事件その3 備品盗難(2) 第5回経過報告
翌日、金曜日の放課後。
生徒会の常会の前に梅里に話をするため、土本はいつもより早めに生徒会室に入った。
そこでは、いつものように、既に梅里が来ていて、概ねいつもの定位置、部屋の中央あたりに座っているはずである。
室内にはまだ会員はまばらで、役員は誰も来ていない。
梅里は確かに生徒会室にはいたが、この日は何故かいつもとは違う、部屋の大分後方に座っていた。
「よう」
土本は、梅里の後ろの席に座り、声を掛けたが、彼女からの返事はない。
「……おい、どうした?」
「ひゃっ!?」
左肩を指先で突くと、突然体をビクッとさせて一瞬椅子から少し浮き上がり、梅里に似合わぬ可愛らしい悲鳴をあげた。
「いや、そんなに派手に驚かなくても……」
普段の梅里なら、土本がこういう行動に出れば、それに対して何か一言、憎まれ口でも言ってきそうなところだったが、その日の梅里はいつもとは違っていた。
「う、うん。なに?」
どういうわけか、いつもの尊大ではっきりとものを言う梅里に比べて、今日は随分と大人しく控えめである。どこかおどおどしているようにすら見える。
「備品事件についてだけどさ。頼みたいことがあるんだ。ここじゃなんだから、ちょっと……」
土本が生徒会室の出入口を指して立ち上がり、倉庫に向かうと、梅里はよろけつつ、それについて行った。
「……というわけで、来週木曜まで、◯◯先輩の動向を探ってほしい。誰かとつるんで隠蔽や工作をするようなら、それも探って、可能なら証拠を押さえてほしい」
土本が説明している間、梅里は一応話を聞いているようではあるが、どこかうわの空、といった表情で虚空を見つめている。
「できるか?」
梅里がちゃんと聞いてるのか怪しかったので、土本は念押しするために、強めに声を掛けた。
「うん……わかった」
とりあえず聞いてはいたようだが、いまいち反応が薄い。
「お前、本当に大丈夫か? なんかさっきからずっとボーッとしてるけど」
「大丈夫。仕事はするよ。ウチが言い出したことでもあるしね。聞き取りは、来週の金曜ってことでいいんだね?」
「あ、ああ、そうだ。よろしく頼む」
うわの空の割には、一応土本の話を聞いていたらしく、ちゃんとした返答を返してきた。そのため、土本はそれ以上の追及はしなかった。
「……それについて、ひとつ注文があるんだけど、いいかな?」
梅里がいつになく控えめに申し出てきたので、土本は不審に思いつつも耳を傾けた。
「ん? なんだ?」
「聞き取りをすることについて、今日の報告会で伝えるのは、ちょっと待ってもらえない?」
「えっ? なんで」
「実はさ……」
梅里は、そこで重大な事実を伝えた。
常会5分前に生徒会室に到着した北條を早速土本が呼び止め、倉庫に連れ込んで先ほどの「重大な事実」と、それの対応策を伝えた。
「えっ……それは、大丈夫なんでしょうか」
「仕方ない、こればっかりはあいつの都合に合わせるしかないし。とりあえず、あいつの言う通りやってみよう」
「そうですね……わかりました。やってみましょう」
常会開始の時間が迫っているので、土本はそこで話を切り上げた。
生徒会室に戻ってみると、そこには役員も概ね揃っていた。今日は海野が欠席している。
その代わり、というわけではないが、普段いない者が来ている。
「あれっ」
土本がそんな声を漏らすのも無理はない。珍しく、鶴巻が来ている。土本が生徒会に加入してからは初めてのことだ。
通常、常会においては特に定まった着席位置などはない。その日は、土本と北條は並んで座り、そこで前方の役員席に座る鶴巻を見て小声で話をした。
「珍しいな」
「そうですね。というか、土本君の要望に応えた、ということですかね」
「そうか、まあ……報告会に出るなら、常会から来てないと逆に不自然だもんな」
「確かにそうですね。この後、今日のところは特に何かをしてもらうわけではないですが、ちょっと不安ですね」
そんな話をしているうちに、常会開始の時間になった。
開始直後、鶴巻は、北條からの怪訝な眼差しに気付いた様子で、北條に向かって視線を投げ返し、手を振ったが、北條はこれに反応せず久保の報告内容をメモするのみであった。
鶴巻は、そんなつれない態度の北條を見て肩をすくめ、視線をずらした。
土本の視点では、鶴巻は北條をからかうためにわざわざ常会に出てきたようにも見える。
しかし、その真意はこの後の報告会を見なければなんとも言えないだろう。
そして、常会終了後、報告会の開始となる。
海野が欠席のため、久保が司会役となる。この日の報告会に出席する役員は、会長、久保副会長、会計、書記、監査。
報告側にいるのは、北條、土本、そして梅里。
その梅里が対面にいるのを目敏く見つけた会長が、報告会開始前に口を開いた。
「ん? 今日は梅里もそっちにいるのか?」
その会長からの指摘に、梅里は緊張しつつも丁寧に答えた。
