001
その日、トニアは10日ぶりのまともな食料を手に、ノヴェッリの町外れにある寝床に向かっていた。
この後、食料だけでなく、最も愛する自由まで失うとは知らずに。
「うぅ〜寒っ。」
ペラペラのコートのポケットに手を突っ込むと、キャラメル箱ほどの大きさの紙箱を取り出す。
慣れた手つきで中身を取り出し、口に咥えると、続けてマッチで火をつける。
「っあぁぁ〜。このために生きてるわ。」
肺の隅々まで煙を行き渡らせ、大きく息を吐く。
久しぶりの日雇いの仕事は疲れたが、労働の後の煙草は格別だ。
ずっと外で働いていたせいですっかり体が冷えてしまった。
一度も切ったことのない髪の毛をマフラー代わりに巻きつけてみても、なんの役にも立たなかった。
「早く帰って食事しなくちゃ。」
食事をしたら少しは体温も上がるかと、早足で寝床に向かう。
寝床と言っても、雨風がしのげる程度でこの時期には何の役にも立たない、ボロ小屋だ。
それでも、13歳でこの街に来て5年、ずっと住み続けている愛着のある住処だ。
何より、寝ながら煙草が吸えるのが最高だ。
この角を曲がったら、と思った瞬間、誰かが荷物に手を伸ばしてきた。
「ちょ、ちょっと!放しなさいよ!私のご飯!!!」
紙袋を取り合っていると、トニアの後ろから別の男の腕が伸びてきて動きを止められてしまった。
驚いている間に紙袋は破け、買ってきた食料が地面に散らばる。
物盗りの男がそれをあっという間にかき集めて、走り出す。
「待ちなさいよ!私の食料置いて行きなさいよ!」
体を捻って暴れてみても、トニアに回された腕はゆるまず、抜け出す隙間がない。
走り去る食料泥棒の後ろ姿がどんどん遠ざかっていく。
「私のご飯‥」
ぽろぽろと大粒の涙がトニアの目からこぼれ落ちる。
「もう大丈夫だぞ。」
頭の上から声が降ってくる。
は?私の大事な食料があんたのせいで奪われたってのに、どこが、”大丈夫” なのよ!!
そもそも何で私の邪魔をするわけ?
ありったけの文句を言いたいところだったが、首のあたりをがっちりと押さえられていて男の顔が見えない。
「レオ、またですか。」
ため息とともに、別の男が姿を現した。
厄介なことに巻き込まれそうだ、と暴れる力をさらに強くする。
トニアの抵抗など気にもかけずに、”レオ”とやらが、答えた。
「いや、お前。これ見ろよ。髪をマフラー代わりにして暖取ってるガキ、置いてけねぇだろ。」
「駄目です。戻してきてください。」
もう一人の男が間髪入れずに拒否する。
さらりとした銀糸のような髪の毛は顎のあたりできれいに切り揃えられており、
白い肌に黒すぎる瞳が白蛇のようで不気味だ。
それよりも問題は男の服装だ。
暖かそうな上等なウールのコートに、見るからに高そうな革の手袋をしている。
ふと自分を捕えている腕を見ると、こちらも同じような服装している。
まずい、金持ちのボンボンか、下手したら貴族だ。
かちん。そっちで勝手に話を進めてなんなのよ。
「黙って聞いてりゃ、勝手に捕まえておいて、戻してこいだなんて私は犬猫じゃないのよ!!」
お坊ちゃんたちの暇つぶしに付き合ってる暇はないの。
私の食料を取り返しに行かないと。
トニアは思い切り男の腕に噛みついた。
金持ちの子どもとのトラブルは避けたいとこだけど、この際、仕方ない。
逃げきったもん勝ちだ。
「‥ってぇ!」
レオが怯み、腕が下がった瞬間、トニアはするりと抜け出した。
くるりと振り返り、一言言ってやろうとした時、太陽に照らされて輝く金髪が目に入った。
「やば…」
ずきずきと頭が痛み始める。
「いった…あた…ま、わ…れそう…。」
どうしよう、いつもより痛い。
息が上手く吸えず、喉が詰まるような感覚に焦りが加速する。
指先が痺れ、その場にうずくまった。
レオが駆け寄って手を伸ばしてきたが、お前のせいだ。とばかりに振り払った瞬間。
「もう‥むり‥。」
よりによって金髪に捕まるなんて。




