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事件その3 備品盗難(11) 決戦前に

 帰宅後、土本は一旦鞄を自室に置いてから居間に入ると、珍しく父が居て、晩酌の最中であった。

 父は長距離トラックの運転手で、仕事の日は朝早く出発し、数日かけて運転し、昼に帰ってきてもすぐに寝てしまう。

 そういう生活リズムということもあって、高校入学以来、父との会話はほとんどない。

 だが、今日は話すチャンスがある。

 座卓にビールと焼きイカを置いてテレビを見ながら晩酌をする父は、見た限りまだ酒も飲み始めたばかりで、機嫌も良さそうである。


 土本は、意を決して父の斜向かい、父とテレビの間に入らない位置に座った。


「親父」

「ん、おかえり」

「俺さ、先月から生徒会に入ったんだ」

「ああ、母さんから聞いた」

「で、学校内であった事件の『犯人探し』をしてる」

「そうか」

 淡々とした返答ではあるが、今日は相談に応じてくれそうな雰囲気である。

 そこで、土本は思い切って事件のことを訊いてみることにした。


「で、事件の内容なんだけど……」

 土本は、「備品盗難」について、自身が知り得る内容、そして「調査」で判明したことを父に伝えた。


「……それで、明日、生徒会役員全員から『聞き取り』をすることになってる。実行犯はほぼわかってる。でも、その裏にいる人間との繋がりがわからない。裏に3年生がいるなら、卒業までにそこまで辿り着かなきゃならない。どうすればいい? このままだと、あと2週間くらいで卒業しちまう。逃げ切られる前に、なんとかしたい」

 

 そこまで黙って聞いていた父は、ようやく口を開いた。


「お前な、そもそもその、『裏にいる人間』ってのは、実在してて、事件に関与してるのか? その確証、証拠はあるのか? なんか、人の言ってること、『こう思う』ってのを鵜呑みにしてんじゃねえか?」

「えっ?」

 土本にとって、意外な所を突っ込まれ、土本は思わず声を上げた。


「今の話を聞いた限りだとな、『裏にいる人間』がいなくても、事件として完結してる。その実行犯が、誰かの指示を受けることなく、『こう思う』ところからその『備品隠し』を実行したとしても、何の不思議もない。その思考に『誰かの存在』が影響した、ってことはあり得るけどな」

「じゃあ、実行犯は自らの意思で、事件を起こしたと……」

「あくまで話を聞いた限りではな。そもそも、そんな大掛かりな事件じゃねえだろ、その『備品隠し』ってやつは。お前の視点だと、生徒会役員が勢揃いして調査の経過を見てるから、大袈裟なことだと思い込んでるんだろうが、俺から見たら、高校生のままごと程度のもんだ」


 自分がここ1月余りの間やってきたことを「ままごと」と表現された土本は少々面白くないと思うところがあったが、その気持ちを抑えて話を続けた。

「いや、そりゃ親父にとってはそうかもしれないけど……」

「一旦全て振り出しから考え直してみろ。高校の備品が少々なくなりました。生徒がそれに気付いて先生に報告しました。でも先生は盗難として警察に届けてはいません。な? 大したことない事件だろ?」

「ん、まあ……」

 

 土本は、一旦頭の中にフラットな空間を想像し、そこで父の言う通り、この事件について最初に説明された内容を「他人事」として整理してみた。

 すると、案外「大したことのない事件」であるという印象になった。

 土本は、自分の知らぬ間に、この事件を大袈裟なものと誤認してしまっていたことに気付いた。


「けどまあ、事件というより、組織内の、と言うか役員間の信用問題ではあるわな。自分らの『頭』である生徒会長を騙して、備品を隠して『備品がなくなった、前体制の時からあった備品盗難が継続してるんだ』と思わせるのは、組織に対する背信行為だ。んで、そこを解決するために『調査』を役員ではないお前らに依頼する……というのは、生徒会長としては真っ当な手段だわな」

「そうか、そういうことか……」


「でもそうなると、その生徒会長は、割と組織内の問題点がよく見えてるんだろうな。足並みが揃ってない、背信行為者が紛れ込んでいる。そして、現状それを特定する手段がない。そこで『組織内で責任ある立場ではない』1年生にこれをやらせて、その1年生のケアは自ら行う、か。随分と有能だな、その生徒会長は。人気者ってのじゃなく、能力で選ばれた感じか?」