「はい。今回の調査について、補助が必要になるということなので、今日からしばらくは『特命班』に臨時で参加させていただいてます」
「そうなのか、まあそれは構わないが……お前は今は菅野の手伝いだろう? 菅野は了承してるのか?」
「はい、先週話は通してあります。3学期中のみ、ということで許可はいただいてます」
「ふうん……ならいい。じゃあ久保、報告会を進めてくれ」
会長はまだ何か言いたげであったが、そこで言葉を飲み込み、傍にいた久保に進行を促して、自らは腕を組んで俯き、だんまりの体勢になった。
「あっはい、じゃあ、これより本日の報告会の方、始めさせていただきます」
会長からの声を受けて、久保は若干辿々しく進行を開始した。
先週終わった「ゲリラ放送」の件について、その結果について久保から簡単に説明がなされた。続いてもう1つの事件、「備品盗難疑い」の件について、調査の進捗について説明を求められた北條は、今週から本格的に調査を開始したこと、そして、現在までの調査結果について、静かに語りだした。
「はい、では本日までの調査結果についてご報告いたします。先週まで『ゲリラ放送』の調査に注力していた関係で、この『備品盗難疑い』の件についてはあまり進んでいませんでしたが、選手で『ゲリラ放送』の件は調査終了となりましたので、今週からはこちらの件に取り掛からせていただきます。それで早速調査結果についてお話ししますと、現在までのところ、備品がいつ、誰によって、どうやって持ち出されたのか、そしてその目的が何であるか、それについて確定的な情報は一切ありません。そのため、犯人探しとは別に、当面は防止策として、備品搬入搬出を注意深くチェックし、備品消費の動向を細かく確認していくことになります」
「では、犯人が誰であるか、現時点では一切わからない、ということだね」
北條が犯行に関する情報がないことを説明したところで、久保は、やや落胆気味に犯人が分からないということについて念を押した。
「いえ、『一切わからない』ということはありません。少なくとも、犯人は複数の可能性があり、そのうち少なくとも1名はこの生徒会役員のうちの誰か、ということまではわかっています」
突然の暴露に、役員一同の顔色が変わった。
「おい待て、急に何を……」
ここまであまり報告会で発言してこなかった会計の小瀬が、思わず声をあげた。
そして、役員らに動揺が広がる中、久保は努めて平静に、その発言の真意を尋ねた。
「えっと、なんだかこちらが疑われてるみたいだけど、一応根拠を聞かせてくれないかな?」
「はい、私たちが特命班として事件の説明を最初に受けた時に渡された資料を確認したところ、その一部に不審な点を発見しました。この中に、生徒会員からの聞き取り結果が記載された箇所があります。これは一見すると特におかしなところはなさそうに見えます。ですが、これは改竄されたものです」
「改竄?」
「この資料の作成は昨年11月ということになっています。学校側に提出された、同じ表紙の、作成日も同一の資料を確認すると、内容に一部相違が見られます。学校側に提出された資料では、備品搬出の目撃証言がありますが、先月私たちに配布された資料では、その記述が削除され、別の文面に変えられています」
「えっと……それは、ページの編綴ミスとか、誤解を招く表現がされた部分を細部修正したとか、そういうことではないのかな?」
「それはあり得ません。そもそも学校に提出した時点で校正はされているはずですし、全く文章の意味を変えてしまう『修正』というのも考えにくいです。合理的に考えれば、元の資料の『目撃証言』が犯人にとって都合が悪いものであった、そのために改竄した、ということかと」
犯人が役員の中にいる、と北條が発言したところで、それまで俯いていた会長は急に顔を上げて、北條の顔、と言うか口元を凝視した。
それは、「睨んでいる」とも言える程の強い視線であったが、北條はそれを意に介さず平然と説明を続けた。
「そう……なんだ。まあ、『改竄』されていたとして、それと役員が犯人、ということの繋がりがまだ見えてこないんだけど?」
「それについてもご説明いたします。私たち『特命班』がこの件について調査を担当することが決まったのは、冬休み明け、最初の常会の後に行われた『説明会』においてです。それまで、そもそもこの事件の調査を担当する特命班の立ち上げについて、その予定すらありませんでした。そのため、資料配布についても、その日、常会で土本君の生徒会加入が承認された後、急遽決まったということになります。その後程なくして常会は終了し、直後に事件の説明会が行われました。説明会実施中、生徒会室から退出した方、及び途中で入室した方はいません。ですから、説明会において調査を撹乱する目的で改竄を思いつき、それを実行するのが可能なのは、説明会に出席した方、つまり私たちと役員のみということになります」
もはや反論のしようもないほどの理路整然とした北條の説明に、役員らは一斉に口を噤んだ。
