事件その3 備品盗難(3) 打ち合わせと両手に花
教室に戻り、照明を点けると、土本はそのまま席には座らず、教室内の壁伝いに一周歩きながら、色々と考えごとをしていた。
程なくして到着した北條と梅里は、最前列の中心からやや窓寄りの席に並んで座った。
「あれ、次はそういう位置取りになるのか?」
「そうだよ。だって今回の打ち合わせはタツミの発議でしょ」
土本の疑問に、梅里はあっけらかんと答えた。
確かに梅里の言うことには一理ある。ということは、今日の進行役は土本、ということになる。
確かに、ここからの調査、来週の聞き取りに至るまでのタイムスケジュール、そこでこのメンバーが動く戦略を考えるのは、主に土本である。ここに限っては、自分が進行するべきだと思い、その立場を受け入れることにし、一旦教卓の前に立った。
目の前には、梅里と北條が座っている。たった2人、それも内1名はいつもここで一緒に調査をしている北條。のはずなのだが、今日は今までにない圧を感じる。それは梅里1人のものではない。
この2人が揃うと、圧を増幅させるような、何か特殊な作用があるらしい。
間が持たないので、廊下に出て外を確認したところ、ちょうど鶴巻が生徒会室からこちらに近づいてくるところだったので、土本はそちらに向かって軽く会釈し、鶴巻の到着を待つことにした。
「よう、『打ち合わせ』はそっちでいいのか?」
「はい、こっちでお願いします」
ヤンキーの先輩を進学クラスの教室に招き入れるのには若干躊躇したが、今回だけの特例だと割り切ることにした。
「よっ、邪魔するぜ」
そう声をかけると、鶴巻は先着した2人に声を掛けて、2人の内出入口に近い方にいた梅里の隣の席に座った。
北條はほぼ無反応だが、梅里は鶴巻に作り笑顔を向ける。
それで出席者が揃ったので、早速「打ち合わせ」を開始することにした。
「さて、それでは今回の調査、『備品盗難』の調査のため、来週金曜日に、生徒会役員から『聞き取り』を行うわけですが、そこでこの事件の犯人を明らかにしたいので、『聞き取り』を効果的に行う、そのための打ち合わせを行うことにしました」
「おおー」
茶々を入れたのは鶴巻と梅里である。
それに対して土本は軽く一礼し、説明を続けた。
「ただ、ここにはその聞き取りの対象者、鶴巻先輩にも来ていただいてます。この理由については後ほどお伝えすることとして、基本的な戦略と、各人への『仕事』の依頼、これについて順を追って説明します」
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この約1時間前、常会前に土本と梅里の間で、以下の通りのやり取りがあった。
「実はさ……いま、使えないんだわ。アレが」
「ん? なんのことだ?」
「だから、『特技』が使えないんだって」
「は? なんで」
「なんでか、理由はウチにもわかんないけど、時々こういうこと、あるんだよ。まあ大抵2日、3日くらいで戻るんだけどさ、今回も多分そのくらいで戻るはず」
「えっ……マジか……お前のソレ、めちゃめちゃ当てにしてたんだけど」
「だろうね……悪いんだけどさ、今マジでウチのできることは人並のことだけなんだわ」
「そうなのか……」
「だからさ、『聞き取り』やるんなら、告知は来週月曜以降にしてくんない? 来週なら、なんとかなるはず」
「告知を来週にずらして解決するか?」
「とにかく、『特技』の回復まで時間を稼ぐ。聞き取りをやるって言わなければ、『対策』も取られないでしょ?」
「ああ……そっか。そういうことなら、そうするけど。んで、当てにしといてなんなんだけど、本当に来週に回復する見込みはあるのか?」
「大丈夫、なんとかする。今回のことは、ひとつ貸しだと思っといてよ。なんなら、聞き取りの時にウチが多めにやるとか、面倒臭そうな人をウチの方に回すとかでもいいから、頼むよ」
