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事件その3 備品盗難(5) 異端の魔法と女神の力

「2人だけで、お話ししたいことがあって」


 梅里の姿をした魔女は、笑みを崩さずに片桐の数歩先まで近づいた。

「ほう。何だ?」

 寄りかかっていた手すりから背中を離し、数歩前に出て尋ねた。

 直立し、体は手すりから真っ直ぐ離れた向きで、顔と視線は塔屋から出てきた魔女を追っている。そして両の手はパーカーのポケットに入れたまま、出そうともしない。


「会長の周りを固める、役員の皆さん。その人達が、会長をどう思っているか。知りたくありません?」

「ふうん。それは……少々興味あるな」

 一瞬眉を顰めたかに見えたが、直ぐにいつもの無表情、というか感情の読めない顔に戻った。


「でしょう? 他人が自分のことをどう思っているか、気にならない人はいませんもんね」

「そういうもんか。だが、何故今なんだ?」

「それは、今生徒会で起こっている事件の真実を知るために、必要な情報だからですよ」

「事件に関することなら、『特命班』経由で報告するべきと思うんだが」

「いえ、事件ではなく会長自身に関することですから、直接伝えにきたんです」

「ふうん……」

 あまり納得がいっていないような表情の片桐の心情を無視するような形で、魔女は伝えたいことを勝手に話し出した。


「そういうわけなので。じゃあまず、副会長から……」

 

 片桐から見て右前の位置から、ゆっくりとした歩調で片桐の目の前を横切りながら語った。

「久保先輩は、元々会長に接近した理由が不純でしたね。ナンパみたいな感じで近づいた。当初は『落とせる』という自信があったのに、全くつれない態度の会長に驚き、その後ムキになって口説きまくってたら、鬱陶しいって突き放されて、その時はマジでへこんだみたい」

「うん……そんなこともあったな」

「でも、生徒会長選挙を経て、生徒会長になった会長に対して、今度は別人のように(かしづ)いて、忠実な部下になった。随分と慕われているみたいですね」

「それは、ありがたいことだ」


「あと、海野先輩。元々は前生徒会の方々との繋がりが深い人。内部生の優位性を堅持したいと考えるグループ、つまり、会長からすれば『敵』。本人も当初はそのつもりだった。でも、次第に会長の方針に本気で従うようになって、結果先輩の命令に背く形になった。今では会長の忠実な部下。……でも、まだ先のグループとの繋がりは完全に切れたわけじゃない。切るつもりもあるんだか無いんだか。会長も先輩も、どっちも裏切れない。辛いところですね」

「そうか……何とかしてやりたいな」


 魔女は、片桐の約3メートル前方で、右へ左へと何度も往復しながら話している。

「あとは、菅野先輩。役員の中で唯一、会長に明確に逆らう人。その態度から、会長をよく思ってないと思われがちだけど、そうじゃない。あの人なりの『対等な人間に対する敬意』みたいなのがあるんですね」

「あたし自身は、嫌われてると思ったことはないがな」

「あれ、そうでしたか? じゃあ続けて、小瀬先輩」

 一瞬拍子抜けしたような顔をしたが、直ぐに余裕の笑みに戻った魔女は続けた。


「そもそも小瀬先輩は、誰に対してもあまり友好的な感じじゃない。でも、その実誰よりも役員のことを気に掛けている。会長だけでなく、役員全て。でも本当は、一番気に掛けているのは、海野先輩。だけど奥手でしかも鈍い人だから、海野先輩に積極的なアプローチはしない。困っているのは知ってるのに、分かりやすく手を差し伸べることもない。まあ、仮にアプローチしたところで、『釣り合わない』とは思いますけど」

「それは、本人には言ってやるなよ」


「わかってますって。次は、松田先輩。この人の場合は、他の人と思考プロセスがちょっと違うんですよね。多くの部分が、非言語化状態で、読み取り難い。でも、1つわかるのは、明確な強い意志を持ってない。強い人の主張をそのままなぞるだけ、自分の考えでどうこうしようという感じじゃない。そんなだから、会長みたいな人がいると、居心地がいいでしょうね。自分が何もしなくても、周りは勝手に流れを作ってくれるから」