「いや、完全に人気で選ばれた感じだけど」

「そうか。なら、偶々(たまたま)才能に恵まれたってことだな。その人は多分出世するぞ。今のうちに成果を出して名前を売っておけば、後々得するかも知れないな」

 父はいやらしい笑みを浮かべた。その顔は、土本が嫌う「狡賢(ずるがしこ)い大人」がする顔そのものであった。


「いや、そんなことのためにこの仕事やってるわけじゃねえし」

 かねてよりそういう醜い発想をする大人に辟易していた土本は、露骨に嫌悪する態度を見せた。


「ははっ、そうは言ってもな、いずれお前も社会に出るんだ。そうすればわかる。金とコネはあるに越したことはない。それを使うかどうかは、大人になった時に考えればいいだろ」

「なら、そういうことは大人になってから考えるさ。今は、今考えなきゃいけないことを優先する。この事件の方を」

 嫌な話題から離れて、事件の話へと戻るよう土本が促すと、父はそれを察して話を切り替えた。


「ああ、そうだったな……で、『聞き取り』だったか、当然重要なのは、実行犯の2人なんだが、それはお前が担当じゃない、ってことだったな?」

「うん」


「であれば、お前が担当者にできるのは、アドバイスをするくらいだな。とりあえず、その海野って女は、ストレートに詰めても答えはしないだろう。警戒心も強いとなると、直接事件に関係なさそうな話題を振って、そこから喋らせるか。仮にその女の弱点を知れれば、そこから喋らせる、ってこともできるかもしれんが」

「弱点?」

「そうだ。でも、弱点は突くところじゃないぞ? その弱点に優しく触れて、ゆっくり解してやる。上手くいけば、短時間でも『心を許す』ところまで持っていけるかもしれない。まあぶっつけ本番じゃあ難しいだろうけどな」

「ふうん……なるほど」


「あとは、松田って男か。まあ、何も考えてないような奴なら、適当に興味ありそうな話を振っておだててやれば、ボロが出るんじゃねえか?」

「なんか、さっきの海野先輩の時と違って適当なアドバイスみたいだけど」

「そりゃそうだ、バカな男の取調べなんて、やる気が出るわけねえだろ。若い女か、それか頭の回る手強い野郎じゃねえと気合いが入らねえ」

「そういうもんなのか……」

 父の発言に一部気になる部分はあったが、土本は聞き役に徹することにした。


「まあ、調べて掘り下げるとしたら、主犯格の動機だな。そいつをどうにかして徹底的に吐かせる必要がある。プライドの高いお嬢さんだっけか? なら、そのプライドを挫いてやればメッキが剥がれそうだな」

「ふうん、参考にしとく」

「あと、これは推測だが、そのお嬢さんの動機ってやつは……」


 父の推測は、現場も知らず、関係者に会ったこともない人間のものとしては、驚くほど芯を突いたもので、土本にも合点のいくものであった。


「マジか、確かにそれなら動機としてはわかる」

「だが、これに拘りすぎるなよ。あくまで可能性の話だ。動機は本人に自ら喋らせろ」

「わかった。可能性な。可能性……」

 土本は、また事件の実態を誤認することのないよう、あくまで父の推測については可能性のひとつに過ぎない、と思うことに努めた。

 

「ま、いずれにせよ、もう犯人は割れてんだ。結果がどうなろうと、やれること精一杯やっとけばいいんじゃねえの? その背後関係だって、女が喋らなきゃそれで終わる話だしな」

「うん、そうだな。わかった、ありがと」


 土本は用件が済むと、さっさと立ち上がって自室に戻った。

 着替えて夕食と風呂をさっさと済ませると、机に向かって試験勉強を始めた。


 来週の水、木曜は学年末試験てあり、あと一週間を切っている。今怠けてまた成績を落とす訳にはいかない。

 そんな中、「聞き取り」を明日に設定してしまったのは、やはり無茶であったか。そう思ったが、今更日程を変更することはできない。

 そもそも、2月中にこの事件に決着をつけなければならない理由がある。3月の頭には3年生は卒業してしまうため、3年生が事件に関与しているのなら、一刻も早く犯人を特定して、その犯人から関係者を聞き出し、その内3年生がいれば至急呼び出して聞き取りをしなければならないのだ。


 それでも、先程の父の話の通り、海野がそこを自ら話さない限り、おそらく背後関係は判明しまい。いくら菅野が調査したとしても、そして片桐が目敏いとしても、それに関する情報が出てくる可能性は低いだろう。