……つまりは、土本が頼りにしていた梅里の特技、それを使って◯◯の本心を見抜き、共犯者を特定して、さらにその「対策」を妨害したり、その証拠を掴んで「聞き取り」で追及して白状させる材料にする、そういう手段を考えていたのだが、それが使えなくなる可能性が出てきた、ということだ。
本人は「今までにも時々あったが数日で治る、とりあえず『聞き取り』の告知を来週まで延ばしてほしい」とは言っていたが、本当に来週回復しているとは限らない。
万一の場合に備えて、「特技」なしでも調査を進めることを考えなければならない。
この緊急事態に当たり、土本は急遽「特技」無しで聞き取りに有利になる情報を少しでも得る方法と、「特技」無しで聞き取りをするのに最適な、聞き手と語り手の組み合わせを考えながら話をしていた。
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土本の説明は拙いものであったが、前の3人はしっかり耳を傾けて、内容を理解できていそうである。
「要は、来週月曜日に『聞き取り』について告知するので、それから聞き取り当日までの間、当時説明会に出ていた役員のうち、会長以外の3人の動きを監視しておいてもらって、怪しい動き、重要な情報があれば特命班に報告、また、証拠が確保できればしておいてほしい、というわけです」
「はーい、質問がありまーす」
鶴巻がふざけた調子で手を挙げた。
「はい、じゃあ鶴巻センパイ、どうぞ」
「えっと、今までの話からすると、3学期最初にあった常会に出席した役員のうち、海野を監視するのが梅里、久保と松田を監視するのが俺、ってことになるのか? なんか仕事の量に差があるんじゃねえか?」
「それについては、松田先輩を重点的に監視してもらえればいいと思います。それも無理のない範囲で。正直松田先輩はあんまり人と会話してないっぽいし、下級生が追い回してるとバレそうなんで、そこは普段から接触できてる鶴巻センパイに上手いことやってほしいんす。久保先輩は目立つし大抵取り巻きがいるんで、俺らが追っかけても怪しまれなさそうだから、そういう割り振りにしてるっす」
「ほーん……あと、なんでその常会に出てた会長は監視対象じゃないんだ?」
「それは、そもそもこの調査、会長からの下命なんで。言い出しっぺを犯人扱いすると、もうその下命の意味がわからなくなるんで、それは今んとこ『ない』ということにしてるっす」
「なるほどね。りょーかい」
もう少しねちっこく文句を言ってくるかと思ったが、案外すんなり引き下がったので、土本は安心して説明に戻った。
「さて、それではもう少し具体的な話を。さっきの報告会での話の通り、犯人は複数、多分2人でしょう。そのうち1人が役員で書類改竄の実行犯なのは確実なので、その共犯者を特定する必要があります。おそらく『証拠隠滅』や『口裏合わせ』のために、共犯者と接触して話し合うと予想してます。で、皆さんにはその人物を特定して貰いたいんす。会話内容がわかればなおよし、役員以外であればどこの誰か、くらいはわかるとありがたいっすね」
「はーい、質問がありまーす」
今度は梅里がふざけた調子で手を挙げたので、土本は呆れつつ梅里を指した。
「ええ……じゃあ梅里さん、どうぞ」
「さっき『証拠を確保』って言ってたけど、それは物的証拠があったら、持ってくるってこと? あと、誰かがこう言ったとか、そういう『証言』の証拠の場合はどうする?」
一見ふざけた調子という印象だが、質問自体は真っ当なものである。
「はい、お答えします。基本、物的証拠は、人目につくところ、誰かに持っていかれそうな場所にあるもので、『盗まれた』といちゃもんをつけられるおそれのなさそうなものは、持ち帰ってほしいです。それ以外の、持ち去られる可能性が低いもの、持っていったら何か言われそうなものについては、その場所や持ち主とか、情報をできるだけ詳細に、来週木曜日の放課後、生徒会室で我々に伝えてください。あと、証言については、内容と発言者の情報を、やはりこちらに伝えてもらえれば、と思います」
