいと言われてその通りに帰ったんだった。それ以上の深い意味はない》
梅里は、聞き取った内容と「特技」で知った心の内を比較しながら、その先の質問内容を慎重に考えながら聞き取りを進めていく。
「そうですか。それで、小瀬先輩は帰り、そこに残ったのは、会長、久保先輩、海野先輩、松田先輩の4人ということでしたね。でも、特命班への調査依頼の内容を考えたら、会計の小瀬先輩も同席した方がよかったと思いませんか?」
「まあ、今改めて考えるとそうだな。でも、その時はそこまで深く考えてなかったし、俺がいてもコメントすることは特にないしな」
《資料はできてるし、海野さんは会計業務をほぼ全て把握してる。わざわざこの事件で疑われてた俺が出て、場を混乱させる意味もないだろ》
「そして、その場で資料の改竄が行われたわけなんですけど……その改竄について何か心当たりはありますか?」
「うーん、そうだな……いや、特に心当たりはないな。それについては、その場にいた人の方が分かるんじゃないか?」
《まあ皆薄々気付いてるだろうけど、そんな芸当、松田にしかできない。あいつのタイピングの速さ、資料作りの速さは誰にも真似できないからな》
「その場にいた役員の方々や、特命班の2人も、当時は何も気付かなかったそうです。すごいですよね、役員達の面前で堂々と書類を改竄して、資料のページを差し替えて。それでも誰にも気付かれなかったんだから。そんなことできる人ということは、書類作りの得意な人ってことですかね?」
「さあ、どうかな?」
《もう大体目星はついてるんだろう? なんだか白々しいな》
「でも、書類を改竄したところで、そのページの差し替えは流石に『協力者』無しには不可能だと思うんですよね」
「……と言うと?」
「ページを改竄しても、それを配布する人なら、資料を目の前で差し替えたら流石に不審に思うはずなんですよ。でも、その時は指摘しなかった。なら、書類を改竄した人、それを見ても指摘せずに特命班に配布した人、少なくともこの2人がその場にいるということになりますよね」
「はあ……なるほど。だから『犯人は複数』ということか」
《それじゃ、もうほとんど犯人の目星はついてるんじゃないか。松田と海野さんの2人で協力しないと、改竄は成功しない》
「その時その場にいた役員は4名。でも会長については、この調査を『特命班』に任せることを言い出した張本人なので、会長が関わっている可能性は無視していいかと。すると、残りは3人。そして、久保先輩はこの『調査』について、説明会開始まで何も伝えられていなかったと、会長から聞いてます。ということは……」
「……」
小瀬は何も言わなかったが、その動揺ぶりは、顔を見れば一目瞭然だった。
《まずい。まずいぞ。じゃあもう、その2人が犯人だと、消去法でわかってしまったってことじゃないか》
「でも、その場での改竄はともかく、備品を持ち出したという証拠はまだないんですよ。その件について、何か知っていること、些細なことでも構わないんで、話していただければ」
「証拠ねえ……」
小瀬は、そこで口を噤んで考えるふりをした。
《ここで何も知らないと言ってしまうと、それで話が終わってしまう。ここは時間を稼ぐとするか……》
長時間「特技」を行使すると、「乗り物酔い」に近い状態になる。今は目の前の1人に対してだけ行使しているので、その影響はそこまで大きくはないが、それも時間がかかると段々気分が悪くなっていく。
梅里は、その吐き気に耐えながら、小瀬に対する聞き取りを継続した。
「ぶっちゃけ、備品持ち出しの時期については、10月末から11月頭の短い期間だと特定できてるんですよね……小瀬先輩は、この備品を持ち出した件、誰が怪しいと思いますか?」
「うーん、そう聞かれてもな。あんまり身内を怪しんでるようなことは言いたくないなあ。仮に怪しんでいたとして、それが間違っていたら大変だしな」
《持ち出しはその2人でやったんだろう、それは容易に想像がつく。だがその通り2人が怪しいなんて言ったりする訳がないだろ?》
「まあはっきり言っちゃいますけど、松田先輩と海野先輩、この2人の怪しい動きを見ていないか、そこを聞きたいんですよ」
「なっ……」
