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事件その3 備品盗難(4) 魔女が来たりて

 2月も後半になり、3学期も残りひと月あまりとなった月曜日。


 昼休みに、北條が「聞き取り」について会長に直接話しに行ったところ、了承は得たものの、明日の昼休みまでに全ての役員にこの件について話を通すように言われた。

 それは当然想定内であり、北條は必ず実施すると会長に返答し、早速各役員への告知に向かった。

 まず海野と久保に接触し、それぞれ告知を済ませた。そこで昼休みが間もなく終了の時間となったので、残りの役員には放課後に伝えることになった。


 これを土本に伝えたところ、土本は期限が短いことに懸念を示した。

「明日の昼までか……間に合うか? なんなら松田先輩だけでも俺の方でやろうか」

「いえ、大丈夫です。仮に今日接触できなくとも、明日の始業前には接触するタイミングがありますので、お気になさらず。それより、土本君は放課後以降の動向把握に集中していただければ」

「そうか……わかった。じゃあ、そっちは頼む」

「はい、土本君も、お願いしますね」


 その放課後、北條は残りの役員、すなわち菅野、松田、小瀬に聞き取りの件を伝えにいくと言って、いそいそと教室を出て行った。

 菅野さえ接触できれば、あとの2人はそう多忙でもない。この分だと、今日中には完了できそうだ、と土本には思えた。

 

 土本はゆっくりと帰り支度をして、小瀬の様子を見ていこうと思い立って旧校舎(普通科以外は旧校舎にある)へと移動して、商業科へと向かうと。


「タツミ!」

 後ろから声を掛けられた。

 当然、この学校に土本をタツミと呼ぶ人間は1人しかいない。


「あおい……どうした?」

「今、ちょっといいかな? 話があるんだけど」

 そう話した直後、梅里は土本の手を握って校舎の東端へと向かって歩き出した。

「ん?……ああ」

 土本は梅里に手を引かれるまま、梅里の向かう方へとついて行った。


 普段からボディタッチが多めな梅里ではあるが、流石に手を引かれたことはない。小さくて柔らかく、温かい手の感触に胸が高鳴る。


 旧校舎の東端にある空き教室の中は、一応他の教室と同じように、机と椅子が約40脚ほど並べられている。そのうち、教壇に近い方の中央寄りの席に2人向き合って座った。

「で、なんだ、話って」

「うん……実はさ。『特技』の話だけど」

「えっ、まさか」


 まだ「特技」が使えない、そういう悪い予想をしてしまいそうな流れだったが、梅里の回答は違っていた。

「もう、全部見てきた。結論から言うと、やっぱり◯◯先輩と、⬜︎⬜︎先輩が共犯。で、10月末の備品点検のまさにその時、2人でモノを倉庫に移動させて隠した、ってわけ」

「あっ、そうなのか……いや、そこまでわかるのか、すげえな」

「まあね。今日は冴えてる。動機とか、詳しいことは木曜に話すよ。あとさ……」

「あと?」

「チョコの件、訂正する」

「は? なんだ訂正って」

「あれは『義理』じゃない、ってこと」

「えっ? は? いやそりゃおかしいだろ、だってお前……」


 義理じゃない。ということは「本命」ということ。しかし梅里には彼氏がいたはずで、「本命」なら、それはおかしい。

「カレシとは別れる。ってか別れた。やっぱ学校違うとさ、すれ違いっていうか、そうなるんだわ」

「いや、だってお前そんな急に……」

「やっぱさ、タツミは琴音ちゃんみたいな、大人しい子が好み?」

 

