事件その3 備品盗難(6) 断食芸の中止について
先行する北條に駆け寄った土本は、できる限り平静を装った。
「どうだった? 聞き取りの告知は。順調?」
「はい、先ほど菅野先輩と松田先輩にも伝えましたので、これで全て伝えました」
「そうか、流石だな。ところで、ちょっと話したいことがあるから、今から教室で、いいか?」
「はい、もちろんです」
北條はどこか嬉しそうに、土本と並んで、夕日の差しこむ渡り廊下を教室へと向かった。
教室に入って、早速土本は、今日来ていた梅里が実は姉であったこと、その姉が「特技」というか「能力」を行使して犯人を特定したこと、会長から梅里の負担を減らすよう言われたことについて伝えた。
「えっ……そうなんですか」
「ああ、本人が言うんだから、そうなんだろう。あれだけ似てて、それで性格が違うんだから、双子の片割れ以外には考えられない。あと、あおいどころじゃないレベルで『心を読む』ことができるらしい。それで犯人まで特定してきたんだけど、そこで嘘をつく意味はないだろうし、確かな情報だと思っていいだろう。もちろん後であおいにも聞くけど」
「でも、土本君はよく見抜けましたね。私は全く分かりませんでしたけど」
「えっ、うん、まあ……」
梅里姉から「取り引き」を持ちかけられたことについては、その結末が大変にみっともないことであったため、土本は言い淀んだ。
「その辺り、詳しく教えていただけますか?」
北條は特に責めているという感じではない。だが、調査に関して隠し事はなし、という北條との約束がある。
仕方なく土本は、「取り引き」の件を話した。
「そんなことのために、なぜそこまで……」
「それは俺も思ったんだが、本人は、あおいが北條さんと仲良くなる上で俺が邪魔だとしか言わなかった。おそらく『姉』の考えだと、北條さんとあおいの接点が生徒会のみ、で、そこに俺がいると、その接触の機会が削がれる、ってことなんだろう。よほど俺が信用されてないのか」
「えっ、初対面なのにですか?」
「厳密には、話したのは初めてだけど、中学は一緒なんだ。だから、クラスは離れていても、多分どこかで顔を合わせてるだろう。正直俺も顔では区別つかないんで、その辺はよくわからない。なんか過去に、彼女に対してやらかしたのかもしれないけど、その記憶もないし。それか……」
「それか?」
「彼女が、『男』を信用してないか」
「そんな……」
「まあ、男嫌いってことも特に珍しくもないだろ。過去に『知らない男』から被害を受けて、男全体に対して嫌悪感を持ってるとかな」
「そういうことも、あるかもしれませんが……」
「まあ、その辺はわからないし、今掘り下げることでもないな」
「嫌いなはずの『男の人』に、色仕掛けで取り引きを持ちかけるというのは、私には考えにくいですけど」
「そこはまあ、人それぞれなんじゃないか? いずれにしても真意はここで話してもわからないな」
「そうですね……」
調査において隠し事はなし、とは言え、さっき屋上で会長とも会っていたことについて、「他言無用」と言われていたため、北條には伝えなかった。
屋上にて、「魔女」は会長に対し「信用できない」という発言があった。
となると、魔女が信用してないのは、男だけではなく、世の大部分の人間なのではないか。
そして、北條がそれに含まれない、特殊な存在なのではないか。
だとしたら、それは何故。
疑問は尽きないが、今はそれを表に出すのは控えた。
「それと、その梅里さんの『負担』を減らす件、それも検討しなければいけないということですね」
北條が話題を変えてきたので、土本はその梅里姉の件から梅里の負担に、意識を切り替えた。
「だけど、負担を減らすって言っても、海野先輩の動きは見ていてもらうしかないし、『聞き取り』も……あおいが参加すること前提でやってることなんで、負担を減らすとしたら、聞き取り回数を減らしてやるくらいなんだよな」
「ですね。それと、負担を減らせるかどうか、わかりませんが……」
そこで、北條が1つの提案をした。
「来週の学年末試験、成績でプレッシャーがあるのであれば、私たちで対策すれば、いくらか助けになるのでは、と」
