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事件その3 備品盗難(9) 結果報告と第6回定例会

「さて、えーそれでは。この1週間、皆さんに協力していただきました、役員の動向把握の件、その結果を報告していただきたいと思います」


 土本のどこかぎこちない仕切りで、木曜日の放課後、進学クラス1年3組の教室内で話し合い、と言うか報告会が始まった。


 教壇にいる土本から見て、右から、鶴巻、梅里、そして北條。

 先週と同じ着席位置、そして先週より若干リラックスした空気の中、土本は話を続けた。


「では、まずは俺の方から報告します。まず小瀬先輩ですが、この1週間、放課後は毎日5時台の電車が来る直前まで教室に残って、勉強をしていました。おそらくテスト勉強でしょう。一応学校を出てから電車内までも確認しましたが、他の生徒会役員と接触した様子はありませんでした」

 小瀬に動きはなし。それは結局、「犯人を庇う」動きがなかったことになるが、まだ油断はできない。聞き取りで、調査の撹乱を狙う可能性はまだある。


「続いて久保先輩。こちらも、特に他の役員と接触する様子はありませんでした。1日だけ、サッカー部の人達と接触してましたが、おそらく生徒会のメンバーではないでしょう。その他女子生徒から話しかけられる機会は多数ありましたが、特に備品や聞き取りに関するものではないようです」


 そこで、珍しく北條が手を挙げた。

「すみません、では、そのお2人は目立った動きはなし、ということですか?」

「そうだな、まあ久保先輩はともかく、小瀬先輩については取り越し苦労だったな」

「それでも、動きがなかったという結果は得られたので、意味はあったと思います」

「うん、まあそう考えることにしよう。じゃあ次、梅里さん」


 唐突に指名された梅里は、少々動揺しながらも回答した。

「えっ、ウチ? はい、じゃあ海野先輩について。来月に演奏会を控えてるらしくて、音楽科のオケメンバーは放課後はずっと練習だね。メンバーは皆内部生のはずだけど、生徒会員ではないね。備品や聞き取りに関して話してる様子もなかったし。その他特段おかしな動きがあったり、他の役員と接触したり、とかいうのはなかったよ」

「了解。じゃあやっぱり動きなし、か」


 すると、残りは鶴巻の報告のみとなる。

「じゃあ、鶴巻先輩」

「おうっ、じゃあ俺からの報告な」

 鶴巻は、何故か自信ありげに、ややふんぞり返った姿勢で返事をした。


「まず、月曜と火曜は、特に動きはなかった。放課後は少し校内をうろついたりもしたが、特に誰とも会うことなく帰ってる。動きがあったのが、水曜日」

 動きがあった。

 その話を聞き、土本も、梅里も、そして北條も、目を丸くして鶴巻の顔を凝視し、次の発言を待った。

「その日は放課後すぐに昇降口に向かった。帰るのかとも思ったが、カバンを持ってない。で、追いかけてみたら、グラウンドに向かった。そこで古い物置を開けて、中から段ボール箱を引っ張り出してきた」

「えっ」


 その段ボール箱の「中身」を知っている梅里は、思わず声をあげた。

「ん?」

「あっ、いえ、すごいですね、鶴巻先輩だけちゃんと報告らしい報告ができてますよ?」

「フッ、そうだろ? まあ俺も伊達に生徒会役員やってるわけじゃないってこった、な?」

 梅里のおだてに調子をよくした鶴巻は、「今日の俺はいい仕事してるだろう」とでも言いたげに北條にアピールしてみせた。

「……そうですね、とても興味深い報告だと思います。それで、その後どうなりました?」

 北條は、明らかにそれとわかる愛想笑いをしてみせて、控えめに「いいから報告を続けて下さい」と目線で訴えかけた。


「ああ、で、そこで俺は松田に声をかけたわけだ。『よう松田くん、どうした? お前水泳部だから、グラウンドの物置に用事なんてないだろ?』ってな。そしたらあいつ、『なんでもない』って、慌てて段ボール箱を物置に戻して、逃げるように帰って行きやがった」

「ほう……それは……」

 既に中身も、松田の容疑も事前情報として把握していた土本は、その「事実」については特に驚かなかったが、鶴巻が事前情報なしに、その段ボールにたどり着いたことは大きな収穫であり、その重要な情報を鶴巻が要点を外さず持ってきたことについては流石に驚いた。