「わっかりましたー」
おそらく梅里は、鶴巻に調子を合わせて、鶴巻と北條の間の「防壁」になると同時に、鶴巻の機嫌を取って、さらに質問すべきことを自ら質問して、この場をうまく乗り切ろうとしている。それは土本には大分ありがたいものだった。
「ちょっといいか? その物的証拠を持ってくるっていう話だけど、判断が難しい時はどうする?」
鶴巻が重ねて質問してきた。
「判断が難しい時は、そのまま手をつけずに置いといてください。後でその物の存在を教えてもらえればいいです。あくまで第一は『聞き取りを有利に進める』ことなんで、無理に持ってくる必要はないです」
「あいよー」
「……で、あとは質問ないっすかね?」
一旦質問は落ち着いたように見えたことから、土本は締めに入ることにした。
「なければ、打ち合わせは以上にします。結果報告は、木曜の4時から生徒会室で、ということでお願いします。お疲れさまでした」
「おつかれー」
「お疲れさまでした」
打ち合わせがお開きになり、鶴巻が教室を出ようとしたところで、土本に向かって手招きをしたので、土本は鶴巻に続いて教室を出た。
そこで鶴巻は、小声で土本に話しかけた。
「なんか、お前、随分と楽しそうにやってんな」
「いやまあ、いつもは北條さんと2人で、梅里はこの件で臨時に手伝いを頼んだだけなわけで……楽しそうに見えたのは、今日は梅里が盛り上げてたからっすよ」
「いや、そうじゃなくてよ」
土本はこの時点で、まだ鶴巻の質問の意図を掴めていなかった。
「優等生系美人の北條ちゃんに加えて、臨時とはいえ、マジカワコギャルの梅里まで一緒に仕事やってくれるなんてな、恵まれ過ぎだろ、羨ましい」
この仕事をやるにあたって、他人からの「羨ましい」という感想は初めて聞いたので、土本は反応に困った。
「えっ、羨ましいっすか?」
「そりゃそうだろ、あの2人は校内女子の人気ランキングで上位10%には余裕で入ってくるくらいの人気があるぞ。それが短時間とは言え至近距離にいて、そんでそのありがたみを自覚してないとか、お前、贅沢すぎだろ」
「いや、そう言われましても……」
「全く、お前みてえなぽっと出の1年にそういう役得が回ってきてるのに、なんで俺はあの愛想悪い役員連中と絡むだけなんだよ……お前ちょっと一回立場交換しろや」
「いや無理ですって。会長に怒られますから」
「あーもう、どいつもこいつも会長会長って。あいつはそんな大層なもんじゃねえだろ」
土本が会長の名を出した途端に、鶴巻は苛立ちを露わにした。
「いやあの、人気で言ったら、そのランキング1位って、多分会長っすよね。その会長と仲良い鶴巻センパイも多分、端から見たら『羨ましい』って感じになりますよ」
「あのな、それは『人気』の方向性がちげえだろ。それに俺としーちゃんはそういうんじゃねーの。小学校入る前から、10年以上続く腐れ縁なの」
「しーちゃんって……あっ、そうか。そうなんすね」
会長の名前が「片桐静香」だから、「しーちゃん」ということなのだろう。そして、そういう呼び方をするということは、本当に幼馴染ということか。
「人気はともかく、会長と親しいってだけで恵まれてると思うんすけど」
「あれはそんな立派な人間じゃねえよ。ずっと無理してんだよ。お前らみたいなのが、あいつを見た目で『強い女』って決めつけて変に期待かけるから、本人も言い出せなくなって……」
「えっ」
「あっ」
会長について全く想定外のことを聞いてしまい、土本は思わず声を出してしまった。
「無理してる、って……」
「いや、これは、まあなんだ、口が滑った、今のは忘れろ、な。じゃあ、来週は松田の動き、しっかり見とくから。じゃな」
明らかにまずいことを言ってしまったというのを取り繕うように早口でそう言うと、鶴巻は足早にその場を去っていった。
無理してる?