「そうか……」


「最後に、鶴巻先輩」


 表情にこそ出さなかったが、ほんの少しだけ片桐の顎に力が入ったのを、魔女は見逃さなかった。

「この人、会長との『関係性』が1番強い人なんですね。考えてることの半分くらいが会長のこと。不思議なのは、鶴巻先輩の会長に対する評価。なんか、変なんですよ」

「……どういうことだ?」

「他の皆んなが会長のことを『強くて賢く気風の良い姉御肌』って思ってるのに、この人だけが違う。『気が弱くて不器用で、誰かが支えてやらなきゃ今にも折れてしまう』って。一体どういうことなんです?」


 一瞬、片桐の口が動き掛けて、またすぐ唇を固く結んでしまった。直立したまま、目の前を往復する魔女を白眼視している。

 そこで、魔女はさらに言葉を続けた。

「でも、もしかしたら。今私が見えてる会長の姿が全てハッタリで、鶴巻先輩の評価が本物の会長なら、なんか面白いですよね。これ、他の人が知ったら、どう思うんだろ?」

 その「正体をバラす」ことを匂わせるような物言いの瞬間、魔女は再び邪悪な笑みを見せた。


 少しの間を置いて、片桐はふっと肩の力を抜き、少し微笑んだように見えた。そして、意外なことを口にした。

「うん……どういうつもりか知らないけど、あたしが強い人間じゃないってことは、少なくともあなたの妹さんは、もう知ってることだよ」


 正体を見破られた魔女は、顔から笑顔が消えた。

「なっ……どうして」

「妹さんとは、『能力』のことも含めて、しっかり話し合ったからね。聞いてない? だとすると、今日ここにきたのは、お姉さんの独断かな。生徒会長として言っておくけど、いくら顔が似てても、『替え玉』で出席はよくないね。告げ口したりはしないけど、一応注意はしておくからね」

 いつもの口調とは異なる、穏やかで丁寧な語り口。

 それは、正体を知られたから「素の片桐静香」として語っているかのように聞こえた。


「ハッ! 今更いい子ぶって。細かいねえ、ちょっと入れ替わっただけじゃん。今日一日、誰にも見破られたりしてないのに」

「それでも、ルールは守るべきだよ。ましてバレた結果、妹さんに迷惑が掛かるなら尚更。襟元から見える自毛に気付かれたらどうするの?」


 ブレザーの襟の下に隠した長い髪のことを指摘されて、魔女は一瞬はっとして襟元を手で覆い、諦めたように笑った。

「あちゃー、詰めが甘かったか。意外と目敏い人なんだね」

 魔女はウィッグを外し、ブレザーの下に隠したストレートのロングヘアを引っ張り出した。

艶やかな髪が、屋上に吹く風に靡く。


「綺麗な髪……」

 片桐は素直に魔女の髪を褒めた。

「それはどうも。妹も同じくらい、いえ、もっと綺麗な髪だった。私は妹の髪を撫でるのが好きだった。その妹の髪を奪ったのは、周りの人からの非道な扱い。私達はただ、人と少し違うことができるだけなのに。それを化け物扱いして……妹はね、一時期本当に大変だった。髪は抜け、肌は荒れ、家族ともほとんど口を聞かない、挙句不良と付き合い出して。今は落ち着いて、肌もほとんど戻ったけど、まだ髪は戻らない。そうしてしまったのは、普通の人間として見てくれなかった連中だ。だから……」

「その境遇には同情するけど、あたしは、化け物扱いした覚えはないよ。少なくとも、生徒会でそんな扱いされたところは見たことないし」

「じゃあなんで、その『能力』をいいように使おうとするの? あの土本ってヤンキーもそうだけど、妹の力を利用したよね。そうやって利用するだけしておいて、都合が悪くなったら切り捨てるんじゃないの? 信用できない」


 土本の名前を出したことで、片桐の心が一瞬揺らいだが、それでも微笑みは崩さない。

「信用……か。今、信用を得るためには『そんなことはしないよ』って言うことしかできないな」

「白々しい。周りの人を虜にして、自分の意のままに操る、そんな『能力者』の言い分を間に受けるとでも? あり得ない。どうせあっちゃんのことも、都合のいい駒としか思ってないんでしょ」