「まだあるぞ。で、その箱の中身なんだが。新品のファイルと包装紙がついたままのコピー用紙。これってつまり、『備品』なんじゃねーか、と思うわけだ」


 まとめると、鶴巻の視点からは、松田が物置内に入っていた「備品」の保管状況を確認するために一旦段ボール箱を取り出してみたところを、鶴巻が発見して声を掛けた。そこで驚いた松田は、慌てて箱を物置に戻して逃げていった……という流れである。

 あとは、松田にこの日箱を引っ張り出した理由を問い詰めて、松田が自白すれば犯人確定、ということになる。


「おお……これはいい情報っすね……」

「いやー鶴巻先輩、流石ですねぇ」


 土本と梅里が褒めちぎる中、鶴巻は更に話を続けた。

「いや、まだ続きがあるんだわ。この箱ってさ、つまりは10月の終わりに、松田が備品倉庫から持ち出してあの物置に入れた箱、ってことだよな? 多分」

「うん? えっ?」


 その話の真意を掴めなかった土本は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。

「いやだから、『不用品の運び出し』とかなんとか言ってた箱が、それだったわけだろ? 11月の聞き取りの時にも言ったけどよ、その時の松田の運び出し品は問題ないってことになったじゃねえか。じゃあ、あれはその時の箱、ってことじゃ……」

「えっ?」

「ん?」

「ち、ちょっと待って下さい? 発言の意図が掴めないので、とりあえず10月の終わりに、というところから、改めて詳しく説明を、お願いできますか?」


 3人が慌てだし、北條が詳しい説明を求めたため、鶴巻は改めて、10月末の目撃状況と、その後の聞き取りにおける説明内容、その結果について説明することになった。


「ええ……マジか……」

 その鶴巻の説明を聞いた土本と梅里は、それ以上何も言えなくなっていた。

「おい、どういうことだ? 俺、なんかやっちゃったか?」

「鶴巻先輩……」


 北條は立ち上がって、未だ事態を把握できていない鶴巻の方に向き直った。

「今までの数々の非礼について謝罪させていただきます。申し訳ありませんでした」

「えっ? うん、あっ、そうなん? いや、俺はダイジョブ、なんだけど、お前ら皆んなどしたん?」

「鶴巻先輩は、今、大変重要な情報を私達に話して下さいました。これで、特命班の調査は大きく前進することとなります。鶴巻先輩のおかげです。本当にありがとうございます」

 畏まって深々と頭を下げる北條に戸惑いながらも、悪い気はしなかった鶴巻は、また調子に乗り出して軽口を叩いた。

「おっおう、ま、俺が本気出せばこんなところよ」


 その気分が良くなった鶴巻を、そのまま気分良い状態のまま帰って貰うために、梅里が鶴巻をおだてている流れのまま、土本がその場での「結果報告」を早々に終わらせた。

 そして3人揃って廊下に並んで、軽い足取りの鶴巻が教室を出て自分の教室に戻るのを見送り、鶴巻が昇降口を出て校門を出るのを廊下の窓から確認していた。


 鶴巻が視界から消えた瞬間、3人は急いで生徒会室に移動した。

「さて、それでは改めて、本日の定例会を始めようと思います」

 ここからは北條が仕切る、いつもの定例会となる。


「早速ですが、先程の鶴巻先輩の説明によると、物置に入っていた箱は、10月末に松田先輩が自ら物置にしまったものと同一とみられる、ということですね。そして、その際に物置の扉を開けたのが、海野先輩ということで」

 鶴巻は、その「運び出し」の様子をしっかりと目撃していた。そして、そのことを11月に生徒会側で調査した際の聞き取りにおいて説明したにも関わらず、その目撃証言は「問題なし」として揉み消されていた。


「うん、そうだな。そうなると、備品を持ち出した者に関する目撃情報が上がっていた、それなのにその情報を潰した者がいる、と。でもそれって、報告書を作る段階で、関わっていた人間しかできないわけで。当然書記は関わってるはずだけど、資料編綴のトップって、副会長の海野先輩ってことでいいんだよな?」

「そのはずです。なので、昨年の『備品隠し』については、その2人が行ったこと、ということでほぼ確定かと」


「以前の資料を『改竄』してあった件はもう報告してあるし、あとはその目撃情報があれば、明日、全員の前でそれを突きつけたらもう言い逃れは難しいだろう。でも、その前に事実を全て聞き出しておきたい。その意図、背後に何があったか、他にも共犯がいないか、それと、現在の役員就任前の備品紛失のこととか」

