事件その3 備品盗難(12) 聞き取り当日
聞き取り当日。
その日土本は、いつも通り早めに登校し、前日中途半端に終わらせてしまった試験勉強の続きをしていた。
本来なら人目につく所で勉強するのはなるべく避けたいところなのだが、今は試験直前なのでやらざるを得ない。また、他のクラスメイトも勉強している時期なので、特に目立つ行動ではないと言える。
北條もいつも通りに登校してきたが、今日も特に話しかけてくる様子はない。
だが、土本は確認すべきことがある。今日の表情を見る限り、前日までのような思い詰めた様子はない。クラスメイトと明るく話しているところを見るに、むしろ吹っ切れたという印象すらある。
その思うところを尋ねるのは、今のところはやめておくことにした。
そしてその昼休み。いつものようにさっさと弁当を食べ、再び勉強に勤しんでいると、出入口方向からの視線を感じた。そちらに視線を向けると、そこには梅里が立っており、こちらに向かって手招きをしていた。
「ちょっと相談、いい?」
梅里は勉強の手を止めて廊下に出てきた土本に対し、遠慮がちにそう切り出した。
「ん? ああ、何だ?」
「今日の『聞き取り』について、なんかアドバイス的なことってない? なんか、今になって不安になってきちゃってさ」
「おお、そうか。なら……」
土本は、珍しく弱気な梅里から頼られたことで気をよくし、昨日の父からの話を元に、要約してアドバイス内容を伝えた。
「えっ、弱点? そんなの、あったかなあ」
「まあ、今はわからなくても、話を聞くうちにそれがわかるかもしれないだろ。弱点っていうか、触れられたくないのは多分、『反体制派』に関するあたりか? その辺を上手くいじってやれば、思わぬ話を聞けたりするかもな」
「そっか……うん、まあやってみる」
「それと、今更だけど、本当に『反体制派』が関わってるかどうか、まだ推測の域を出ない。結局証拠はないんだ。それがわからないからって、無理に聞き出すことはない。とにかく、役員がこの件に関わってて、それを明らかにして、本人らに事情なり経緯なりを可能な限り話させる、それが出来りゃいいんだ。あんまり『背後関係』に拘りすぎるなよ」
「うん……でもさ、そこはやっぱり、はっきりさせたいんだ。多少無理してでも」
「それはわかるけどな、『反体制派』が海野先輩に接触して、この件を指示したり、依頼したりという話は多分、中々出てこないだろ? 出なくて元々、出てくれば儲けもん。そのくらいの気持ちでいこうぜ」
「……うん。まあ、どうしてもその辺の話が聞き出せなければ、諦めるよ」
諦めたとは到底思えない表情ではあったが、口では一応納得したようなことを話して帰って行った。
「土本君って、梅里さんと仲良いの?」
背後から突然声を掛けられて驚いて振り返ると、そこにはクラスの女子がいて、興味深げに土本の顔を見上げていた。
「えっ? うん、まあ、中学同じで、今は生徒会で一緒に仕事することもあるし」
「へえ、そうなんだ。いいなあ、梅里さんとフランクに会話できるなんて」
「そ、そうかな? あいつなら、話しかければ応じてくれると思うけど」
クラスメイトから話し掛けられるのも珍しいことだが、他のクラスの女子について聞かれることも珍しい、というか初めてだった。
今話しかけてきているのが、クラスの中でも比較的社交的な者であるから、ということもあるだろうが、クラス内における自分への印象が変わったのでは、と考えざるを得ない。そういう予感がした。
「なんか梅里さんって、近寄りがたいっていうか、人を寄せ付けないみたいな、独特のオーラがあるんだよね。まあ、生徒会長ほどじゃないけど」
「そうなのか……何か、伝えたいことあったら、俺から伝えとくよ?」
「あっ、ううん、大丈夫。今度、自分から声を掛けてみるよ。今見た限りだと、案外話しかけても大丈夫そうだし。それと、土本君も意外と友好的に話しをしたりする人なんだね。北條さんとも親しげに話してるし」
「えっ、うん、まあ……」
「土本君って、今まで怖い人だと思ってて、話し掛けるの躊躇ってたんだけど、誤解だったみたいね。もっと早くこうしとけばよかった。じゃね、ありがと」
「お、おう……」
女子生徒が教室の方へと戻っていく、その背中を見つめながら、土本は少しの間、呆然と突っ立っていた。
「よかったですね。クラスメイトの、土本君に対する印象が変わってきたみたいですよ」
不意に横から声を掛けられて、土本はまたしても驚いて声のした方を向くと、大分機嫌の良さそうな北條が土本の顔を見つめていた。
「えっ? ああ、そうかもな……」
「ところで、さっきの梅里さんとの話の内容についてなんですが」
梅里との会話の件について聞いてくるということは、北條は、大分前から土本の様子を見ていたらしい。
「えっ、ああ、何だ?」
「私も聞き取りに不安があるので。何かアドバイスを戴ければと」
「ああ、そういうこと……そうだな、鶴巻先輩はともかくとして、松田先輩か」
昨日の父からの話では、「適当に興味ありそうな話を振っておだててやれば、そのうちボロが出る」程度の雑な助言だけであったが、それをできる限り尤もらしく「いきなり事件のことを聞けば口を閉ざすだろう。そこで、まず相手が話しやすい話題から始めて、相手との友好関係を作り、そこから事件の話へと質問を移していく。そうすれば事件のことについて話し出す可能性は上がる」というアドバイスを、丁寧に話していった。
