003
「出ていくのでお構いなく。」
「残念だがピッコリーナ、それは許可できないな。」
「おい、ジェラルド!」
グラートが本気か?と信じられない顔でボスを見る。
「戻すのも問題だろう。攫われたなんて、出鱈目を話されても困る。それに顔は悪くない。肉を付ければいいだけだ。最近ノヴェッリの町に移住する人間が多いと聞く。客も増えるだろう。」
攫ってきたのは事実だろう、と突っ込みたい気持ちを抑えてトニアは答えた。
「ご心配なく!話す友だちも家族もいないので!」
「いや、これは決定だ。住むところもやるぞ。」
「‥そちらの取り分は。」
「四割だ。」
いや、高いわ!!と叫び出したいのをトニアはぐっと我慢した。
「取りすぎだと?」
しまった、顔に出ちゃってたか。
ボスのジェラルドはまっすぐにトニアを見据えて聞いてくる。
「さっき部屋を与えると言ったろう。うちの女どもだけが住む昔の宿屋を買い取った建物があってな。客とはそこで会う決まりだ。」
うぇ…最悪の在宅勤務じゃん。
それに…とジェラルドは続ける。
「金額交渉済みの客以外の人間が部屋に入ったりしないよう、部屋の前を巡回している。それと客を引く場所の周辺もランダムで回らせている。」
あれ、意外に女たちの安全に気を配ってるんだ。
それなら襲われたり、非合意なのに複数で致すことになる心配はなさそうだけど…。
ここまで話して、どうだ?良心的だろう?と言わんばかりの目で問いかけてくる。
「売上の四割プラス部屋代、今まで払えなかった女はいないから心配するな。」
支払いじゃなくて、街角に立たされる心配をしてるんだけど。
しかも部屋代取るのね。さっきは ”くれる” って言ってなかったっけ。
向こうのペースに呑まれないよう、トニアは状況を必死で整理する。
売上の四割に部屋代。
日々の生活には困らなくても、出ていけるほどはたまらない仕組みだ。
こういうのは組が儲かるようにできている。
それでも、よそより安全面には気を遣っている方だろう。
でも、私は客を取る気なんてさらさらない。
「いくらなら見逃してくれる?」
トニアがそう尋ねた瞬間、グラートが吹き出してソファから転げ落ちんばかりに笑い出した。
「はぁ…笑った。やっぱガキだな。
通りに立つ意外にどうやって稼ぐんだよ。縫い子でもすんのか?
んなことして、ちんたら稼いでたら部屋代にもならねぇぞ。
それとも女が体売る以外でもっと儲かる方法でもあんのか?」
にやにやとバカにするように、トニアに尋ねる。
しかし、トニアには自信があった。
先ほどから頭に流れ込む ”昔の私” の記憶。
この知識を使えば、街娼せずとも、十分に稼げるはず。
トニアは執務机にバンっと両手を突いて、ジェラルドの顔をじっと見る。
しかし背が小さいため正確には座っているジェラルドを見上げる形で、いまいち格好がついていない。
「四割も持っていかれたんじゃ、いつまでも金が貯まらないわ。いくら払えば自由になれるかって聞いてるの。」
ーほぉ。ガキのくせにこの状況で、そこまで考えが及ぶか。
ジェラルドの目がわずかに細まる。
「…稼ぎ頭の女と同じだけ払えるならいいだろう。」
ちなみに、とジェラルドはトニアに顔を近づける。
「あいつの月平均は三百万デナロだ。頑張れよ。」
おっと…思ってたより高いわね。
トニアは心の中で冷や汗をかく。
ファミリーの懐に入るのが三百万ってことは、元は相当な稼ぎなはず…。
借金なんて数ヶ月ですぐに返せそうじゃない?利子がとんでもないとか?
‥それともふっかけられてる?
頭のなかでいろんな考えがぐるぐる回るが、弱さは見せられない。
足元を見られた感はあるが、受け入れることにした。
「月三百万ね。分かったわ。」
ジェラルドは、揺らがないトニアの表情が気になった。
むしろ覚悟に満ちており、大人びている。
とても12〜3歳には見えない。
(いい拾い物したかもな。)
「駄目なら即、客を取らせるぞ。肉を付けるのを忘れるな。」
ジェラルドは再び椅子に深く腰掛け直し、下がれと手を振る。
だが、トニアは机に両手をついたまま、まだ動く気配がない。
「準備が必要なの。準備から結果を出すまでに3ヶ月はもらわないと。」
「構わん。ただし、それなら3ヶ月後にまとめて九百、いや切りよく1000万デナロ持ってこい。」
今度こそ話は終わりだとばかりに、とジェラルドは手を振り近くにあった新聞を手に取り読もうとしたが、トニアが新聞をつかんで引き下げた。
「まだ何か、おちびさん(ピッコリーナ)。」
丁寧な話し方だったが、声にはイラついた気持ちが滲んでいた。
「あと一つだけ。今は月の半ば、今日からだと実質2か月半です。来月初めから3か月後ってことで今月分はおまけしてくれません?」
「それでいい。」
譲歩への礼を言わず、交渉成立と言わんばかりに踵を返す。
損した所と得した所に長くいるな、って言うしね。
いつの間にか開いていた扉に向かって歩き出す。
廊下に出ると、後ろでバタンと音がした。
「…圧がすごいのよ、圧が。」
扉の向こうのジェラルドを思い出し、ちらと後ろを見るとレオが視界に入る。
どうやら一緒に出てきたようだ。
ルカもいる。
また倒れたくはないと、急いでレオから目を逸らすと近づいてきた。
「ちょっ‥こっち来ないでくれる。あんたのその頭を見ると具合が‥「悪かった、うちにいるガキどもの食事係にと思ってたんだが‥。」
はぁ?それなら早いこと言いなさいよ。
あんた以外、みんな私のこと売る気満々だったじゃない。
「ってぇ!」
レオの言葉足らずぶりに、思わず足の甲を踏み抜いた。