「あっそうか、そうだな、確かに」
「じゃあ、私たちで試験対策、やりましょう」
その場所は、土日でも生徒向けに開放されている学校の図書館、その閲覧室ということになった。
だが土本は、その梅里が会長から「潰れる」と言われるほど仕事をしているのを見たことはないし、その仕事の内容も全く不明なままである。
それを北條に聞いてもいいものか、それはわからなかったが、意を決して尋ねてみた。
「ところでさ、あいつの抱えている『仕事』って、なんなんだ?」
「私も、実際のところ詳しく把握しているわけではないんですが、所属している軽音学同好会の雑務と、環境美化委員会の仕事を、色々と細かいところまでやっているようです。これは人から聞いた話ですが、それによって風紀委員や教員からの評価を上げる目的がある、とか」
「評価を? ああ、あの髪と制服の件か」
「はい、服装の乱れは以前から指摘されているので」
「なるほど、そういうことか……でも、そうまでしてあいつはなんで服装とか髪の毛をその、いつもの派手なスタイルを変えないんだ?」
「服装は分かりませんが、髪はウィッグだと聞いています。その下は、あの、これは梅里さんには内緒でお願いしたいんですが」
「ん? ああ」
既に魔女から髪の話を聞いていた土本は、ある程度その内容は予想できたが、ここでは言わないでおいた。
「酷い脱毛症で、まだらに髪が抜けていて、それを隠すためのものだそうです。なので、髪や頭に触れられることを極端に嫌うとか」
「そうなのか……でも、わざわざあんな色のカツラ、じゃない、ウィッグにする必要ないよな」
「なんでも、地肌の色が透けても違和感のないよう、あえて明るい色のメッシュを入れているそうです。実際地肌は目立ちませんし、言われなければウィッグとは気付かないと思います」
確かにそれは理に適っている。
「でもそれを『極端に嫌う』って情報が出てくるということは、ウィッグに触れた人間がいたってことだな?」
「はい……実は、それが梅里さんが、会長に接触したきっかけでして」
意外な話の繋がりが出てきたので、土本はそのきっかけというものに興味を持った。
「えっ、そうなのか」
「はい、クラスでからかいついでにそのウィッグをつまんだ男子がいて、それに激怒した梅里さんが、その人を空き教室まで引っぱって行ったんです」
「ん? 男子を? あいつも大分思い切ったことするなあ」
小柄な梅里が男子を「引っぱる」となると、力任せでは難しい。おそらく、姉と同じように、腕辺りの関節を極めて歩かせたのだろう。
「そして、それを知った会長が、鍵のかかった空き教室の、入り口ドアを蹴り破って止めに入ったとか」
「えっ、だってドアって」
「あのドアはアルミ製で、透過部分は樹脂製でしたね。ノブ付近だけ壊れましたが、扉本体は使用に支障ないのでまだそのまま残ってます」
空き教室のカギが掛からなかったのは、会長が蹴って破壊したから、ということらしい。
「マジか……えっ、ということはドアノブのところだけ正確に蹴り抜いてぶっ壊したってことか。そんな蹴り、絶対に喰らいたくないな」
「それがあって、正直なところ、梅里さんは一時期クラスで浮いた存在になっていました。会長が生徒会に引き込んだのは、孤立させないための救済策という意味もあったと思います。その甲斐あってか、今はクラスメイトとも馴染んでいるそうですし」
過去のやらかしのせいで、クラスで浮いている梅里が、そうとは全く感じさせない気丈な振舞いをしているのはいかにも彼女らしい。
そして、その経緯を知れば、会長に深い恩義を感じているというのは理解できる。
いや、しかし、事態の流れに違和感がある。
「ん? えっと、馴染んでる? それだけ大暴れしておいてか?」
「はい、そうですが?」
「いや、そんなすんなり収まるか? いくら梅里がそもそもの被害者だからと言っても、暴力沙汰だし……そんなに事態の収拾がうまくいくとは思えないんだが」
「それが、うまくいったようです。事態の収拾。特に誰かの仲介があったわけではないようなので、梅里さんの手腕といったところでしょう」
そんなことが、あり得るのか。