周りが「強い女」と決めつけて?
本人も言い出せなくて……?
土本がこの重大な情報をどう取り扱うべきか、悩みながら教室に入ると、今度は北條が既に教壇の上に立って土本を待ち構えていた。
「鶴巻先輩は帰りましたね? それでは、こちらはもう1つの『打ち合わせ』がありますので、土本君もあちらへどうぞ」
先ほどの問題を解決できない状態で、促されるままにいつもの席に座ると、今度は北條が仕切る打ち合わせ(2回目)が始まった。
「さて、それでは今後、梅里さんの『特技』を活かしつつ、聞き取りに必要な情報を効果的に収集するための、今後の調査の進め方について打ち合わせをしたいと思います」
やはり教壇に立つのは、自分よりも北條の方がハマっている。土本はいつもの位置からその様子を見てしみじみそう思った。
「さて、まずはその『特技』が原因不明の不調により、今日の時点では使えない、ということなので、急遽今日の報告会で『聞き取り』の件を告知するのを取りやめました。告知については、月曜日の昼休み以降、まず会長に直接それを伝え、以後各役員に直接伝えて回る、という形にしようと思います。そして……」
相変わらず、北條の説明は耳に心地よい。聞き取りやすい。
言い間違いや、途中詰まったりということがない。本当に全く淀みなく、何度も原稿を読んで練習してきたかのように話している。
その説明を聞きながら、土本は北條の説明内容とは別のことを考えていた。
今思えば、金曜日に聞き取りの話をしてしまうと、犯人は早ければその日の夕方から対策を開始できることになり、そうなれば特命班の調査が及ばない「土日」に対策を終えられてしまう恐れがある。
そこで、今回のように「月曜日に、『急遽今週金曜日に、役員全員から聞き取りを行うことになった』と告知」すれば、その「土日」を挟まず、さらに「事前告知なしに役員から聞き取りを行う、という無礼な行為」をせずに済む。
結果的には、梅里の提案は調査を良い方向に向かわせたと言える。
そして、これに気づかなかった土本は、焦ってことをし損じるところであったことも事実で、以前会長から焦らないよう助け舟を出された教訓を活かせていないことになる。
今更ながらそれに気付き、土本は改めて反省した。
「……ですが、問題は、仮に『特技』により新たな事実が判明したところで、それをそのまま調査結果として報告することはできない、ということです。そのために、周辺情報、証拠を断片的にでも集める必要がある、ということになります」
土本が別のことを考えている間にも、北條の説明は順調に進んでいく。
「そこで、今回収集した情報を一旦『定例会』にて取りまとめ、『聞き取り』の際の質問、その進め方について概ねの『筋道』を作っておくことにします。一応、体面上鶴巻先輩も『聞き取り』の対象となりますので、来週の定例会においては、本日と同様、『1回目』に情報の取りまとめ、『2回目』には1回目で収集した情報と、特技から得た情報を元に聞き取り方針を策定、という形を取りたいと思います。ここまでで質問や異論はありますか?」
そこで梅里が手を挙げた。
「ということは、ウチの特技からの情報については、その『2回目』の時までは完全に伏せておく、ってことだね?」
「はい、そうなりますね」
「わかった。なんとかするよ」
「ですが、あまり気負わなくても大丈夫ですよ。あくまで『聞き取り』が重要であって、梅里さんの能力から得た情報は、それ以外の証拠や役員の動向把握から得られた情報に付加できればより有力な情報となる、そういう位置付けで考えています」
しかし、その前に土本が「特技を当てにしている」と告げてしまった以上、梅里に配慮していることは明白である。
「うん……わかった」
梅里は口ではそう言ったが、その顔は、どこか思い詰めているという風に北條は感じていた。
