事件その3 備品盗難(8) 刺客の独白と共犯の失策
水曜になって、いつも通り朝早く登校した土本であったが、今日は1人で教室にいても落ち着かない。
それは、昨日の北條の発言、そのうち軽音楽同好会に関するものと、今朝行われるであろう彼女の行動が気になって仕方がないからである。
昨日の夜に改めてこの件について考えてみたが、やはり北條1人で行かせるのには不安が残る。
20分後に登校してきた北條に対し、土本は「やはり軽音同好会会長に直接物申すのは避けた方がいい、2年の誰かに任せよう」と言おうとしたが、また昨日の怒りに満ちた表情が出てくることを考えると、それもできない。
「では、普通科2年の教室に行ってきます」
「ああ、気をつけて」
結局そのまま行かせてしまったが、やはり気になるため、土本は遠巻きに後をつけていくことにした。
普通科2年2組は新校舎2階にあり、同教室の中を確認したところ、登校している生徒はまだ3分の2程度といった感じである。
出入口近くの生徒に確認したところ、野上はまだ登校していないらしい。
昇降口に向かうと、丁度如何にもなヤンキーがダラダラとした足取りで校舎内に入ってきたところだった。
「普通科2年の野上力也先輩ですね」
北條は、昇降口を登ってきたそのヤンキーに全く臆する様子もなく声を掛けた。
「あん?」
名前を呼ばれた野上は、その1年の女子に対して反射的にガンを飛ばした。
野上の背丈は北條とほぼ同じだが、肩幅が広く筋肉質である。人相が悪いのもあって、対面すると大分威圧感がある。
「生徒会1年の北條と申します。今、少々お話よろしいでしょうか?」
「生徒会? なんだ、朝っぱらから」
「軽音楽同好会の活動報告と予算請求、1年の梅里さんがやっているそうですね。会員の少ない同好会ならともかく、10人以上いる軽音でそれはおかしいのではと思いまして」
「ああ……それは梅里が自分からやるって言い出したことだべ。それの何が問題なんだ?」
「活動報告は、同好会長か会の執行部メンバーの誰かがやるべきことです。あなたがやらないなら、2年の誰かに指示してさせるべきです。予算も同様です」
「んだよかったりい」
野上は、いかにも生徒会的な建前通りの正論を澱みなく述べる北條の話に、あからさまな嫌悪感を示した。
「活動実態を正しい形で報告できないなら、同好会としてのあり方に疑問を持たざるを得ません。同好会はあくまで部活ではないので、予算も微々たるものですが、その予算についても再考させていただきますし、校内の教室や部室の使用についても許可が出せなくなる可能性もありますので」
「お、ちょ、それは待てよ。報告はやることやってりゃ問題ねえべ?」
北條の長く堅苦しい説明をしっかり理解しているあたり、話の通じない程の馬鹿ではないようだ。
「それを、本来やるべき方がやってください、という話です。2年生は野上先輩だけでなく、他にもいらっしゃることですし、その誰かに任せればいいだけのこと。簡単ですよね?」
直立した姿勢のまま、物怖じすることなく淡々と語る北條に対し、流石の野上も薄気味悪さを感じて腰が引けた。
「なんだよお前、1年の癖に……わーった、誰かに頼んどくわ。2年なら誰でもいいんだべ?」
「はい。では2月分の活動報告は3月頭に提出お願いします。3月は学年末なので期限が短いことも考慮して、早めに作成をお願いしますね」
「お、おう……」
「お話は以上です。では失礼します」
北條は綺麗に一礼し、颯爽と自分の教室へと戻っていった。
あまりにも堂々として、しかも無駄の一切ないその振る舞いに、離れた位置から見ていた土本は一連のやり取りが終わるまで呆気に取られていた。
そして、同じく呆気に取られた野上がハッと正気に還り、急ぎ足で自分の教室へと向かうのを見届け、土本も教室へと帰っていった。
教室に戻った土本は、北條の顔色を窺ってみたが、いつも通りの涼しい顔をしている。
おそらく彼女にとっては、本当に大したことのない仕事のひとつでしかなかったのだろう。
そして、その一仕事が終わった今、土本は、次に控えた仕事、聞き取りのことを考えていた。そして、昨日の梅里の発言について、改めて思い出していた。
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「そんな、いくら会長にとっての懸案とはいえ、梅里さんがそこまで自分を犠牲にすることではないのでは……」
「それは、琴音ちゃんにはわからないかもだけど。ウチにとってはそのくらい重要だってこと」