いや、どうも考えづらい。普通なら目の前で暴力を振るった者からは距離を置く。暴力を振るった者が女子であってもそれは変わらないはず。
ましてやその当事者が、見た目コギャルの不良っぽい人間なら尚のこと。
だが、ここで北條とそのことを言い合っても仕方がない。それは後で梅里本人から聞くべきこと。
先の魔女の発言にあった「能力」に関する言及を思い出すと、そこに何らかの「能力」の影響があった可能性は考えられる。
土本は、それも含めて、明日以降梅里に聞いてみることを考えていた。
「へえ……そうなんだ。あっ、話は戻るけど、あおいの仕事って、流石に俺たちには肩代わりできないな。ならせめて、不用な仕事について一旦手を引くよう説得くらいはしてみるか」
「そうですね、それくらいはしてみてもいいと思います。あと、今週はそもそも部活動、委員会活動は休止ですから、その間は『試験に集中する』という名目で、一旦仕事の手を止めて頂ければ、負担は減るかと」
来週水曜日からは学年末試験が実施される。この学校では、定期テスト前の週からテスト終了までの間は、部活や委員会は行われないことになっているから、本人が自発的に仕事をしない限り、部や委員会の負担をなくすことができる。
「なるほど。それなら、とりあえず来週中は『仕事』をセーブできるな。その後はまた新たに何か考えなきゃいけないけど」
「そうですね、でも働き過ぎを自覚すれば、ある程度仕事量を調整することも考えていただけるのでは?」
「そうなればいいけど、なんかそうならなそうな気がするんだよな」
「えっ? 何故です?」
「あおいが望んでその『仕事に忙殺される状態』に身を置いてるなら、その根本、自らそうしている原因の方を解決しなきゃ、また元のオーバーワークに戻るかと思って。なんとか本人から原因と言うか理由を聞き出さないと」
「それは、先生からの評価を上げるためなのでは」
「それもあるだろうけど、それだけじゃないように思う。今までのあいつの行動を見る限り、なんて言うか、破滅的というか、自分の状況が悪くなるのを承知でやっている、むしろそれを望んでいる、そういう風に思える」
「まさか……」
先週の報告会とその後の打ち合わせにおいて、梅里は、体調が悪いのを隠して常会に出席し、以前からの約束を果たした。
そこで役員と敵対する仕事に自ら首を突っ込み、更には面倒な先輩と北條の間に立って防壁になった。
手を抜くことはできたはず。
だが彼女はそれをしなかった。むしろ、それを隠して気丈に振る舞い、気落ちした北條を励ましさえした。
「それを会長が察しているなら、俺たちにあおいのことを頼む理由も理解はできる。会長が言っても聞かないから、他の者に頼むということなら合点がいくからな」
「……本当にそうなら、多少無理をしてでも休ませないといけないのでは……」
「けど、これは本人が周りの言うことを聞き入れて、本人が納得した上で休まなきゃ意味がない。結局少し回復してもまた無理をして、元の木阿弥だ」
「そうですね……わかりました。それについて梅里さんから話を聞いて、それから説得するのは、土本君にお任せしてもよろしいですか?」
「ああ。わかった、何とかしてみよう」
意外にも、土本はそれまで人に対して冷笑的態度であったのとは異なり、梅里に対して親身に考え、「何とか助けよう」としている。
北條は、その土本の様子を見て苦笑した。
「なんだか、梅里さんのことになると、会長も、土本君も、随分親身になって手助けするんですね」
「えっ? うん、だって、なんかほっとけないだろ、あいつ。誰かが何とかしてやらないと、何処までも突っ走るやつだし。それにあいつ、間違ったことしてても、悪気を感じないんだ」
「そうですね、まあ、私もそうですが。普段あまり人に世話を焼く印象のない方がそうしていると、なんだか不思議な気がして」
これまで北條に対しても割と「世話を焼いて」きたつもりの土本にとって、それは思いもよらない指摘で、まさかそう言われるとは思ってもみなかった。
いっそ「本当は、君のことを一番気に掛けていて、助けたいと思っている」と告げてみたい気もしたが、それは今は言えない。言ってはいけない。
そんな気がしていた。