「そうですね、今所在がわかっている備品はあくまで11月に所在不明になった分なので、それ以前との関係は不明です。というか、『別件』の可能性が高いです」

「その『別件』については、今回の件で犯人をはっきりさせてから、ってことになるかな」


 そこで、梅里が口を挟んだ。

「流れとしてはそれでいいけどさ、明日そこまで詰められるんなら、その流れで2人からその『別件』のことも聞き出しておいた方がよくない? 間を開けたら、仮にまだ関係者がいた場合、そこにたどり着くための証拠を隠されたり、辻褄合わせされたりするかも」


「確かにな。できればそこまでやりたいところだ。ただ、聞き取りをやって、その後こちらで調査結果の報告と犯人の名指し、犯行の理由と詳細なところを聞き出してから、『別件』まで……となると、時間がかかる。完全下校が5時半、それがタイムリミットなんで、そこは残り時間次第だろう」

「そっか、下校時間か。でもさ、犯人側が『別件』に触れられたくない、と思うなら、そこを突かれるのを避けるために、『時間を使う』って戦術を取ってくる可能性も、当然あるよね?」


 そう。現に海野は、既に調査の対策として、11月以降接触を避けていて、さらに松田は証拠隠滅の工作を一度実行に移している。

 証拠隠滅が海野により予め想定されていて、松田がその海野の指示通り実施したとすると、下校時間を想定して「遅延工作」を実施し、「別件」に調査が入る前に時間切れとなり、来週までになんらかの工作を行う可能性は十分考えられる。


「そうだな……時間を節約するとなると、早口で進めるのも限界があるし、あとはどこかの手順を端折るしかないけど」

 

「調査結果の報告と、犯行の詳細についての聞き取りを縮小しては?」

 北條は事もなげに言うが、それは簡単なことではない。

「そうしたいけど、どこまで時間を確保できるかわからないな」

「結果報告は、急げば5分で済みます。役員からの質問を受け付けなければ、そこで遅延することはないでしょう。あとは、犯行の詳細は後日改めて犯人を呼び出して再度聞き取り、という形にすれば、そこは省略できると思います」


 具体的な時間短縮策を即座に打ち出してくる上に、明日の報告会の流れが既に予測できている。ここまで有能な北條がいるからこそ、今まで調査が迅速に進めることができている。

 そして、北條の時間感覚を頼れば、「別件」の聞き取りに必要な時間の確保、そして、そのための時間調整も可能かもしれない。

 そう考えた土本は、それを北條に任せることにした。


「……『別件』の聞き取り、北條さんなら何分必要だと思う?」

「そうですね……15分あれば、主要な部分については聞き取りが可能かと」

「明日、ここでの聞き取り会をお開きにして、全員が完全下校の時間に間に合うようにすることを考えると、10分前には終わらせる必要があるだろう。そうなると、『別件』の話に行き着くのは5時5分がタイムリミットってことだな。その時間を意識しながら進行することはできそうか?」

「やってみます」


 北條の時間感覚について知らない梅里は、教壇の上にいる北條に質問を投げかけた。

「でも、ずっと時計を気にしながら、聞き取りをやって、進行もやって……ってなると、ちょっと大変すぎない?」

「大丈夫です。私、時間感覚については自信ありますから。時計も使いません。私の感覚で時間を測りながら、タイムリミットに間に合うよう進行します。お2人には多少協力してもらうことにはなるかと思いますが」


 時間感覚には自信がある。

 時計は使わない。

 自分の采配でリミットに間に合わせる。

 これらの困難な仕事が可能であると、壇上で自信満々に答える北條に気圧され、流石の梅里も少々たじろいだ。

「えっ、あっ、そう……なんだ。まあ、じゃあそこは琴音ちゃんに任せるわ」


 明日の進行について概ね方針が決まったので、もう1つ決めなければいけないこと、つまり「聞き取り対象者の割り振り」を決めることになった。


 現時点で決まっているのは、梅里が海野を担当すること、北條が松田を担当すること。

 そして、梅里の強い希望により、もう1人は重要人物を……ということなので、小瀬を担当させることになった。

 すると、残り4人をどう割り振るか。

 