 ならば、そこは割り切って考えてよい。少なくとも、役員の背信だけはっきりさせて、その行為者を特定して片桐に報告すれば、この事件は解決したと言える。


 それはともかく、土本は父のある一言が気になっていた。


 ゲリラ放送事件の調査中、長谷川は「型にはまった取り調べや、古典的な手法を使ってたな、公安のような真似をしやがって」と言っていた。

 長谷川の言ったことが正しいとすれば、父は公安(警察)の知識を持っていたことになる。

 その知識はどこで仕入れたのか、父の前職は何なのか、その辺りはこれまで何度聞いても答えてはもらえなかった。


 しかし今回、土本があえて避けてきた言葉があったのだが、それを父は自ら口にした。

 土本は、自分は警察ではない、あくまで趣味の知識を活かして調査をしているだけである、そういう思いで特命班としての仕事をしている。だから、これは「捜査」ではないし、聞き取りは「取調べ」ではない。

 その避けてきた単語を、父は自ら使った。ということは、この聞き取りが「取調べ」的なものと認識している。取調べの手法を知っていて、その知識を元に土本に助言している。


 今回は、それを問い質すと父の口が重くなるかもしれない。そう思って、これについては黙ってやり過ごした。

 しかし、いつかは聞いておきたい。そして今は、まだその時ではない。そう思って、その疑問を頭の片隅に押しやってしまった。


 あと気がかりなのは、北條の精神状態。

 いくら言って聞かせたところで、最終的には自分で立ち直ってもらうしかない。

 それが明日、どうにかなっていることを期待しながら、土本は勉強の方に集中していった。


 一方で北條は、帰宅後に自室で勉強机に向かいながら、今日の放課後に梅里から言われたことについて思い出していた。


---


「失礼しまーす」

 やや遠慮がちに、梅里は進学クラス1年3組の教室に入ってきた。

「梅里さん……」

「説明不足なところがあったからね。そのために、ちょっと時間ちょうだい?」

「それは、構いませんが……」

「ありがと。じゃあ早速」

 梅里は、出入口近くの机に浅く腰掛けながら、話を始めた。

「片桐さんが『演技』してるのはね、見た目が強そうってことで、周りから強いキャラ、横暴な男に力で対抗する、そういうのを求められてきたから。それは、元々片桐さんの本意ではなかったの。やりたくないけど、やらざるを得ないんで、仕方なくって感じで。小学校の3年生くらいなのかな? その頃から始まって、段々それが当たり前になって、中学に上がった頃にはもう『そういう人』に見られるようになってた」

「はあ……」


「ウチが把握できた一番昔の片桐さんの実像は、これは鶴巻先輩の記憶なんだけど、『あいのこ』っていじめられて背中を丸めて泣いてる、体が大きくて、ちょっとぽっちゃりした女の子。多分からかってるのは、片桐さんよりも小さくて細い男の子たち。それを『やっくん』……これは、鶴巻先輩ね。その子が現れて、大抵蹴散らしてたんだけど、まだその頃は、『演技』してない。弱い人のまま」

「そう……なんですね」

 それがわかると、鶴巻の印象が大きく変わる。その前の梅里の説明と合わせると、相当な長期に亘り、片桐と深く関わっている。そして、片桐を護っている。


「でも、その女の子が、ある時を境に、胸を張って立つようになった。それが『演技』のはじまり。サッカーのスポーツ少年団で、男子と女子がグラウンドの使用で揉めて、そこで周りの女子が男子と対等に言い合って、自分もやらなきゃ……ってのがきっかけ。その時、スポ少で男女合わせた中で一番体が大きかった片桐さんは、堂々と自分達の権利を主張するだけで、男子は怯んだ。恐かったけど、それを堪えてね。それから、女子仲間が次第に片桐さんを頼るようになって……って感じらしいね」

「そういうことでしたか……」


「頼られると、段々、スポ少以外でも、そういう言動を求められていく。学校でも、放課後でも、自分を知ってる人のいる前では。何時何処(いつどこ)にそういう人がいるかわからないから、結局その『演技』を常にやり続けることになる。それが今まで続いてるってこと。そう考えると、『演技』なんて苦労するばかりでいいことない、いっそ辞めちゃった方が……って思うけどね、実はその『演技』の恩恵もあるにはあるんだよ。それが、今まさにこの学校でやってること」

「それって……」


「つまり『演技』をしていれば、人からの支持は集まる。ハッタリは効く。意見は通る。やり方によっては大分ヤバい効果だけど、ウチが見る限り、悪用しているとは思えない」

「それは、私もそう思います」

 

「仮に、片桐さんが、今の『演技』を一切していない状態で、皆んなに内部生と外部生の格差問題を解消しようと訴えたところで、多分何も変わらなかっただろうね。耳を傾ける人は少数で、選挙には勝てなかった」

