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事件その3 備品盗難(10) ペルソナ

「これは、ここだけの話にしてほしいんだけど。『特技』でわかったことだから、あんまり人に言うのはよくないとは思う。でも、いつまでも隠し通せないかもだし、もしかしたら2人にとって必要な情報かもだから、話すね」

 そう前置きしてから、梅里は2人の顔を交互に見つめつつ話し出した。


「実は……会長の、あの立ち居振舞いは、ほぼほぼ『演じてる』ものなんだわ」


 それは、おそらく片桐にとって最大の弱点、そして、魔女が「バラす」と言っていた、片桐の秘密であった。


「本当の片桐さんは、そんな強い人じゃない。皆んなから求められて、それを断りきれずに応じてきた『強い女』としてのキャラ、それを子供の頃から手探りで『仮面』を被って演じ続けて、何年も掛けてあそこまでの完成度に至った……そういうハリボテなの。片桐さんはね、本当は、大きい男の人と一対一で対峙するのも、喧嘩に割って入るのも、なんなら大勢の人前に出るのも、やりたくない。怖いの。その気持ちを押し殺して、今までどうにかやってきてる」


 話しているうちに、梅里の声には力が篭ってくる。

 秘密を遠慮がちに、反応を探り探り話すような口調から、段々と、片桐に関する真摯な訴えへと変化していく。


「そんな無理してまで演技を続けてるのは、それが片桐さんが人に求められている理由、だと本人が思ってるから。今、求められているのは、そういう『強い女』で、それを辞めたら、皆んな自分から離れていってしまうって思ってるから。でも、それをいつまでも続けていけるのか、正直わからない。そのうち無理が来るんじゃないかと、ウチは思ってる。多分、昔から片桐さんを知ってる、本当の姿を知ってる鶴巻先輩も。だからそばにいる。支えようとしてる」


「嘘だろ……」

「そんな……」


 絶句する2人をよそに、梅里は話を続けた。

「それにウチは、鶴巻先輩がその辺のヤンキーと同じとは思ってない。世の中に不満があるわけでも、そういうスタイルに憧れてるわけでもない。ただ、ハッタリを効かせるため。いざとなれば会長の前に立つ『壁』になるため。そういう意味では、鶴巻先輩も『ハリボテ』のヤンキーなの。多分、現役員の体制がスタートするタイミングで生徒会に入ったのも、鶴巻先輩本人の意思が含まれてて、鶴巻先輩なりに役員との関係を模索した結果が今の状態なんだと思う」


 先日、土本は梅里から、鶴巻の生徒会加入の経緯について「鶴巻は片桐の昔からの知人、それを片桐からの要望で役員に据えた、その詳しい事情は不明」と説明を受けていた。

 現生徒会の役員体制発足当時の片桐や鶴巻の思惑については、あくまで想像の域を出ないので、梅里は虚偽の説明をしたわけではないが、その詳しいところを聞けば印象が大分違ってしまう。

 だが、これを正確に伝えるためには「片桐の本当の姿」を説明せざるを得ない。

 その梅里の葛藤を思えば、そこを問いただす気にはなれなかった。


「だからさ、琴音ちゃんも、タツミも、協力して。秘密をバラさないのもそうだけど、卒業までは、なんとか片桐さんを支えてあげて。強い人じゃないのに、いつも無理してあの立ち位置に立ってる片桐さんの心が折れないように、負担を少しでも軽くしてあげられるように……」

 今まで見たこともない、縋るような梅里の目を見てしまうと、土本はそれを無碍にすることはできなかった。


「タツミはわかってくれるよね? 『仮面』をつけて生きてる人の立場。今のタツミがまさにそうでしょ」

 梅里は、左隣に座っていた土本の腕に手を乗せながらそう言って同意を求めてきた。


 土本は不良の過去を隠して、優等生ぶっている。それは事実だが、おそらく見た目からして不良っぽいとは思われているはずなので、片桐の事情とは異なるだろう。

 それはともかく、片桐のために、ということなら、土本にとって断る理由はない。

「ああ。どこまで支えられるかわからないが、やれることはやってみる」


 それを聞いて安心したような梅里は、今度は壇上の北條に向かって訴えた。

「ありがと……でも琴音ちゃんには、受け入れ難いよね……幻滅した? ごめんね、でもわかって欲しいのは、片桐さんは、自分の利益とか虚栄心とかでこれをやってるわけじゃなくて、本当に人のために、悪意なくやってるってこと。まあ、孤立を恐れて、って部分もあるんだけど。これを『嘘』だと言われればその通りだけど、その『嘘』で、ここまで世の中を動かした、その功績を見てほしい。受け入れられなくても、今だけはそっとしておいて。お願い」