その土本の助言を、北條は静かに聞いていた。その表情は、悩みや苦しみから救いを求めるような先ほどの梅里とは違い、大好きなお菓子が貰えるのを待つ子供のように見えた。
「なるほど、そうですか。ではやはり、音楽の話から始めた方が良さそうですね」
「でも、音楽の話ったって、中々難しいんじゃないか? 相手はJポップは聞かないけど、ニッチなジャンルが好きらしいし」
「私の知識を使って話してみます。私も一応、ピアノ経験者なので」
「えっそうなのか? じゃあ頼むよ」
「はい。それと、会長に関してですが……」
その話題を避けていた土本にとって、北條の方からそれを言い出すのは予想外だった。しかし、その北條の顔は、少なくとも聞き取りに前向きであると読み取れた。
「今日の聞き取りで、会長の真意や、本当の姿について確認してみたいと思います」
「そ、そうか。それは……会長についての例の話を、受け入れられそうってことでいいのか?」
「今の時点ではまだ何とも言えませんが、本人から聞いてみないと本当のところは分かりませんし、そこを私が自ら確認する意味はあると思います」
「そうなんだ。それで……」
「あっ、でもそれで本当のところがどうであれ、調査は厳正に進めます。『特命班』の仕事については、経緯がどうあれ、最後までやり遂げるべきであり、そうする意義がある仕事ですから」
「うん……そうだな」
調査に対する前向きな気持ちを完全に取り戻した北條を見て、土本は安堵して頷いた。
そして、放課後。
一応通常通り常会は行われるのだが、今日はこの後に聞き取りが控えているので、最低限の事務連絡のみで早々に解散した。
解散後、いつもの報告会のように机を配置したが、今日はこの生徒会室で「聞き取り」を行うため、その場所を確保するために机の配置をやや教壇寄りにしている。そして、教壇の反対側にスペースを確保している。
それが終わると、土本は直ちに備品倉庫から畳一枚程度の大きさの間仕切りを10枚程度持ち出してきて、生徒会室の中、教壇の反対側に配置した。
その間仕切りを、北條と梅里が組み合わせて、三畳程度の小部屋を2つ作り、その小部屋の中に机と椅子各2脚を向かい合わせで配置した。
そして、土本は備品倉庫の中を整理して机が入る空間を作り、そこに机と椅子を、やはり向かい合わせの形に配置した。
そして、以前カセットテープのダビングに使用したCDラジカセを北條の机に置き、スピーカーを役員の方に向けて置いた。
これで、「聞き取り」を行う小部屋が3室作られたことになる。
今まで「聞き取り」と呼称してその実態をぼかしてきたが、小部屋を作った時点で、それは紛れもなく「取り調べ」である。それは、そこにいる役員たちの目から見ても明らかであった。
「えっと……なんだか、小部屋に入って聞き取りをされるとなると、なんだかさ? 刑事ドラマの『取り調べ』みたいになるよね?」
久保が愛想笑いを浮かべながら不用意な発言をしたことで、役員らの冷たい視線が久保に集中した。
「君さ、空気読めない? これからボクらが、その『取り調べ』をされるわけだからさ、そういうこと言うのやめなよ」
「あっ、ごめん……」
菅野に窘められ、久保は目に見えて小さくなってしょげていた。
聞き取り会場の設営が終わると、北條は自席に戻って役員に向かって話し始めた。
「それでは、本日はこれから『聞き取り』を開始いたします。聞き取り内容については、お分かりかとは思いますが、備品盗難事件に関すること、備品の持ち出し状況に関しての目撃状況、ご自身がその事件に関わっているのであればその状況、また、その他事件に関することについて何か些細なことでもご存じであれば、それについてもお聞きしたいと思います。完全下校まで時間はあまりないので、早速始めていこうと思います。聞き取り担当者と順番、部屋については、先程私の方で黒板に記載しましたので、そちらを参照願います。では早速、始めさせていただきます。よろしくお願いします」
黒板には、部屋の位置と聞き取り担当者が略図付きで描かれており、その略図の右隣には聞き取りの順番が示されている。
黒板は役員の背後にあるため、皆一斉に振り向いて黒板を見た。
「うえっ、マジ……?」
そう呟きつつ嫌悪感を滲ませたのは、菅野である。
菅野は、生徒会室の後方窓際、順番は1番目である。そして、担当者は土本。
何を嫌悪しているのかは一目瞭然だが、そこは流石に口には出さなかった。しかし、明らかに嫌そうな呟きを言い終わった直後、彼女は鬼の形相で土本の顔を睨んでいた。
そして当然、土本はその菅野から目を逸らし、見ていないふりをした。
「周囲が無音ですと、聞き取り内容を聞かれてしまう可能性があるので、音楽をかけさせていただきますね」
そう言って北條は、ラジカセにCDを入れて音楽を再生させた。
楽器の音を聞く限りだと、クラシックなのだろうか。だがテンポの速い、現代音楽のようなその音楽をBGMとして、役員に対する「聞き取り」、という名の「取り調べ」が始まった。