「その件について、詳しくお聞きしてもよろしいですか?」
梅里は口に出すべきか迷っている様子であったが、少し間を置いてから、その詳しい事情を語り出した。
「ウチの髪のこと、琴音ちゃんは知ってるよね。あと、タツミもある程度は知ってるでしょ?」
そこを否定することも出来ず、土本は口を噤んだまま頷いた。
「中学でタツミらとつるむ前に、ストレスでメンタルやられて、髪が大分抜けたんだよね。だから、中二の頃からウィッグ被ってる。前は黒髪のやつだったけど、今は明るい色にしてる。で、まあこれについては一応誰にも言わずに隠してたわけさ。そこまでが前提ね」
椅子を引いて腰掛けてから、梅里はさらに続けた。
「ウチには『特技』があるから、人がウチのことを見てどう思ってるか、大体把握してる。正直さ、あんまり髪のことには触れられたくないから、目立つような行動は控えて、大人しく過ごしてようかと思ったんだけど、まあはっきり言えば、そうしてると周りからナメられるんだわ。地味で自己主張の弱い女子なんてそんなもんだからね。入学から1か月様子を見て、それがよくわかったから、連休中に髪の色を変えてみた。連中明けの周りの反応はどうかって言うと、まあはっきり変わったよね。あっこいつは面倒な人間だなって風になった。まあみんな距離を置くようになってきたけど、逆にはみ出し者連中とは距離が近くなったよ。ただ、そんなはみ出し者のままじゃ正直内申ヤバいし、卒業後の進路も心配だからね、何とか上手いことやっていこうと考えるわけ」
「それで、委員会とか、割と早い時期から入ってた軽音楽同好会なんかでは積極的に仕事してたんだけど。段々自分が抱える仕事が増えてくわけさ。まあそれは、引き受けちゃうウチが悪いんだけど、それには一応理由があって。うーん、なんて説明したらいいかな」
少し考えるような仕草をしてから、改めて語り出した。
「人は大抵、仕事がきついと感じた時とか、面倒ごとから距離を置きたいってなった時に、無意識に小さな嘘をつくわけさ。本当は自分の都合って言うか我が儘なんだけど、そこに尤もらしい嘘を混ぜて、仕事を避ける自分を正当化する」
その時の梅里の表情というか目線は、目が合うのを避けるように視点が定まらず、どこか後ろめたさを誤魔化しているように見えた。
「ウチは随分前から、誰かにやってほしい仕事があるとか、面倒な仕事を引き受けてくれる人が見つからないとか、そういう話が出た時に、その人の心をそっと覗き見てる。そこで、その説明に嘘があったり、自分でやりたくないから誰かに押し付けようって考えてるところがあると、あっやっぱりそうなんだってなって、だったらウチのほうで面倒ごとは片付けちゃおうって、そうやって人の嫌がる仕事を引き受けてきた。それを繰り返して、周りの評価を稼いで上手くやってきた……ごめんね、今もそう。琴音ちゃんも、タツミも、そういうところがないから、これを正直に言えるけど」
「でも、それも長く続けてると綻びが出てくる。そうやって仕事を率先して引き受けるだけじゃ、カバーできないところが出てくる。髪のことがバレた時に、どうしても辛抱できなくて、言い返して、手が出て、余計にからかいが酷くなって、どうしようもなくなって、とうとう一番ウザい奴がどうしても許せなくなって、ヤキ入れてやるって感じになって……その時に止めてくれたのは、会長。その後もウチが荒んで頑なだった時に、それでも手を差し伸べてくれたのも、会長。片桐さんだけだった……」
……そこで梅里は、その時のこと、11月中頃に起こったことについて、初めて2人に詳細を語った。
「……そんなあの人の傷つくようなことを言って、差し伸べた手を、振り払った。『助けてやる』って言ってくれたその優しさを信じられなくて、嘘を暴こうとして、目一杯まで『特技』を使って心の中を覗いた。……でもね、あの人の中には、嘘なんてひとつもなかったんだよ。本当に、ひとりぼっちになりそうなウチのために、痛いことも、怖いことも、全て我慢して、受け止めるつもりで、向き合ってくれたんだ。それをウチは……」
「……その時の罪は、どうやっても贖えるものじゃない……だからせめて、会長の懸案であるこの件、過去数年にわたる生徒会の怠慢と不正の連鎖をここで断ち切る、それをやるんだ。今、片桐さんが生徒会長であるうちに。多少の無理はしてでも、例えウチがその結果倒れたとしても……」
いつの間にか北條は梅里に寄り添い、涙を拭いながら話す梅里の背を撫でながら声を掛けた。