「あたしはそんな都合のいい『能力』は持ってないけどなあ……」

「大勢から好感を寄せられる今の状況を、『能力』無しにできるとでも? それもハッタリだけの人間が。そこまで言うなら、はっきりさせてやる。私の能力で……」


 魔女は、片桐を睨んで心を読むべく集中した。


 が、思いもよらないことが起きた。


 通常、心を読むにしても、深層に至るまでには「抵抗」がある。その「抵抗」を力でこじ開けることが可能かどうか、それが、梅里姉妹の「能力」の決定的な差だった。

 しかし、この片桐には、その「抵抗」がない。

 ただ、心の中の明るく見えやすい表層部の先に、何処までも暗くて先が見えない「深淵」が存在するのは確認できるが、その入口までしか進めていない。魔女には恐ろしくて、その先まで意識を進ませて潜ることができない。


「なっ……何、これ」


 狼狽える魔女に、片桐は優しく声を掛けた。

「あの、言っとくけどね。心を読まれるって、普通あんまり気持ちのいいものじゃないからね? あたしはともかく、誰彼構わず心の内を覗いて回るのはよした方がいいよ」

 土本の時のような、不快感に苛まれている様子はない。

「うるさい! なんで、平気なの? なんで、抵抗がないの? こんなの、見たことない。こんなはずないのに……」

「それは、何か不思議なことなの? あたしには、人の心は見えないから、わからないけど。あたしの能力は、『人より少しばかり力が強い』ってだけだし」

 片桐は、惜しげもなく自らの「能力」を魔女に明かした。


「嘘だ……そんなの……」

「嘘はついてないよ。『心が読める』なら、わかるでしょ?」

 魔女は今まさに心を読んでいる最中である。そして、嘘は見当たらない。

 梅里の扱いについても。

《都合が悪くなったとしても、切り捨てたりしない。絶対に……》

 片桐の『能力』についても。

《少し力を強化できるだけ……》

 いずれも発言と本心との間に矛盾はない。


「そんな……じゃあなんで皆、あなたについて行くの?」

「心が読めるなら、その理由も読めてるんじゃない?」

「人が『能力』も持たずに、万人に好かれるなんて、不自然過ぎる」

「そうかな? 『能力』がなくたって、人に好かれたり嫌われたり、そういうことはあると思うけどね。あなたはただ、『能力』に恵まれ過ぎてしまって、その影響を、良くも悪くも、大きく見積もり過ぎているかもね。ひょっとしたら、無意識のうちに『能力』の無い人を『劣っている』と判断してしまっていない?」


「私は……この能力のお陰で、今まで何度も苦しい局面を乗り越えてきた。能力が無ければ到底無理だったことも、やってのけた。私はそこらの凡人よりも優れてる、そう思うのがいけないこと? 現に、人の心が見えないがために失敗する人なんて、それこそ掃いて捨てるほどいるでしょう。だったら、私はそういう人らより上にいる」

「でも、『能力』なしにその域に辿り着く人もいる。そういうことだよ。実績がある、成果を出せるのは優れてると言えるけど、その実績を出せるかどうか、それが決まるのは『能力』の有無だけじゃない。人の優劣はそこでは測れないんだよ」


「……話がそれた。えっと……心の中、じゃなかった、あなたの『能力』、力が強いってことらしいけど、そんなの別に人を惹きつけるものでもなんでもないじゃない。あなたのできることって、その他にはハッタリだけでしょう。それでなんで人が付いてくるって言うの?」

「今、あたしに沢山の人が付いてきてくれるのは、多分、その人たちがあたしの示す道に共感してくれているってことだと思う。元々皆がそれを望んでいて、そこであたしが『旗手』を買って出た、って感じかな。まあ、旗振り役をやる上で、多少ハッタリを使ってはいるけどね。自分で言うのもなんだけど、『力』はハッタリに使えるよ」

「暴力で人は動かせても、付いてきたりはしない」

「そう。『暴力』ならね。要は力の使い方次第。試してみる?」

 

 暴力を匂わせ、足を動かした片桐に一瞬身構えた魔女だが、片桐は魔女ではなく、屋上の端にある、手すりの下、床面から50センチほどの高さがあるコンクリートの塊の方に近づいた。


「これは、鉄筋コンクリート三階建て校舎の柱の先端。中身は当然、太い鉄筋入りのコンクリがみっちり詰まってる。これを人が蹴ったところで、普通はびくともしない。多少力自慢の人がやっても結果は変わらない。そうでしょ?」