10秒近い沈黙の後、久保がようやく口を開いた。
「そうか……それと、犯人が複数、ということも言っていたけど。その根拠についても説明がほしい」
「はい、お答えします。これはあくまで可能性の話ですが、犯人がとったと思われる一連の行動を考えたところ、必要となる作業が多く、しかも多岐に亘っており、それら全てを1人で実行するのは難しい、ということです。具体的に説明しますと、少なくとも、昨年10月末以後、備品の所在は細かくチェックされ、さらに記録されているので、少なくともそれ以降の備品運び出しについては、一旦備品倉庫に納められた備品を人目につかないよう運び出したのは確実です。それを実行するには、備品の保管状況を把握し、それを運び出す際に人に見られないルートを確保して、倉庫から運び出さなければなりません。となれば、『在庫確認及び荷運び役』と『ルートの見張り役』が必要となり、この両者を1人が兼任するのは困難なため、複数人、最低でも2名が関わっていると考えるのが適当と言えます」
「なるほど……」
「それに、仮に単独の犯行だとすると、当然目立ちますし、疑われた際に庇ってくれる人、証拠隠滅に加担してくれる人はいない、ということになります。それならば、特命班を立ち上げるまでもなく、犯人は既に判明しているのでは、と」
「それもそうか……」
久保は感心して深く頷いた。
そこで、唐突に会計の小瀬が手を挙げて発言した。
「ちょっと待て。俺らが疑われる、その理屈はわかった。だが誰かまでは絞られてないってことだな? そこまで言われて、この後結局犯人が誰なのかわからないまま、ただ時間だけが経ってしまったらどうするんだ? こんなモヤモヤした状態のまま、業務を継続しろってのか? 犯人が役員の中にいる、と明かしておきながら、まだ特定はできてません、っていう発言は、ちょっと配慮が無さすぎるだろ。だったらそれは今言わなくてもよかっただろう? いかに1年生とはいえ、そこまで言ったなら発言に責任は取ってもらえるんだよな?」
顔を紅潮させて、早口でそう捲し立てた。
流石の北條もこれには面食らったようで、返答に窮した様子であったが、それを察した土本が代わりに返答した。
「あー、すみません、役員の皆さんにとって不快な内容だったことについてはお詫びします。今後の調査報告については、皆さんが納得できるような回答を、できるだけ早く出したいと思います」
「いつまでに?」
「それは調査の進み具合にもよりますけど、3学期中には必ず」
「3学期って……実質もう1か月くらいしかないぞ? 本当にできるのか?」
「はい、やります」
土本は前のめりで吠える小瀬に対し、落ち着いた態度で堂々と言い切った。
「……その言葉、忘れるなよ。俺は覚えとくからな」
「はい、大丈夫っす」
興奮して早口で特命班を責め続ける小瀬の口撃が途切れたところで、すかさず久保が口を挟んだ。
「えっと、それじゃ報告は以上かな? じゃあ今日の経過報告は以上ということで、お疲れ様でした」
やや強引に報告会を終了させ、まだ何か言いたげな小瀬を尻目に、そそくさと手元の書類を片付け始めた。
「おつかれさまでしたー」
その流れに従って、土本と梅里も片付けを始め、その他の者もそれに続いた。
片付けが終わったところで、北條のところに小瀬が近づいてきた。
「北條、ちょっといいか」
その話し方は、先ほどよりは落ち着いてはいるものの、まだ怒気がこもっているように聞こえる。
「はい、なんでしょう」
北條は平然と答え、その様子にいち早く気づいた梅里は北條の隣に並んだ。
「さっきはああ言ったが、何も無理に犯人を特定しろと言ってるわけじゃないからな。ただ、生徒会役員内部で『互いに誰が犯人か分からない状態』を長引かせるのは良くない、ってことだから。犯人特定ができなかったなら、正直にそう言ってくれればいい。繰り返すが、無理はするなよ」
その話は、どこか言い訳じみて聞こえる。
「わかりました。無理はしませんが、極力早めに回答できるよう努力します」
優等生的な回答をした北條に、梅里が一言付け加えた。
「今日からはウチも補助に入りますから、調査の進行は早めることはできますよ。行き詰まればその時はその旨正直に、次回報告で話します」
「ああ……じゃあ、来週の報告、期待してる」
それだけ話すと、小瀬は踵を返してさっさと退室して行った。
梅里に遅れてその場に近づいた土本は、小瀬に言い返すタイミングを失ってため息をついた。そこで、北條と梅里に耳打ちした。
「この後、うちらの教室で『打ち合わせ』をやろう。鶴巻センパイも来るから」
「わかりました」
「いいけど……『あの件』は秘密で」
梅里は、「特技」のことを悟られないよう、消極的に念押しした。
「わかってる。それは無しで、聞き取りまでのタイムスケジュールを検討したい」
今後の予定は慎重に組む必要がある。
土本は、教室に戻りつつ考えを巡らせていた。