「でも、それはやり方次第だと思いますが」

「かもね。でも片桐さんは、今の手段、つまりは『演技』を使うことを選んだ。それが効果的で、元から自分が持っていた『武器』だったから。そして、実際に世界を変えた」

「それは否定しません。私も実際に、世界が変わったところを見ましたから」


「ダーティーな手段だとはウチも思うよ。でもこれは『政治』だから。現実を変革する上で、真っ当な手段では力も時間も足りない。ウチらが高校生なのはたったの3年間で、生徒会に関われるのはそのうちたったの1年。1人の人間が選挙で立候補して、変革を起こすとしても、チャンスはたったの1回。ましてその選挙では内部生の票固めをされている状態。だったら、多少ダーティーな手段を使おうとも、これを実現した功績があれば手段は正当化できる、とウチは思う」

「それはそれで、受け入れ難いですけど」

 

 北條は、まだ高校生で、世の中の、とりわけ政治における「汚さ」とは無縁の人生を歩んできている。

 そんな彼女にとって、汚い手段が政治の上での目的実現のために正当化される、そういう梅里の主張はそう簡単には受け入れられない。

 

「片桐さんは、生徒会長立候補から今までの、生徒会に関するすべての責任は自分で負うつもりでいるよ。そのくらいの覚悟でやってる」

「覚悟はあったとしても、その手法の問題であって……」

「全てクリーンであるべきであって、確実に結果を出すために手を汚すのはやっぱりよくないと思う、それが琴音ちゃんの意見ってことだね。それはそれで正しいと思う。でも片桐さんは違った。結果を出すことを優先して、多少手を汚す、そういう手段を使うことを選択した。その手段が結果的に、琴音ちゃんにとって1番受け入れ難いこと、つまり、片桐さんを支持してきたところ、強くて凛々しい存在……って部分が『嘘』だった、そこが問題ってことだね」

「……そうですね」


「ウチはね、それは『嘘』だとは思ってない。『演技』だとしても、それを数年単位でやり通してきたのなら、それはその人の一面だと見ていいと思う。片桐さんのあの姿は、要はペルソナ。社会に求められた存在としての『強い女』、その役割を果たすために仮面を被ってきた、そういう感じ。強くて凛々しい生徒会長は、それが存在すること自体が重要であって、その存在が必ずしも1人の人間の素の姿である必要はないと思う。これは個人的意見だけどね」

「演じていることを認めるなら、それは会長、片桐さんでなくてもいい、ということになりますが」

「そうだよ。別に片桐さんじゃなくてもいい、ウチはそのつもり。でも現状では、成り代われる人はいない。それができる人材はまだ見たことはない。できることなら、ウチが代わりたいくらい」


「その役回りを演じている、今はそれが会長であるというだけのこと。それを認めることができれば、『演技』も受け入れられる、と」

「だろうね。これはどっちが正しいとか言うつもりはないけど、そういう考え方もあるって知っておいて貰えると助かるな。片桐さんは本当のところは中々話してはくれないだろうけど、ウチにはわかる……ただ、これはあくまでウチが勝手に喋ってるだけの内容で、証明のしようはないけどね。琴音ちゃんがウチの話を信じられなければ、それで終わる話」


---


 要は、生徒達が求めてきた「強くて凛々しい生徒会長」という役回りを、今は片桐静香という2年生女子が演じている、それは必ずしも、彼女本人が演じなければならないものではない、ということ。

 自分は、それを片桐という1人の人間に求めていた。演じるのではなく、素の姿がそうであれると思い込み、そうであって欲しいと願ってきた。


 だがそれは、過度な要求だったのかもしれない。個人に高い理想を求め過ぎていたのかもしれない。

 けれど、そうあってほしかった。そういう人がいてほしかった。

 北條の中には、まだそういう思いが消えずに残っていた。それが、現実を受け入れることを妨げていた。


 それを、明日の機会に解決するために、会長に話を聞いてみてもいいのだろうか。

 事件解決のための貴重な時間、ただでさえ時間がないと言われている時に、個人的事情で会長と話をしてもいいのだろうか。それは、公私混同ではないか。

 だが、会長の真意を確認することは、この事件の真実を知る上で必要であるとも言える。その必要な範囲でなら、話を聞くことは間違ってはいないだろう。

 

 おそらく、以前の北條なら、こういった考え方はしなかっただろう。

 北條が変わったのは、土本や梅里との関わりが影響している。そして、それはおそらく彼女にとっては良い傾向であると言えるだろう。

 人と積極的に関わり、人の心を知り、自らの頑なな「正しさ」に固執する姿勢が軟化していく。そういう変化が彼女の中で起こっていた。


 そうして、木曜の夜は更けていく。

 聞き取りの開始時間は、刻一刻と迫ってきていた。

 

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