 片桐は、爪先でそのコンクリを2、3回突いて見せながら話した。

「でしょうね……それが?」

「あたしがやると、こうなる」

 片桐は、コンクリ塊に渾身の前蹴りを入れた。


《ゴツッ》


「ひっ」

「いてて……まあ、こんな感じ」

 少々痛そうに右足を数回振って、また直立した。

「流石に多用はできないけど、ハッタリには十分。OK?」


 コンクリ塊には、片桐の前蹴りが命中したところを中心に、見事な亀裂ができていた。


「化け物……」

「ええ……それは、あなたが言われて嫌な言葉じゃなかったっけ? 予想はしてたけど、実際言われるとちょっと傷つくなあ」


 魔女は動揺したものの、平静を装っている。そして依然として口は動く。

「……それを見せつけて、どうしようって? 恐怖で人を操るっていうの?」

「ハッタリだって言ったでしょ。これは『強い女』を演出するにはいい材料になる」


「そううまくいくわけ……」

「あなたなら、心が読めないあたしよりも、皆んなの考えがわかるでしょう? いや、もう見てきたんだっけね。それが答えだと思う。あとは、妹さんに聞いてみてよ」

「そんなハッタリ、簡単にバラせる。バレたら反動が酷いでしょうに」


 ハッタリで隠された実態をバラす、それを匂わせる魔女に対し、片桐は顔に緊張の色を出しつつも、丁寧に答えた。

「かもね……だから、バラす気ならもう少し後にしてもらいたいな。まだ生徒会の現体制が始まってから、半年も経ってないの」

「後でなら、バラしていいの? あなた自身はどうなの? 全てがハッタリだと知られれば」

「バレたなら、ただのデカい女に戻る、それだけのこと」


 虚飾をバラすことをチラつかせれば、保身を考えないことなどあり得ない。そう思った魔女は、意を決して片桐の本心、その深淵に少しだけ踏み込んだ。


《バラさないで……》

 本心に触れることに成功した。やはり、正体が知られるのを嫌がっている。


《恐い。今これを辞めたら、皆んながあたしから離れていく……》

 片桐は、今の自分の人気が、その虚像によるものだと理解している。その虚像が消え、人の心が離れていくのを恐れている。


「ふうん。やっぱ、バラされるのは嫌なんですね。なら、取り引きしましょう」


 魔女は懲りずに、片桐に対しても取り引きを持ち掛けた。

「取り引き……と言うと?」

「妹は、あなたが贔屓にしている北條さんと仲良くしたいらしいんです。だから、2人が『特命班』のメインで活躍できるよう、便宜を図ってください。あの男子……土本君は、邪魔なんで遠ざけてもらえるといいなあ」