梅里が急に容疑者を名指ししたことで、小瀬は顔を紅潮させた。
「ま、待てよ。まだ何の証拠もないんだろ? それなのに犯人を名指しするってどういうことだ? これで実は間違ってた、犯人は別人だった、なんてことになったら大問題だぞ?」
「そうですね、そうなったらウチだけじゃなく特命班の2人も責任追及は免れないですね。でも、さっきの説明の通り、少なくとも改竄に関わってるのはほぼ確定です。あとは、備品を持ち出したことをどうにか明らかにしたいんです。当然、その2人が備品の持ち出しに関わってると考えてますけどね」
梅里は、大分踏み込んだ発言をしている。それは、当然これまでの調査結果を踏まえたものであり、鶴巻からの証言が得られたからでもある。
そして、その決定的な証拠、鶴巻の目撃証言については、まだその存在を隠している。
「お前な、証拠も無しに身内を疑うようなこと、例え密室内だからって、言うわけないだろ? 例え疑わしいと思ってたところで、それをお前たちに話すもんか。どうしても聞きたきゃ、証拠を持ってこいよ。それがあるなら話してやるよ」
小瀬は、興奮してそう捲し立てた。だがそれは、梅里にとって好機であった。
小瀬の狙いは、この後「聞き取り」をされる海野に有利になるために、彼女の聞き取りに費やされる時間、追及される時間を少しでも削ることにあった。
なのでここまで小瀬は、重要な部分は話さない、その上話を短く切り上げたりせず、はぐらかす、あるいは含みを持たせる、そういう小手先の「遅延行為」を使ってきていた。
その小瀬に対し、「思ったことをストレートに話させる」のは、今のように怒りを煽って話させるのが有効だと、先週の報告会で既に特命班側は把握している。今梅里が使っているのは、そういう小瀬の性質を知った上での手段、ということになる。
「あっ、ということは、この事件について、小瀬先輩は何もいう気はない、ってことですか」
「ないね。全く」
「そうですか、じゃあ聞き取りはもう終わりっすね」
「えっ?」
「聞き取り相手が何も言いたくないって言うんじゃ、しょうがないっすね。じゃ、おつかれさまっした。あー、予定より短い時間で済んだわ」
梅里はわざとらしく伸びをしてから、ゆっくり椅子から立ちあがろうとした。
「あっ、いや、待てよ。まだ話すことがある」
「でも、海野先輩のことを悪く言いたくないんですよね?」
慌てた小瀬の顔色を見て、海里はまだ小瀬が何も話していない情報を、先回りして小瀬に投げてみた。しかし、小瀬の方は動揺しているためか、誰にも話していないことを梅里が言ってきた異常事態に気付いていない。
「そこじゃない、お前らが本当に知りたいのは『反体制派』のことだろう?」
思いがけず、欲しい情報があると匂わせてきた小瀬であったが、梅里はすぐには飛びついたりしなかった。
「えー? 何のことっすか?」
「だから、この件を使って、生徒会役員、と言うか会長を不祥事で糾弾するきっかけにしようって動きを探ってるんだろ? その直接的な繋がりは俺も知らないけど、そういうことを企むとしたら、それは前生徒会長だ。でももうあと1か月で卒業だし、今から追及は無理だろ?」
梅里は落ち着いた態度で、椅子に座り直した。その顔は落ち着いているというより、今日一番の真剣な顔つきになった。
「前生徒会長の周りにいる人、どこまで把握してます?」
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ひと通り聞き取りを終え、梅里はようやく緊張の解けた顔で、生徒会室へと戻る小瀬を見送った。
「おつかれさまでした……」
部屋から出ていく小瀬の背中に向かってそう声をかけたが、小瀬からの返事はない。
聞き取り内容を手元のメモ帳に書き込んで、次の聞き取り対象者である海野を呼びに行こうと立ちあがろうとした時。
油断していた梅里は、強烈な眩暈に襲われた。
「うわっ……!」
咄嗟に机に手をついて倒れるのを防いだが、まだ地面が揺れている。
根性で踏み止まり、ようやく揺れが収まったところで、溜息を吐き、机から手を離した。
「まだ、倒れるわけにはいかないんだ……次こそが『本番』なんだから……」
そう呟いて、梅里は海野が待つ生徒会室へと向かった。