「じゃあ、俺から質問いいか? まず、月曜日に告知の件だけど、それで役員全員すんなり了承してくれるんだろうか? 何か尤もらしい理由が必要なんじゃないかな」
本来、この質問に対する回答は土本の方が得意な筈だが、土本はあえて北條の考えを聞いてみる意味で質問してみた。
「はい、その可能性はあると思います。今のところ、『調査に行き詰まっているので、次回調査報告までに成果が出せない見通しであり、調査の進展のために、急遽、役員全員からの聞き取りを行うことにした』という理由を付けて聞き取り実施の報告をすることを考えています」
「それは、話の通じる人ならそれでいいと思うけど、全員がそうとも言えない気がするな。それこそ、さっきの小瀬先輩みたいに突っかかってこられる可能性もあるぞ?」
「そうですね、確かにその通りです。その場合は『会長からの指示で調査を行っており、その調査を進める上で必要であるから実施するものなので、ご協力をお願いしたい』と説明し、理解が得られなくとも、多少強引にでも聞き取りには応じていただこうと考えています」
「そうか、わかった。まあ、今のところ、この告知に難色を示す可能性があるのは小瀬先輩と松田先輩くらいだから、あまり重く考えることでもないけどな」
土本は期待した以上の回答を得られて満足げに引き下がった。
仮に今後自分が特命班から抜けても、北條は調査をうまく進めることができる、そういう手応えを感じていた。
「あっ、ちょっと待って」
梅里が思い出したように声を上げた。
「確か、小瀬先輩は『容疑者』からは外れてるんだよね? なんであの時、琴音ちゃんの報告に対してあんなにムキになったんだろ?」
「それは……私も疑問に思っていました。自身が疑われて頭に血が昇った、ということなら話はわかるんですが、あの語り口だと、『自分以外の役員に疑いの目が向けられたこと』に対して反応したように思えますが」
疑問に思った梅里も、聞き手の北條も、その小瀬の行動の理由を想像できずにいた。
「庇ってるんだろ」
土本が唐突に呟いた。
「えっ? 誰を?」
北條と梅里が同時に返事をした。
「今まで自分を庇ってくれた、役員の皆。もしかしたら、その中の特定の誰かを想定してるかもしれない。それが今回、突然疑いの目を向けられだしたから、焦ったんだろうな」
「そんな……なぜそんな」
全く理解できない、といった表情で北條は呟いた。
「庇うという意図が理解できないか? まあそうだろうな。俺はわかるけど。そう考えると、小瀬先輩は、今まであんまりそういう印象なかったけど、意外とはみ出し者に近くて、加えて筋の通った人なのかもな」
土本は不敵な笑みを浮かべながらそう語った。その様子は、どこか楽しげに、あるいは満足げとも見えた。
「疑われている人を庇うのが、筋の通った人、になるんですか?」
納得のいかない北條は、責めるような口調で土本に質問した。
「今回の場合、疑われた人のうち誰かは本物の『犯人』だ。俺ら調査する側からしたら、犯人を庇う者は、調査の妨害をし、真犯人に助力する不逞の輩と考えてしまう。でもな、小瀬先輩の視点ではそうじゃない。今まで疑われた自分を庇ってくれていたのは、他でもない、周りの役員達だ。それが今度は逆に庇ってくれていた人らが疑われることになった。だったら、筋を通すなら、取るべき行動は決まってる。庇うだろう、例えそれが会長の意に反してるとしても、また、そこに真犯人がいたとしても」
「えっ……」
「これは気をつけないといけないな、小瀬先輩は、ヘタすりゃ犯人にもう気づいてて、来週俺らが気付かないうちに犯人に加担する可能性すらあり得るぞ」
「そんな……」
北條はショックを隠しきれない様子で俯いた。