 片桐が唇を噛んだ。

《できるわけない。そんな横暴。そもそもは彼の推理を頼って立ち上げた「特命班」だし……》

「それは聞けないよ」

「だったら、北條さんにあなたの正体をバラす。妹の顔を使って」

 あの邪悪な顔で、片桐を揺すりにかかった。


「取り引きには応じないよ。それは無理だ」

《ダメ。北條を巻き込まないで……》


 後輩が弱点だという確信に至った魔女は、追い込みをかけた。

「応じないならバラされるのを受け入れてね。じゃなきゃ、取り引きに応じるか。どうする?」

「答えは変わらない。けど、今バラされるのも困るんだよね」

《どちらも呑めない。なら……》

「そんな我儘が通るとでも?」

《手段はひとつ》

「やめて。どうしてもと言うなら、もう交渉は終わり」

《やるか……》


 片桐は、それまでコンクリを蹴る時ですら、パーカーのポケットに入れたままだった拳を、この時初めてポケットから出した。

 それにはあまり意味を見出せず、ただ、「手段」の一言に気を取られた魔女は、その先を覗くために、さらに片桐の深淵に一歩踏み込んだ。


 ……だが。

 そこで見たのは、片桐がこれから魔女に対してやろうとしていること。

「能力」を行使して、「物理的に」魔女を痛めつける、その「制裁」のための(おぞ)ましい『手段』、それがいくつも候補に挙げられていた。


 避けきれない前蹴り。

 それで脚を、腕を、(はらわた)を打ち抜く。


 あるいは回避の取れないぶちかまし。

 それで床に倒してから地面ごと踏み潰す。


 あるいは頭上から手刀を打ち下ろす。


 中段蹴りで胴を両断。


 腕を掴んで、手首を握り潰す。

 そのまま腕を引きちぎる。


 顎を捉えて歯と骨を砕く。


 それとも……


「きゃあッ! いやぁ……!」

 あまりの恐怖に、魔女は頭を抱えてその場に膝をついた。


 焦ってその深淵から抜け出そうにも、その深淵に絡め取られて抜け出せない。出口の方向もわからない。

 意識だけが、終わりのない地獄の責め苦に見舞われていた。


「何が嫌なの? 散々人を責めておいて、いざ自分が責められる番になると、矛先を向けられただけでもう終わり?」

「やだあ……だって、そんな……死んじゃう……」

 魔女はその場にへたり込み、涙を流しながら後ずさりする。


 魔女が覗いたのは、片桐の意思、それも、「これからすぐにでも実行に移そうとしている」こと。

 これはハッタリなんかじゃない。心を読む能力者に、そんな欺きは通用しない筈。


 この片桐静香という女は、本気で魔女の肉体を壊すつもりでいる。残酷に、無慈悲に。

 それを一番理解している魔女は、片桐の本気に震え上がった。


 片桐は、そんな魔女を真っ直ぐに見つめて、ゆっくりと近づいていった。

「ひぃっ」

 先ほどのコンクリを破壊した蹴りを見せられたせいで、暴力に対する恐怖はより強くなっている。

 それが自分の体に打ち込まれるところを想像し、魔女は心底怯えた。


「全力でやったら、本当に死んじゃうかもね。その後はあたしもただじゃ済まないでしょうね。でもね、『梅里仰日(うめさと あおい)』と口論の末に暴力に至った……と周りが解釈してくれたら、あたしはまだ『強い女』でいられる。あなたが秘密をバラせなくなれば、それでじゅーぶん」

「……その、秘密のために、そこまでするわけ? 狂ってる……」

「あたしは今の仕事に、生き方に、命張ってるの。あなたみたいな能力頼りの甘ちゃんとは覚悟が違う。妹のために能力を惜しげもなく行使する、その姉妹愛、行動力は評価するよ。でも、手段を間違えちゃいけない。道を踏み外すのもナシ。わかった?」


 片桐は、優しく魔女に語りかける。が、その心の中の「深淵」では、いまだにこの魔女への(むご)たらしい制裁の「手段」、その候補をいくつも提示し続けていた。


「は、はい……わかりました、だから……殺さないで……」

「命乞いの前に、やることがあるんじゃない?」

「ごめんなさい……私が、間違ってました……」

 今や完全に屈服した魔女は、頭を床に擦り付けて謝罪の言葉を口にした。


「いい子だね。間違いを認められる素直なところは好きだよ」

 魔女のすぐ近くまで寄ってしゃがんだ片桐は、土下座して震える魔女の頭を優しく撫でた。

《よかった。傷つけないで済んだ……》

「さあ、わかったらもうお帰り。あっ、その前に髪、ちゃんと隠して、ウィッグも被っておいてね」

 数回頭を撫でた後、背中を軽く一回叩いてやると、魔女は体をびくつかせた。


 そうして片桐は立ち上がり、塔屋の方へと向かおうとしたところで、ようやく深淵から解放された魔女は、上半身を起こし、不意に言葉を発した。

「グスッ……ひとつ、聞いても、いいですか……」

「ん? なに?」

 片桐は足を止めて振り返った。

「なんで……心を読める相手に……そんなに落ち着いて、対応……出来るんです?」


「ふふっ、それはね。既に一度『会った』ことがあるから、それだけだよ」

「それだけで……いえ、会ったって、一体……?」

「なんなら見てみる? あたしの過去を」

 過去を見たら、また深淵に触れることになる。魔女は再び、その深い闇、それに捉われた恐怖を思い出して怯える。

「ひっ! いえ……それは結構です」

「そう? 見たら勉強になるのに」

 片桐は残念そうな微笑を浮かべてみせた。

 

「心を読めていれば、先手を取れる……その筈なのに……心理戦の劣勢から、暴力に踏み切るまでが、早過ぎる……」

「先手ねぇ……それはあなたの慢心だね。読めてても、そちらの対処が間に合わなければこちらが先手を取れる。要は、こっちの判断が早ければいい」


 ついさっき勝負のついた戦い、その「感想戦」に片桐は無防備に応じ、その上自分が勝てた理由を、実に正直に話してしまっている。

「そんな、手の内を……簡単に晒して、良いんですか?」

「いいよ。今日はもう勝負は着いたでしょう? 後で復讐に来るなら、また相手したげるよ。当然、腕や脚の一、ニ本は覚悟の上でね。あっ、でも周りに迷惑掛けるのはやめてね」