 梅里は、向き合った状態で体を前傾させた。

 手を土本の膝に置き、土本を潤んだ瞳で見上げる。

 普段からシャツの上2つのボタンを留めてない梅里の、その胸元が少しだけ露わになる。


 今日の梅里は妙に艶っぽい。土本は顔を紅潮させて目を逸らした。

「好み、って言うか、その……」

 自分の好みの異性について、土本は言い淀む。正直なことを言うと、どちらかと言えばむしろ梅里のような派手めの方が好みなのだが、それをそのまま言葉にはしづらい。

「ウチは、タツミに合わせるよ。髪も服も、なんならウチの体でしたいことも、望む通りにしたげる。だからウチと……」

 土本の左手を取って、胸に押し当て、さらに距離を詰めてきた。

「えっと……ちょっと待てって」

 土本は、右手で梅里の左肩を押さえた。

「待たない。タツミの返事が貰えるまで」

 梅里は、土本に返答を迫る。


「お前、あおいじゃないな」

 土本は、冷めた声で呟いた。


「えっ?」

「前に聞いたことがある。梅里姉妹は瓜二つで見分けがつかない、けど判別する方法がある。口は悪いが真っ直ぐで素直な性格なのが妹で、対して、耳障りのいいことを言うが、言葉巧みに人を惑わす『魔女』、それが姉だって」


「……チッ、バレたか。これだから地元のヤンキーは……」

 それまで潤んだ瞳をしていた「梅里」は、急に舌打ちして冷たい視線を土本に向けた。

「あおいはどうした? 入れ替わった目的はなんだ?」


 詰問する土本に対し、「梅里」は、さっき胸に押し当てていた土本の左手を雑に振り払い、体を起こして椅子から立ち上がって腕組みした。

 そうして、座ったままの土本を見下ろしながら答えた。

「あっちゃんは寝込んでるよ。金曜から熱出して、今は熱は下がったけどまだ本調子じゃない」

「熱? そうか、それで」

 金曜日の梅里は、どこかうわの空だった。それが熱の影響とすれば合点がいく。

「どうしても今日やらなきゃいけないことがある、って言うから、私が来たわけ。あっちゃんの頼みだから、私は仕事を肩代わりする。あっちゃんのために、私にできることはする」

「それと、今の行動になんの繋がりが」

「キミはあっちゃんと頻繁に会ってるみたいだから。キミの心をこっち側に引き寄せておこうかなって」

「いや、意味がわからん」


 邪悪な微笑を(たた)えながら「梅里」は語り出した。

「あっちゃんはね、琴音ちゃんと仲良くしたいの。そのためには、キミが琴音ちゃんの近くにいると、邪魔なんだよね。バレちゃったから改めて提案なんだけど、私と組まない? 琴音ちゃんはあっちゃんに譲って、キミは私と仲良くする、ってのはどう? その方が仕事も、日常生活も、楽しくなると思うよ。『特技』が必要なら、私がやったげる。なんなら、さっきの話の通り、見た目も態度も、キミの好みに合わせてもいいよ? 『御礼』もしたげるから」

 艶のある唇から発せられる、甘い囁き。腕組みして顔を土本に寄せると、胸の膨らみが更に強調される。


 土本にとって随分と都合のいい、メリットだらけの提案だが、その言葉の裏にある、得体の知れない邪悪さを感じ取った土本は、その提案を受け入れる気にはなれなかった。

「……遠慮しとく。あおいが北條と仲良くしたいなら、それは勝手にすればいい。別に俺はそこを邪魔する気はない。お前と取り引きするまでもないだろ」

「ふうん……取り引きには応じない、か。なら、やり方を変えようかな」


 そこまでにこやかに話していた「梅里」は、土本に対して睨みを利かせた。

「今の言葉、撤回はきかないからね。もし、あっちゃんの邪魔をしたり、余計な負担を掛けるようなマネをしたら、タダじゃ置かない。覚えておきな」

「なんだよそれ。つか、何もかもお前の思う通りにされてたまるかよ。お前こそ、俺らの邪魔すんなよ」

「思う通りにやるさ。私は『魔女』だからね、そっちこそ邪魔するなら……」

 そこで不意に「梅里」は口を噤んだ。


 瞬間、土本に悪寒が走った。


「うっ……なんだ、これ」


 見えない手に内臓を(まさぐ)られるような、嫌な感覚。

「へえ……そうか、キミも『会長』に惹かれた者の1人か。その人のために働いてるってわけだね。元々『趣味』だったことを活かして、か……そっちを慕っておきながら、琴音ちゃんにも気があるとか、欲張り過ぎだね。キミの境遇には同情しないでもないけどさ、どっちも『不釣り合い』だよ、はっきり言って」