「確かに、まずいねこれ。タツミ、小瀬先輩の動きをチェックするとしたら、できるのはあんたしかいないよ?」
梅里はショックを受けていないらしく、普通に土本に話しかけた。
「そうだな。商業科か……うちのクラスから遠いんで、日中まではチェックしきれないけど、他の役員との接触については、来週できる限り見ておく」
梅里と土本の会話についていけないまま、北條は独り言を呟いた。
「ええ……ちょっと、待ってください……それじゃ、私たち、この調査のために、役員の方々と敵対関係になった、ってことですか……?」
「まあ、そういう……ことになるな。仕方ない、元々『役員』というか、生徒会内部の犯行の可能性は皆薄々感じてただろうし、小瀬先輩の件もそうだけど、疑っておいて、信頼関係も何もないからな。それが今日、さっきの報告会で決定的になったわけだ。ここまで踏み込んだ以上は、犯人を特定して、その後の役員との関係は会長に取り持ってもらうしかないだろうな」
「でも、その決定打って、先ほどの私の発言ということになりますよね……? 私は、なんということを……」
今まで「可能性」に過ぎなかったこと、即ち「生徒会内部に犯人がいる」というのを確定させ、さらにそれを「役員」という非常に狭い範囲にまで絞ってしまったのは、他でもない、北條による先ほどの常会での報告である。
自分のしたことの重大さに今さら気付いた北條は、頭を抱えこんでしまった。
「琴音ちゃん、ここは腹を括ろう。どの道『聞き取り』をやる以上、ウチらが聞き取られる側の役員とバチバチになるのは避けては通れなかったんだよ。解決するには、1日も早く犯人を特定するしかないんだ。そうしたら、その敵対関係も解消できるから。ね?」
梅里が土本に目配せして同意を求めたので、土本は咄嗟に言葉を続けた。
「あ、ああ、そうだな。『特命班』の仕事は、犯人探し。犯人を探して、事件を解決、それが俺らの進む道だ。自分でも言ってたじゃないか、事件を解決すれば、周りの意識も変わるって。なら解決しようぜ、この事件」
長い長い、十数秒の沈黙の後、ようやく北條は口を開いた。
「……そうですよね。やりましょう。やるしかないなら、迷いは捨てます。進むべき道を進みましょう」
まるで困難に立ち向かう勇者のような台詞を吐いて、北條は顔を上げた。
そうだそうだと、土本と梅里の2人で盛り上げて、ようやく北條の表情が明るくなったところでその日はお開きになった。
そして、3人が昇降口を出た時。
「あっ、そうだ、これ」
梅里が思い出したようにリュックから華やかな模様のついたビニールの袋を取り出して、土本に手渡した。
「ん? なんだこれ」
「チョッコレート! 当たり前だけど、義理だかんね!」
今日がバレンタインデーだったことをほぼ忘れかけていた土本は、その包みを丁寧に受け取った。
「おお……それはそれは。ありがたく、頂戴します」
そしてそう言うと、深々と頭を下げた。
「ハハッ、何それ。大げさな」
「いや、だって、今年初のチョコだし。ゼロとイチじゃ大違いだろ」
「ふーん、なるほどね。まあ感謝したまえ、来週には更に感謝することになるだろうけど」
梅里はその場で反り返って胸を張った。
「そうだな……来月、ちゃんとお返しするからな」
「そう? なら期待しとく。じゃ、おつかれー」
常会前のうわの空な感じとは打って変わって、いつもの勢いを取り戻した梅里は軽い足取りで駐輪場へ行き、原付に跨って颯爽と走り去った。
それまで少し離れたところで様子を見ていた北條は、やっと土本に声を掛けた。
「私たちも、帰りましょう」
「うん、ああ、そうだな」
校門を出るまで、会話が全くなかったが、先にその沈黙に耐えかねた北條の方が土本に話しかけた。
「あの……やっぱり、役員の方々は、私たちのこと、敵視しているんでしょうか」