「俺の我が儘なんだけど、菅野先輩を担当させてもらっていいか?」

 その土本の申し出を聞き、横にいた梅里は体をビクッと震わせた。


「えっ、そうなんですか? 確か先週は、私が担当するというお話でしたが。私は構いませんが、一応理由をお聞きしても?」

「菅野先輩は、この事件の背景について調査していた。当然それを手伝っていたあおいもある程度は把握してるだろうけど、おそらくその内容を誰にも話していない。参考になるかもしれないから、先輩が把握してることを、この機会に一応聞いておきたい。それを聞くとなると時間がかかるだろうから、北條さんが聞き取りを3人受け持つことを考えたら、菅野先輩は俺の方で担当すべきかな、と」


 その命知らずの発言を聞き、梅里はたまらず土本に警告を発した。

「マジで? あんたそれ、明日のタイミングで聞くわけ? ウチが知ってるところは後でちゃんと話すから、そういうのを聞くのは、ピリピリした場所ではやめといた方がいいんじゃ……」

「いや、明日を逃したら、聞くタイミングはもういつ来るかわからない。それに、『反体制派』の実態は結局俺らにはわからなかったから、その辺を聞いておきたい。調査の上で重要な情報とかがあるかもしれないし」

「そう? そこまで言うなら止めないけど……」


 明らかな不安が滲み出ている梅里の表情につられ、土本の方も不安に駆られた。

「ヤバい人なのは前に聞いたけどさ、俺がこの件聞いたらまずいのか? 俺がキレられる理由が思いつかないんだけど」

「だからさ、特命班が役員を疑ってる時点で若干ヤバい空気になってるわけじゃん? そこで更に、タイマンで聞き取りをやるって伝えたから、既に菅野先輩の機嫌を2回損ねてるわけだよ。そこに加えて、自分が秘密裏にやってた調査について探られたら、更に機嫌損ねるのはまあ想像つくよね」

「ああ、確かに……一応気をつけておく。でもまあ、流石にその場で殴られたりはしないだろ」


 その一連のやり取りを聞いていた北條もまた、不安を感じ始めた。

「えっ……それでは、他の方もキレる可能性がある、ということですか? それなら今のうちに何か対策を取る必要が」

「あっ、それは大丈夫。キレるとしたら菅野先輩と小瀬先輩くらい。会長は疑われた程度でキレはしないし、久保先輩もそう。鶴巻先輩に至っては、キレる理由はないっていうか、今はこっち側に近いし」

「では、小瀬先輩については、一応警戒しておきましょうか」

「まあ万が一キレたところで、小瀬先輩1人くらいどうにかできるから。手を出してくるなら、ウチなら取り押さえるから大丈夫っしょ」

 随分と自信ありげである。

「そうですか? では、一応気をつけていただいて……」

 何故か北條は、そこであっさり引き下がった。


 男子の先輩が小柄な女子に手をあげる事態になると、梅里にとって大分危険な状況と思われるが、北條のこの反応を見る限り、梅里の腕っぷしの程を認知していて、ある程度信頼しているらしい。


「よし、じゃああと3人か。とは言っても、久保先輩、鶴巻先輩、あと会長か。正直、ほぼ犯人ではない人たちだから、北條さんの希望通りでいいけど」

「では、会長は私が聞き取りをやらせていただきます。事件について思うところを聞いてみたいですし」

「そうか。じゃあ、会長は任せる。でも、思うところって何だ?」

「会長は、この事件について、単に数名の者が備品を黙って持ち出した、ということではなく、もっと多くの人が関わる、複雑な動きの結果と捉えているように感じます。ですので、会長がどう捉えているのか、どこまで把握しているのか、それを私の方で聞いてみたいと思います」

 それは、土本も思っていたことだった。だが、それは梅里の情報あってのこと。今のところ、犯人、と言うか実行犯の裏にいる者については、何もわかっていない。「反体制派」の可能性があるが、証拠はない。


「うん、確かにな……なら、それと、菅野先輩の調査結果、犯人から聞き出した内容、その3つ合わせれば大分真相が分かってきそうだな」

「そうですね、備品の件に『反体制派』が関係しているかも今のところ不明なので、そこが明らかになればいいですね」

 反体制派の動きは、今のところ特命班では把握できていない。それを会長か菅野のいずれかが把握していて、さらに備品の件に絡んでいるとなれば、昨年10月末の件の実行犯の裏にいる「黒幕」が見えてくるかもしれない。

「だな。会長の対抗勢力がこれに絡んでんなら、そこも突き止めておきたい……あっ、そう言えば」

 土本は、その時不意に、先週の鶴巻の発言を思い出した。

 