「なっ、お前、どうして……」

 まるで土本に関する全てを見通したような言い草に、流石の土本もたじろいだ。


「一体何なの『会長』って? あっちこっちで人を(とりこ)にして駒として使ってる。おっかない人だねえ……そういう危険な芽は、早いうちに摘み取っておかなきゃね」

 土本の「趣味」の話や、会長に対する思いは、この「梅里」が知るはずのない内容である。

「一体、何を……」

()()()()()のさ。それが私の能力。あっちゃんにはこれを『貸し出し』てるだけってわけさね」


 つまり姉妹揃って同じ「能力」、梅里が「特技」と言っていたそれを行使できると言うことか。

 しかし、こちらが使うその「能力」は、もはや梅里とは別物、読み取れる内容と情報量に差があり過ぎる。「魔女」と呼ばれるだけのことはある。

 

「貸し出し? じゃあ……いや、それはもういい。芽を摘み取るってどういうことだ」

「この能力のせいで、今まで私たちは疎まれ、恐れられ、また時には頼られ、利用されてきた。だから私は人を信じない。私たちに近づく者は漏れなく警戒してる。それが私みたいに『能力』を持つ者なら尚更。人は私を『オニ』だの『魔女』だの言うけどね、そういう存在は私だけじゃないってことさ。その『会長』も、周りに与える影響を見るに、どうやら『能力』持ちっぽいから、その『能力』と心の内を直接確かめてやる。無害ならそれでよし、そうでないなら……」

 その様子は、まさに魔女が個人的な恨みから哀れな姫君に危害を加えるような、そんな姿を連想させた。


「おい待て、何をする気だ? あおいは会長のためにここまで頑張ってきたんだぞ。それを台無しにする気か?」

「だからこそ、さ。あっちゃんの為にならない存在なら排除する、ただそれだけのこと。止めても無駄だよ、只人(ただびと)が私に敵うわけないからね」

 教室から出ていこうとする「梅里」を、土本は追いかけて捕まえようとした。


「待てよ……」

 肩に手を伸ばした瞬間、その手を取られて捻られた。

「うおっ?」

「せいっ」

 肘を極められたまま投げられたので、土本はなす術なく床に転がされた。さらに追い打ちで股間に蹴りを入れられて、土本は激痛に見舞われた。

「ぐあっ! うぅ……」

 悶絶する土本を見下ろし、「梅里」は不敵な笑みを浮かべた。


「バイバイ、クールガイ君……取り引きに応じてくれたら、ちょっと嬉しかったのにな」

 床に倒れたまま動けない土本を置いて、足早に教室を出て行った。


 数分間痛みで立ち上がれなかった土本が、ようやく膝をついた時には、もう「梅里」の姿は見えなかった。

「クソっ……姉は『清楚キャラ』じゃなかったのかよ! エグい戦法使いやがって!」

 怒りが収まらない土本は、握りこんだ左手の側面で黒板を殴った。

「しかも何だあれ、あおいと見た目はそっくりでも、中身が大違いじゃねえか。あと『特技』、いや『能力』と言ったか、やべえなあれは……」


 会長に危害を加えるおそれを考慮すると、「梅里」の後を追うか、会長に緊急事態を伝えるべきなのかもしれない。だが、小瀬が既に動いている可能性もある。

 迷ったが、小瀬の動向確認を優先させた。


「今の仕事をやっておかないと……会長には、自力で対処してもらうことを期待するしかないな」

 その場で2回ジャンプした後、土本は再び商業科を目指して歩き出した。


 商業科2年の教室は、旧校舎の北側、つまり新校舎から最も離れた位置にある。

 その2年2組の教室には、現在1人だけ、教室の1番後ろの窓側の席に座っている者がいる。


 その生徒が自主勉強に励んでいると、ドアをノックして1人の生徒が入ってきた。

「はい?」

「失礼します」

 返事をしたところ、聞き覚えのある声が聞こえた。

「小瀬先輩、お勉強中のところすみません。急ぎの連絡があって参りました」

 北條は、そう言って丁寧に頭を下げた。


「急ぎの連絡?」

「はい。今週の『報告会』についてです」

「ふうん……どういうこと?」

 小瀬は警戒しつつ尋ねた。

「実は、調査を進める上で、行き詰まっています。新たな証拠は見つかる見込みもなく、時間が経ってしまっているので、既に失われた証拠もあるかと思います。そこで、更に証拠が消えてしまう前に、今のうちに得られる証拠を確保したいと考えています」