「うん、まあ、全員かはわからないが、少なくとも小瀬先輩はそうだろう。あと、おそらく菅野先輩も、これを知ったら……」
「そうですね。根拠は提示したとはいえ、役員の中には無実の人もいるわけですから、そこに疑いを向けた以上は……」
「でもまあ、菅野先輩は話せばわかってくれそうじゃないか? まず話をしに行くのが怖いけどな」
「いえ、私はそこは特には。なんなら、菅野先輩への告知と聞き取り、私に担当させてもらえませんか?」
「えっ? いいのか? なら頼むよ。俺は久保先輩か、小瀬先輩を担当するからさ。他は来週に割り振りするけど」
「はい、お願いします。それと、小瀬先輩の動向把握ですが……」
「ん? 何か問題あったか?」
「いえ、ただ、犯人を庇う、となると、あまり接近すると危険なのではと」
「大丈夫、というか、危険だからこそ俺が行く。松田先輩は動きを把握するのは難しいし、鶴巻センパイに2人同時に追いかけろっていうのは流石に酷な話だ。幸い、小瀬先輩は動きがわかりやすいからな」
「そうですか?」
「うん。あの人電車通学で、帰る方向も同じだから、行き帰りに顔を合わせても不自然じゃない。確か今までは割と早めに下校してたから、校内に残ってれば行く所は限られてる。帰宅部だし、他に学校に用事もないだろうし」
「そう……ですか。でも、無理はしないでくださいね。あと、話は変わりますけど、その……」
北條は急に口籠った。
「あの、さっきの話ですけど、ゼロとイチでは大きく違う、というお話でしたが、イチとニだと、どうですか?」
「えっ? さっきの話?」
土本は一瞬何の話かわからず聞き返した。
「昇降口で、梅里さんと……」
「あっ、そうか、チョコの件か。まあイチとニでも大分違うよな、うん」
まさか、とは思ったが、流石に北條に限ってそれはない、と急いでその淡い期待を打ち消した。
「そうですか……あっ、あの、実はこれ」
急に立ち止まってバッグのファスナーを開くと、中から可愛らしい包装紙の小さな箱を取り出した。
「あっ……まさかそれって」
「あの……『義理』ですが……どうぞ」
目の前に差し出されたその包みを片手で受け取ろうとしたところで、一瞬躊躇し、改めて両手で丁寧に受け取った。
「じゃあ……ありがたく、いただきます」
「どうぞ……」
どうにもぎこちない会話を経て、そのまま気まずい空気の中、2人で駅に着いた。北條に続いて土本が改札を通ると、不意に振り返った北條から問いかけられた。
「あのっ……土本君は、この先、もし調査で、役員だけでなく、他の人と敵対するようなことがあったら、どうしますか?」
「えっ? どうするって言われても……調査は続けるさ。それが俺の仕事だし」
「調査は仕事、そうですよね……あっ、でも、その時、私とも敵対するようなことが起こってしまったら」
「えっ? それは……いや、そんなことはないだろ」
「ない、ですか? ずっと、味方でいてくれますか?」
土本は、その時初めて、北條が誰かと、それまで友好関係にあった者と、敵対することになる、という可能性を恐れていることに気づいた。
「ああ、必ず。ずっと味方だ。何があっても」
「……ありがとうございます」
その時ちょうどホームに滑り込んだ上り電車に北條が乗ったのを見送り、土本は向かいのホームへと走って下り電車に乗って、互いに軽く手を挙げて、動き出した電車の窓から右へと流れていくお互いを見送った。
北條は、さっきの回答で安心できただろうか。
北條の不安に、ちゃんと応えられていただろうか。
土本の疑問は解消されないまま、電車は定刻通りに土本を最寄駅に向かって運んでいく。
そして、その疑問を考えていたせいで、その前の疑問、鶴巻の失言に関することについて、すっかり失念してしまっていた。
そして、結局その日は最後まで、それを思い出すことはなかった。