「この前、鶴巻先輩が言ってたんだけど、『皆が会長を強い女だと思い込んでる』って。どういうことだ? 思い込んでるも何も、強い女そのものじゃ……」

「ちょ、ちょっと待って」

 慌てて梅里が土本を制止した。

「その話、あんまり広げんなよ……いや、会長の名誉のためにも、それは触れないでおこうよ。鶴巻先輩だって、バラすつもりはなかったんじゃないの?」

「えっ、まあ、口が滑ったとは言ってたが……」

「ならいいじゃん、あんまイメージ傷つけるようなこと言うなって……いや、もういずれバレるなら、今のうちに伝えておいた方がいいのか……?」

 梅里は、独り言を言いながら頭を掻いて考え込んでしまった。

 

「どういうことです? 会長が強い人というのは間違っている、ということですか?」

「えっと……じゃあ、今日の最後に話すわ。割り振りの続き、やっちゃおうよ」


 釈然としないながらも、北條は、もう1人の聞き取り対象を指名した。

「わ、わかりました。では、あとは……鶴巻先輩ですかね」

 ここで北條は、意外なところを選択した。


「えっ、そうなのか? 鶴巻先輩は避けるもんだと思ってたけど」

「いえ、調査のためなので、個人的な感情で選り好みはしません。それに、目撃した時の状況や、その当時の事情について、もう少し掘り下げてみたいと思いますので」

「そうか……じゃあ、頼む。じゃあ俺は、残った久保先輩だな。まだこの人に関しては、犯人ではないと言い切れるわけではないから、その可能性を打ち消す方向で聞き取りをやることにする」

「はい、ではお願いします……これで、割り振りも終わりましたね」

「そうだな。あとは……」

「あとは、先程鶴巻先輩の前ではできなかった話ですが」

 北條はそう言いながら、梅里の方に視線を向けた。


「よしきた。じゃあ『特技』の結果だね」

 梅里は、待ってましたとばかりに胸を張って語り出した。

「まず海野先輩だけど、どうも今のところ頭の中はほぼオケのことなんだよね。今日はギリギリまで探ってみたけど、聞き取りについて考えたのはほんの一瞬だけだった」

 海野は、聞き取りに全く警戒する様子がない。

 如何に特命班の調査の動きを予測していたにしても、余裕があり過ぎる。


「マジか……神経太いな。あるいは余程ナメられてるか」

「まあナメられてるんだろうね。その一瞬も、明日の予定を頭の中で整理してただけ。不安も警戒もなかった」

「海野先輩を聞き取りで崩すのが難しいとなると、やっぱり松田先輩から崩していくことになるか。改めて考えると、さっきの鶴巻先輩の証言がすごい重要になってくるな」

「そうだね、松田先輩は箱を引っ張り出してきたのを見られた以上、言い逃れはできない、ってことになるよね。あとは、そこからどう海野先輩に結びつけるか、だね」

「それが、私の聞き取りにかかっている、ということですね。承知しました」


「だけど、ただ問い詰めても、なかなかその辺りについては言ってはくれなそうだよな。なんか松田先輩の『弱み』でもあれば……」

「弱みというか、揺さぶるネタはなくはないけど」

 梅里が「ネタ」について匂わせる発言をし、土本はそれに興味を示した。


「それは……詳しく聞こうか」

「まあこれは、直接揺さぶるネタとしては弱いかもだけど、使い方次第。そもそも松田先輩は、人とあまり話さないんだわ。でも、軽音同好会所属なだけあって、音楽の話には食いついてくる。で、音楽に関しては意外に守備範囲が広いって感じ」

「それは、ロック系だけじゃなく、ってことか?」

「うん。うちらにとって常識みたいな扱いの、いわゆるJポップ的なのはむしろあんまり興味ない方で、洋楽系、それもハードロックやメタルよりは、プログレ、テクノ、あとはニカとかアンビエント系の方面に強い」

「言っちゃ悪いが、いかにも友達いなさそうな趣味だな」

 土本の失礼な指摘をよそに、梅里は更に話を続けた。


「打ち込みとか電子系が好きっぽいね。それだけじゃなくて、ブラック系、ファンクとかジャズなんかもかじってる。あとはクラシックも一応わかるっぽい、で、そこからポストクラシカルまで手を伸ばしてる」

「ええ……大分幅広いな」

「幅広いけど、まあ若干拗らせてるよね。そういうわけで、会話する人は限られてくるわけさ。話の通じる、そっち方面の音楽の知識をある程度持ってる人じゃないとね。となると、そういう人は限られてくる。ウチもちょっと話が合わせづらいところだけど、生徒会に1人だけ、話ができる人がいる」