「えっと、そうは言っても、俺は証拠として出せるようなものは何も持ってないぞ」

「証拠は物ではなく、当時の状況、その記憶です。特命班の方で『聞き取り』を実施したいと思います」

「はあ……聞き取りか。でももう記憶も大分薄れてきたけどな」

「今から時間が経つと、更に失われることと思われます。その前の予防とお考えください。金曜日まで日にちがあるので、当時の状況を思い出せることは思い出しておいていただきたいと思います。そのためのご連絡です」

 

「そうか。まあ、わかった。なんか、大変そうだけど、頑張ってね」

「お心遣いありがとうございます。仮に犯人特定には至らなくても、何らかの結果を残せるよう頑張ります、では、失礼しました」

 手短に用件を済ませると、北條は直ぐに退室した。


 北條が退室するのを見届けて、小瀬はまたノートに視線を移動し、勉強を再開した。


 北條が商業科から英語科に向かうところで、ちょうど今から商業科に向かおうとする土本に出くわした。

「あっ、土本君、今から商業科に行くんですか?」

「ああ、うん。小瀬先輩がまだ昇降口に来てないから、こっちの様子を見に」

「小瀬先輩は、まだ教室にいましたよ。今、丁度聞き取りの件を伝えに行ったところです」

「そっか、ありがと。ところで……」


 梅里の行方を聞こうと思ったが、それを口に出す前に、一瞬躊躇して、当たり障りのない聞き方を模索した。

「あおいを見なかったか? まだ『特技』についてどうなったか聞けてないんだよな」

「それなら、昼休み中に会いましたよ。『特技』についてはもう回復して、以前よりむしろ冴えているそうです」

 ということは、「梅里」は自分から北條に狙いを定めて、昼のうちに接触を図ったのだろう。そして既に「心を読んで」いるはず。

 先ほどのやり取りからして、彼女はおそらく生徒会の主要な人物を把握する為に、既に校内の広範囲を探っている。

 そして、おそらく会長のことも探っていて、土本が会う前から既に警戒すべき者と判断していた。そして今は、会長の情報を粗方集めた上で、直接本人に接触を図っている。


「そうか……じゃあいい報告がありそうだな」

「そうですね、木曜日の報告を期待しましょう」


 そこで北條が他の役員のところへ向かうのを見届け、土本は一旦小瀬のいる教室の横を横目で見て、小瀬が勉強に集中しているのを確認しつつ素通りしていった。

 その先は非常階段がある。土本は非常階段に出て、念の為、屋上を覗きに行った。


 片桐は、その日の日課時限終了後に旧校舎の屋上に上がっていた。

 一応理由としては、「聞き取り」の連絡を受けた「犯人」の動きを監視することなのだが、実のところ、他人の目を避けたい、それが本音だった。


 来週に学年末試験が控えていることもあり、部活は休みになっている。多くの生徒はさっさと帰っているが、何かと忙しい生徒会役員の面々は、まだ誰も校舎を出た様子はない。

 人の流れが一段落したところで、片桐は人の流れを見るのを辞めた。手すりに寄りかかって空を見上げ、溜息をひとつ吐く。


 誰かが階段を登ってくる気配に気付き、片桐は塔屋に目を向けた。

 登ってきたのは、顔馴染みの者だった。

「こんなところにいたんですね、会長」

「ああ。珍しいな、お前がここに上がってくるなんて」


 屋上に上がってきた「梅里」は、「屈託のない」笑顔で会長に近づいていった。

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