 土本は、その梅里の頼みに対して、北條は肯定的な回答をするものだと予想していた。

 そうするものだと、楽観的に考えていた。


 だが、実際はそうではなかった。


「今は、それについて回答できません……でも、できる限り、理解するよう努めます」

 そう言ったきり、唇を噛んで黙りこくってしまった。


 理解するよう努める、ということは、つまり現時点で理解できていない、受け入れられないということ。

 そして、回答できない、ということは、梅里の頼みに協力できない、少なくともそうなる可能性がある、ということになる。


 それはどういう心情からなのか。

 単に「嘘」をつくことに協力できないということなのか、あるいは、周囲に対して自らを「強い女」と偽ってきた片桐に協力する気はないということなのか。


「理解はできなくとも、調査は今まで通り進める、ってことでいいんだな?」

「……はい、調査についてはやるべきことをやって結果を出します」

「北條さんは、明日の聞き取りで会長を担当することになってるけど、なんなら代わろうか?」

「……いえ、大丈夫です。やります」


 土本は、今の状況でも北條がまだ調査に前向きなままであるか、その確認のために質問したのだが、北條からの返答は芳しくない。

「会長が『演技』してたことを、やはり気にしてるのか?」

「……」

 北條は口を閉ざした。


「北條さんは『嘘』を好まない、受け入れられないのかもしれないけどさ。その『演技』している姿って、校内の不当な差別を是正する上で必要だからやってることであって、俺らはその会長の振舞いを今まで見てきて、誰も不自然と思わなかったわけだろ? なら、俺らはそれもまた会長の一面、その人本来の姿の一部として認めてもいいんじゃ……」

「でも私は! その会長の姿に、強くて凛々しい姿に憧れてきたんです! それが、全部『演技』だったなんて、すんなり受け入れられるわけないじゃないですか!」


 土本のくどい説明を遮るように、北條は今まで聞いたことのない程の大声を出した。


「琴音ちゃん、ごめんね。やっぱり、今伝えるべきじゃなかったかもね……とにかく、明日は、聞き取りをちゃんとやろう。松田先輩をまず犯人として特定して、それから海野先輩との繋がりを認めさせて、その後にできれば過去の備品の件との関連性を明らかにしていく、ってことで」

 早口で今日の総括をした梅里は、土本に目配せしてこの場の締めを促した。

 それに気付いた土本は、慌てて事態の収集を図った。


「そ、そうだな。うん。じゃあ、明日は各自聞き取りにあたってはそういう心積りでやろう、ということで。おつかれさん」

「おつかれー」

「……お疲れさまでした……」


 若干動きの鈍い北條をよそに、土本と梅里は手早く生徒会室を整頓し、やっと部屋を出ようとする北條の動きを見守り、梅里が照明を消して、全員が退室した。一応北條は戸締りのことを覚えていたようで、扉を閉めるとほぼ同時にポケットから鍵を取り出して施錠した。

 そこで、教室に戻ろうとする土本の袖を引き、振り返って腰を屈めた土本に耳打ちした。


「悪いけど、帰りに琴音ちゃんのフォローしてくんない? ウチはバイクだし、あんたは駅までは一緒でしょ」

「ああ、そのつもりだけど」

「頼むわ。その前に、ウチができることはやっとくから」

「できることって……」

「とりあえず、5分ちょうだい。その時間で何とか琴音ちゃんの心を開いてみる」

 梅里は手をパーにして土本に示した。


「本当に何とかなんのかよ……」

「とにかく、今やれることをやる。その後で何をどう話すかは、タツミの判断に任せる。くどい説明は抜きにして、短く伝えるべきところを伝えれば、心に届くはずだから」

 くどい説明について指摘されるのは、土本にとっては若干言い返したいところではあったが、一旦それを呑み込んで梅里に現状の打開を任せることにした。


「……わかった。5分な。その間にその後のことを考えておく」

「うん。じゃ、行ってくる」

 梅里は廊下を駆けて行って、先行して1年3組の教室に入った北條に続いて教室に入った。


 土本はゆっくり目に歩いて2分後には教室前に着いたが、中ではまだ梅里と北條の会話が続いている。

 一応土本は気を遣って、入口付近で中の様子に耳をそばだてた。


「……ただ、これはあくまでウチが勝手に喋ってるだけの内容で、証明のしようはないけどね。琴音ちゃんがウチの話を信じられなければ、それで終わる話」

「……そんな、信じられないというわけでは……」

「すぐには受け入れられない、だよね。その通りだと思う。だから今はまだ、情報として記憶しておいてもらえればいいよ。なんなら、明日聞き取りの時に本人と話すわけだから、その辺りの話をしてみるのもいいかもね」