「それって……」

「音楽一家で育って、クラシックやポストクラシカルの知識が豊富にある海野先輩は、生徒会ではほぼ唯一の『音楽の話ができる人』だろうね」

 これで繋がった。

 これまでずっと、松田と海野の接点が謎だったが、「音楽」という繋がりがあるとなれば、その関係性は理解できる。


「なるほど、ありがとうございます。聞き取りで活用できそうです」

 北條は素直に礼を言って頭を下げた。


「そう? よかった」

「どう活用すべきか、ちょっと難しい情報だけどな。まあ、松田先輩と海野先輩との接点がわかったのはいいことだ」

「活用する方法は、既にある程度考えています。接点よりも、松田先輩と共通の話題が見つかったことの方が重要ですね。その話題であれば、松田先輩は話をしていただける可能性がある、ということですから」

「うん? 音楽のことで話をするってことか?」

「はい、そこから事件に繋げられるかどうかはわかりませんが、それは聞き取りで使える手段になるかも知れません」

「そうなのか……まあ、活用する方法については、北條さんの裁量に任せる。松田先輩は口が重いから大変だろうけど、頑張って」

「はい、頑張ります」

 何故かその時の北條は、急にやる気が出てきたように見えた。


「ところで、他の方について、『特技』行使の結果、何か情報が見えたりしましたか?」

「そうだね……その松田先輩は、やっぱり『見えにくい』のは相変わらず。鶴巻先輩に箱のことを見られてるから、動揺してはいるはずなんだけど。その動揺は、心の中で言語化されてないから、ちょっと読めないね」

「そうですか……わかりました」


「あと、その鶴巻先輩も見てみたんだけど」

「えっ、そうなん?」

「疑ってるわけじゃないけど、ちょっと気になってさ。で、まあ……鶴巻先輩なりに、会長を気に掛けてるらしくて。意外なことだけど、この件で役員が犯人として名指しされることで生徒会に及ぶ影響とか、会長の心労とかを割とマジで心配してるっぽい」

 確かに意外ではある。一見、飄々として、生徒会役員に対して、つかず離れずの距離感を維持しているように見える鶴巻が、片桐個人に対してのみとは言え、生徒会のことを心配しているとは、少なくとも土本は今まで考えもしなかった。


「そうなのか……会長のことは心配してるんだな。でも俺らはその心配の対象外なのか」

「そりゃそうでしょ、会長1人とウチら3人じゃ受けるプレッシャーも責任の重さも違うじゃん」

「まあそうなんだけど。ただ、会長を心配するってのがどうもな。それより気にしなきゃいけないところも色々ありそうなもんだけど」

「こう言っちゃなんだけど、鶴巻先輩が生徒会にいる理由って、会長のため、会長個人を支えるため、その一点だからね。その他はあんまり興味ないんでしょ」


 その梅里の話の通りなら、片桐は「自分の味方」を役員に据えたい、という私情で鶴巻を役員にねじ込んだことになる。

 土本の視点で、それはとても潔白なやり方とは思えない。というか、2人はそういう関係、なのではと邪推したくなる。


「なんだよそれ。じゃあ、もう腐れ縁ってレベルじゃねえじゃん。つーか、そんな人を生徒会役員に据えるって、会長の私情もそこまでいくとちょっと問題じゃねえか?」

「ちょっと、やめなって。あんた、こないだウチによくない言い方って説教こいたばっかじゃん。それがここでそんな物言いすんの?」

 先日、小瀬の恋愛感情を茶化した梅里にたいし、土本が苦言を呈したが、今日は逆に片桐の恋愛感情を邪推した土本を梅里が諌めるという構図になった。

「だってよう……」


 まだ不満げな土本をよそに、北條が梅里に話しかけた。

「そこに会長なりの正当なお考えがある、という解釈はできませんか? と言うか、梅里さんは何かその辺りの事情をご存知なのでは?」


「……うん。まあね」

 梅里は、そう言って少しの間俯いた。

 その「事情」について、少し話すのを躊躇しているようだったが、意を決したように、顔を上げて話し出した。

「やっぱり、これは説明しておいた方がよさそうだね。じゃあ、ちゃんと説明するわ。会長の話。会長に関する本当のことと、鶴巻先輩の発言の真意について」

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