002
目が覚めると、ベッドの上だった。
「気が付いたかね。」
ベッド脇で手を洗いながら、白衣の老人が尋ねてくる。
「ここはオルフィーノの屋敷じゃよ。儂もここで働いとる。」
飲め、と渡された甘ったるくてぬるい紅茶を一気に飲み干す。
「オルフィーノは、金髪と白蛇のどっちの坊ちゃんのことですか?」
「んんっ…金髪の方だな。」
いい年した青年を坊ちゃん呼ばわりしたことがツボに入ったのか、ぐっ、と吹き出しそうになるのを堪えてドクターは答えた。
「おい!目ぇ覚めたか!?」
ばんっと扉を強く開け、大声で金髪坊ちゃん、もといレオが入ってきた。
ひぃ、と小さく悲鳴をあげて目を逸らす。
私は金髪が苦手、いや大嫌いなのだ。
「ちょっと一緒に来い。親父に頼んでやる。」
私の返事を待たずに腕を掴んで歩き出す。
つま先が宙に浮く勢いである。
廊下を抜けて、大きな扉の前に着く。
そこでようやくレオが止まり、一呼吸おいてドアをノックした。
少しの沈黙の後、低い声で短く、入れ、と聞こえてくる。
レオが重そうな扉を片手で開けて、一緒に前に進む。
正面の執務机にロマンスグレーの髪を後ろになでつけた、細身の中年男性。
ソファにも似たような年齢の大柄の男が座っている。
その男の輝く髪色を見て、トニアの体がぎくりと強張る。
部屋の隅にいる長髪をラフにお団子でまとめている赤髪の男は、レオより少し年上に見える。
もちろん、白蛇男もいた。
「うおっ、みんないんのか。」
予想外の人数にレオは動揺したようだった。
「用件は。」
シンプルだが高そうな執務机に座る男が尋ねる。
どうやらレオの父親のようだが、まったく似ていない。
むしろ冷淡な雰囲気が白蛇に似ている。
それより、このピリつく空気で、やっとここがどこだか分かった。
マフィアの屋敷だ。
オルフィーノなんて聞き覚えもないけど…。
じゃあ、あのロマンスグレーの男がレオの父親でボスってことか。
通りで良いものを着ていて、金持ちのボンボン感があるわけだ。
でもなんでマフィアの息子が私をここに?
私といえば、ここ1年半ほどろくに食べてないせいで、ガリガリの棒切れみたいである。
街娼の取りまとめもマフィアの収入のひとつだけど、まさか街に立たされたりしないよね…。
体は冷え切っているのに、トニアは背中じっとりとした汗をかいていることに気づいた。
「レオ!おめぇ、また拾ってきたんか!」
レオが話し始めるより先に、ソファにいる男が大声で問いかけた。
反射的に声のする方に目を向けそうになるのを堪え、金髪を視界に入れないようにトニアは視線を床に押し留める。
「ルカ!ちゃんと見てろって言っただろうがっ!うちは孤児院じゃねぇんだよ!」
「もちろん置いてくるように言いましたよ。」
でも、聞かないんで。と表情を変えずにしれっと答える。
おそらく幹部クラスの男に怒られても怯まないとは、さすが白蛇である。肝が座っている。
「殴ってでも止めろよ。こんなにしょっちゅうガキ拾ってきやがって。」
「手を痛めるので嫌です。そもそも俺は付き人であって、教育はグラートさんの仕事でしょう?」
ソファに座るグラートをまっすぐに見つめながら、仕事してくださいね。と、わずかに口角を上げて言い返す。
「おっまえ!」
グラートが額に青筋を立てて、ばっと立ち上がった瞬間、ボスが右手を挙げて制した。
「まずレオナルドの話を、」
机の上に手を組み、聞こう。とレオを向き直った。
しかし、グラートもひかない。
「どうせ ”ガキの頃から仕込めば、忠誠も高まる” だろ?」
レオと私の方に向かって歩いてくる。
「下っ端を育てるっつって食うのに困ってるガキ見つけては、何人街から連れてきたんだ。あ?うちはガキだらけじゃねぇか。」
レオのすぐ目の前まで来て、お優しいこって。と、睨みつける。
「よそは志願して来る奴らばっかりだってのに‥。うちはせっせと街からガキ拾ってきて何て言われてるか知らねぇわけじゃねぇだろ。そんなんだから‥」
グラートの言葉を待たずに、トニアが先に口走る。
「”ゴミ屋のオルフィーノが迎えに来る。”」
最近、街でよく聞く、悪さをする子どもたちを親が怖がらせる文句だ。
まずい、と思った瞬間、グラートに頭を鷲掴みにされて地面に張り倒されてしまった。
レオが腕を掴んで立たせてくれる。
「‥知ってるさ。でもあいつらは後で必ず助けになる。」
「どうだか。」
そのうち飯が食いてぇだけガキどもが押し寄せてくるかもな。と、グラートは鼻で笑った。
「とにかく、コイツもここに置きたい。」
「何がとにかくだ。おめぇまだ何にも説明してねぇだろ!百歩譲って男は分かるが、女はうちに何のメリットがあるんだよ!」
そもそもこんな細っこいの誰が金出して買うんだよ。と、ゲテモノを見るような目で見てくる。
やっぱり街角に立たせるつもりなんだ!
衣食住を保証してやって、親切心のつもりなのかな。これだからボンボンの考えは‥。
自ら街角に立つのはその人の自由だけど、食べるのに困っていても立たないって選択も私にはあるのよ!
すぅっと一息吸い、
「勝手に連れてこられたのよ!!」