「でも、それは会長が知られたくないことなのでは……」

「だからこそ、2人だけの空間で話すのはいい機会なんじゃない? 話すことで、お互いに理解が進むってこともあるだろうし」

「……考えてみます」


 話が一段落したと思われるタイミングで、土本は開いているドアを一応ノックして教室に入った。

 ちょうど頃合いという感じで、まだ3分程しか経っていなかったが、梅里は話を切り上げた。

「じゃあ……ウチは帰るね。おつかれさま」

 北條にそう言って振り返り、出入口に向かう途中、土本とすれ違う際に、土本の腕を掴んだ。

 土本が梅里の顔を見ると、梅里の方も何か言いたげに土本の顔を見つめ返したが、何も言うことなく、そのまま教室の外へと出て行った。


 その時、土本の背筋に、一瞬冷たいものが走った。


 梅里が目で訴えていたのは、この後の北條のケアを頼む、ということなのだろう。

 しかし、その時の梅里のその視線、立ち振舞いには見覚えがあった。


 それは、あの憎き「魔女」の、恐ろしい侵入者のそれを彷彿させるものだった。


「私たちも、帰りましょうか」

 やや冷めた感じがする、北條からの声掛けで我に返った土本は、そこで慌てて帰り支度を始めた。

「ああ、そうだな」


 一応は2人並んで帰っているのだが、話題が見つからないまま黙って歩いている。

 北條は俯いたまま、一言も話さない。

 土本はその北條の様子を横目でちらちらと確認していたが、やはり一言も発していない。


 昇降口から校門まで、そうして歩いてきたが、このまま沈黙を続けるわけにもいかないと思い、土本は意を決して口を開いた。

「明日の聞き取り、問題なくできそうか?」

「……そうできるように、努力します」

 やはり、今の北條は、平常な精神状態とは言い難い。


「昨日までと今日で、聞き取りに影響するような違いはなかったと思うけどな」

「土本君にとってはそうかもしれませんが、私にとっては大きな違いです」

「会長が備品の件に関わっている可能性はほぼなくてもか?」

「……」

「鶴巻先輩の証言を得られた以上、犯人は松田先輩と海野先輩の2人でほぼ決まり、あとはそれ以外の、一応グレーゾーンにいる人が犯人でないと言えるような証言、証拠を集めていく。それができれば、あとは犯人の2人を詰めるだけだ」

「簡単に言いますね」

 無論、土本は簡単に考えているわけではない。現時点における調査の進捗を敢えて単純化し、北條が肯定しやすくしている。


「犯人を特定するのは簡単というか、鶴巻先輩の証言が得られた以上、もうほとんどできてると言っていいだろう。あとは、俺たちがまだ見えていない部分について、できる限り喋らせればいい」

「それは、その通りですが……」


「それでも、今日、あおいからあの話を聞いたから、昨日までとは違って、簡単でなくなったってことか?」

「そうですよ。会長が本当は『強い人』でないのなら、今までの前提が崩れます。会長の話に賛同し、会長を慕ってきた人たちは、その時、会長の虚像を見ていたわけで、それなら……大元の、会長の演説、その主張に賛同するか、会長を本当に生徒の代表として推す対象としてよいものなのか、私に限らず意志が揺らぐ可能性はあるでしょう」


 ようやく、北條の口の動きが良くなってきた。

土本はこれを好機と判断し、もう一歩踏み込んだ話をしてみることにした。

「会長が『強い人』でなかった、それがわかったのが大きな違い、ってことか」

「……はい」

「でも、その『強い人』って、なんだ? 『演技』なしに、今の会長みたいな振舞いができる、ってことか?」

「平たく言えば、そういうことです」

「つまりは、北條さんみたいな」

「えっ?」


「野上先輩に真っ向から苦言を呈するなんて、普通は中々できるもんじゃない。十分強いだろ」

「そんな……私は、強くなんてないです。あの時だって、怖いと思ってました」

「でも、その怖いという気持ちを抑えてアレをやり切ったわけだ」

「そうです。やるべきことをやる以上は、強くあろうと思わなければ」

「俺は、そういう北條さんを見た時、まさに『強い人』だと思った。今、北條さんから『怖いと思ってた』と聞いたけど、それでもその印象は変わらない。北條さんが『強くあろう』として怖いと思う気持ちを抑えて気丈に振舞ったのと同じように、会長も『強くあろう』とした結果『演技』という手段を使った、ってことじゃないか?」

「……」

「強くあろうとして、そう振舞える人は、結局『強い人』なんじゃないか、と俺は思う」

「そう……ですか」


 少しの沈黙の後、北條は呟いた。

「そうかも、しれませんね……」


 北條がそう呟いた瞬間、土本は、北條の横顔を見た。

 北條はほんの少しだけ、微笑を浮かべたように見えた。が、またすぐに無表情に戻り、歩調を早めて駅へと向かっていった。


 北條の気持ちは、少しは落ち着いただろうか。

 明日の聞き取りに向けて、前向きな姿勢を取り戻すことができただろうか。


 土本は自問自答したが、それに明確な回答が出るはずもない。

 帰りの電車の中、ガラス越しに暗赤色の空を眺めながら、明日の聞き取りにおける質問と、想定される返答、そこでさらに追及するための問答についていくつもの類型を考えながら気を紛らわせようとしていた。

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