「本当に、寝首を掻きに……行くかも知れないのに」

「言ったでしょ、覚悟は決まってるし。それに、あなたは……なんて言うか。他人とは思えないから」

「えっ?」


 片桐は、魔女の方へ一歩進んで語り出した。

「あたしには心は見えないけど、なんとなくあなたの過去は察せる。妹さんに聞いた部分もあるけど。『能力』の目覚め、それは良い思い出じゃないんでしょう? あたしもそうだった。周囲の人間関係に苦しんで、悪意に曝され、いじめにも遭った。周りが敵ばかりに見えて、道を塞がれた時、意を決して正面から突破しようとしたその時、この力に目覚めた、それがあたし。あなたは、多分……いや、これはやめとく」

 周囲の抑圧、迫害、身の危険。それにより追い詰められた際の能力の発露。そういった魔女の過去を概ね推察できたが、その内容が「改めて聞かされるのも辛い程の思い出」であるものと察して、片桐は言及を避けた。


「周りの人の、悪意ある人たち。その心を読んで、将来起こり得る被害を避けてきた……そんな感じじゃない? 今まで随分『能力』を多用してきてるでしょう。だから、それに頼りがちになってる。でもね、あなたにはもっと他に優れたところ、出来ることがある。あるでしょう、得意なこと、魅力的なところ。そっちを活かさないと、勿体ないと思うよ」

 

「私は……コレなしでは、生きていけません。他にできること、人より優れていることなんて、ないんです」

 ここまで片桐を手こずらせた者とは思えないその台詞を聞いて、片桐は思わず笑ってしまった。

「ふふっ、『ない』って? 妹の身代わりを買って出て、自分より明らかにガタイのある女に喧嘩を仕掛けた人の台詞とは思えないんだけど。妹思いで、度胸もあって、芝居も上手い。それに、綺麗な髪と容姿。頭の回転も早いようだね。詰めは甘いみたいだけど。むしろ、才能の塊じゃない。そこまで恵まれてる人は中々いないでしょうに。もしかして、あなたのその優劣の基準って……あなたの妹さん?」


「……はい。そうです。私は何もかも、妹には敵わない。唯一、この能力だけは、妹には()()私だけの力。……でも、守れなかった。守りきれなかった。その後悔は、いつまでも、どうやっても消えない。それで妹の負った傷を癒す、体を治すためなら、何でもする。その思いで、今までやってきたんです」

 涙を袖で拭いながら、正直な思いを片桐に伝えた。


「なるほどね……あなたの問題点が見えてきたよ。視野が大分狭まってるね。妹さんのことが、生きる意味、行動原理の全てになってる。でも、あたしの見る限り、あなたの妹さんは、もう立ち直ってる。あなたが常に側にいなくても、1人でやっていけてる。残念ながら、髪がいつ戻るのかはわからないけど、それでも前を向いて自分の人生を歩んでるよ。あなたも、そろそろ自分の人生を歩んでいい頃だと思う」

「そうですか……私の助けがなくても……よかった……」

 