「わかりました。でも、梅里さんが疲弊する可能性を知りながら、何もしないという訳にはいきません。事情を知れば尚更です。この事件、梅里さんには調査において、できる限り協力していただくことにします。ですが、調査協力の継続が困難になった時には、いつでも申し出てくださいね」
「うん……ありがと。2人には迷惑掛けないようにするよ」
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梅里の発言を受けて、その意思を尊重するためには、聞き取り人数は2人ないし3人。だが、重要人物からの聞き取り、それも「特技」を行使しつつ実施するとなると、時間がかかるはずで、「時間」で均等に割るとしたら、梅里は2人、おそらく話の進行が早いと思われる北條が3人実施すれば、丁度所要時間は同じくらいだろうか。
そうなると、自分の聞き取り人数も2人。そして、ある程度時間を掛けて聞き取りを実施する時間的余裕が生まれる。
時間が使えるなら、土本が菅野の聞き取りを担当すれば、菅野が独自に調査してきた、「反体制派」とこの事件に関連する内容について、大分掘り下げて聞くことも可能になる。
結果的に、北條には一番人数面で負担を掛けることになるが、そこは割り切って考えるしかあるまい。
土本の中では、聞き取りの方針が概ね固まりつつあった。
放課後、土本は校内の様子を見て回っていたが、やはり特別小瀬が動く気配はなく、久保は今日はさっさと帰ってしまっている。
小瀬については、おそらく動かないのではなく、動きようがないのだろう。
特命班が聞き取り前に何をしようとしているかは知らず、テスト期間中は海野の動向は掴めないはずで、この日彼にできることは何もないということ。
それならば、今日も時間の許す限り教室で勉強しているであろう小瀬を見張っていても、あまり意味はないだろう。
久保については、当然今起こっていることについて何も知らず、何も知らされていない。
おそらく会長と菅野は、事件についてある程度勘づいていたり、独自に調査して知ったことがそれぞれにあるのだろうが、彼に伝えている様子はない。
一応副会長ではあるので、少しは情報を貰ってもよさそうなものではあるが、もしかしたらあまり信用されていないのかもしれない。
犯人と怪しまれているのではなく、うっかり情報を漏らしてしまう可能性があるものと疑われて。
土本はそういう扱いを受けている久保を気の毒に思ったが、現に仕事ができる風ではないので、それも仕方のないことだとも思っていた。
一方で梅里は、音楽科の様子を見に行っていた。
テスト期間にも関わらず、海野は楽器の練習を優先させている。それは彼女のみに限らず、他にも数名、同じように練習に没頭する生徒がいる。
その心を少しばかり覗いてみたが、生徒会や事件について心配している様子はない。
どうやら海野は、このまま特に何の手も打つことなく金曜日を迎えるつもりらしい。
「うーん、これは『聞き取り』どころじゃない、ってことなのかね? さて、どうしたもんかね……」
梅里は頭を掻きながら、音楽科を後にした。
そして鶴巻は、同日の放課後、昇降口を出て、校門ではなく反対のグラウンド方面に向かう松田を発見して、その動向を注意深く追うことにした。
松田は、水泳部と軽音楽同好会に所属しているが、グラウンドに用事はないはずである。
グラウンドに着くと、そのままグラウンド東側にある、物置に近づいた。
そこに3つ並んだ物置のうち、一番古い物置の扉を開け、その物置の中に入っている段ボール箱をひとつ外に出し、箱を開いた。
「よう、松田くん」
松田が体をビクつかせて振り返ると、鶴巻が10メートルほど後ろに立っていた。
「どしたん? グラウンド脇の物置に用事なんてあんのか? 水泳部なのに」
「……いや、これは……」
咄嗟に箱を閉じ、慌てて物置の上段に収めて引き戸を閉じた。
「ん? なんだ、しまっちゃうのか」
「あ、うん。別に大したものじゃないから。それじゃ」
逃げるようにその場から立ち去る松田の背を見つめ、鶴巻は首を傾げた。
「なんだ、あいつ……」
そして鶴巻は、その物置の中にある、先程の箱に興味を持った。
その松田の致命的なミス、そしてそれを見逃さなかった鶴巻のファインプレーは、間もなく「特命班」の知るところとなる。そして、これが犯人への痛恨の一撃に繋がる布石となる。
だが、それほど重要な仕事をしたという事実を、この時の鶴巻は全く気付いていなかった。