 安堵した表情の魔女に対して、片桐は笑いかけた。

「あなたたち、そっくりだね。見た目だけじゃなくて、性格も。あたしに喧嘩売るところも、我が身をを省みずに誰かに尽くすところまで、本当に何から何までそっくり」

「……よく、そう言われます。でも、それじゃダメなんです。それも、わかってます。わかってた……はずなんですけど。反省します」

 ようやく立ち上がって、魔女は髪を背中にしまい、ウィッグを被って、よろけつつも歩き出した。

「すみません、先に失礼します。メイク直しておかないと。それと……」

 塔屋の向こう側に向かって、大きめの声を出した。

「土本君? こっちは終わったから、出てきなよ」


 その声の先には、非常階段の陰に潜んで、大分前から様子を伺っていた土本がいた。

「うわっ……マジか、姿が見えなくても、『読める』のか」

「会長と話すべきこと、あるでしょう? 今度こそ、バイバイね……あと、さっきの、ゴメンね」

 わざわざ非常階段の方へと向かい、土本の前に来てそれだけ言うと、すれ違う際に一瞬立ち止まって、顔を見上げた。

 何か言いたげだったが、結局何も言わずに頬をひと撫でし、階段を降りていった。


「なんだ? 『さっきのゴメンね』って」

 いつもの口調に戻った片桐が、不思議そうに尋ねた。

「いやあの、それは、まあちょっと、なんやかんやありまして……」

 まさか、虚をつかれて見事にぶん投げられた上に股間を蹴られました、とは言えない。


「ふうん? まあいいか。お前もあいつに騙されそうになったクチか。ところで……どこから聞いてた?」

「えっと、2階にいた時に『ゴツッ』て上から音がしたんで、様子見に階段登ってきてみたら、2人がいて、ハッタリとか、バラすとか、そんな話をしてたとこから聞いてました」


 役員の心を読んだ結果と、片桐の正体については聞いていない、ということになる。

 安心はしたが、その後のやり取りについては、一応口止めした。

「そうか。その話、他言無用だからな」

「は、はい。えっと、でも、なんであいつ、急に叫んで、泣き出したんすか? 『死んじゃう』とか言ったり」

「気にするな。あいつがあたしの心を読んで、勝手にビビって泣いた、それだけのこと」

「はあ……」


「で、『聞き取り』の連絡の方はどうなんだ? 順調か?」

「あっはい、今、北條さんが各役員に話をしに行ってて、副会長2人と小瀬先輩、鶴巻先輩には連絡済みっす。だから、あと2人っすね」

「そうか。まあ北條のことだから、大丈夫だろう」

「そっすね」

「あっ、そうだ。ところで、本物の梅里の方だが……」

「えっ?」

「あいつが今の仕事をこのまま続けるのは無理だ。姉が代わって出てくるくらいだから、相当弱ってるはず」

「えっ、でも、姉の方からはさっき『熱は下がった』って」

「熱は問題じゃない、あいつは仕事をあっちこっちから請け負いすぎだ。菅野にも後で言っておくが、お前達もこれ以上梅里に負担を掛けるな。いいな」

 しかし、「聞き取り」には梅里を頼りにしている部分がある。負担を減らすなら、聞き取りで少しばかり配慮するくらいしかない。


「はい、まあ、そこまで言うなら……でもなんで、あいつに、て言うかあの姉妹にそこまで肩入れするんすか?」

「あいつを、妹の方を拾ったのがあたしだからな。その時点であいつは色々抱えてたし」

「色々?」


「聞いてないか? あいつは元々敵が多い。髪のことや制服の着崩しの件でな。校則違反ではないが、風紀上問題にはなってる。生徒会入りの際にもそこを指摘されたが、本人は変えないし、あたしもそれ以上は言わない。それに最近成績が下がってて、進路指導にも呼び出されてる。そこは本人も気にしてて、勉強はしてるようだが、なにぶんあいつには時間がない。まあ他でも頼まれごとはしてるし、特段理由がない限り、忙しいというだけでは断らないからな」

「なんでそんな、無茶なこと……」

「正直、原因のひとつはあたしだ。あたしの真似をしようとしてる。そこまでやる必要ないって言ったんだがなあ……とにかく、周りが負担を減らしてやらないと、このままじゃあいつが潰れる。頼むぞ」

 それだけ言うと、片桐は塔屋に向かい、階段を降りていった。


 1人屋上に残された土本は、今ここで起こったこと、片桐に言いつけられたこと、それらを頭の中で整理していた。

 しかし、釈然としない部分が多い。


 梅里の抱えている「仕事」、そのうち菅野から言いつけられたものは先日区切りがついたはず。それ以外のものはまだ本人から聞かされていない。一体何をしているのか。

 そして、生徒会に迎え入れた、会長の言う「拾った」からと言って、そこまで梅里を贔屓にする理由がまだ納得できない。

 さらに、会長と魔女が言及した「能力」の詳細と、それを持つ者の所在が分からない。この学校にも居るのか、だとしたらそれは誰か。

 一旦それらをそのまま整理せずに抱えたまま、非常階段を降りていった。


 その時、ふと、あることを思い出して、土本はまだ校内のどこかにいると思われる、北條を探しに向かった。

 北條は、丁度連絡通路を本館から新館に向かう途中であった。おそらく、聞き取りの告知はもう終わったのだろう。


「北條さん」

 追いかけて声を掛けると、北條は笑顔で振り返った。

「はい、なんでしょう?」

 

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